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今度は絶対に邪魔しませんっ! 作者:空谷玲奈
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42.すっからかん

 授業が全て終わり、特に用事もない生徒がする事とは何だろうか。

 真っ直ぐ帰る者、友人と寄り道をする者、学園内で何かしらの用事を済ませる者。用がなければ帰宅し、その逆ならば留まるのが通常ではないだろうか。

 その用事の中に、帰宅したくないは含まれるのだろうか。因みに付き合ってくれる友人はいないので一人だ。ユランに言えば共にいてくれるだろうけど、帰りたくないだけの自分にユランの時間を使わせるのは申し訳ない。

 なので結局は一人教室を出て、出来るだけ人の少ない場所をその都度選んで時が過ぎるのを待つのが常だった。

 図書室や食堂で時間を潰すというのも考えたが、大抵の人が同じ事を考えるらしく、その二つは基本いつも人が多い。


「……一時間くらい、かしら」


 思い思いに過ごす人の声が耳に届くが視界には誰もいない。整えられた緑は綺麗だが、差し色がないせいか少々寂しく見えるのはヴィオレットの気持ちから来る情景だろうか。

 基本的に自由な学園だが、特に用もない生徒がいつまでも遊んでいられる訳ではない。生徒会や何かしらの仕事を持っている生徒、相応の理由がないのならば帰宅を促され、それを拒否出来る利用がないなら従う他ないのだ。

 その制限時間が、一時間後。日が沈むほどの時間ではないが、空の色が変わり始める時間帯。

 自宅から持ってきた本を広げて、ここ数日かけた一冊はもうすぐ終わりを向かえる。恐らく今日中に読み終わるだろう。


(次は何をしようかしら……出掛けても良いけれど、伝わると面倒な気もするし)


 したい事を自由にしようと思ったのはまだ記憶に新しいというのに、時間が出来てちゃんと考えてみたら思ったよりも叶えられる望みは少なかった。

 まず一番に思ったお出掛けは、送り迎えを頼んだ所から父に伝わると面倒だ。特に以前メアリージュンの誘いを断った事で、父は勝手にヴィオレットがメアリージュンに借りがあると捉えている様だから。一度他を優先しただけでとんでもない利子がついてきてしまった。ただでさえ毎日帰宅時間を遅くしてるのだ、メアリージュンが何かしら望めば彼は欠片の躊躇いもなくヴィオレットの心へ踏み込んでくるだろう。

 それは、正直面倒だ。傷付かないも言い切れない。

 だから今までは出来るだけ学園内で出来る事をしていたのだが、中等部も合わせてすでに四年通っている。建物が変わろうと内面が変わる訳でもない。新たに増えた教室はあるけれど、どれも授業で使うものばかり。


「……私って思ったより中身ないのね」


 新しい一面……というほどでもないか。元々自意識はそれほど発達していなかった。言われるがまま流され続け、それが規定値を上回り爆発したのが前回の結果。

 その全てを取っ払った所で、残るのは空っぽな自分しかない。


(あ……ちょっと、駄目かもしれない)


 思った以上に心に来るものがあった。思い知らされるというのは、こういう事なのかもしれない。

 自由に行きたいと願って、あの家から逃れさえすれば飛び立てると思っていた。

 でもそんな事はない。自由は責任で、全ての選択が自分の意思。それはきっと、とても大変な事だって、今の今まで知らなかった。


「……ヴィオレット?」


「っ……」


 突然降ってきた現実に固まっていた思考が、耳に届いた声に思考が復活する。面を上げた先にいたのは、片手に紙の束を持ったクローディアだった。

 そういえばここは生徒会室に近かった事を思い出す。人影がないのはそのせいい。人が仕事をしている近くで騒げる人間はそういないし、それが王子様な生徒会長であれば尚更。

 まさかこんな所で見掛けると思っていなかったのか、クローディアの表情は目を丸くしていた。どうやらさっきの名前は呼んだというより無意識に口から出ていたらしい。確認も意味もあったのか。

 お互いに気が付いてしまったし、クローディアに関しては話し掛けてしまった側。何となく無言で立ち去る事も出来なかったらしい。


「まだ帰っていなかったのか」


「えぇ、まぁ……」


 帰りたくないなどと口にする訳にもいかず、だからといって用があるのだと嘘も付けず、歯切れが悪く濁す方法しか取れなかった。逸らした視線に何かを感じ取ってくれたのか、それ以上何か突っ込まれる事は無かった。


「クローディア様は生徒会のお仕事ですか?」


「まぁな……一般生徒はそろそろ帰宅時間だが」


「そう、ですね……」


 わずかに太陽が傾きを深めて、暗くなるまでもそう長くはないだろう。

 家に帰らねばならないのは当然の事で、ほぼ毎日感じるこの時間はいつまで経っても慣れない。登校を心待ちにするのは良い事なのかもしれないが、帰宅を嫌がる事が加わると途端に悲壮感が漂うのは気のせいではないだろう。

 帰宅が浮上しただけで陰った表情に気が付いたのか、クローディアも次の言葉が続かない。

 少しの沈黙と、思考の回転。この場を離れる理由を探しながらも、重い足は根を這った様に動かなくて。

 躊躇いが伝ったのだろう。閉ざしていた口を先に開いたのは、クローディアの方。


「ヴィオレット、この後はもう帰るだけか?」


「はい、そのつもりですが……」


「もし時間があるのなら……少し、手伝って貰えないか」



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