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宮下貴裕×田中宗一郎対談。産業に抑圧されたアートの役割は、パンデミック以降生まれ変わるか?

ARTS & SCIENCE
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COVID-19パンデミックによって人々の生活は大きく変わってしまった。望むにしろ望まないにしろ、それは疑いようもない事実である。世間では元の生活に戻りたいという切実な声も少なからず聞かれるが、一度崩れ始めたものを途中で支えるのは難しい。これまで築き上げてきた価値観や生活の在り方が崩壊した後、如何に新しいものを作っていけるのか?−−あらゆる局面において、我々が考えるべきはそういったことだろう。

新たな価値の創造が求められているのは、もちろんカルチャーの世界においても同じである。音楽フェスやライブ、映画館での映画上映、あるいはファッション・ショーなどのイベントが次々と延期/中止され、これまでのやり方ではいろいろなものが立ち行かなくなっていることは誰もが知るところ。では、時代の一歩先を見通す優れたクリエイターたちは現状をどのように捉え、どこへ向かおうとしているのだろうか?

そういった問題意識の下、我々が話を訊くことにしたのは、世界的に活躍するTAKAHIROMIYASHITATheSoloist.のデザイナーであり、パンデミックで「人格を改造されてしまったかもしれない」と語るほど大きな影響を受けたという宮下貴裕。対話の相手は、宮下とは旧知の仲であり、「パンデミックは変化のチャンス」だと語る音楽評論家の田中宗一郎。このような時代におけるアートの可能性を信じ、ファッションをはじめ映画や音楽や建築など多岐にわたった2人の会話は、パンデミック以降の世界を考えるうえで我々に大きな示唆を与えてくれるはずだ。

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田中宗一郎氏

コロナ禍でアートが果たすべき役割とは?

田中 ご無沙汰。

宮下 久しぶりだね。体調はどうですか?

田中 ダメだね。二ヶ月くらい前に急に耳の聞こえが悪くなったんだけど、突発性難聴だったみたいで。耳鼻科の先生が言うには、耳の細胞はもう壊死しているから一生難聴のままで、耳鳴りも取れないんじゃないかって。そんな風に西洋医学ではお手上げの状態だから、今は鍼に通ってて、最後の望みを託そうとしてるんだけど。宮下くんは体調はどう?

宮下 ここ数年はこの季節に日本にいないことも多かったから調子は良かったんだけど、残念ながら今年はずっと日本にいるし、こんな世の中だから少し精神的なバランスが崩れてしまってるかな。

田中 日本にいることでの一番のストレスは?

宮下 何も動いてないっていうことかな。僕が動いていないだけだろ、っていう話かもしれないけど、これまでだったら違うところから日本を感じられたのが、今は日本で日本を感じてる。ずっと同じところにいるから、それがストレスになってる気がする。

田中 宮下くんは海外移住を考えることはあるの?

宮下 海外移住は毎日考えるよ。

田中 俺もいろいろ探ってみてる。どこの国がいいかとか。まずアメリカは無理じゃん。外国人とか移民を受け入れなくなっている流れもあるけど、そもそもトランプ以降のアメリカに暮らすのはキツい。

宮下 そうだね。普通の人間には難しいと思う。

田中 その中で、「選択肢としてここはあるかも?」っていう街とか国はあるの?

宮下 ひとつはハワイ。じゃなければ、ヨーロッパのどこか。今までは考えもしなかったけど、例えばパリやオランダ、ベルギーとかも良いかもしれない。

田中 パリはどう? パンデミック後に変化ある?

宮下 さっき日本人の知り合いと話してたんだけど、ファッション・ウィークはなんだかよくわからないシラケた感じだった、って言ってた。国民性なのか、もう一回デカいパンデミックが襲ってくる可能性を気にしていないのか、パリではみんなわりと普通の生活に戻っているみたいだよ。

田中 今年2月、3月あたりから、COVID-19パンデミックが起こったわけじゃない? こうした世界的な動乱は、宮下くんの仕事、クリエイション、生活、あるいは物事に対する考え方に何かしらの影響を与えたと思いますか?

宮下 これのせいで人格を改造されてしまったかもしれない。ファッションに対する考え方も大きく変わった気がする。それがデザインに影響するかと言ったら、同じ人間だから急に違うことは出来ないだろうけど、洋服も人間も二極化して見るようになったかな。

田中 二極化っていうのは具体的には?

