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今度は絶対に邪魔しませんっ! 作者:空谷玲奈
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24.対照的な似た者同士

 お昼休みは結局ほとんど無駄にしてしまった。ユラン共何とか昼食は取れたが、量的にはデザートとそう変わらなかった様に思う。

 自分は別にそれでも構わない。時間が減ったのは自ら選んだ行動の結果であり、食事量も元々そうおおくはないから。

 しかしユランはそうも行かないだろう。ヴィオレットを待っていたから時間がなくなり、体の大きさに比例した食事を取る彼に、あの量で満足しろというのは酷な話だ。

 午後の授業に集中出来ていればいいが……そう心配している内に放課後が来ていたが、ノートはきっちり取ってあった自分を誉めてやりたい。


(今から時間空いてるかしら……)


 ノートや教科書を鞄に詰めながらユランの事を、正しくはユランの胃事情を考える。もしお腹が空いているならば原因として何かご馳走したいが、ユランの予定がどうなっているのか。

 昼休みが終わるまでに聞いておけば良かったのに、ご馳走するという考え自体授業中に思い付いた物だ。

 明るく穏やかで、包容力と同じくらい甘え上手でもある。きっとユランは友人も沢山いるのだろう。

 そんな彼の放課後を自分に割いてもらうというのが……何とも申し訳ない気分になってくる。


(一度教室に……行って)


 そこまで考えて、思考が段々絞られていく。ユランの教室という事は、一年の階層。メアリージュンという存在が最も色濃く反映された場所にヴィオレットが向かうというのは、油に火の付いたマッチを落とす事にならないだろうか。二年ではもうほとんど話題にされない噂だが、張本人がいるとなると鎮火する時間も違ってくるだろう。

 クラスは違うと聞いているけど、瞬間移動の使えない自分には道筋という物が存在するわけで。


「……騒ぎになったらすぐに帰りましょう」


 行かないという選択肢はない。だからといって何の心構えもせずに突撃出来る無謀さもない。逃亡の算段くらいはつけて望むくらい、バチは当たらないだろう。


「ヴィオレット様、さようなら」


「えぇ、さようなら」


 出口手前にいたクラスメイトに挨拶を返して教室を後にした。



× ×  × ×



  高等部に上がり一年と少し、広すぎる校内は中等部の頃から変わらない。あまりの広さに、一年以上在籍していても行った事のない教室があるくらい。

 そしてユランの在籍するクラスは、ヴィオレットにとって初めて訪れる教室である。

 勿論高等部一年生は経験しているが、ヴィオレットが学んだ教室は別。広すぎる学園では隣のクラスですら距離がある。同じ階にあると行っても教室の広さも廊下の広さも色々と規格外だ。

 そしてもう一つ初めてな事がある。

 実はヴィオレット、ユランと同じ学舎に通うようになってから一度も彼のクラスを訪ねた事がない。


(……ちょっと甘えすぎたかも)


 中等部時代はヴィオレットが行く必要もないくらいユランの方から毎日訪ねて来てくれた。それに甘んじて自らの行動しなかった事実に今更気付いて、少し反省する。

 とはいえ上級生で公爵令嬢で、色々な意味で噂になったヴィオレットが訪れるというのは、あまり良い方向に進まない気がする。学園という安息の地でメアリージュンに会うのも出来れば避けたい。

 放課後という時間だからなけなしの勇気を振り絞ってみたが、普段ならば切っ掛けもろとも粉砕されてしまうような悪条件だ。

 今だって、決断したくせに歩調は遅く、帰宅する生徒に何度となくすれ違った。教室にいる人数を減らしたいという悪足掻きが透けて見える。


「……着いてしまった」


 とはいえそれにも限界があるわけで。普通に歩くよりは大分遅くではあるが、目の前にはユランが勉強する教室が。

 開けっ放しの扉から中を覗けば、人影はちらほら。かなり少なくなっている事には安心したけれど、お目当ての長身は見つからない。


「帰ったのかしら」


 前のめりになっていた姿勢を直し、ぽつりと声が漏れた。翌々考えれば人が少なくなればそれだけユランの帰宅している可能性も上がるのだ。約束していないのだから、と今日の昼休みに投げた言葉が放課後になって返却されるなんて。


「お客さんか?」


「っ……」


 諦めよう、そう思って立ち去ろうとした瞬間、背後から声がした。 気付かれるなら教室内の人だと思っていたから、完全なる無防備で。何も考えず、反射で振り返る。

 まず目を奪われたのは、褐色の肌。色白の人が多く日に焼ける事も少ないこの国ではそう見かけない、ヴィオレットも初めて目にしたが思っていたよりも違和感はなく、無条件に健康的な印象を受けた。ぴょこぴょこ跳ねた銀髪も真ん丸の大きな目も可愛らしいという表現がよく似合うが、袖を捲り上げて露になった腕はヴィオレットより二周りは太いだろう。ユランが基準になってしまっているせいか低いと思ってしまいそうだけど、身長だってヴィオレットよりも高い。

