公爵の誕生日
ようやくアルベル視点復活。おひさしぶり、ポンコツ。
例のお誕生日です。ちなみに今までは普通にお父様が数か月前から仕事で遠方視察や遠征とか入れててアルベルがそれとなく探りに予定を聞いた時点で高確率でぽしゃってた感じです。
あとでお祝いしてプレゼントを渡す。公爵はそれで十分満足していた。
クリスティーナが生きていた頃にはちゃんと当日祝われていた。
真っ白なクロスを敷かれたテーブルにはずらり並べられた料理。
活けられた花は、料理の邪魔をしない様に香りの薄い品種のカスミソウと薔薇。
クルミパンと白パンに香草とポテトサラダ、豆と鶏肉とチーズのテリーヌ、鴨のローストのオレンジソース掛け、コンソメゼリー寄せ、ビシソワーズ、豆腐のステーキ、プチグラタン――ラティッチェ自慢の料理の数々。大半が、私の我儘により生み出された現代料理復刻版。ラティッチェでも凄腕の料理人たちが執念と創意工夫を凝らして作られたものたちだ。
お父様の好物も並んでいるのだけれど、なんだか私の好きなものもいっぱい並んでいる。
コース料理形式ではなく、並んでいる料理を使用人が給仕するスタイルだ。
「お父様、お誕生日おめでとうございます」
私の声を皮切りに、キシュタリアやラティお母様からも祝いの言葉が上がる。
サンディス王国では16歳からお酒がOKなのだけれど、ノンアルコールである。
いつかお父様と飲んでみたいものですが、お忙しいお父様にはなかなかそんな時間がないのだ。
わたくしが以前、お誕生日を当日にお祝いしたいといったものだから、ただでさえ忙しいお父様は更に忙しくなってしまった。自分のお誕生日に興味などないお父様は、普通に仕事をする予定だったのでしょう。ですが溺愛するヒキニート娘のお願いにコロリと頷いてしまわれたのです。
大事なお父様のお時間を、わざわざ作って頂いているのです。できるのならば、素敵な一日にして差し上げたいのです。
今日、ご自分のお誕生日にお時間を取っていただいたのも私が我儘を言ったから。
本来、お父様はご自分のお誕生日にすら無関心なのです。
お父様、ラティッチェどころかサンディス王国の大黒柱レベルの存在でしてよ?
ポンコツなりに頑張ってお祝いするぞと息巻いているのですが、なぜか周りは物凄く微笑ましく眺めています。解せぬ。
お父様、公爵でしてよ? このお屋敷のトップというか、国でも上から数えた方が早いこと間違いない権力者でしてよ? 日々を国とポンコツニートのために頑張っているお父様を慰労するチャンスでしてよ?
「ありがとう、嬉しいよ」
うん、お父様の眼には安定の私だけしか入らない状態みたい。
お隣のラティお母様はもう気にせずワインを傾けている。キシュタリアも――ワインですと!? 私だけノンアルなの!?
わたしがちょっと不満げな顔で見ていると、キシュタリアにクスリと困ったように笑われた。
「夜会では、多少は嗜むからね」
「わたくしも頂きますわ!」
「「「ダメ(だよ)(よ)」」」
何故そこでハモるのですか?! ラティッチェ公爵家!?
