目線は次期?窮地の岸田氏 麻生氏が突き付けた条件に「できません」
安倍晋三首相が辞任表明する前まで、後継候補の「先頭ランナー」と目されていた岸田文雄政調会長。自民党総裁選で大きく出遅れ、窮地に立っている。首相や麻生太郎副総理兼財務相の後押しを取り付け勢いに乗る戦略は、そのまま菅義偉官房長官にお株を奪われる形で早々と頓挫した。もし惨敗すれば、政治生命の保証もない。反転攻勢に転じ、どこまで菅氏の背に食らい付いていけるか-。
3日午前。都内の岸田派事務所で総裁選の政策を発表した岸田氏は「国民の理解が、今の(厳しい選挙)状況を動かしていくことを願っている」。序盤戦で菅氏の圧倒的優位が報道される中、ファイティングポーズを強調した。続けて昼の民放番組に生出演し、新型コロナウイルス感染症と最前線で闘う国立病院など2カ所を視察、現場重視の姿勢を見せた。深夜もテレビ局をはしごした。
「地味で優柔不断な優等生」の印象が強い岸田氏が、何か吹っ切れたように動きだした。地元・広島から呼び寄せた妻と一緒のショットも公開し、親しみやすさを売り込む姿に、距離を置く派閥の衆院ベテランは背水の覚悟を感じ取った。「ようやく顔つきが変わってきたよな」
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初当選同期同士で、首相が気が置けない友人の岸田氏。第2次安倍政権では外相を4年7カ月、党政調会長を3年1カ月と常に要職の座を任された。首相がバトンを託す相手と見定め、そのゴールをお膳立てしようと岸田氏にアシストを出したのは明らかだった。だが、「次の首相」を問う世論調査では毎回、首相が目の敵にする石破茂元幹事長に大きく水をあけられ続けた。
6月のことだ。再び非常事態の様相を呈し始めていた新型コロナ対応と今後の政権運営で腹合わせするため、首相と盟友・麻生氏は一対一で向き合った。ふと「平時なら(次期首相は岸田氏で)いいんだがな…」。水を向ける麻生氏に、首相は「化けきれなかったよね」とうなずいた。
この前後から首相の胸中で「岸田氏の優先順位が下がっていた」(麻生氏周辺)とみられる。持病の再発による退陣劇が世間を震撼(しんかん)させた8月28日午後、岸田氏の姿は党本部ではなく、講演先の新潟県にあった。織田信長が本能寺の変で倒れた後、織田領の配分を決める「清洲会議」に間に合わず没落したとの説がある家臣・滝川一益を引き合いに、「岸田氏の命運は尽きた」(党関係者)ともささやかれた。
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菅氏が電光石火で実力者の二階俊博幹事長と会談し、総裁選の流れを一気にたぐり寄せつつあった同月30日、岸田氏は助力を麻生氏にすがった。そして、条件を突き付けられた。自ら率いる岸田派(宏池会)の前会長で、政界に隠然と影響力を残す古賀誠元幹事長との絶縁だった。
政界の要石である麻生、古賀の両氏は長年にわたり、地元・福岡の政財界を巻き込んでお互いをけん制し合ってきた間柄。「それはできません」と拒む岸田氏に、麻生氏は最後の助け舟を出した。「だったら、首相に『岸田を応援する』と言わせてこい」-。
翌31日。官邸に出向いた岸田氏に、友人が掛けた言葉はむなしく響いた。「(総裁である)自分の立場から個別の名前を挙げるのは控えている」。麻生氏は、菅氏支持にかじを切った。雪崩が加速した。
もはや菅氏の優位は揺るがない。それでも、岸田派は「派閥の人数(岸田氏を除き46人)と石破氏の得票をいずれも上回れば、来秋の『次の総裁選』に望みがつながる」(若手)とし、支持固めと他派閥の切り崩しに奔走する。菅氏支持を決めたとはいえ、後見役だった首相と麻生氏がひそかに、岸田氏に温情票を回す可能性もある。麻生氏の側近は「菅氏に何かあったら、次こそは岸田氏だ。そのカードを完全に捨てたわけじゃない」と話す。 (河合仁志、下村ゆかり)