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転生したら悪役令嬢だったので引きニートになります(旧:悪役令嬢は引き籠りたい) 作者:フロクor藤森フクロウ
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寂しがり屋と過保護

 お嬢様お留守番編。

 ぴよぴよとキシュタリアの周囲をうろついております。

 ジュリアスは学園にいた間、アルベルがやっていたことを全部見直しています。相変わらず無自覚に金の匂いがプンプンするものばっか作っているので、キチンと整備しています。

 ぴよぴよしているお嬢様は周りには生暖かく見守られています。




「あら、キシュタリア。お出かけ?」


「うん、ちょっと領地の視察。といっても、屋敷の近くだから午後には戻るよ。

 父様がいない間は、ある程度なら僕が当主代行するから」


「まあ……凄いのね、キシュタリア」


 まだ十代なのに公爵家当主代行とか。

 お父様がスタンピードを鎮めに行って早二週間。魔物はいまだに滾々と湧き出ているらしい。湧き水ならともかく、魔物が湧くのは怖い。

 義姉ときたら、相変わらずヒキニートだというのにこの弟の立派さよ。

 わが身の情けなさに泣けてくる。

 あの学園事件以降、碌に外に出ていない。元々屋敷の敷地外に出ることが少ないのが、ますます出不精と化していたのだ。


「そんなに凄くはないよ。本当に馬車から街を見回るだけ。

 ラティッチェ領はとても栄えているから、たまに金の匂いを嗅ぎ付けた無法者も来るからね。後ろ暗い連中にしてみればラティッチェ家の家紋が入った騎士や馬車が通るだけでだいぶ牽制になるから」


「馬車から……でしたら、わたくしもご一緒したいですわ!」


 ラティッチェ公爵子息が入っている馬車なら、当然護衛もつく。

 キシュタリアもいるならば、怖いことはないはずだ。何せ、ここはお父様の御膝元なのですから。

 私の発言に軽くキシュタリアは目を見開く。


「大丈夫? 外だし馬車だよ? 怖くない?」


「その、何もないと言えば嘘になります。ですが、キシュタリアもいますし、護衛を信頼しておりますわ。

 それに、お父様のラティッチェ領で何か起こるとは思えませんもの」


 優しいキシュタリアはすぐさま私の心配をしてきたが、なんとか笑顔で答える。

端正な顔立ちを憂いに曇らせる姿すら麗しいキシュタリア。顔面偏差値が年々やべーでござる。内なる喪女がキラキラビームに瀕死となる。じゅわって蒸発しそう。主に罪悪感で。こんなダメニートが義姉で申し訳ねえと五体投地したくなる。

 近くだし良いかな。ダメかな、とキシュタリアを見つめていると、苦笑を浮かべて「わかったよ」と頷いてくれた。

 今日も義弟が優しい。こんなに外見も中身も立派な青年になって……キシュタリアはこの美少女のガワ被ったヒキニートのお世話係をいつまでしてくれるのかしら……


「でも、出かけるのにそのままでは軽装すぎるから少し用意していこうか?」


「ええ」


 肩にかけていたストールを軽く撫で、すっとセバスの方を向いたとき、キシュタリアの表情は一変していた。

 『優しい弟』ではなく『当主代行』の顔となっていた。


「セバス、アルベルに外套を用意して、いや着替えるべきだな。あとアンナも連れてくるように。

護衛も5年以下の新人は抜いて精鋭に変更。御者もある程度戦闘のできるものに切り替えろ。

なにかあったら、僕よりアルベルを迷わず守るようにくれぐれも叩き込んでおいて」


 ……大ごとになったー!?

 私がアワアワしていると、ちょっと呆れ顔のキシュタリアがぽんぽんと頭を撫でた。


「父様不在時にアルベルに何かあったら、みんな首が吹っ飛ぶから。本当に吹っ飛ぶから、これくらい当たり前。

 いくなら準備万端で、安心して楽しんでいける方がいいでしょ?」


「そ、それもそうですわね!」


 うん? そうだね! ちょっと厳重すぎやしないかと思いますが、私よりそういうことに詳しそうなキシュタリアがそう言うならそうなのかな?