宮下 僕が悪いのか、そうさせた世の中が悪いのかわからないけど、ファッションに対しても人間に対してもプラスとマイナスしかない、だったら僕はプラスの方を選ぼう、っていう考え方によりシフトしてる。ファッションにおいては、今までは「いいところも悪いところもひっくるめて、すべてがファッションなんだ」って思ってたんだけど、今はもっとはっきりした考え方に変わってしまった。

田中 例えばファッションで言うと、マイナスってどういうもの?

宮下 いろいろ問題になりそうだから、具体的には言えないな(笑)。

田中 (笑)。じゃあ、プラスっていうのは?

宮下 よりクリエイティヴなものが本当のファッションになるんだと確信した。ファッション・ショーが開催出来ないなんて、歴史上で初めてでしょう? 僕は一生懸命考えた末に参加しないことを決めたんだけど、今回のファッション・ウィークでは時期をずらしてデジタルで発表したよね。まさにニュー・ディケイドだし、ファッション・デザイナーは何でも出来るんだ、っていうことを証明できるチャンスだったんだけど、蓋を開けてみたら、やっぱり洋服を創ることしかできないのか、っていうことが世界中にバレてしまって、人間はそんなに進化してなかったんだ、っていうことを思い切り天から言われたような気がした。頭に来たし、悔しかったし、悲しかった。

田中 うん。

宮下 そもそも、ファッション・デザイナーが音楽や映像を創ったり、本を書いたりできないなんて間違ってるし、なんだって出来ちゃうのがファッション・デザイナーだと思ってる。これは僕自身が何でも出来ると言いたいわけじゃなくて、今回そういうことを証明してくれるデザイナーが現れることを期待してたんだけどね…それに、今の時代はほとんど部屋で過ごすんだから、リモートにはこういうウェアが適してるでしょ、っていう創り方をする人も増えてると思うんだけど、僕はそういう考えにはまったく興味がなくて、今だからこそ、こんなもの絶対に創れないでしょ、っていう洋服を創らないとダメだと思う。

田中 あらゆるクリエイションは状況や産業に従属するものではなく、飽くまで自由なものなんだ、っていうことだよね?

宮下 そうだと思ってる。音楽もそうだろうし、全部の表現がそうなんだけど、ファッションはそこにおいては発展途上だったのは明らかで、音楽や映画のような総合芸術から大きく遅れを取っているという事実が明るみに出たんじゃないかな。

田中 よく宮下くんは「ファッションは音楽や映画には追いつけないんじゃないか?」ってこと言うよね。

宮下 うん。ファッションは総合芸術には到底及ばないと実感してる。まさに今が距離を縮めるチャンスなんだけど、いろんな壁にぶち当たってるよ。

田中 でも、音楽も同じことが言えるかもしれない。今回のようなことが起きると、どうやって状況にアジャストして、産業として生き延びるか?っていう議論がいろんなところで巻き起こっていて。俺とかはそんなことはどうでもいいじゃん、って思っちゃうんだよね――いや、もちろん、そこで自分も含め、経済的に窮地に立たされている弱い立場の人々が存在することはわかってはいるんだけど――特に日本だと、あらゆるクリエイションがアートではなく、産業の一部としてしか考えられていないんだな、ってことをここ数ヶ月に痛感しましたよ。少なくとも音楽の世界では。

宮下 そうか、音楽でもそう感じちゃうのか。とにかく僕はアートであるかそうでないか、っていうことに世の中が完全に二極化してしまった気がする。

田中 パンデミック以降の状況に産業的に最適化するんじゃなくて、アートとしての役割を全うした作品の代表的なものを挙げることはできる? どのジャンルでも構わないけど。

宮下 ものすごく僕っぽい意見になっちゃうけど、音楽だったらソニック・ブーム。30年ぶりに発表した『オール・シングス・ビーイング・イークアル』っていうニュー・アルバムを杉浦くん(SUGIURUMN)から教えてもらって聴いたんだけど、別に何も変わってなくて、完璧だった。笑っちゃったよ。「最高だ、これ」って。まったく自分の信念を捻じ曲げずに、ああいうことをやれるのはものすごい精神力だと思った。あのハートが欲しいね。

Video: Carpark Records

田中 ディランの新作『ラフ&ロウディ・ウェイズ』は?

