明かされた真実
「――え? 私が、原因……?」
セラスの混乱に拍車がかかる。
俺でもはっきりとわかるほどに。
シュヴァイツが憐れむ。
「反応を見るに、何も伝えられていなかったようですな」
「世迷いごとを……ッ! なぜ、私がバクオスの侵攻を受ける元凶だったなどと言えるのですかッ!」
シビトが呼びかけた。
「シュヴァイツ」
小さく頷くシュヴァイツ。
シビトは隣の男に説明を任せたようだ。
「女神ヴィシスは貴殿を欲していたのです、セラス・アシュレイン」
何?
クソ女神……?
あのクソ女神がセラスを欲しがっていた?
どういうことだ?
セラスも不可解の反応を示している。
「アライオンの女神が、私を?」
「大魔帝が現れる予兆のあった頃の話と聞いております。女神はオルトラ王に貴殿を差し出すよう要求したそうです」
「なぜ女神が、私を――」
「確たる理由はこのシュヴァイツにもわかりませぬ。ただ、女神は”ヴィシスの徒”と呼ばれる私的な配下を何人か有しております。大魔帝降臨を前にその一人としてお眼鏡にかなったのではないかと、ワタシは推測します」
「ですがそんな話、耳にした記憶すら……」
「オルトラ王は断固拒否したと聞いております」
「我が王、が? まさか王は――国が侵攻されるきっかけとなった私に咎を求めて、私の命を……?」
いやその理屈はおかしい。
だとすれば無茶苦茶にもほどがある。
多分、聖王がセラスを殺そうとする理由は他にある。
セラスの引き渡しを拒否した理由。
聖騎士団長を失うのが痛手だったから?
違う。
ヒントは五竜士の会話に含まれていた。
特にオルトラ王の人物評。
”イカれてる”
”妄執”
”色欲”
”純潔とわかる状態の死体”
セラスへの異常な執着。
これが理由ではないだろうか。
王は意地でもセラスを引き渡さなかった。
なのに遠く離れると今度はセラスを殺す刺客を放った。
王はセラスを所有しておきたかったのだ。
そう考えられる。
しかしもう手中へ戻ることはない。
ならばせめて殺してしまいたい。
手元に二度と戻らぬのなら。
他の者の手に、渡ってしまうのなら――
亡き者としてしまいたい。
大方、そんなところだろう。
確かに”イカれたじいさん”だ。
ま、この推察が正しければだが。
つーか……それでセラスが国の滅んだ元凶ってのも、さすがに
責を求めるならクソ女神と元聖王だろ。
シュヴァイツが遥か彼方にあるアライオンの方角を見やる。
「この大陸で長らく国家間の戦争が起きていないのは、裏にアライオンの女神の存在があるためと言われております」
顔の向きを戻すシュヴァイツ。
「我がバクオスがウルザへ侵攻しないのも、間に女神を入れた平和協定を結んでいるためです。この大陸において女神の影響力とは、それほど強いものなのです」
バクオスとウルザの平和協定。
ミルズの宿酒場で客たちが話していた。
だからウルザはバクオスに攻め込まれる心配がないのだと。
「ですがその女神の要求を拒否したどころか、以後のアライオンからの通達を一切無視し続けるという態度を取れば……あとはわかりますな?」
協定は間に女神が入るからこそ意味がある。
逆に女神の影響力が消えれば、有名無実と化す。
つまりバクオスにとっては女神からネーア侵攻のGOサインが出たも同然。
「そん、な……」
セラスはさらなるショックを受けていた。
「言うなれば、貴殿の有用さが女神の目に留まったのがアダとなったわけですな。オルトラ王の件も含めれば、その浮世離れした美貌も……」
オーバンがヘヘッと笑う。
「聖騎士ちゃんはいわば傾国の美女ってわけだ。てか、シビトちゃんは男として聖騎士ちゃんにキョーミないん?」
「芸術的な美しさは認めよう。が、わたしにとっての甘美とは強き敵の内にのみ存在する。強き者だけが、わたしにとっての”美人”と言える」
「ふーん。しかしまあ、並外れた美人ってのはいつの世もやっぱ権力者を狂わせちまうもんなのかねぇ……ネーアの王家も大変だ」
「……姫、は?」
セラスが問うた。
不意に口を衝いて出た問いのようだった。
王家という言葉に反応したのだろうか?
シュヴァイツが尋ねる。
「カトレア姫のことですかな?」
頼りない声でセラスが問いを重ねる。
「無事、なのですか……?」
「ゆくゆくは、シビト殿の妻となるでしょうな」
「……ッ!」
言を引き継ぐシビト。
「皇帝陛下のお達しでな……ネーア領の安定統治のため必要な婚姻だそうだ。とはいえ、婚礼の儀は大魔帝の問題が片づいたあとの話であろう」
「……姫さま、が」
「アレは気の強い女でわたしもいささか手を焼いている。まあしかし、異性としての魅力は感じぬな。姫騎士として名を馳せる貴様の方が、戦えるだけまだマシというものだろう」
シビト・ガートランド。
本当に強者にしか興味がないのか。
「だがどのみちセラス・アシュレインはここで死を迎える。その首はせめて、カトレアのもとへ送り届けてやろう」
「くっ……姫さまに、そのような――」
「
シビトがぴしゃりと言った。
「――ッ」
「貴様への手向けは終わった。恨むのならば、ここで生を勝ち取れぬ己の弱さを恨むがいい」
視線すら送らずセラスにそう言い放つシビト。
「はなから勝てぬと断じている者ほどつまらぬものはない。覚悟を決めて抵抗せず死を受け入れる行為が時に称賛されるが、死地にあってまるで足掻かぬ者ほど興を削がれる存在はない。怯えて逃亡する者をわたしは唾棄する。仮に弱者であろうと、このわたしに立ち向かってくる者ならば――わたしは、好ましさを覚える」
淡い夕焼けを背にシビトは微笑む。
「言うまでもなく……わたしを殺せるほどの力を持った者が向かってくるのが、何より好ましいのだがな」
手札は、揃った。
「…………」
道筋が組み上がった――気はする。
生き残るための、道筋。
「しかしこのまま日が落ちるまでつまらぬ時間稼ぎをされるのも、退屈が過ぎる。何か策は思いついたか、少年?」
「シビト・ガートランド。あんたは、自分の命を脅かす敵が欲しいんだよな?」
「相違ない」
…………。
焦るな。
落ち着け。
ここで選択肢を、
「だったら、俺がなってやろうか?」
「貴様がわたしの命を脅かす敵に……? だが、貴様に何がある? いや――何を隠している? 我ら五竜士より遥か弱者と容易にわかる貴様から溢れ出るその戦意は一体、どこからきている? わたしの見る限り今の貴様の言はハッタリではない。なんらかの確信を持っている。貴様は、何かを隠している……そうだな?」
「お察しの通り。俺には、隠しごとがある」
「今その隠しごとを言わねばこの槍で殺す。足掻いてみせろ、少年」
ゆっくりと息を吐く。
一拍置いて、俺は言った。
「確か、
シビトの片眉がピクリと反応した。
「お望み通り隠しごとを、明かしてやる」
歯をみせてシビトに笑いかける。
「本当の俺の名は、トーカ・ミモリ」
おそらくこのカードが、
「俺は、異界の勇者だ」