私は酒乱の気でもあるのですか? お酒なんてホットミルクに香る程度に数滴ブランデーを垂らしたものや、ほぼほぼアルコール成分のとんだ蜂蜜ワインくらいですが…わたくしも立派なレディというべきお年頃でしてよ。
納得いかず、思わずムキになってお父様に問う。
「なぜですの? わたくし子供ではなくってよ」
「…仕方ないね、セバス」
「はい」
くしゃりと顔を歪めた姿はとてもじゃないけど、年頃の令嬢のするものではないだろう。お父様が言えば、すっと隣にやってきたのはセバス。
磨き上げられたワイングラスに薄っすらとミントグリーンの色のかかった――ワインですの? これ? ワインって白と赤が主流じゃないのかしら? あ、そうだ異世界だった。
「グリーンセラミコットのワインでございます。43年物で、熟成されたまろやかさと爽やかな酸味。甘く軽い口当たりで若い女性にも飲みやすいドミトリアス領ヴィンツ産の銘柄です」
ごめん、セバス。全然分からない。
グリーンセラミコットって葡萄の品種らしい。稀少な葡萄らしくあまり一般には出回らないそうですわ。マイナーなのかしら? 43年物ってすごいのかしら? でもお父様がにいわれてセバスが用意したモノなら変なもののはずないわよね。
目玉がぽんとでちゃいそうなお値段だったりしないかしら? 怖いけど、ここで引いたらいつ飲めるのか分からない。有難く頂戴する。
恐る恐るグラスを傾けると、鼻に抜けるような爽やかさと甘さが広がった。
「まあ、美味しい!」
………でも全然アルコールって感じしないわ? 独特の苦みとか香りがしないし…
なにかジュースでも飲んでいるようなのですが。
予想以上の美味しさに思わず破顔すれば、お父様は優しく目を細めた。
「気に入ったかい、アルベル?」
「ええ、大変結構なお味です。美味しゅうございます。ありがたく存じますわ、お父様、セバス」
「そうか、なら毎日の晩餐にでも用意させようか」
「あら、寧ろたまにがいいですわ。特別な感じがして、一層美味しくなりますわ」
休肝日って大事だと思いますわ。それに、アルコールってカロリーが高いと聞きますし、色々と太るもとになりそうですわ。
お父様って年齢とか感じさせないといいますか、本当にすらっとして無駄なところが全くないといいますか…お父様と同じペースで食生活をしたらわたくし、あっというまにぷくぷくになってしまいそうな気がします。
食事に興味がないという割に、出されたものはちゃんと食べますし…
「アルベルのケーキ、とても美味しいよ。まさか、娘が私のために料理をする日が来るとはね…年は取るものだ。私は幸せだよ。」
「ふふ、ありがとうございます」
お父様、この世においてアンチエイジングに励む女性たちに呪い殺されそうなほど年齢不詳疑惑が増すばかりの美貌。
正直、わたくしが誘拐されたときからあんまり変わっていないというか、変わらなすぎのお父様にそんなこと言われても首を傾げてしまいますわ。
お父様、カッコいいですけれど。大好きですが、なんだか釈然としませんわ。
ついでにいうなれば、混ぜるだけではなくオーブンで焼く許可や、包丁を使う権利も欲しいですわ。
お父様は美味しいといってくださいましたが、わたしくしの料理の腕など所詮素人…
「お父様、次はオーブンで焼くのは…」
「火傷なんてしたらどうするんだい? そんな危ないことは許可できない」
「…包丁…せめてピーラーはダメですの?」
「アルベルの指先の薄皮一枚で、調理場にいる全員の首が落ちることになるけれど、それでも使いたいかい?」
撃沈!
ラティお母様もキシュタリアも当然のように黙々と食事をしている。
過保護すぎではありませんか!? お父様の過保護がうつったのではありませんか!?
