魔物強化剤の作製
遺跡で得た装飾品や宝石類の買い取り手続きを終える。
しばらくすると名前を呼ばれた。
硬貨の入った小袋を受け取る。
担当官によると大分イロをつけてもらえたらしい。
侯爵からそうするよう指示があったそうだ。
竜眼の杯発見のご祝儀的なものか。
気前のよいことである。
とはいえ宝の相場が俺にはよくわからないのだが。
いずれにせよこれで懐がまた温かくなった。
三日分の宿泊代など問題ないくらいには。
「そのうちあの卵の情報も調べてみないとな」
何か情報がないかあとで『禁術大全』にも目を通してみるか。
「ハティ殿」
遺跡前を離れようとした時、ミストが声をかけてきた。
「遠目に見てたが、大変な騒ぎだったな」
「据わりの悪さもあります。本当に称賛されるべきは、ハティ殿なのですから」
苦笑するミスト。
俺は銀骨の入った背負い袋を指差す。
「俺は称賛じゃなくコイツが欲しくてあの遺跡に入った。不要なモンをもらっても仕方がない。で、今後の予定はどうなりそうだ?」
「明日、報酬の引き渡しを兼ねて歓待を受けることになるようです」
やはりか。
「辞退できればよいのですが、受けないと報酬の引き渡しも行われないだろうとのことでして」
「ま、侯爵は形式とかにこだわる人間なんだろ」
案外、侯爵の私兵として勧誘されたりしてな。
「ですので、このミルズでもう一泊することになりそうです」
「宿はどうするんだ?」
「侯爵の屋敷に部屋を用意すると言われたのですが、それはお断りしました」
「じゃあ、また宿を取り直す?」
「ええ。ただ、明日には金貨300枚が手に入りますので宿泊費用の懸念はなくなりました」
「となると、明日の歓待まではもう暇なのか?」
「そうなりますね。ですが、もうしばらくここにいなくてはならないようでして」
今、竜眼の杯か本物かどうかを侯爵の屋敷で調べているという。
本物を見たことがない者に鑑定できるのかはいささか疑問だが。
懐中時計を取り出す。
「とりあえず午後八時に俺の部屋で例の話をするってことでどうだ? あんたも少し宿で休みたいだろうしな。夕食は各自、別々に済ませる感じで」
「わかりました」
約束を済ませた俺はミストと別れ、遺跡前を離れた。
骨粉を強化剤化する道具はすでに揃えてある。
以前ミストと店を巡った際に買っておいた。
割れものもあったので、一部は遺跡に入る前に担当官へ預けておいた。
強化剤の作製にあたって必要な道具も『禁術大全』には記してあった。
基本は似た道具で代用がきくようだ。
強化剤の作り方自体は思ったより単純。
一番のネックは素材の入手だった。
が、その素材も無事入手できた。
ただ一つ、別件で買い忘れたものがあった。
遺跡の攻略と強化剤に気を取られて買い忘れていたものだ。
俺はそれを入手すべく大通りへ足を向けた。
目的の店に入る。
在庫はたくさんあった。
品薄商法はなさそう、か……。
いくつか種類がある。
内容の詳細さで値段が違うらしい。
店主に断って中身を確認する。
確認後、選んだものを店主に差し出した。
「これを一ついただけますか?」
俺は購入を済ませて店を出た。
そのまま店の外壁に背を預ける。
結び紐を外し、購入したそれを広げる。
「ええっと、ここがヨナト公国で……」
購入したのは世界地図。
コレを入手したかった。
俺が今いるウルザ王国は大陸の南に位置している。
ここミルズはウルザの中でも最南の都市らしい。
さらに南へ行くと、廃棄遺跡のあった闇色の森がある。
大陸の中心には、大遺跡帯こと金棲魔群帯。
その北にはマグナル王国。
「北のマグナルは対大魔帝の最前線、ってとこか」
