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ハズレ枠の【状態異常スキル】で最強になった俺がすべてを蹂躙するまで 作者:篠崎芳
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Possible


「シビト・ガートランド……ッ!?」


 剣を構え直しながらセラスが言った。

 フルネームも知っているようだ。


「しかも、五竜士まで……ッ」


 とはいえここにいるのは四人だけ。

 一人、足りない。


「…………」


 シビトは白槍はくそうを手にしていた。

 白竜の身体に革帯が巻きついている。

 革帯には数本の白槍がストックされていた。

 まるで予備の弾丸みたいに。

 さらにシビトの腰には剣が確認できる。

 今は鞘に納まっているが。


「口は封じてやったぞ、オーバン」


 シビトが言った。

 視線は俺に固定したままで。

 左手側の金髪の男が頭を掻きながら答える。


「あのさ、殺す必要あった?」


 オーバンと呼ばれた金髪の男。

 肌は褐色。

 均整のとれた顔立ちだ。

 狡猾そうな表情をしている。

 耳にはピアス。


 口だけをかすかに綻ばせるシビト。


「小銭稼ぎもほどほどにしておくことだな。大方、オルトラあたりの差し金であろう?」


 が、赤い目は笑っていない。

 奇妙な男である。

 捉えどころがない、とでも言おうか。

 緩い空気でギズンの死体を見下ろすオーバン。


「欲望に忠実な分、個人的には扱いやすい副長殿だったんですけどねぇ〜」

「それは貴様の都合であろう。あのギズンはこの舞台に邪魔になりそうな存在だった。ゆえに、わたしの気分で殺した」

「まあギズンは欲望に弱い面があったので、今回の任務には向かないかもって懸念はあったんですよねぇ~……やっぱり連れてこない方がよかったかなぁ?」

「それにギズンの伸び代は頭打ちだった。ただ、あの槍をもし避けていれば助けてやるつもりだった。全力でな」


 ポタッ


 俺のあごから足もとに、一粒の汗が落ちる。


「…………」


 槍に貫かれた時、ギズンは麻痺で動けなかった。

 回避行動を取れない状態にあったわけだ。

 まあ――どのみち回避は不可能だっただろうが。

 とにかく【パラライズ】の存在はまだ感づかれていない。

 そう見てよさそうだ。

 セラスを一瞥する。

 何やら動揺していた。


「オ、オルトラ王が……私を?」


 あの困惑ぶり。

 オルトラとはネーア聖国の王だと推察できる。

 仕えていた王がセラスを殺そうとした?

 であれば、彼女の戸惑いぶりも頷ける。


『このギズンも少々、き、興味がある……聖国に騎士として剣を捧げた元ハイエルフの姫君が、真実を知ってどんな顔をするか――』


 ギズンが死の直前に放ったあの言葉。

 殺害を命じたのが聖国の王なら言葉との辻褄も合う。

 が、なぜ王がセラスを殺そうとするのか?

 理由の見当はつかない。

 セラスも心当たりがないようだ。


「あのじいさん、まだけっこうな財産を隠し持ってるみたいでさぁ……頼みを聞けば隠し財産をぜんぶ吐き出すって言ってんだよねぇ。オレさぁ、まだまだ各国に欲しい宝石がアレコレあるんだよねぇ……」

「財宝の在り処を得意の拷問で聞き出せばよいではないか」


 二人の竜騎士は淡々と会話を続けている。

 セラスの疑問はスルーされていた。

 ただ、シビトの視線は俺に固定されたまま。


 視線がずっと、


「オルトラはあれで変に覚悟がキマっちゃってんだよねぇ。イカれてる相手には拷問の効果って意外と薄かったりするんだよ。だから要求通りセラス・アシュレインを殺さなきゃ、絶対に口を割らないと思う」


 くすりともせずシビトは嗤う。


「妄執と色欲とは、恐ろしいものだな」

「ウゲェー! シビトってばあのじいさんのキモチワルイ情念まで見透かしてたのかよ!? 怖ぇ!」


 その時、右手側の竜騎士が会話に割り込んだ。


「オーバンの個人的事情はひとまず置いておいて――セラス・アシュレインの処遇はいかがいたしますか、シビト殿?」

「陛下はなんと?」

「捕えたあとの処置は我々に任せると」

「あの方はわたしたちをよくわかっておられる。強い戦士ではないが、賢明な皇帝であると言えるだろう」

「シビト殿、いかがでしょうか? 騎士たちの士気をより高めるために、褒美として彼女を部下たちに与え回してから始末するというのは? どのみちオーバンの”小銭稼ぎ”で、結局は始末されるわけですし」

「それじゃ困るんだよねぇ、シュヴァイツちゃ〜ん」


 オーバンが不平の横槍を入れる。


「困る? どういうことですかな?」

「元聖王サマは純潔とわかる状態で死体を持ってこいって言ってんのよ。他の男のアレのニオイがすれば絶対わかるとか、すっげぇ気持ち悪いこと言ってたなぁ……てかさ、生かして連れてくるんじゃなくて死体で持ってこいってあたり、もうかなりイカれてると思わない?」