これはあれか? もはや刃物を使わない料理方法を探す方が早いかもしれない。
「お父様にもっと美味しいものをお作りしてさしあげたいのに…」
ぽそりと落ちた言葉に、お父様がぴたりと止まる。
む? むむむ? 反応アリですわ。先ほどまで、わたくしの妥協案をサクサク切り捨てていたお父様がわかり易く躊躇いを見せた。
じっとお父様を見ると、困ったように眉を下げる。
「アルベルのおかげで、私は十分美味しいものを食べているつもりだよ。
これ以上私の舌を肥えさせてどうするつもりだい? 屋敷から出られなくなってしまうよ」
「まあ、それは素敵ですわ! お父様がずっと一緒ですのね!」
ファザコンとしては実に魅力的なお話である。
最近は本当に忙しくて、お茶もご一緒できないことばかり。屋敷に戻ると、ちゃんとわたくしに顔を見せてはくれますし、なるべく先触れを出してくださるのですがそれでも会う機会は減ってしまっています。
お父様不足の私としてはぜひとも大歓迎。
ニコニコとしていると、困り顔で眉を下げながらもお父様もそれを蕩けるような眼差しで眺めている。
この前、学園では酷い目に遭った。本当におんもが怖いでござる。お父様の傍が安心安全過ぎて、マジで外出たくない。ラティッチェ領や屋敷近辺くらいならまだしも、他の街は絶対に嫌。ですが、ヒキニートという親のすねかじりをいつまでやっていていいものなのでしょうか。
…お父様は大歓迎の気配がしますが、そこに頼ったら本当にダメな気がしますわ。
そもそも、お父様がお忙しいのはダチェス嬢の件もあるのです。
誰一人あの後の沙汰――というか、ダチェス嬢のことを教えてくれません。お父様にまで「そのうちにね」とにこりとかわされてしまいました。
セバスが後ろでスンと表情を消したので、なにかあるのは間違いなさそうなのですが…
いつもの疲れた顔ではなく、何やらお父様やジュリアス、キシュタリアがたまに浮かべるうすら寒い予感のする虚無顔? なんといったらいいのかしら…
「本来なら、わたくしはどなたかへ嫁いでいくべき年頃ですのに…」
ついお父様に甘えてしまいますわ。居心地が良すぎて、お父様はわたくしに甘いから。
ぽつん、とまた零した一言に一気に空気が重くなった気配がした。
それを誤魔化すように、私は白身のポワレを切り分けて口に運んだ。美味しいけど、ソースがほろ苦い。ふわりと広がる香草とバターの香りが素晴らしいのだけれど、なんだかちょっとしょっぱい気がした。
こくん、と一口飲みこんだところで気づく。
何故か、皆が私を凝視している。
お父様、ラティお母様、キシュタリアだけでない。セバスやジュリアス、アンナ――給仕をしていた他のメイドやシェフをはじめとする使用人たちまでもが見ている。
しかも、皆一様に顔から表情を抜け落ちた真顔である。超絶怖い。
それなのに眼だけは底なし沼のような虚ろな気配でこちらを凝視しているのです。
「…アルベルティーナ」
「は、はい」
おとうさまがちょうこわい。
こんなこわいおとうさまはじめて。
ひきにーとはもうなきそうです。
すでに戦意喪失。犬だったら後ろ足はガクガクで股の間に尾っぽがくるんと挟まっていそうなほどの状態だった。敵前逃亡。そんな言葉が脳裏をよぎる。
にこりと微笑んでいるはずのお父様が、先ほどの蕩ける微笑はどこへやら。ダイヤモンドダストが見えそうな寒々しい気配。思わず、近くにあったワイングラスを確認したけど凍ってなかった。
ゆっくりと顔の前で指を組んだお父様は、その手を額を押し付けるようにして俯いた。
「………どこの馬の骨だ?」
じっくり間を置いてお父様が言った。
いつも腰砕けになるよう甘いバリトンボイスが、絶対零度すら生易しい極寒を伴っている。
馬の骨? 今日ってスペアリブとか骨付き肉系のお料理ありましたっけ?
馬肉のお料理ってありましたでしょうか? シェフに本日のメニューは一応聞きましたが、割と素材はスタンダードであったと思うのですが。
首を傾げるけれどラティお母様もキシュタリアも緊迫した様子で私を見ている。
「ああ、すまないね。私の可愛いアルベルティーナ。
お前に怒っているわけではないよ。お父様はただ、気になったんだよ。
大切な私の天使がどこかの男を悪からず思い、どこかに嫁ぎたいと思っているのではないかとね」
「え。他所に? 嫌ですわ」
思わず本音がポロリ。
貴族の結婚なんてめんどくさいこと間違いない。社交なんて碌にできないわたくしが嫁ぐって、こんなにラティッチェ家で甘やかされ放題のヒキニートなんて絶対いびられるわ。
ラティッチェ公爵家という安心安全がプライスレスな温室でのびのび育ったわたくし。他所に行っても碌に役に立てず、お飾り夫人として肩身の狭い思いをするに決まっています。遠回りな自殺行為ですわ。
下手すればわたくし、もろにお父様への脅しネタに使えましてよ?
はっ、もしや…
「…ついにお父様はわたくしの縁談をお考えなのですか…?」
「私の可愛いアルベルを任せられるような場所があると思うのかい?