 お父様が、キシュタリアごと使用人の首を吹っ飛ばすなんて……ないとは言えないのが、お父様クオリティ。私以外は塵芥がデフォルト。うん、やりそう……

 思い付きで頼むべきじゃなかったかしら。お父様のお誕生日のお願いでもそうでしたが、身支度をして出かけようとしているキシュタリアを見ていたらつい口が我儘を。

 でも、キシュタリアの指示のもと執事のセバスはすっかり護衛の再編成も済ませ、アンナを呼んでいる。きびきびと周りが動き回るなかで突っ立っているお嬢様が私。

 うぅむ……役立たず! 周りが有能でやることが…あ、お着替えですわね。

 ペールグリーンのドレスから臙脂のドレスに変わった。臙脂のドレスの方がかっちりとした素材で、多少の風位なら通さない。明るい場所だと鮮やかな真紅にも見えるが、馬車の中であればそれほど派手ではない。胸元はフリルブラウス風でリボンタイがついており、さらに青い宝石のブローチがついている。そして、耳には髪と瞳の色を変える変装イヤリング。

 髪は緩く一つに編み込んでみつあみにした。ドレスと同じ臙脂のリボンで束ねてある。こめかみあたりには三連の真珠のピンでも飾ってある。

 ボンネットと日傘も準備万端で、さあいざ馬車へと思ったらキシュタリアがひょいと私を抱き上げて一緒に乗り込んだ。


 ……?


 私っていつの間にペットに就職したんだっけ……?


 私の腰をしっかり抱きかかえ、自分に寄り掛からせるようにしたキシュタリア。

 あんまり近づくと、白粉がキシュタリアの服に付いちゃう。流石に顔拓が取れるような厚化粧ではありませんけど、お外に出るからにはそれなりに整えている。うごうごと避けようとしていると、キシュタリアがきょとんとした顔で覗き込んだ。


「痛かった? ごめんね、ちゃんと気を付けたつもりだったんだけど……」


「いえ、そうではなくて……近過ぎますと化粧がついてしまいますわ」


「いいよ、別に。馬車から様子見だけだし。人に会う予定はないよ」


 お洗濯しているメイドさんに謝りなさい!

 現代のウォータープルーフまでとは言わずとも、それなりに落ちにくいのが化粧品だ。

 メイドさん泣かせな発言をしたキシュタリアは「ね?」と微笑を浮かべて、そっと自分の額を私の額に押し当てる。しかし、アンナの咳払いに少し顔を強張らせ、居住まいをただした。

 しかし人肌とは温いものです。やばい。ごとごとと適度な揺れが眠りを誘う。自分から外を見たいといったのに、眠気に負けてどうする。


「眠いの? 寝ていいよ。お休み、良い夢を。アルベル」


 優しい声に促され、すとんと眠りに落ちた。







 寝たか、とキシュタリアは肩口でふわふわ揺れる頭をしっかり自分の方へ寄せる。

 相変わらず令嬢としてはあるまじき無防備さだが、向かいで茶色の瞳を炯炯と光らせているメイドがいる限り何かできるはずもない。

 この大人し気で冷静そうなメイドが、武器を持って同僚に襲い掛かろうとした話はキシュタリアの耳にも入っている。

 アルベルティーナを溺愛するこの専属メイド。ジュリアスが何をしでかして、アンナの怒りに触れたのかは分からない。だが、アルベル過激派であることが間違いない彼女が怒り狂うなんてアルベルティーナ関連以外ありえない。

 アルベルティーナは、父のグレイル不在に心細げにしている。

 普段は領地の見回りに率先してついていこうとしないのに、今日はついてきた。そもそも我儘らしい我儘をほとんど言わないうえ、家にいることを好むアルベルティーナ。

 重度のファザコンである彼女は、寂しさを紛らわせるためにキシュタリアについて回ってきたのは聊か複雑だが、あんな縋るような視線を受けて無視できるほどキシュタリアは冷淡ではなかった。

 自分も相当なシスコンで、初恋を拗らせている自覚もある。

 アルベルティーナが可愛いので、多少のことは全て許してしまう。

 それはラティッチェ公爵家において家人、使用人問わず共通だった。

 護衛の中には、本来休みだった警備隊長もいた。だが、馬車にアルベルティーナが乗ると聞いた途端、備え置きの武器ではなく自前で一番の武器を持ってきた。他の護衛も甲冑で隠れるからと、普段身繕いを雑に済ますものたちも慌てて顔を洗い、ひげを剃りなおしてシャツやズボンを新品の物に改めていたという。