宮下 ボブ・ディランもそうだよね。世界を救うのはあの人だって答えを出しちゃったもんね。

田中 宮下くんがソニック・ブームに対して言っていたのと同じで、言ってしまえば、役割としてはディランも何も変わっていないわけじゃない?

宮下 そうだよね。

田中 伝え方が変わったとしても、基本的にはずっと同じことをやっている。それは逆から見ると、世の中がまったく変わっていないってことでしょ? 人類は何も進化していないっていう。

Video: Bob Dylan

宮下 そうかもしれない。ファッションの世界でも、このシーズンは決定的な歴史の1ページになると思っていたんだけど、結局、何も起きないで終わってしまった。そんな感じがしてる。

田中 パンデミックが起こったことで、それ以前は覆い隠されていた社会の膿みたいなもの――各国の政治家の反応もそうだし、それに対する市民のリアクションもそうだけど――が露になっただけで、たいして何も変わっていない。そんな感慨もありませんか?

宮下 うん、そうなのかもしれない。

田中 これを契機に、人々の意識が変わる可能性もなくはなかったじゃない?

宮下 それを信じていたし、まだ信じているから

田中 変わるのかな? 人類は進化をするのかな(笑)?

宮下 期待はしています。

繋がりが叫ばれるパンデミック下で、「ソロ」であることの意味

田中 宮下くんが自分自身、もしくは自分が創る服にTheSoloist.という名前をつけた理由を改めて訊いてもいいですか? 3.11でもいいし、今回のパンデミックでもいいけど、必ず世の中は「繋がり」の大合唱になる。でも、それとソロであることというのは、部分的には相反する考え方だって言えるわけじゃない?

宮下 難しいな。これは夜遅い時間に酒を入れてしゃべる方がよかったかもしれない(笑)。11年前に名前をつけた時は、バンドを解散してソロになったから、これがぴったりの名前じゃないか、ぐらいの感じだった。こんな名前をつけちゃったせいもあるかもしれないけど、この半年間は本当に一人ぼっちで考えているような気もするんだよね。独房にいる感じ。

田中 クリエイターとしてそう感じていると同時に、個人としてもそういう感覚がある?

宮下 どこかにあると思います。

田中 ただ、特に映画とファッションは共同作業でもあるわけじゃないですか。映画だとスタジオ・システムがそうだし、ファッションもメゾンという集団でひとつのものを創る。そこに対してはどうですか?

宮下 より一人になってしまっているな、って思う。本来なら、僕がゼロからイチにして、そこからみんなで、まだやれるはずだ、もっとやれるはずだ、ってどんどんプラスして前に進めていかないといけないんだけど、今は人にあんまり高望みしなくなった気がする。

田中 映画や音楽のクリエイターで、そういう自分と同じスタンスの人はいると思いますか?

宮下 誰なんでしょうね? 偉そうな人の名前を挙げて、お前なんかと一緒じゃねえよ、って言われたら困るし(笑)。もしなれるなら、そういう域に立ちたいなっていう人の名前は出せるけど。

田中 じゃあ、ロールモデルっていうか、この人みたいなスタンスになりたいっていうクリエイターは?

宮下 わざとメジャーな人の名前を挙げると、ベストはクリストファー・ノーラン。今生きている人で言えば、彼がずっと僕の理想。夢のまた夢だけどね。彼はスーパー・メジャーの中にいて、その中でも頂点に近いところにいて、常にこの人にしか絶対に創れないだろうな、っていう映画を創っている。コンピュータに頼ったりしないし、あの人は人間を信じて物を創っているような気がする。ああ、これがアートなんだな、って思うよ。

Video: ワーナー ブラザース 公式チャンネル

田中 ノーランは、フィルム撮影にこだわったり、と同時に、新しいカメラの技術を導入したり、チームワークを常に意識したりしてるよね。そういうことも含めて?

宮下 そうだね。いつも完璧な布陣で挑んでいるし、そういうところも含めてすごいなと思う。

田中 実際、宮下くんの変化は、いろんなアートフォームに対する興味にも関わっていますか?