 性質上紳士然とした生徒が多い学園内で、あまりにも普通の……普通よりも随分活発そうな男の子。


「うちのクラスに何か用?それとも人探し?」


「え、えぇ……」


 どうやら見た目通り、人見知りという概念のないタイプらしい。下心の類いは窺えないので警戒する必要はないだろうが、あまりにも急激に距離が縮むと退いてしまいたくなるのが本能だ。

 とはいえ、折角話し掛けてもらったのなら聞かない手はないだろう。ユランが教室にいないのは事実だか、帰宅したのか今いないだけなのかは判断出来ない。


「ユラン・クグルスに用があったのだけど……もう帰ってしまったかしら?」


「ユラン?」


 予想外だったのか、疑問というよりは驚きに近い表情でユランの名が反復される。何かを考える様な素振りで視線をさ迷わせた男の子は、一瞬の間を置くと何かに気付いたのか口を開いた。


「あんたもしかして『ヴィオレット』か」


「え……?」


 突然自分の名が呼ばれ、頷くより先に疑問符が浮かんだ。

 目の前の少年とは、初対面のはずだ。いくらなんでもこれほど特徴的な相手を忘れたりしない。

 そんなヴィオレットの困惑など気付きもせず、男の子は納得した様子で何度も頷いた。


「聞いてた通りだなー……こりゃあいつが過保護になる訳だ」


「あの……何処かで会った事があるかしら?」


「あぁ、悪い。急に名前呼ばれたら気持ち悪いよなー」


「そこまでは思わないけど」


 カラカラと口を開けて笑う姿は、ユランとは違った意味で太陽を連想させた。ユランが暖かな日和なら、彼は照り付ける常夏の日射し。焼かれてしまいそうになるけれど、その存在感を憎めない様な。


「ギア・フォルトだ、あんたとは初対面だよ」


「ヴィオレット・レム・ヴァーハンよ。知っているみたいだけど」


「ユランがよく話してるからさ。初対面だけど、俺にとっては知り合いに近い」


「ユランが……?」


「ユランとは中等部からのダチなんよ」


 こう言ってはなんだが、意外という感想か真っ先に浮かんだ。

 ユランも、男の子改めギアも、確かに友人は多いだろう。しかし二人が放つ雰囲気は真逆で、簡潔に言うならタイプが違う。

 そんな二人が友人で、ギアの言い方からそれなりに長い付き合いらしい。元々友達という物に縁遠いヴィオレットだが、男の子同士というのは更に理解の外。大切な幼馴染みに気が合う友人がいるならばそれに越した事はないが。


「あいつまだ帰ってないはずだけど、いない?」


「教室にはいないみたいだけど」


「何か頼まれたんかな……その内帰ってくるだろうし、待ってるか?」


「いいえ大丈夫。約束があった訳じゃないし、失礼するわ」


 心遣いは有り難いけれど、この場で待機は少々心臓に悪い。メアリージュンが帰ったかどうか分からない上、約束をしていないユランがいつ戻ってくるか。

 今回は完全に約束を取り付けなかったヴィオレットの落ち度だ。


「伝言だけ頼んでもいいかしら」


「ん、何?」


「今日はごめんなさい、またお詫びをするわ……って、伝えてもらえる?」


「承りましたー、責任持って伝えるよ」


「ありがとう」


 お腹を空かせているだろう今日、満たして上げられなかったのは残念だった。が、ユランの友人に会えたのは収穫だ。

 幼い頃はずっと自分の後ろにくっついて回り、教育機関に通う様になってからも暇を見つけては自分の所へ通っていたユランが、ちゃんと友人を見つけている事が嬉しい。性格上人から好かれる事も分かっているし、友人が出来るだろうという想像も容易ではあったが、実物を前にするとでは訳が違う。

 ユランが自分の様にならなくて良かった、彼の人格形成に影響を与えてた自覚がある分余計にそう思う。

 大切な弟が友人を得た。今はまだ自分の所へよく顔を出すが、いつかそれもなくなるのだろうか。一番近くにいた幼馴染みだったけど、遠くない未来に卒業を迎えるかもしれない。

 想像すると、少し寂しいけれど。大切な人が大切な人を作りその環が広がるなら素晴らしい事ではないか。


 今日は久しぶりに良い気分で帰れる──なんて、早とちりだったらしい。家に着くまでが遠足ですとはよく言ったもので、校門を抜けるまで気を抜くべきではなかった。


「ヴィオレット」


「クローディア、様……」


「少し、時間を貰えないか」


 嬉々として潜ろうとした昇降口が離れていく。

 真剣な表情のクローディアを無下に出来る訳もなく、くるりと方向転換した行く先には大体想像がついた。


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