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(2008/02/02Limit PR)

ギャンブルは楽しまなければいけない。
そのための鉄則は、今も昔も同じで「賭け事は遊び金でやれ」ということに尽きる。

今まで見てきた、破滅へ一直線と落ちていった人たちはある種の共通性がある。そのひとつは、いつも勝ち続けているように見えることだ。
彼らは、とてもその場の雰囲気に馴染んでいて、ディーラーや黒服の連中とも親しげに話をしている。
カジノに通い始めたばかりの頃は、彼らのようにスマートに振舞ってみたいと願うものだ。

だけど、勘違いをしてはいけない。
彼らが、その場に馴染んでいるのは、それだけ「いいカモ」だからだ。
店の連中は、彼らが来ると、内心「ウヒョウヒョ!」と喜びをかみしめています。たいがい、カジノの従業員の間で、馬鹿にするようなニックネームがつけられていたりする。

ギャンブルで身を滅ぼすタイプには、ちょっとしたビジネスで成功したタイプの人と、なけなしの金でギャンブルにはまりきって、実は消費者金融などのカードを何枚も持ち歩いているタイプの2タイプがいる。
要するに、遊び金で贅沢の一環として遊ぼうと思っていたのだが、いつの間にか商売の金にまで手をつけてのめりこんだタイプと、ギャンブルに対して免疫がないために、金もないのにカジノのムードに惹かれてしまい、借金に借金を重ねてしまうタイプだ。

私は、こんなサイトを作るくらいだから、ギャンブルが大好きだ。だけど、パチンコも競馬も競輪も、もちろんアングラカジノもマージャンすらほとんどやらない。
君子危うきに近寄らずということである。私は、自分の意志の弱さを知っている。だから、やりはじめればのめり込むに相違ない。事実、Mr.Dのルーレット攻略法を論理的に説明できるようにしたのも、その練習法を考えたのも私だった。だから、今ではMr.Dほどではないにしても、ルーレットで負けることはない。
しかし、私はアングラカジノには近寄らない。
以前、取材のためにアングラカジノをのぞいたとき、店員と常連客がこのWin&Loseのことを話しているのを、何度か聞いたことがある。誰もがいったい誰がこのサイトを運営しているのかとうわさしていた。まさか、うわさの本人がそのすぐそばにいるとは思いもしなかっただろうが、大方は、カジノ関係者ではないかと言うのだ。
私はベンチャービジネスマンだ。
そう、賭博よりももっと大掛かりで、もっと面白く、もっと自分の能力が問われるビジネスというギャンブルにうつつを抜かしている。

それでも、たまにはスロットくらいは楽しみに行く。最近ではミリオンゴッドなどという、とんでもなくギャンブル性の高い物まで出現している。私は、ついつい熱くなって、のめりこむ。先日も、2千円でヒットし、約10万円を稼ぎ出した。しかし、その後、更なる夢を追いかけて結局は全額すってしまった。ミリオンゴットというマシンは、実は100万円の勝ちさえ不可能ではない、スーパーギャンブルマシンなのだ。私は30万円~40万円を目標にすえていた。

この話をすると、友人は私をバカなことをしたといって笑う。10万円の勝ちで満足するべきだったというのだ。だけど、私には私のルールがある。それは、ギャンブルをするときに中途半端なプレイをしないことだ。
だから、私は家を出るときに「失ってもいい金額」だけをポケットに入れる。そう、はじめから負ける気で行くのである。

負けてもいいのだ。いや、負けに行くのである。
それがギャンブルで勝つ秘訣なのだ。


負けてもいいのなら、大きく勝ちにいかなければウソである。
だから、1発で10万円も勝ったのなら、失ってもいいお金が10万円増えたことになる。勝負できる金額じゃないか!?
そこで、私はその10万を3倍にすることを考える。
勝てば最高の気分になる。
負けても、最初からそのつもりだからどうということもない。

いけないのは、勝とうと思ってやるギャンブルだ。
ちまちまと小出しにしながら、ああでもないこうでもないとやり続ける。そうすると、そのうちに大当たりが来るような気がし始める。
今日負けると、明日は勝てる気がする。自分の持ち金のことなど考えることもなく、どうしても足がそちらのほうへ向いてしまう。
そんなタイプは、今すぐ、「君子危うきに近寄らず」を実践すべきなのだ。

さらに恐ろしいのは、「負けを取り返さなければ」という、ギャンブルに対する後悔を抱えたままの勝負だ。
これは、怖い。
心の中では、勝負に来たことを後悔しつつ、少しでも取り返そうと考え始める。「どうせここまで負けてしまったのだから、あとは手持ちの金をはたいてでも取り返そう。そして、二度とギャンブルはしないでおこう」などと勝手なことを考えて、次のゲームに進む。
しかし、もうこうなったら負けは確定している。
こう思ってからのゲームは、ビビリまくっているから、大きな勝負ができない。ギャンブルは100回やって70回勝つことはできない。逆に言えば、100回やって1回勝てば負けは取り返せる。そのときに一か八かの勝負ができる胆力があればの話だ。負ければ地獄にはまることがわかっていて、この胆力を発揮することができるのは、相当な修羅場をくぐってきた者か、ただのアホでしかない。
ところが、ギャンブルの神は不思議にこうした負け組みの最後の勝負に微笑まない。
私は、何度かこうした土壇場の瞬間に立ち会った経験がある。目は血走り、表情は悲壮である。ディーラーも寡黙になり、場が冷えてゆく。
最後のカードが開かれたとき、そこには悲惨な結果がその男を待っている。

はっきり言って、ギャンブルは必ず負ける。あなたの周りに「負けない」と自称する人がいないだろうか? きっといるだろう。だが、その人、いい暮らししてる?

本当に自分で「負けないよ」といい、無職なのに豪華な暮らしをしている人は、Mr.D以外に見たことがない。

では、キャバクラや海外旅行など、楽しいことは山ほどあるが、それぞれお金は失う。しかしキャバクラ通いで人生を失う男は、いるようで、案外少ない。
そう。楽しむことはお金がかかるのだ。
ならば、ギャンブルもレクレーション。お金を支払うつもりでやればいいのだ。そう、ギャンブルもキャバクラで飲むのと同じようなものだと思って楽しめばいいのだ。

そうして楽しんでいる限り、ギャンブルで人生を失うことはない。むしろ、私がスロットで勝負をしたように、時には思いがけない大勝をもたらせてもくれる。

ギャンブルは楽め。
楽しみには代価を支払え。
村上龍はその著書の中でしばしば、「人生は楽しまなけりゃウソだ」というような台詞を主人公に語らせる。ギャンブルも同じだ。
「ギャンブルは楽しまなけりゃウソだ」

あなたは、今夜、ギャンブルでおいくら遣うつもりですか? その楽しみの代価として。

GOOD LUCK!

   


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