宮下 どうなんでしょうね……はい、多分関わってると思う。

田中 FUZEのプロデューサーの尾田さんが、宮下くんのインスタ・ライヴを見ていて、そこで「建築とかインテリアみたいなアートフォームにも興味がある」と言っていたらしいけど、その辺りは?

宮下 建築に詳しいか詳しくないかはさておき、大半のファッション・デザイナーは建築に興味を持っているんじゃないかな。「君はセンスがいい」っていう言葉があるけど、建築も音楽も映画もファッションも、実際にはそれが一番重要な才能だと思う。僕がそのインスタ・ライヴで、「建築にも興味がある、建築から何かを創造することもあるし、家具から何かを創造することもある」って答えたのは、洋服のことだけを考えて洋服を創造するのは僕には到底無理だし、デザインはどこにでも転がり落ちているものだから、あの時はそういう意味で建築の話をした。「誰が好き?」って訊かれて、確かミース(・ファン・デル・ローエ)って答えたと思うんだけど、それも事実。なぜ好きかと言われても理由はなくて、ただ「センスがいいでしょ」っていうだけなんだよね。

田中 俺はアートの定義のひとつは、変化の触媒であることだと思ってるの。それにアクセスした人は、昨日までの自分ではいられなくなるっていう。洋服でも着ることによる安心っていうより、着ることによる緊張があったりとか、着ることによって昨日までの自分ではいられなくなるっていうメカニズムがあるでしょ。たぶん建築もそういう役割を持っていて、イデオロギーとは別のところで人を変えてしまう作用を持っている。そういう意味において、宮下くんは自分が創った服を媒介にして、人や社会を変えたいっていう欲望はあるんだと思いますか?

宮下 ジョン・レノンの考え方と同じで、僕は洋服で世界を変えられると信じてずっとやってきた。それが僕ではないにしても、素晴らしい才能を持った誰かが実現してくれると、今でも信じているよ。

田中 じゃあ、具体的に今のこの世界で、何をどう変えたいんですか、と訊かれたら?

宮下 ……だんだん〈スヌーザー〉の取材みたいになってきてるな(笑)。

田中 ハハハッ! 懐かしいでしょ(笑)。だって、イライラしない? この世の中に暮らしていると。

宮下 イライラしっぱなしですよ。でも難しいなあ。希望と絶望が同じくらいのバランスで行ったり来たりしているから、希望だけ言おうとしても途中で絶望が入ってくる。それに、あんまり余計なこと言って、それが本当にそうなっちゃったら嫌だし。1月にパリで発表したコレクションで、『ジョーカー』みたいなことをやったんだけど、これに関しても、いろんな人に言われたんだよね。それをあたかも予言していたかのように、君がやることはすべて現実のものになってしまうって。それで落ち込んでいたよ。

Video: ワーナー ブラザース 公式チャンネル

田中 ただ、あのタイミングで『ジョーカー』というモチーフに宮下くんが惹かれた一番の理由は?

宮下 いや、最初は『ジョーカー』みたいなコレクションにしようなんて全然思っていなかったから、そのモチーフに惹かれて創ったわけではなくて、作業をしている途中に映画が公開されて偶然一致してしまった。僕には、デジャヴというか、これはこの前見たな、話したことだな、っていう偶然がよくあるんだよね。なぜそんなことが起きるのかは、僕の頭を割って中を調べてもらうしかないんだけど…でも、そういう人って世の中に何人もいるんじゃないのかな。

田中 それってヴィジョナリーの特権だね(笑)。でも改めて、映画の『ジョーカー』に宮下くんが惹かれた理由は何だと思います? 僕からすると、あれはホアキン・フェニックスの動きと発声を見るための映画だった。もちろんトッド・フィリップスっていう監督のフィルモグラフィの中でも位置づけられるし、彼自身は否定しているものの、今の時代の写し鏡という言い方も出来ると思うんだけど。

宮下 今回のジョーカーは、(これまでの映画で描かれてきたジョーカーより)もっと普通の人間だったから、より感情移入したんだと思う。でも僕はジョーカーっていうキャラクターがずっと好きだった。僕の中ではまったく悪だとは思っていなくて絶対的なヒーローの一人。僕はあんな狂気は持ってないけど、もしかしたら、限りなく近い人間の一人だと思っているのかもしれない。ヒース・レジャーが演じたとき(『ダークナイト』)もそうだったけど、実はとてつもなく「人間」らしいじゃないですか。だから、そもそもあのキャラクターが好きなんだよね。

