貴賓牢の二人の王子
ルーカスとレオルド。
だいぶまともになったルーカスですが、かなり気落ちしております。心身ともにだいぶへたっています。レオルドは色々と動いています。今のところ引き続きしでかしているのはグレアムです。
貴賓牢には第一王子が入れられている。
それは周知の事実であった。学園に入学するまでは優秀だった王位継承権を持つ王子は、そこで男爵令嬢と親しくなった。
節度ある親しさであればまだよかったが、それは最悪の事態を招いた。
婚約者であるアルマンダイン公爵令嬢との仲を冷え切らせ、両家の間に不和を生んだ。良識ある貴族からの諫言を蔑ろにし、一時の熱にのめりこんだ。結果、彼の周りに残ったのは王家の権力の恩恵にあやかりたいだけの愚臣だけとなった。
さらに悪かったのが、その男爵令嬢の性質だった。
一見すると小動物のように可憐で素朴な愛らしさがあったが、その本性は毒婦そのものだった。側近である騎士を篭絡し、それを足かかりに第一王子に近づいた。それだけでは飽き足らず、第一王子付きの宰相子息にも食指を伸ばしていると噂があった。第二王子にも粉をかけており、教師や他の令息にもと噂が絶えなかった。
中には嫉妬ややっかみもあっただろうが、人の噂とは恐ろしいものである。
校舎裏で密会していた、温室で抱き合っていた、とまことしやかに様々な噂があった。
基本、王子殿下らには護衛であり監視もついている――その中には彼らが次期王として資質を調査するためのものでもある。
結果は、散々たるものだ。二人そろって女の手のひらに転がされた。側近らと競う様に宝石やドレスを貢ぎ、男爵令嬢の唆すままに問題を起こす。特にルーカスの乱心ぶりは酷かった。男爵令嬢が特に入念にまとわりついていたのが彼だったのもあるだろう。
その横暴ぶりは、ついに学園外にも問題になるほどの事件を起こした。
たまたま、上級貴族のご令嬢が学園に赴いていた。学友の家族と友人に会いに来ていたのだ。
それが選りにもよってこの国きっての重鎮の娘で、冤罪で罵倒した挙句怪我までさせたのだ。
重鎮――ラティッチェ公爵は激怒のままに、ルーカスを裁いた。
関係者を皆殺しの未来すら否定できないほどの断罪だったという。幸運なことに、その場に駆け付けた公爵令嬢の慈悲により処刑は少数だった。
ルーカスは再三の王や周りの諫言を無視した付けが回ってきた。
あの事件以降、貴賓牢に入れられたルーカス。最初の気落ちの仕方は尋常ではなかった。このまま身心を狂わせるのではないかと言われたほどだったが――すでに周りからの期待すら落ち切った彼にはさほど目を向けられなかった。
彼を王にしたかった正妃メザーリンの狂乱ぶりのほうが見てられなかったという。
ただ、第二王子のレオルドも事件に絡んでおり、彼も叱責されていたためまだ何とかなった。
時間がたつと落ち込んで沈んでいたものの、本来の理知的なルーカスに戻っていった。
男爵令嬢に入れ込んでいた彼は感情の起伏が激しく、短絡的だった。
すっかり食が細くなったものの、大人しく謹慎していた。
「兄上、またお痩せになられたのでは?」
「……レオルドか。どうも食欲がわかなくてな」
「このままではお体を崩します」
以前の半分も食べないと料理人が嘆いていたと人づてに聞いた。
確かにルーカスに失望した人間は多くいたが、まだ彼を慕っている人はいるのだ。
幼い頃からの利発なルーカスを知る人間なら、なおさら情を持っている。
「私は事実上王位継承争いから外れた。誰も気にしないだろう」
「兄上……っ」
らしくもない自虐的な言葉に、思わず咎めるように呼び掛けた。
それに対してのルーカスは達観したように微笑んだ。やせ細り、もともと端正だった容貌はすっかり線が細くなった。乗馬や剣術で鍛え得た体も、すっかり衰えているのが容易にわかる。まるで、ではなく病人のようだった。
レオルドの知る第一王子であり兄は常に立ちふさがる壁だった。
母であり第二妃のオフィールは常に正妃メザーリンとルーカスを敵視していた。お茶会で会う時は優雅に微笑んでいても、実子のレオルドの前では悪鬼もかくやという形相で何が何でもあの第一王子に負けるなと言い聞かされていた。
優美な振る舞いと支配者の風采を幼い頃から備えたルーカス。今もその所作は気品を感じられるが、以前のような力強さはなかった。
失墜したルーカス。学園での失態についてはレオルドも叱責を受けたが、ルーカスの比ではない。