 何故ここまで気合いの入れ方が違うといえば、基本アルベルティーナは外出を滅多にしないからだ。

 そして、キシュタリアは下手な騎士たちが束になって襲い掛かろうが魔法で一網打尽が可能であるため、役目が護衛(ただし主人の方が強い)という哀しい現実がつくのだ。

 キシュタリアですらそうなのだから、グレイルに至ってはさらに上を行く。

 ラティーヌも護衛はつくが、陰惨な社交界で奮闘している公爵夫人の護衛は気が休まらない。毎年ハニートラップやロミオトラップに護衛やメイドが数名引っかかる魔の試練会場へのご案内だ。

 ラティーヌはそんな社交界を颯爽と歩き、牽引する存在だ。普通にメンタルが強い。麗しきラティッチェ公爵の後妻となったラティーヌを恨む者は少なくない。護衛を出し抜き近づいてきたものの、ラティーヌに鉄板仕込み扇で返り討ちにされることもある。

 以前、貧乏貴族の家で愛人をやっていた時とは段違いの強さを色々な面で見せつける母に、遠い目になったキシュタリアは悪くない。

 唯一母が嘆いたのは「アルベルに貰った扇が歪んでしまったわ」の一言である。ちなみに修理で普通に直って、もっと硬い金属を仕込みなおしたそうだ。怖い。ちなみに、扇がない時はピンヒールが唸る。怖い。

 そして、滅多にないラティッチェ公爵家の天使ことアルベルティーナの護衛。

 深窓のご令嬢そのものであり、ラティッチェ公爵家の至宝。

 ご褒美枠として名高いそれは、同じ敷地内でも別邸に移動する際がほとんど。

 修羅場とは無縁で、可憐でか弱い姫君がご機嫌麗しく恙なく移動ができるように専念する。基本朗らかなアルベルティーナなので、とにかく癒されるともはや職務か分からないレベル。

 基本は、男性を怖がるため騎士たちも遠巻きに眺めることしかできない憧れの存在を傍で拝める絶好のチャンス。

 基本、従僕兼護衛のジュリアスが専属をしていて徹底的に追い払われるが、今日はそのジュリアスがいない。

 以前いたレイヴンも先輩に倣い、最低限に近づくことしか許されなかった。

 アルベルティーナは正真正銘、無力なご令嬢なので護衛たちは気合を入れて勇んで護衛をする。

 また、最近ルーカス殿下による暴挙で恐ろしい思いをした我らが姫を守ろうと躍起になっているともいえる。


(まあ、悪い傾向ではないな。アルベルは攻撃魔法が使えないから、何かあれば防御一辺倒で対応しなきゃならなくなる……

 もとより荒事から徹底的に遠ざけられていたアルベルには向かないことは間違いない。

 折角やる気ある護衛がいるのだから、好きにさせてやろう)