田中 じゃあ、ジョーカー以外に宮下くんが惹かれるキャラクターを挙げるとすれば? これはアメコミ発信じゃなくてもいいんだけど。

宮下 『ナイトクローラー』っていう映画でのジェイク・ギレンホールかな。あれは観終わった後に、「これって、現代版の『タクシー・ドライバー』じゃん」って思った。でも、あの映画はなんであんなに流行らなかったんだろう? 僕としては、『ナイトクローラー』は『タクシー・ドライバー』とスイッチされてもいいくらい、素晴らしいキャラクターの、素晴らしい映画だったと思うけどね。あれは映画の世界に入っちゃうような瞬間が何度もあったな。

Video: シネマトゥデイ

田中 今挙げてもらった『ジョーカー』『ナイトクローラー』『タクシー・ドライバー』の3つは……。

宮下 実は、僕にとって『タクシー・ドライバー』はそんなに重要な映画じゃないんだよね。僕がM65を好きなのも『タクシー・ドライバー』のロバート・デ・ニーロの影響だろう、って思われがちなんだけど、実は違う。僕は『クレイマー・クレイマー』でのダスティン・ホフマンの着こなしの方が好き。僕があのジャケットを好きな理由は『クレイマー・クレイマー』なんですよ。

田中 ただ、その3作品の共通点として、アウトサイダーであることは挙げられると思う。アウトサイダーであることは宮下くんにとってどのような意味を持ちますか?

宮下 自分がそこに位置づけられる理由はわからなくもないけど、自らそこに行ってるつもりはないですよ。ただ、何をしても大体そういうところに行ってしまう(笑)。「そういうつもりはないのに、なんでだろうな?」って思うことはよくあるよ。

田中 適切な言い方かどうかはわからないけど、常に宮下くんはいわゆるインディ志向というよりはメインストリーム志向、メジャー志向でもあるわけでしょ? 自分自身がオルタナティヴであるよりポップである、って思っているでしょ?

宮下 ほんと、そういうことを言うのが得意だね(笑)。

田中 (笑)。だって、ビートルズはポップじゃないですか。当初はまったくのオルタナティヴだったわけだけど、自らポップであることの定義を変えた。そういう意味からすると、宮下くんはポップだと思うんだよね。

宮下 うん、実際問題そうかもしれない。そこに対する憧れがものすごいあるから、言われてみればポップなのかもしれないけど、インディペンデントなものに対する憧れも人一倍強いんだよね。テーゼとアンチテーゼを秒ごとに繰り返している、っていうのが僕の自己分析かな。

田中 わりと忘れられがちな、もっともプログレッシヴでもっともクリエイティヴなものがポップになり得る、というメカニズムを宮下くんは信じているってことじゃないの?

宮下 そうなのかもしれないですね。

田中 でも世間一般では、プログレッシヴなものはメインストリームにならなくて、つまらないものがポピュラーになるっていう神話がいまだに信じられている。そことの対比で、そんなふうに感じられるっていうことだと思うけど。

宮下 ……じゃあ、僕はポップで。

田中 (笑)。ただ、基本的にはオルタナティヴっていう言葉は好きでも、ポップっていう言葉は好きじゃないでしょ?

宮下 そうなんだよね。大嫌い。自分では全然そういう言葉を使わないし、言われるのも嫌。とてもいい言葉だっていうことはわかっているんだけど、僕には似合ってないと思う。その言葉を僕の体に入れたくないという気持ちが働くのかもしれない。やっぱり嫌いなんだと思う、その言葉が。

田中 でも、それでよく俺みたいなポップっていう概念に取りつかれた人間とつるんでいられるよね(笑)?

宮下 似た者同士なんじゃないですか?

田中 思い出したんだけど、宮下くんが俺に、(UNDERCOVERの高橋)盾くんや(A BATHING APE®の)NIGOくんと、宮下くんや俺みたいな人間は違うんだ、って力説していた時期があったよね。

宮下 今でもその考えは変わらないかな。あの人たちは本当に選ばれた人であって僕は違うから。僕は選ばれたいという願望だけ持っている奴だよ。言ってみれば、二人はジョンとポールみたいな感じでしょ。僕はジョージ・ハリソンと言いたいけど、当然そこにもなれないでしょう。

コロナ以降のディストピアにおいて、創っていくべき新しさとは何か?