「レナリアはまだグレアムのところか? ……手放しがたいのは解るが、もうどうしようもないだろうに」
「ええ、グレアムは相変わらずこちらの聞く耳を持ちません――牢に入れられた少女は保護できましたが、喉が潰されておりますので回復に時間がかかるとのことです。
レナリアの行方も知らないと一点張りを申しております。どこかに隠しているのでしょう。
宰相も流石にグレアムのしたことに気づいたようですが、罪状が増えるのを恐れてか隠蔽されました」
「少女は文字が書けないのか? ……貧民街からでも連れてきたのか」
「ええ、しかも我が国ではなく異国からの行商人がつれた奴隷の少女だったようです。
大事な証人でもありますから、信用できる先に預けております」
奴隷はこの国では禁止されているが、隣国ではそうではない。
牢に入れられていた少女は、以前よりもいい服と食事を与えられていたので閉じ込められてもさして気にしてはいなかった。ただ、顔を伏せるようにと同じ体勢で居させられたのは堪えたようで、助け出した当初はだいぶふらふらしていたという。
以前の主人は奴隷の少女を虐待していたようで、服の下には無数の傷痕があった。
「苦労を掛けるな、レオルド。私が不甲斐ないばかりに……カインやジョシュア、フィンドールは?」
「カインは学園から魔術院へ移されました。かなり情緒不安定ですから、王宮魔術師の監視がついています。ジョシュアはダンペール子爵家から勘当され、国境沿いの一兵として送られることが決まったそうです。フィンドールは教師としてこのまま続けるそうです……まあ、彼はレナリアに一方的に気に入られていたという形ですからね。むしろ清々しているのではないでしょうか」
「そうか、妥当だな。フィンドールは若いが教師としては優秀だ。彼の未来を潰さずに済んでよかった」
レナリアは自分に夢中だと思っていたようだが、あの教師としては第一王子の歓心を得た令嬢を蔑ろにできなかったのだろう。
当時のルーカスはかなり横暴であり、教師であっても苦言を呈しにくい状態だった。
今思えば、彼は学園側の監視役もしていたのかもしれない。
「以前はレナリアが傍に居ると睨んでいたのに?」
「あの時はな。今はもう目が覚めたよ。随分長く悪い夢を見ていた気がする」
淡い緑の瞳を細め、苦笑するルーカス。
その目には以前の滾るような激情は微塵もなく、只管に凪いでいた。あの狂気にも似た熱意はすっかりと消え失せている。
念を押す様に問いかける。
「…本当にレナリアは良いんですね?」
「ああ、事を大きくしてしまった一因は私にもあるが、罪は正しく裁かれるべきだ。
もはや恩赦を請えるものではないだろう。そんなものを貰おうとすれば、寧ろ悪化する。
……レオルド、お前だってレナリアを追っていただろうに。もう腹は決めたのか?」
「貴方よりは早くには」
「いってくれるな」
もとよりルーカスたちほど、レナリアに執着していなかったレオルド。
ルーカスたちが執着し、魅了された少女だからこそ気にしていたという点が大きいことを、いまだに気づいていない。
レオルドがみっともないほど必死に恋をしていた兄を羨ましくも、哀れに思っていたのも知らないのだろう。
それに気づいていたのは、婚約者のキャスリンくらいだ。
長年の婚約者である彼女は呆れながらも傍観してくれた。正直、彼女がビビアンことアルマンダイン公爵令嬢のように嫉妬に駆られなくてよかったと思う。
あの一見地味な婚約者がなかなかに図太いと今回で初めて気づいた。そして、頭が上がらなくなった。彼女もまたフリングス公爵令嬢という上級貴族で、王太子妃として教育を受けた女性の一人なのだ。
ビビアンとの差は義務ではなく、一人の異性として婚約者を本当に愛していたかだろう。あの一見キツイ印象を与える少女は、王子ではなくルーカスに恋をしていた。だから、ルーカスを破滅させるレナリアと激しく対立していたのだ。それが、恋に溺れたルーカスの反感を買うと分かっていても、必死で止めようとしていた。自分の恋が叶わずとも、嫌みの中にレナリアがルーカスの傍に立つ女性として足りないものを身に付けさせようとしていたのには、敏い人間は気づいていた。
複雑な感情を入り混じらせながら、ビビアンは堪えていたのだ。
その姿勢には、公爵令嬢としての矜持、人の上に立つ人間の器、そして少女としてのやるせなさが詰まっていたのだ。
