43.感謝であり謝罪
天秤は傾く、少しでも苦痛を後回しに出来る方へ。
元々ヴィオレット自身はクローディアに対して悪感情を抱いてはいない。抱かれているだろう自覚があるので必要以上に関わらない方が良いとか、周囲におかしな方へ誤解されたくないからというのもある。全部引っくるめて面倒臭くなりそうだからと近付かない方が賢明だと判断した、していた。
だが今回に置いては逆、少しでも学園への滞在時間を長くしたい。
頷いたヴィオレットとクローディアが向かったのは、当然と言えば当然なクローディアの仕事場所……の一つ手前、以前訪れた事のあるサロンだった。
その時向かい合っていた席に、今度はヴィオレット一人だけが座る。 クローディアは待っていろとだけ残して、奥の生徒会室へと消えていった。
その間にサロン担当らしい執事が飲み物とお茶請けを用意してくれたが、今日はお客様として招かれている訳ではない。暖かそうな紅茶が冷めていくのは忍びないが、何となくクローディアに断りなく口にするのは躊躇われる。
しかしそんな心配は杞憂に終わり、手持ちぶさたを感じる間も無く、片手で抱えられる量の書類を持ってクローディアが戻って来た。
「待たせて悪いな……もう少し楽にしてもらって構わないぞ」
「では……お言葉に甘えて」
釣られた様に伸びた背筋と手の付けられていないティーセットを見て、緊張していると思ったのだろうか。確かに心構えは少々物騒な方向にある気もするが、特別緊張しているというほどではないのいだけど。
とはいえ意識して居ずまいを正していたのは事実。目に見えて寛ぐ訳ではないけれど、気持ち的には幾分か緩んだ様に思う。手を伸ばしたカップはまだ充分に暖かかった。
ヴィオレットが一口飲み終わる頃には、クローディアも目の前に座って足を組んでいた。前回よりも随分と力が抜けている様に思うのは目的が違うせいだろうか。
バサリ音を立てて、紙の束が机に広げられる。見た目的な量はそれほどでもなさそうだが、音から連想するとそれなりの枚数が重なっているらしい。
「急ですまないな。繁忙期なんだが人手が足りなくて」
「いいえ、私でお役に立てるなら」
むしろお礼を言うべきはこちらの方だ。クローディアが突然部外者である自分を手伝いに招いた理由の大半はヴィオレットの態度だったはず、勿論人手不足も嘘ではないだろうけれど。
「これに目を通して、誤字の修正と……数字があまりにも常識範囲外だったら声をかけてくれ」
「分かりました」
受け取った赤インクの万年筆を片手に、一枚一枚目を通していく。
どうやらクローディアもここで仕事をするらしい、同じ様にA判サイズの紙に目を通していく。ヴィオレットと違い黒インクで沢山書き込んだり、真っ白な紙を埋めていったり、横目で見ていても忙しいのがよく分かる。
そういえば、他の役員の姿がないのはどうしてなのか。
「あの、他の方はいらっしゃらないのですか?」
「ミラは他の仕事で席を外している」
「……ミラ様以外は」
「卒業後、まだ決まっていない」
そういえば自分の知る生徒会メンバーはほとんどが三年生だった。当時一年であったヴィオレットの学年は一人もいなかったし、二年生はクローディアとミラニアの二人だけ。新学年となってメンバーが減ったのは、理解できる。
「この時期なら新しい人材が入っているはずじゃ……」
例年なら、三年生が在学中に候補を選定し、早ければ卒業前から引き継ぎが始まる。たとえ遅くとも新学期が始まればすぐに補充されるはずだ。
部外者であるヴィオレットは内情をよく知らないが、この繁忙期で一気に仕事に慣れさせるのが生徒会恒例となっている。
それが、いまだに二人だけで回しているとは……ヴィオレットでも無理があると理解出来るというのに。
「今年は選定の基準が厳しいんだ」
「それは……分かりますけれど」
王子が生徒会長になる年、例年より注目が集まり仕事量も増え求められる質も上がるだろう。
「まず、俺にかまけず仕事をしてくれる人材である事が必須だな」
「それは前提なのでは……」
仕事をする、それは条件ではなく初期装備ではないだろうか。生徒会に挑むならば持っていなければならない必要スキルとも言える。
呆れてしまいそうになったが、自分のこれまでの行動を思い出して、納得した上で何故か申し訳ない気持ちになった。
もし仮に今までのヴィオレットが生徒会に入る事になったなら、クローディアの気を引く事ばかり考えて仕事は片手間……ならまだマシ。下手をすれば邪魔ばかりのお荷物になりかねない。
そういった人が多く集まったのだろう。そして真面目に仕事をする人はそういった過激な方々に萎縮して見つからない場所まで潜ってしまったのか。
(何か……ごめんなさい)
何もしていないが、かつて同士だった者として。心の中で謝りながら、お詫びという訳ではないけれど任されたからには全力を尽くそう。
ただの確認作業でも、仕事は仕事だ。
ヴィオレットは持った万年筆に力を込めて、新たな書類へと手を伸ばした。