田中 これも宮下くんのインスタ・ライヴを見た尾田さんが教えてくれた情報なんだけど、最近宮下くんが古着とかリメイクに対しての興味が薄れていると言っていたっていう。そこに関してはどうですか?

宮下 そうですね。今日もジーンズを穿いてるし、古着が嫌いになったわけじゃないんだけど、2月の終わりくらいから、急に見るのがしんどくなってしまったかな。それは、誰かが何かを変えてくれると信じ始めていて、可能であれば僕もその一人になれたらいいなと思っていた時期。そんなことを考えていたら、J.C.ペニーが破綻して、ブルックス・ブラザーズまでもが破綻した。先人たちが創り上げてきた大切なページが無くなったんですよ。もちろん、何にでも必ず終わりはあるんだけど、信じていたものに終わりがあるんだということを実感した。ひょっとしたら、そういうことがいろいろ起こるんじゃないか、ってことに気づいていたのかもしれない。いろんなものが終わりを迎えて、新しい扉が開くはずだって。まだその扉は開いてないんだけど。

田中 うん。

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Photo: Getty

宮下 僕は「これは一生ものです」っていう言葉が一番嫌い。そんな嘘はないと思うし、冗談じゃない。これは47年間の人生でずっと変わらずに思っていることなんだけど、一生着るものなんてないし、新しいものの方がいいに決まってる、っていう希望をどこかに持っているんだと思う。自分のベースにそういう考え方がある中で、こういうことが起きてしまって、さっき自分の中でテーゼとアンチテーゼを秒ごとに繰り返していると言ったけど、「一生もの」っていう類の考え方を否定したいという気持ちがより強くなってしまったんだろうね。

田中 ここ数ヶ月で起こったことの一つが伝統的なものが失われたことだとすると、どこか世間一般に漂っている空気は、クリエイションにしろ、社会システムにしろ、新しいものを生み出そうっていうよりも、「いやいや、かつての場所に戻ろう」っていう力学の方が目につくわけじゃないですか?

宮下 うん。でも、元には戻らないですからね。これが新しい生活だし、新しい文化だから。

田中 そう。ただ、いまだに世の中はそういう風に思い込んでいて、政府でも社会でもそういう意識や力学が支配的なところがある。そこはどうですか?

宮下 僕は端から元に戻らないと思ってる。自分のファッションの歴史では、今までやってきたことは全部リセットされて、その次にやることがスタートだと思ってるから、あの時のあれはよかったよね、なんてことは考えない。古着は大好きなんだけど、自分から距離を置いてしまっているんだと思う。嫌いになる努力をしている、っていうのが正しい説明かもしれない。

田中 ある種のノスタルジアから自分を切り離そうっていう?

宮下 そういうことですね。

田中 そこで創っていくべき新しさとは何だと思いますか?これは人生相談でもあるんですけど(笑)。何に向かっていこうか、と俺も考えているところがあるから。

宮下 ファッション・デザイナーが何でも出来るスーパーヒーローのような存在になることかな。子供たちはスーパーヒーローに期待するじゃない? スーパーマンやスパイダーマンが来てくれれば、何でも解決してもらえるって。ファッション・デザイナーは軽視されているし、ファッションは芸術の世界での位置づけがかなり低いものだと思う。でも、こんなことになった今、ある意味そういう存在になれるチャンスだと思うんだよね。

田中 うん、その通り。

宮下 実際に、幾つかの映画(で描かれていた状況)をすっ飛ばして、既にディストピアのような生活が始まってしまった。じゃあ、このディストピアの中で何が創れるんだ?って考えると、そこには夢と希望しかないわけですよ。今はわざわざ洋服を買いに行く人も少ないだろうし、もう洋服は必要ないんじゃないか、って思っている人もいっぱいいるだろうから、そういう意味では絶望した状態かもしれないけど、創るという作業においてはまったく絶望はない。不思議なもので、それでも僕らは創り続けたいと思うし、この悲惨なディストピアの中で、夢と希望しかないものが生まれるはずだと思うんだよね。僕も前回までは状況が違っていたから破壊的なものを創造していたかもしれないけど、次は違うものが創造できると思う。前回のショーが終わった1月に考えついたアイデアだから根本は変えられないし、夢と希望に満ち溢れた洋服なのかと言えばそうじゃないかもしれないけど、創っていく過程でいろいろ変わっていくだろうし、仕上がった時にどうなるのかな、って僕自身も楽しみにしてる。