 そんなこと、起きる前にすべて芽も根も摘むのがキシュタリアの仕事だ。

 グレイルほど手馴れてはいないが、セバスの補助があればそれなりにできる。

 学園でアルベルティーナの容姿が晒されて以来、アルベルティーナには山のような縁談が来ている。

 家柄とあの美貌であれば多少のことは目を瞑る、とあからさまに居丈高な打診も来ていた。それももちろん丁重にお断りさせてもらった。二度とそんなことを考えない程度には。

 カラン、カランと音がする。遠くで鐘が鳴っている。時刻を知らせる時計塔の鐘の音だ。だいぶ目的地に近づいたな、とアルベルティーナを起こすべきか一瞬躊躇する。

 キシュタリアに身を預ける重さすら心地よく、瞼の落ちた無防備な寝顔が見納めとなってしまうのは惜しかった。

 だが、そんなキシュタリアの思いとは裏腹に長い睫毛に縁どられた目がぱちりと開く。


「……ん。ありがとう、キシュタリア。すっかり寝入ってしまいましたわ」


「いいよ、これくらい。寒くはない?」


「ええ、快適ですわ。重かったでしょう? ごめんなさいね」


「そんな軟じゃないよ」


「……そうね、もうすっかり大人ですものね」


 昔に思いを馳せているのか、アルベルティーナの眼が懐かし気に細められる。

 どことなく哀し気であるのは気のせいではないのだろう。

 キシュタリアは結局アルベルティーナの望む『弟』にはなれなかった。出会ったときから生まれてしまった特別な思慕は年々増すばかりで、抑えようとした傍から溢れていった。

 僅かに残る申し訳なさを紛らわす様に、外を示した。


「もう街だよ。ほら、だいぶ整ったでしょ? アルベルが街道の舗装の整備や上下水道にかなり資金を投入したおかげで、すっかり綺麗になった」


「まあ、ずいぶん賑わっていますのね」


「仕事がある場所には人が集まるからね。それにここは新しくて綺麗だし、移住者も多いんだ。

 最先端の集まる街だし地価もかなり上がっているから、あっちの貴族街は王都の一等地より高いよ」


「そんなに……?」


「旧市街も再開発が進み始めているよ。色々と羽振りが良いうちにって区画整理しているんだ。整った場所のほうがやっぱりみんな住みやすいしね」


 馬車の窓から見る真新しい町並みは、ここ数年で急激に発展したラティッチェ領でも最近作られた場所だ。

 やみくもに作ったのではなく、計画的に作られていたので当然整然となっている。

 アルベルティーナが不潔は嫌だと珍しく主張するものだから、人を雇って定期清掃にも力を入れている。道が綺麗だと、不思議と犯罪も減った。

 公爵家の家紋のある馬車に気づいた領民たちが笑顔で手を振っている。子供たちなど、転びそうなほど必死に手を振っている。その様子からも、ラティッチェ公爵家の求心力が判るというものだ。

 その中の一人の小さな少女がコロンと後ろに転がりかけ、慌てて兄らしき子供が支える。

 その迂闊さがアルベルティーナに似ていて、それを微笑ましげに眺め手を振り返す。

 子供に手を振ったはずが、汚いくらいの高い嬌声が上がった。キシュタリアの微笑にあてられた町娘からマダムまで怪鳥のような奇声を上げたのだ。アルベルティーナはびくりと震えて少しキシュタリアの腕にしがみついた。やけに柔らかくふくよかなものが当たっている気がするが、敢えて無視した。気にしたら負けである。

 キシュタリアに近づく形になったアルベルティーナも、窓から見えたらしい。

 数人が初めて見る絶世の美少女に停止する。

 が、ややあって凄まじい興奮をもって騒ぎ始めた。


「あの、キシュタリア様……不味くないですか?」


「そうだね、アルベルは滅多に出ない深窓のご令嬢。

だけど僕より領民の生活のために積極的な、聖女様だからね。私財を投入して王都や隣領地まで街道整備した平民の救世主だ」


「なんですの!? それは?」


「ラティッチェ領民の、アルベルに対する評価」


「わたくし、ただお尻が痛いのが嫌で整備しただけですわ……」


「うん、そうだね。でも普通それは領地から徴収した税金で行うものだ。

 アルベルの私財にあたる王家からの賠償金や、事業で得たものを投資してやるものじゃないよね? アルベルはあっさり出したけど、結構莫大だよ?

 そもそも、大抵の貴族は街道に文句を言いつつも自分の懐を痛めない様にぎりぎりまでやらないものだよ」


「認識の相違が激しいですわ……」


 おろおろと当惑しているが、貴族にノーブレス・オブリージュがあるといえど私腹を肥やすことに腐心する人間は多い。平民を勝手に増える家畜のように見ている者だっている。

 公爵であるグレイルとて一定水準を保っており、領民の蜂起が起こるような事態でなければ態々そこまで財を投じない。

 アルベルティーナから発想を得て起こした事業が大当たりして資金が潤沢であったこともあるが、愛娘たっての願いもありラティッチェ領の街並みの美しさや街道の便利さは周囲と一線を画す。

 商業でも公共事業でも多大な投資をすれば多大な資金が動けば、ますます経済が回る。

 アルベルティーナは余り金銭に執着しないのに、懐に勝手に入ってくるタイプだ。アルベルティーナの何かを作りたいというおねだりは、しょっちゅう経済界に一陣の風どころか、超巨大サイクロンを巻き起こす。それを上手く調整しているのがジュリアスやセバス、そしてラティッチェ公爵のバックボーンがあるから大きな混乱は起きていないのだ。