問題はグレアムだ。あれほどの事件が起こっても、彼は目を覚ます気配はない。レナリアを囲い込みますます傾倒している気配すらする。
宰相が必死に情報漏洩を防いでいるが、いざ処刑の時にレナリアがいないとなれば当然真実は明るみになる。
幼馴染であり学友のよしみでレオルドも説得を試みているが、碌な成果はない。ルーカスもこれ以上、グレアムに罪を起こして欲しくないと願っている。側妃の母に伝えるのは危険だった。グレアムは第一王子派であると認識されている。ますますルーカスを追い込もうとするだろう。世間は、グレアムの独断だと判断しない。残るのは父王ラウゼス。みっともない息子たちのせいで苦労の多い父王に、腹心であるダレン宰相の子息の失態を伝えるのは気が引けた。だが、ここでレナリアが所在不明はもってのほかだ。放逐したままだと、一度下火になった貴族の不満が紛糾する可能性がある。ラティッチェ公爵もまた怒りが再燃したら、目も当てられない。事の重大さを理解している父王も重罪人のレナリアの捜索を秘密裏に行うといってくれたのが救いだ。
レオルドたちは、引き続き最も有力な情報があるだろうグレアムの説得に当たっている。
彼を捕らえても良いのだが、レナリアは男を唆すのが巧い。そして、その素朴で可憐な容貌に不釣り合いなほど、姑息で他者に冷酷で淡白な面がある。グレアムの周囲に不穏な空気を察知して、隠れ蓑を変える可能性が十分にあった。せめてある程度の足取りを追えるまでは、泳がせる方向性となった。
レナリアは生け捕りにしなくてならないため、慎重なのだ。
彼女は公衆の面前で『処刑』という形で明確に死罪を与えなくては、皆の心が収まらないほどやったことが重罪であった。
不満の捌け口として最も適任で、最も罪が重いのだから当然である。
ルーカスが拍子抜けするほどあっさりとレナリアを諦めたのは意外だが、もともとルーカスは王子として公人として私情を切り捨てることに長けている人間だ。学園に入るまで、レナリアと関わるまで、若さ故の多少の粗はあったものの立派な王子殿下としてあったのだから。
「レオルド殿下、そろそろお時間です」
「ああ、わかった。ではご機嫌よう、兄上。次は甘い菓子でも差し入れますか?」
「甘いものには懲りたよ。それより本がいい。クロイツ伯爵が他部族や他国の歴史の文献を貸してくれたのだが、神話や国の成り立ちが意外に興味深い。我が国からだけの見解ではない視点が非常に新鮮だ」
「……兄上、そちらは読み終えたら、私にもお貸しいただくことは可能ですか?」
「クロイツ伯爵に頼んでみよう。彼の私物だからな」
「是非、お願いします」
「……漸くまともに笑ったな。王位継承権争いが苛烈になるにつれ、お前は笑わなくなった。
レナリアの前ではかなり笑っていたから、かなり本気かと思ったんだが」
それはプレゼントされた歴史学や考古学に絡んだ本を貰ったときだろう、とレオルドは思った。
レオルドは人前では敢えて粗野に振舞うが、実際は物静かに過ごすことが好きだった。ただ、大人しいと子供であることを母のオフィールは許してはくれなかったが。
本も帝王学や、王位を得るために必要と分かるもの以外では趣味でも読むのを許されなかった。学園に入れば、多様性の教養の一つという建前で読む機会は増えた。
兄が意外と自分を見ていたことに苦笑する。上っ面だけの兄弟ではなかったと思っていいのだろうか。
レオルドが自分の宮に帰る途中、背の高い人物が向かってくることに気づいた。
こちらに気づくと、彼は胸にさっと手を当てて優雅に臣下の礼を取る。
その顔立ちに一瞬ぎょっとした。体が硬直するのが判る。
グレイル・フォン・ラティッチェを彷彿させる秀麗な美貌。
衝撃に狼狽えた。だが、ややあって気づいた。彼はかの公爵の実の弟であるから、似ているのは当然だ。
艶やかな淡い金髪と、宝石のような青い瞳。人間離れした美貌だが、彼の表情がよほど柔和だ。グレイルよりとっつきやすい、人懐こい笑みや喋り方で未だに社交界で騒がれる人物だ。ただ、喧騒や権力争いを嫌い田舎で伯爵をしているはずである。
グレイルの弟であるはずのクロイツ伯爵ことゼファール・フォン・クロイツ。だが、兄のグレイルは年齢不詳過ぎる二十代後半ほどの外見だが、彼は三十代半ばほどに見える。疲れているのか、顔色が悪く目が少し落ちくぼんでいる。確か、彼は二十代半ばか後半ほどだったはずである。理由など解っている――この騒動で、一気にサンディス王国の貴族情勢は大幅に変化した。失脚するものも成り上がったものもいる。恐らく、田舎に引き籠っているはずの彼は王都の騒ぎに無理やり呼び戻されたのだろう。