田中 うん、楽しみにしてるし、期待してます。

宮下 いつの時代も状況が悪ければ悪いほど、人って新しいものを生み出すじゃないですか。何もかも条件が揃った状態で何か新しくてかっこいいものが生まれるかっていうと、僕はそうじゃないと思う。こんなディストピアは嫌だけど、クリエイションだけを考えるならチャンスとしか言いようがない。全部リセットされたわけだから、全員チャンスなんです。過去にすごいことをやっていた人たちも、一回カウントがゼロになって、今は、いっせいのせ、で全員が同じスタート・ラインに立っているんだから。

田中 一番重要なポイントは、そんな風に感じ取れるかどうか、ですよね。

宮下 そうですね。僕のような考えを持っている人がどれだけいるのか。これは少数派の考えかもしれないけど、僕はそうなったらいいなと思い続けています。意外と僕、すぐ信じるタイプだからね。

田中 一方で、パンデミックのせいで忘れられていることも幾つかある気がしていて。例えば、2020年1月の時点で、アメリカが中東の指導者を国家テロとして殺害した。でも今は中東の動乱や、アメリカとロシアと中国の関係が忘れられつつある。そんな状況下で、そのあたりの列強国が宇宙開発に乗り出すとか、明らかにきな臭いことになっている。もうひとつ、パンデミックで忘れられてしまったのは、昨年後半に一番グローバルな話題だった気候変動だよね。その二点は、宮下くんに生活者として、クリエイターとして、何か影響を与えていましたか?

宮下 まずはアメリカ宇宙軍の話からしましょうか(笑)。宇宙軍がカモフラージュの軍服を発表したでしょう? 宇宙でカモフラージュは必要なの?って思ったな(笑)。たぶん宇宙には何かあるんだろうし、宇宙人が地球を侵略するというのもあり得る話だとは思うけど、まだ眉唾な感じだよね。宇宙軍が一体どんな仕事をしているのかわからないから何とも言えないけど、正直僕は「月面着陸はどっちが早かった?」なんていう論争をまだ続ける気なんだ、としか思ってないかな。面白い物語だし、面白いジョークだし、月になんて誰も行ってないのにそれをまだ論争してる人間が何より面白いと思う。もし今後宇宙軍がちゃんと機能して、宇宙人と人間が繋がったとか、宇宙人に侵略されそうだ、ってなったらそれこそ面白いし、どうせだったら宇宙人に会ってみたい。携帯電話が初めて登場した時はびっくりしたでしょ? 実はそれと同じような話で、宇宙人も実際に見たら「びっくりしたー」っていう程度だと思う。「こんなに簡単に君に会えるなんて」って。

田中 実際に会ってみたら、意外とすぐに当たり前のものとして受け入れるだろうっていう?

宮下 宇宙人に関しては、きっとそうだと思う。気候変動に関しては、CO2が増え続けていて、世界の気温が3℃くらい上がってるなんて大変なことだよ。それこそ宇宙軍の仕事じゃないかと思うけど。

田中 ハハハッ!

宮下 3℃も気温が上昇するなんて、真夏に40℃を超える国では人が死に至ってしまうでしょ? 本当に世紀末に向かっているんじゃないかと思う。でもこれは宇宙に関係しているような気がするから、きっと宇宙軍が解決してくれるんじゃないですか。また月面着陸と同じような感じで、なんか面白い話を創るんじゃないかな。そしたら今度はキューブリックじゃなくて、クリストファー・ノーランの登場ですよ。

田中 それこそ、クリストファー・ノーランが『インターステラー』を創った時は、誰もが地球の外側に対する想像力を無くしてしまって、携帯電話を見ているという状況だった。そこに対するリアクションとして、彼はあの映画を創ったところもある。ところが、それから5年も経たないうちに宇宙開発がどうとかいうことを列国が言い始めている。すべておかしいでしょ、っていう感じがするんだけど。なんら国家がやっていることにリアリティを持てないっていう気分なんですよね。政治に巻き込まれちゃダメ。信用しちゃダメ。そんな気分です。

宮下 そうですね。

田中 宮下くんは7月にオンラインで何かしらを見せるっていうことはやらないという選択をしたわけだけど、具体的に今の宮下くんのクリエイションが向いている先のヒントを幾つかもらうことは出来ますか?