マグナルは国土が東西に広がっていた。
地図で見ると横に長い国土だ。
大陸上部をそのマグナルが占める感じである。
陥落した例の大砦の場所は注ぎ口のようにせばまっていた。
砦の東西には尖った山のマークがのびている。
なるほど。
平地がこの砦のある場所くらいなのか。
陥落前はここで最北からの侵入者を堰き止めていた、と。
大陸の南西の地にはミラ帝国という名が記されている。
これは初耳の国名だ。
大陸の南東にはバクオス帝国。
で、ウルザとバクオスに挟まれているのがネーア聖国とやらか。
バクオスに侵略されてあっさり降伏したと聞いたが……。
この地図ではまだ改定されていないようだ。
そして大陸の北西に位置するのがヨナト公国。
ミストが目指していると口にした国だ。
「でもって……」
視線を右上へずらす。
大陸の北東に位置するのが因縁のアライオン王国。
クソ女神のいる国だ。
北――マグナル王国。
北東――アライオン王国。
北西――ヨナト公国。
中心――金棲魔群帯。
南東――バクオス帝国。
南西――ミラ帝国。
南――ウルザ王国。
大陸には金棲魔群帯を除きこの六つの国が存在する、と
よし。
大まかな国の位置関係は掴めた。
「…………」
確認したかった情報もこれで把握できた。
時間を確認。
まだ約束の時間までは大分ある。
なら、
「早速、宿に戻って取り掛かるか」
魔物強化剤の作製に。
▽
宿の主人に断ってから、俺は部屋で強化剤の作製を始めた。
素材一つで作れるのはお手軽と言える。
器具類は先ほど下の水場でサッと洗ってきた。
ピギ丸はベッドの上で見物している。
音もなく左右にフヨフヨ揺れながら。
清潔な敷き布の上に俺は道具を広げた。
全体的にコンパクトな器具類。
というか、なるだけコンパクトなのを選んだ。
旅に持っていくのが楽なように。
ま、今後も使うかもしれないしな……。
傍らで開いたままの『禁術大全』を再確認。
「ええっと、最初は――」
まずは骨を細かく砕く。
さらにその骨をすり鉢で粉状にする。
ゴリゴリゴリ……
次に粉を水と混ぜ合わせる。
「ん?」
混ぜると水かさがかなり減った。
色は銀から半透明の青に変わっている。
「お次は……」
混ぜたものをガラス容器に入れて加熱。
加熱は専用の道具がある。
加熱すると、青い骨粉水の透明度が増した。
そして最後には透明になった。
なんだか理科の実験でもしている気分である。
「あとは、このろ過器で――と、その前に」
ろ過器には水晶がくっついている。
魔素を流し込むと、水晶が光り出した。
特殊な力によって綺麗にろ過できるのだとか。
コレと加熱用のヤツはけっこう値がはった。
魔素を使う道具はややお高めらしい。
ちなみに使用回数による寿命があるので無限には使えない。
骨粉水の最初のろ過が終わる。
作った骨粉がなくなるまで、俺はこれを繰り返した。
そうして、
「これで、完成か」
骨粉はたくさんあったように見えたが……。
「水と骨粉を混ぜると水かさがかなり減るから、最終的にはコーヒーカップ一杯分くらいの量になるんだな……」
ともかく魔物強化剤はこれにて作製完了。
不意に、眠気を覚える。
時間を確認。
「少し、寝るか……」
睡眠は大事だ。
ミルズ遺跡で溜まった疲労もまだ抜け切っていない。
強化剤をピギ丸に試すのは起きてからにしよう。
試したあとですぐに寝て何かよからぬことでも起きたら大変だしな。
効果は『禁術大全』に記されているので、まあ大丈夫だとは思うが。
「というわけで、おまえの強化はまた後でな」
「ピ♪」
ピギ丸に目覚まし役を頼むと、俺は柔らかなベッドの上で眠りについた。