彼はグレイルほど優秀ではないが、温和で人との折り合いを上手くつかせるタイプと聞いた。だが、その優しい物腰と美貌で女性関係の修羅場も絶えないため社交界を避けているとも。
キャスリンに聞けば、もっと詳しいことがかかるかもしれない。
「レオルド殿下、お会いできて光栄です。御久しゅうございます」
「ああ、久しいな」
正直、覚えていない。
彼の噂は知っている。同性でもこれだけ美しければ覚えていそうな気がするか、それよりもグレイルの面影がちらついて落ち着かなかった。
「ルーカス殿下のお加減は如何でしたか? もしよろしければと、本を差し入れに来たのですが」
顔立ちもだが、声も似ている。ただ、ゼファールのほうがよほど柔らかい声だ。だが、その優し気な声音に無性に寒気――というより、怖気が走る。彼は悪くないのだが、どうも落ち着かない。
ゼファールはレオルドの来た方向から、何をしていたか察したのだろう。
貴賓牢でレオルドが会いに行くほどの人物など、限られている。
レオルドは既に監視付きであればある程度歩き回れるが、ルーカスはいまだに軟禁状態のままだ。レオルドの自由は、未だにレナリアを心酔するグレアムの説得やすっかり気落ちしたルーカスを気にした父王の配慮も理由でであった――凡庸といわれがちでも、ラウゼス陛下もまた王なのだ。レオルドはルーカスほど色恋沙汰に正気を失っていないと気づいていた。
「悪くはないと思うぞ。貴殿の本を楽しみにしていると聞いた。是非、差し入れてくれるとありがたい」
「それは良うございました。先日あった時は私を見るなり後ずさりして逃げようとなさり……その、随分兄のグレイルが強く当たったようで。
臣下として、王子殿下を諫めたいと思う彼の行動を否定はしませんが――ラティッチェ公爵は苛烈なので、だいぶ衝撃を受けたでしょう」
否定できなかった。ゼファールのいうグレイルの言動に対してではない。衝撃を受けた、ということだ。ゼファールはだいぶ言葉を濁し、やんわりとした物言いであったが、その柔和な笑みでかき消せないほどの苦い笑みが彼の苦労を物語っている気がした。
あの公爵の実弟では、さぞ苦労が多かったことだろう。
それとは別にルーカスの気持ちもレオルドにはよくわかった。現在進行中で身をもって体感している。
あの時、ルーカスに至っては椅子に座らされ、護衛をはじめとする知り合いの生首をテーブルの上に並べられていた。
端正な顔立ちを申し訳なさそうにするゼファール。なんであの兄で、この弟がいるのか激しく疑問だ。
兄は魔王なのに、弟のほうは良識がある。ちゃんと人の血が通っていると思える。
「……伯爵が悪いわけではない。兄は、貴方の本を楽しみにしていたぞ」
嘘はついていない。
でも、それ以上はレオルドも言えなかった。彼の容姿が、声が、否応なしにトラウマをほじくり返してくるのだ。
「それは喜ばしく存じます」
眉尻を下げて笑みを浮かべるゼファールは、顔を引きつらせている自覚のあるレオルドの挙動不審さに何を言うでもなく一礼して去っていった。
レオルドも王族の一人として、露骨に感情や表情を出すなと教育はされている。
しかし、今すぐにあの時の恐怖を克服しろというのは無理である。
そして、ゼファールは兄のやらかすことで様々な人間から、レオルドたちと似たような態度をされることが珍しくないのだろう。不自然なレオルドの様子に、一切触れなかった。
(……そういえばラティッチェ公爵は次男と聞いた。兄もいるのか…彼はどこかに婿入りしたと聞いた…どの家であったかな…)
まさか、あの顔に似たものがもう一つあるとかないだろうな。
背筋を震わせながら歩くレオルドが、ゼファールに本を借りたいと頼むのを忘れたと気づいたのは暫くしてからだった。
思い出し怖気をするたびに挙動不審になる第二王子に、控えていた騎士のウォルリーグ・カレラスが思わず医師を呼んだのは悪くない。彼は職務に真面目で、王族を心から敬い守ろうとしているのだから。たとえ、それが盛大な失態をした瑕疵のある王族でも彼の態度は変わらなかった。