宮下 ファッション・ウィークがあまり意味を成さなくなってしまったのは確かかな。メガ級のブランドは、自分たちのペースで、自分たちのタイミングで発表するようになった。それって本当はものすごくインディペンデントな考え方だから、僕らが言わなきゃいけないことだったのに、先に言われてしまったんだよね。一瞬にしてメジャーの言葉に変わってしまったよ。じゃあ、僕はどうしようか?と一生懸命考えた末に……言っちゃっていいのかな?

田中 うん。

宮下 今でもファッション・ウィークは、メンズの期間とウィメンズの期間がわかれているんだけど、僕はどちらのタイミングで発表してもいいんじゃないかと思ってる。でもどうせだったら、いっせいのせ、で勝負したいから、スケジュールに反抗するのはやめようという結論を出した。勝ち負けじゃない、っていろんな人に怒られるけど、僕はこういうことは勝負事だと思っているんだよね。ただし、スケジュール通りではあるけど、男性のためでも女性のためでも、子供のためでも大人のためでもなく、すべての人種、性別、年齢の人のための洋服を発表したいと思ってる。メンズ・ファッション、ウィメンズ・ファッションだなんて言葉はもうくだらないし、そういう境界線を全部なくすことが僕の目的です。やりたいのはそういうことなんです。

田中 なるほど。

宮下 プラス、気候変動の話じゃないけど、さっき宗さんが言った通り、洋服に春夏秋冬は必要ないと思う。いつのコレクションのものかなんてこともディストピアにいる我々には意味がないし、更に言うと、性別の区別も意味がない。僕が創る洋服はオールシーズン着れるし、いかなる人が着ても構わない。その一方で、一日で、一時間で飽きる可能性もありますよ、って無責任になっている面もあるんだけど、創るものは無責任でいいと思うんだよね。いちいち説明書がないといけないような洋服を創っても、今は意味がないから。

田中 わかります。

宮下 もうひとつしゃべらせてもらうと、今ではオンラインで洋服を買うことが普通になっているじゃない? このTシャツは着たことがあるし素材感もサイズもわかってるから、三枚まとめて買っちゃおう、って。それはそれで続くだろうけど、コンピューターの画面で洋服のデザインを見て「この洋服はいったいどうなってるんだろう? よくわからないけど、かっこいいから(購入ボタンを)押しちゃえ」っていう時代が一瞬で来ると思うんだよね。オンラインはベーシックなものを買うのに都合がいい環境だとされていたけど、それだけではなくなる。それなりのものを創らなければ、ボタンを押してくれることはないわけだから、そういう時代を創っていくのも僕たちの仕事なんだよね。

田中 パンデミックを経過したことで、今までのファッションの世界では産業的な要請から通例とされていた、ジェンダーをわけたり、春夏と秋冬にコレクションをわけなくちゃいけないという常識に対する宮下くんの疑問を表立って表明出来る状況にもなった。だからこそ、それを創作の中できちんと貫くんだっていうモード?

宮下 はい。それがファッションですから。圧倒的に信用していたアメリカのブランドが無くなるということはとても悲しかったけど、僕はすんなりその現実を受け入れられたし、僕にとってはいいスイッチを入れてもらえたと思っている。僕らのやるべきことが見えたというか…ファッションは進化し続けないといけないんです。

田中 そうなんだよね。不謹慎だとも思ったから公の場では敢えて言わなかったけど、今回のパンデミックはいろんな変化のチャンスだと思っていたんですよ。

宮下 そう思っている人が多いことを望んでいます。もちろん普通の状態ではないし、僕も本当に落ち込んでいるけど、間違いなくチャンスが訪れていると感じているよ。

田中 少なくとも、人類の意識の変化を促すには一大契機だよね。それを契機と思えるか、ただの厄災だと思うかで、これから先にやることが全部変わっていく。

宮下 そう思います。

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Photo: TAKAO OSHIMA