「でも領民は知らない。おかげで色々な輸送が楽になったし、人の行き来も増えた。

 アルベルの狙い通り、お尻も痛くならない。互いに利益があったんだよ」


「なんだか、申し訳ないですわね」


「下手に馬車を止めたら取り囲まれるよ。だから本当に見て回るだけ」


 目をぱちくりさせる姿が幼くて、やっぱりあの子供はアルベルティーナに似ていると一人納得するキシュタリア。

 今は魔法でアクアブルーだが、義姉のその瞳は本来この国で最も特別な色をしている。

 アルベルティーナの真実を知れば、第一王子の失態と連座で罰せられた第二王子、もとより人望のない王女とくるサンディス王家からすれば喉から手が出るほど欲しいだろう。

 世間知らずで大人しいアルベルティーナは傀儡にするにはお誂え向きだ。

 ましてや外見だけでも王族を示すサンディスグリーンの瞳の色と、今は亡き美姫の面影が濃い絶世の美貌が揃えば求心力もある。

 アルベルティーナの第一印象は最強だ。儚げで可憐で非常に庇護欲をそそる。ミカエリスから聞いたが、国王陛下も目や髪の色を変えた状態ですらかなり可愛がられていたという。一目で相好を崩していたという。

 さらにアルベルティーナを押さえてしまえば、国一番の大貴族であり魔王と恐れられるラティッチェ公爵の操縦も不可能ではないのだ。

 本人の意図せぬ善政で領民からの人気も高い。

 ……そして、アルベルティーナは知らされずグレイルからきつく言われていることがある。フォルトゥナ公爵家にはアルベルティーナをけして近づけるなといわれている。

 クリスティーナの輿入れであったといわれる壮大な嫁取り騒動。それもありラティッチェ公爵家とフォルトゥナ公爵家は同じ四大公爵家でありながら仲が悪い。当主たちが、その時の軋轢を未だに引きずっている。

 グレイルは忘れ形見の一人娘を絶対会わせないし、フォルトゥナ公爵家とはクリスティーナの葬儀以降の交流は断絶といっていいという。あまりに早く亡くなったクリスティーナに思うところもあったのだろう。

 ちらりと窓から外を眺めるアルベルティーナを見る。街の風景をやや興奮気味に眺める姿を、アンナが微笑まし気に目を和ませている。


(アルベル、圧倒的に母親似だよな……)


 顔立ち、髪の色、目の色、性格――は不明だが、前妻のクリスティーナの部屋を生前のまま残しているグレイル。その部屋にあるクリスティーナの肖像画は、アルベルティーナに年齢を加えたような美しい貴婦人だった。

 少なくともグレイルのような人でなしな噂は聞かない。苛烈さも。


(僕は義理の息子の癖に似ているって毛嫌いされたけど、アルベルは父様に本当に似ていないからな……)


 ラティッチェとフォルトゥナ。共にサンディスの栄えある四大公爵家。互いに名家ということもあり、どうしてもある一定のアッパークラスの社交場では顔を合わせざるを得ない。

 その時、優雅で慇懃なオブラートに包み、嫌みをしっかり言われた。アルベルティーナは社交場、せめて茶会くらいには出ないのかと匂わされたことがある。

 あと、朗らかそうに見えて実際は全然目が笑っていない。ねっちりとした長年の恨みの籠った目で義父のグレイルを睨んでいた。

 グレイルはさらっと流していた。セバス曰く結婚する前からあのままらしい。

 時間とともに風化するどころか、熟成されていると聞く。恐ろしい。

 アルベルティーナにクリスティーナの面影を見て溺愛するか、グレイルの血筋だけ見て毛嫌いするかは分からない。

 いずれにせよ、キシュタリアにしてみれば興味を持たれること自体厄介だ。


(まあ、どっちにせよアルベルを困らせたらただじゃ置かないけどね)