第一王子が貴賓牢に幽閉されて事実上王位継承権が剥奪同然である以上、この国の次期国王――王太子候補は彼のみなのだ。手に刻まれた王印に、いささか青みが強いといえ緑の瞳。老王に新たな子は望めないといっていい以上、直系で王としての資格を残すのは彼のみだ。レオルドも問題が多いので、将来子供ができたらその子供になる可能性も高い。どちらにせよ王家伝来の魔道具は、国防の要なので傍系に王印や王家の瞳を持つ者がいない以上揺るがない。エルメディアは瞳が青。王印もどこにもないと聞く――だからこそ、あのように怠惰を表すようなだらしない外見のままで放置されていたのではあるが、ここ最近正妃は、今からでもエルメディアを教育し直せないかと躍起になっているらしい。当然、我儘放題に育った王女は激しく反発していた。
ミカエリスに振られて以来、やけ食いをしてさらに太ったと聞く。
レオルドは辟易した。針金のように細くなれとは言わないが、せめてトロール体形は脱してほしい。エルメディアが公務に出せないのは、性格以上に余りに印象の悪い見目もある。
今まで王妃派はルーカスばかりにかまけており、エルメディアは放置されていた。今更である。
エルメディアの婿として傍系でもいいので緑の瞳の人間はいないかと血眼になって探していると聞く。だが、数十年前に何度も大流行したメギル風邪の影響で、魔力持ちの王族、ましてや緑の眼の人間探しは難航しているという。
メザーリン王妃は漸く目が覚めた、しかし弱り切った息子に見向きもしない。
正妃と第一王子の失墜に、レオルドの母のオフィールは非常に機嫌がいい。レオルドは、内心その実母の在り方に嫌悪を覚えたが黙っていた。
美しい宮殿と王城。だが、その中は醜い権謀術策ばかりだ。蹴落とし、引きずり落とし、悲鳴と高笑いが響く。
ルーカスには黙っていたことがあった。
レオルドは、ルーカスより先にレナリアの本性に気づいていた。
あの庇護欲をそそる純朴そうな容姿や仕草を装っていたが、彼女は相手に会わせて人格や態度を使い分けているような節があった。
いつもの兄なら、それくらい見抜けるだろうと放置していたがレオルドの読みは外れた。ルーカスはすっかりレナリアに傾倒した。そして、傍観していたはずのレオルドも気づけば彼女の虜になっていた。
今では、何故あそこまで彼女に執着していたかは分からない。
違和感を覚えながら、レナリアの傍に居るとなぜかその違和感を忘れてのめり込んだ。彼女とともに思い出されるのは甘い香り。お茶会のたびに用意される手製の菓子やオリジナルのブレンドティー。時折まるで見透かされたように渡されるプレゼントや放たれる言葉。すり寄る体。そして、時折レナリアが零す訳の分からない不自然な言葉。
不揃いなピースが、魔窟のような王宮に生きてきたレオルドに警告を鳴らしていた。
何かが足りないけれど、既に点は散らばっている。線では結ばれていないが、もう少しで恐ろしい何かが浮き彫りになる気がした。
早く何か手を打たないといけない。だが、ルーカスほどではないが今回の不祥事はレオルドの自由を大きく奪った。監視は厳しくなり、側近は総替えされた。内密に何かを頼める人間がいないのだ。
まともな人間ばかりなのはありがたいが、腹を割って話し合えるかは別だ。
信用と信頼は別である。
そしてレオルドもまた信用を落とした一人だ。目の前では取り繕っても、世間では馬鹿王子と陰口をたたいている輩は知っている。
崩すのは一瞬でも、積み上げるのは時間がかかるのだ。
そんなこと知っていたはずなのに、あの時はなぜ忘れていたのだろう。
兄のルーカスを止めなかったのだろう。レナリアから離れなかったのだろう。あの異様な人間関係から抜け出さなかったのだろう。せめて、あの時点で父王にもっと危険性を訴えていれば――そんなことは今更である。
初登場ゼファールさんは苦労人です。いっつも暴れん坊兄貴の余波を食らって駆けずり回る羽目に…
別の貴族のおうちに婿入りした後も相変わらず食らっています。
そして、今回は大幅な人事異動で滞った仕事のしわ寄せがきまくって、王城に呼びつけられて仕事をしています。人望もある善良な人なので、激務の合間に見向きもされなくなったルーカスを慮っております。まあ、正気に戻ってなかったらやべーってのもありますが。
読んでいただきありがとうございました。
楽しい、続きが見たいと思ってくださったのなら評価、ブクマ、ご感想、レビューをお願いします(*- -)(*_ _)ペコリ