 シュヴァイツと呼ばれた中年が短く唸る。


「ふぅむ、そうでしたか」


 オーバンの言を冷静に受け止めたようだ。

 シュヴァイツは熊を思わせるヒゲを蓄えていた。

 焦げ茶の髪をオールバックにしている。

 顔立ちは男前と言えるだろう。

 左目には黒い眼帯。

 声は落ち着いたバリトン。

 大柄だが粗野な印象はない。

 気品の中に老獪さがうかがえる。

 印象は貴族という感じ。

 騎乗しているのは、オーバンと同じサイズの大きめの黒竜。


「だとすると、彼女を活かす方向で使うのは難しいようですな。いやいや、我ながら品のない愚考でした。申し訳ない」

「あ――あなたたちは、何をわけのわからぬことを言っているのですか!?」


 セラスが声を上げた。

 声は糾弾の響きを伴っていた。


「あの穏やかなオルトラ王が、そのような奇怪な言を口にするはずがありません! それ以上勝手な妄言を連ねるのであれば、我が王への侮辱と受け取ります!」


 苦笑気味に唇を尖らせるオーバン。


「さすがにコレはちょっと聖騎士ちゃんもかわいそうだよねぇ。あの凛々しい義憤も、真実と照らし合わせたらほんと滑稽になっちゃうよ。あれかな? ああして忠義に厚く純真だからこそソソるってことなのかなぁ? ま、美人なのは確かだよね。オレも綺麗な宝石は好きだし」


 次にオーバンは、ニッコリと笑った。


「でもまあ、とりあえずキミが生きてるとあのじいさんは安心して死ねないらしーよ?」

「た、たわごとを……ッ! 一体、何が目的ですか!?」


 俺は考えていた。


「…………」


 違う。

 本人も薄々わかっているはずだ。


 セラスには嘘を感知する精霊の力がある。


 多分やつらは嘘をついていない。

 だからこそ彼女の動揺は膨れ上がっているのだ。

 セラスは今にも泣き出しそうな顔をしていた。


「オ、オルトラ王が……そのような……」


 脱力気味に膝をつくセラス。

 シュヴァイツは無感動に彼女を眺めた。


「どういたしますか、シビト殿?」

「決まっている。セラス・アシュレインには、生を勝ち取る権利を与える」

「なるほど、いつものアレですな」


 事務的に頷くシュヴァイツ。


「セラス嬢があなたと決闘して勝利した場合は見逃す、と。オーバン殿もそれでよいですな?」

「聖騎士ちゃんが女として綺麗に死んでくれれば、オレはなんでもいいよー♪ 結果は分かり切ってるわけだしさぁ」

「どう、かな」


 今まで黙していた人物が初めて声を発した。

 俺から見て左端の黒竜に騎乗しているやつだ。

 鎧から露出している部分には包帯が巻かれている。

 声から察するに、男。

 左目だけが包帯から露出している。


「ネーア聖国、聖騎士団長。精式霊装が、有名である」


 口もとへ手をやるシビト。


「精式霊装の話は当然わたしも聞き及んでいる。ゆえにここまで追ってきた。わたしはその精式霊装と戦えればそれでいい。あとのことは、おまえたちの好きにするといい」


 シビトが俺を、さらに凝視した。


「と――つい先ほどまでは、そう思っていたのだがな」


 シュヴァイツが眉をひそめる。


「シビト殿……?」

「なぜか今はセラス・アシュレインより、わたしはあの少年が気になっている」


 視線を俺へ移すシュヴァイツ。


「あなたがずっと彼を注視していたのは、このシュヴァイツも気づいておりましたが……しかし、一体どこが気になるのです? せいぜいセラス・アシュレインの雇った荷物持ち程度にしか、思えぬのですが」

「老いたな、シュヴァイツ。あの者は実に興味深い存在だ」


 薄く微笑みかけてきた。

 シビトが、俺に。


「少年」


 何かを期待する赤い目。


「貴様、何者だ?」



     □



 俺はずっと、動けなかった。


 スケルトンキング。

 思っていたよりも弱かった魔物。

 ミルズ遺跡の魔物に対して俺は慎重になりすぎていた。

 どうも弱い相手の力量を見極めるのは苦手らしい。


 が、強い相手は違う。


 大きなものや高いものは目につきやすい。

 見上げれば大抵そこに聳え立っている。

 巨大であることは、容易にわかる。


 自分がどこに立っているとしても。

 自分が見る位置を特に変えずとも。


 存在の大きさがわかる。


 だから、わかった。


 俺は今、喉もとへ刃を突きつけられているのと同じだ。


 何か攻撃的なアクションを起こした瞬間、たった一撃で俺はシビトに殺されるだろう。


 そして俺がそれをわかっているのを、やつもわかっている。



 人類最強。



 シビト・ガートランド。



 本能が告げている。



 最強の名は、飾りではない。



 こいつは――



 



 シビトと遭遇してから噴き出す汗が止まらない。


 顔面はもはや汗まみれ。


 選択肢によっては、ここで終わるかもしれない。


 生か、死か。


 命が残るか、否か。


 ポタッ、

 ポタタッ――


 滝のように伝い落ちる汗が、地面に落ちる。


 おそらく、



 ――――



     ▽



 それにしても、なぜだろうか?


 廃棄遺跡の時もそうだった。


 こんなにも、ヤバい状況なのに。


「貴様」


 愉快げに問うシビト。


「何を、笑っている?」


 あぁ、そうだ。


 こういう時に限って、どうして俺は――


「…………」



 笑えて、くるのだろうか?



 いや、これでいい。


 歪んだ笑みをシビトに返す。


「なあ、シビト・ガートランド――」


 よし。


 攻撃は、来ない。


 伝わっている。


 攻撃の意思の有無が。


 会話を求める意思表示も。


 腕を上げるのはおそらく不可能。


 が、喋らせてはもらえる。


 十分だ。


「俺と、少し話さないか?」


 シビトが目もとを和らげた。


 なるほど。


 要するに、スキルを撃とうとする気配さえなければ―― 



「よかろう」



 あの最強との交渉は、可能。



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