 アルベルティーナはほとんど会ったことの無い祖父や伯父たちより、キシュタリアのことを頼るし信じるだろう。

 アルベルティーナに心を許されたものとして、一人の男としてもここで逃げるわけにはいかないのだ。

 そんなキシュタリアの心配を露知らず、アルベルティーナは街道沿いの商店や並ぶ屋台に目を輝かせている。


「アルベル、あんまり興奮し過ぎると熱が出るよ?」


 カーテンを引いて視界をふさぐと、不満げな顔が振り返る。

 アルベルティーナは細っこいくせに、割と食い意地が張っているのだ。食べたいとか言い出しかねない。


「だって、とっても良い匂いだったんですもの……」


「帰ったら、料理長が午餐の用意をしているよ。今日はアルベルが好きなチーズリゾットだよ。

 コメの料理が食べたいって言っていたでしょ?」


 はっとしたアルベルティーナは、ほんの少し躊躇いを見せた。

 だがアルベルティーナの中で屋台とチーズリゾットが天秤にかけられ、チーズリゾットにこてんと落ちたのが分かった。

 米はこちらではあまり食されない穀物だ。最初は馴れない粒の料理に戸惑ったが、慣れれば美味なものだ。海産物と炊いたパエリアという料理も美味だった。

 お腹が空いていないと、折角の美味な料理も美味しさが半減する。

 アルベルティーナの胃はそれほど大きくない。買い食いを諦めたようだ。だが、ちょっと不貞腐れたようにキシュタリアに寄り掛かってきた。

 その様子にこのままだとまた寝るな、とキシュタリアは判断した。アルベルティーナの体力の無さはよく知っている。アンナもひざ掛けとストールを素早くアルベルティーナに掛ける。良くできたメイドである。

 やっぱり寝たアルベルティーナは、帰宅してもまだ熟睡していた。

 それを抱き上げて屋敷内に入ると、戻っていたらしいジュリアスが僅かに眉を動かした。


「キシュタリア様、お手を煩わせ申し訳ございません。僭越ながら私がお嬢様をお運びします。どうぞ先にお着替えを」


「いいよ、僕が部屋まで送る」


 その時、二人の間に凄まじい火花が散った――後にメイドの一人が語ったそうだ。


「ご子息にその様な真似をさせるわけにはいきません」


「僕がしたいんだ。ならいいだろう?」


 バチバチと火花は激しく散り続けている。

 まだ真冬でないのに、玄関フロアが凍えそうなほどの冷気を帯びている気がした。氷点下は間違いない程だった。

 キシュタリアもジュリアスも笑顔だ。一見鷹揚そうに見えるキシュタリア、愛想のよさそうな微笑のジュリアス。声も朗らかに響いているが、なぜか空気は険悪一直線。

 アンナが無表情の中に、鬱陶しそうなものを滲ませ始めた。良くできたお嬢様第一のメイドは、この男の矜持がかかった争いすら余計な時間なのだ。


「お嬢様のお体が冷えます。喧嘩をするなら別の部屋でしてください。

 セバス様をお呼びいたします。それでよろしいでしょう?」


「「よくない」」


 揃った二人の声に対し、アンナの視線は一層冷え冷えとする。

 だが、思わず出た大きな声にハッとキシュタリアとジュリアスは顔を見合わせる。

 少し眉根を寄せたアルベルティーナが身じろぎをして目を覚ました。

 すぐさま近づいたのはアンナだった。


「おはようございます、お嬢様。今からお部屋にお運びします」


「……ん」


 寝ぼけている。目が微睡みかけたままだ。コクンと小さく頷いた姿に妙にほっこりした三人である。

 氷点下だった玄関が春先の気候へ早変わりした。


「誰に運んで欲しいですか?」


「おとうさま」


 即答。現実は無情である。


「公爵様は今ご不在です。他は誰がいいですか?」


「……セバス、ごほんよんで。赤いうさぎさんとりすさんのごほん」


 かなり寝ぼけている。そして幼児退行したような返答である。

 だが、現在目の前にいた運び手予定二人を見事にスルーしてセバスに御指名が入った。

 アンナは目を優しく細めた。赤い絵本はアルベルティーナのお気に入りだ。最近はとんと読んではいないが、まだ好きなのは変わらないようだ。アンナ自身も、何度もアルベルティーナに読み聞かせしたことがあるので懐かしさがこみ上げる。

 なお、アルベルティーナは私室でセバスが読み聞かせの最中に目が完全に覚めたらしく、真っ赤に恥じ入ってセバスに謝罪していた。

 謝罪されたセバスはにこにこと「このセバス、お嬢様に必要とされるのであれば喜んでお受けいたします」と執事の鑑のように一礼したそうだ。



 読んでいただきありがとうございました。

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 アルベル寝てばっかりだなー…

 次はちょっとだけ王子たちのターンになるかな…

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