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ハズレ枠の【状態異常スキル】で最強になった俺がすべてを蹂躙するまで 作者:篠崎芳
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セラス・アシュレイン


 彼女は今、


 あまりにも、違和感なく。


「あの、ハティ殿……その、今のは――」

「騙し討ちみたいな真似をして、悪かったな」


 視線を伏せるミスト。

 一拍あって、彼女は口を開いた。


「気づいて、いたのですか」

「ああ」


 俺はミルズ遺跡で【スリープ】を使った件について話した。

 付与後、眠ったミストの耳や顔立ちが変化したことも。

 ミストの正体がセラス・アシュレインだと推察するに至った理由も。

 すべて話した。


「そう、でしたか」


 思ったよりも彼女はあっさり受け止めた。


「安心しろ。誰かに漏らすつもりはない。幸い金にも困ってないんでな。懸賞金も必要ない。俺が誰かにバラすメリットもない。俺が必要としているのは、あんたが持つ戦士としての力量だ」


 複雑そうな笑みを浮かべるミスト。

 否――セラス・アシュレイン。


「あんたがさっき迷っていたのは、自分の正体を明かすかどうかだろ?」

「――ッ」

「正体を隠したまま俺と旅をすると一つ問題が出てくる。それはおそらく睡眠時の問題だ。違うか?」


 セラスがハッとする。


「は、はい」


 宿なら部屋を分けられる。

 が、金棲魔群帯となるとそうもいくまい。


「俺の理解では、あんたが眠りにつくと変化の力が一時的に解除されて変化していた顔や耳が元に戻る。しかし――俺があんたの正体を知れば、睡眠時に変化が解けても問題はなくなるわけだ」

「……ええ」

「しかしあんたはさっき正体を明かしかけるも、踏ん切りがつかず踏みとどまってしまった」


 結果、俺が決断の側へ形となった。


「さっきも言ったが俺はあんたを誰かに売り渡すつもりはない。俺にとって必要な戦力を誰かに引き渡す理由はないからな。それに、正体を知っていればいざという時に何かと話も合わせやすい」


 セラスはしばらく口をつぐんでいた。

 やがて、意を決したように話し出した。


「私の精霊の力は、他の精霊とやや性質が異なっています」


 胸に手を添えるセラス。


「契約した精霊たちの力を借りる際、私は精霊たちに”睡眠の欲求”を捧げる必要があります」


 精霊にはその者が最も必要とする欲求を捧げなくてはならない。

 セラスはそう説明した。

 彼女にとって最も大切な欲求は睡眠欲らしい。

 他の欲求の存在を考えると、ある意味無欲とも言えるか。


「要するに、精霊の力を使うと眠れなくなるってことだな?」

「はい。覚醒と非覚醒の状態を行き来するごく浅い眠りを取ることくらいはできますが、深い眠りを取ることができなくなります」


 なるほど。

 だから寝不足が続いていた、と。


 聞いた感じ睡眠の前借りをしているような印象だ。

 で、前借りしたその睡眠時間を精霊に捧げているイメージ。

 睡眠を捧げて精霊の力を使うハイエルフ、か。


「…………」


 寝なくてはいけないのに、どうやっても眠れない。

 前の世界でまれにそんな夜があった。

 アレがずっと続く感じだろうか。

 しかもその先に、まともな眠りが訪れない状態で……。

 考えようによってはゾッとする状態だ。


 セラスが契約している精霊は三体。


 顔や耳を変えるのは、光の精霊の力。

 真偽を感知するのは、風の精霊の力。

 武器を補強するのは、氷の精霊の力。


 鎧や装具の生成は三精一体さんせいいったいの力だそうだ。


「私が眠りにつけるのは精霊への対価を支払い終わった時……ですので、少なくともその時は顔や耳を変える精霊術を解除している状態となります」


 眠る=元の姿に戻る。


「だから安宿の相部屋を避けたわけか。睡眠中の本当の顔を、他の者に見られないために」

「はい」


 ミルズ遺跡でも眠るつもりはなかったのだろう。

 否、彼女は眠れるはずがないと断じていたはずだ。

 眠れないからこそバレる心配はないと踏んでいた。

 が、予想外の【スリープ】で眠らされてしまい精霊術が解除されてしまった。


「それと、あなたが倒したあの四人組ですが――」


 視線を伏せてセラスは語り出した。


「彼らは私を追っていました。ある場所で睡眠を取っている時……眠っている姿を、彼らに見られてしまったのです。眠っていたので当然、変化の力は施されていませんでした」


 変化の精霊術は頭部以外の特徴までは変えられない。

 他の特徴が一致すれば一応、追跡できなくもない。

 あの四人組、性格はともかく有能だったみたいだしな……。


聖なる番人(ホワイトウォーカー)――あの四人がいなくなったことで、私の旅にはかなりの余裕ができました。あなたには、本当に感謝しています」


 その時、セラスの頭部が淡い光を放った。


 姿


 遺跡で見た”あの姿”に。

 耳は尖っている。

 美しさも増している。

 起きていると、また違った印象があった。


「変化を解いたってことは――」


 俺は立ち上がった。


「俺を信頼してくれたと考えていいのか?」


 セラスもベッドから腰を浮かせた。


「はい。ハティ殿を、信じます。私はあなたを――」


 俺の目を真っ直ぐに見据えてきた。

 変化が解けて透明度の増した、その曇りのない瞳で。


「信頼できる人間だと思っています」


 …………。

 信頼、か。


「トーカだ」

「え?」


 セラスが目を丸くする。


「俺の秘密をもう一つ教えておこう。俺の本当の名は、トーカ・ミモリ。この名を他人にバラさないでもらう代わりに、俺もあんたの本当の名を許可なく他人にバラさない」


 本当の名を明かす。

 相手を信頼しているというメッセージ。

 セラスのようなタイプにはこういうやり方が効果的だと思われる。

 信頼という名の鎖で、さらに縛りつけるやり方。


「ハティ――いえ、トーカ殿」


 セラスの目もとが和らいだ。

 狙い通りの効果を起こせたらしい。

 彼女が手を差し出してきた。


「改めまして、セラス・アシュレインです。あなたの護衛として、金棲魔群帯に同行いたします」


 セラスの手を握り返す。


「ああ、よろしく頼む」

「はい」


 俺はドアの方を見た。


「ピギ丸」

「ピ」


 ピギ丸がプニプニ寄ってくる。

 今までピギ丸は、誰かに会話を盗み聞きされていないかをドアの前でチェックしてくれていた。


「ピュゥ〜♪」


 ピギ丸が薄ピンクになってセラスの足もとで鳴く。

 セラスはたおやかに微笑むと、ゆったりと膝をついた。


「ピギ丸殿も、改めてよろしくお願いいたしますね?」


「ピッ♪」


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