それなら、その家を掌握して丸ごとアルベルの玩具にできるように、きちんと教育と調教をしてから渡すよ。どこか欲しい家があるならいってごらん?」
お父様即答。
んん? ちょっと会話がかみ合ってないかも?
そもそもそれってどっかの一族を掌握してって…えええ、ちょっと荷が重いような!
「わたくしはラティッチェが、お父様の御傍が一番好きですわ。
…ですがお父様が、お望みならどこへでも行きます…わたくしも、曲がりにも貴族の娘ですもの。育てていただいたからには、責務は果たします」
「困ったな、アルベル。そんな可愛いことを言っていると、私は一生お前を離してあげられないかもしれないよ?」
「問題があるのですか?」
いや、あるか。こんなお荷物ヒキニートなんぞ一生養わなきゃならんなんて。
今はまだ美少女だけど、年取れば中年になっておばあちゃんにもなりますわ。だって人間だもの。
お父様、いくら娘大好きだからってこんな不良債権をいつまで大事にしてくれるのでしょうか。
それにお父様がもしそんなことしたら絶対次期公爵であるキシュタリアにも余波が飛びまくりですわ。前回の学園の騒ぎも相当でしたし…
なんだかさっきから会話に質問が飛び交っているけど、やっぱりかみ合っていないような?
お父様が困ったように笑っている。
でも、さっきみたいにずどーんって重たい空気は纏っていないからいいのかしら?
他所のおうちは嫌なのですが、お父様が望むのであれば従います。お父様のお役に立てるなら、ヒキニートは頑張ります…本当は修道院のほうがいいけれど、嫁ぐのが本来の貴族の令嬢の役割ですもの。
「もう、お父様ったら。お父様が優しすぎて、わたくしいつまでたっても親離れができなくなってしまいそうですわ…」
「おや、嬉しいことをいってくれるね」
「冗談じゃなくてよ、お父様。お父様が素敵過ぎて、わたくし未だに初恋すらまだですもの! 恋多き人生を歩みたいわけではありませんが、理想ばかりが高くなりすぎている気がしますの…」
困ってしまいますわ。本当に。
頬に手を当ててため息をついてもお父様はにこやかにグラスを傾けている。わたくしと目が合うと、一層笑みが柔和に蕩けていく。
私はファザコンという自覚がある。
元祖アルベルには一切そんな記述はなかったはずだし、これは私の個性なのだろう。
お父様というチートが常に傍に居るので、並みの異性には靡かない。多分。
お父様は傍から見れば魔王だの怪物だのと物々しい言われ方をするけれど、わたくしから見れば只管甘々な親馬鹿パパンである。
「そうですわ。お父様にお誕生日プレゼントも用意させていただきましたのよ!
登城にも使えるマントや、お仕事に使えるペンをご用意いたしましたの」
お父様の瞳に合わせた青い持ち手のペン。手にフィットするように、流麗なデザインをしている。
現在、この国のペンは羽ペンが主流だが、このペン――万年筆のほうがインク持ちも良い。
最初はインクをちょんちょんと付けるタイプを考えていたのですが、ちょっとわがままを言ってカートリッジ式にしました! 替え芯の製作は苦労しましたが、保護キャップをつけてペン先の品質維持とインク漏れ防止すればなかなかの品に!
これでどんな長いお手紙もすいすいですわ!
「これはまたアルベルが考えたのかい?」
「ええ、いちいちインク壺にペン先を入れなくてもすぐ書けますわ」
さっそく万年筆に興味を持ったお父様。
実はキャップのところにはラティッチェ家の紋章も入っている。
セバスがさっと紙を用意するとお父様はサインを走らせた。インクの伸びもういいし、どの方向にもかすれがない。
インクはかなり凝ったのです。幸い異世界には現世にない不思議素材のオンパレードだったので、再現できました。
「うん、いいね。書きやすいし形もいい」
「喜んでいただけたのなら、嬉しゅうございますわ」
娘の折り紙ですら喜ぶお父様なのだから、喜ばないはずはないのだけれど実際にプレゼントしたものを使っている姿を見ると嬉しい。
未だに折り紙のくす玉を大事にお胸に飾って登城すると聞く。是非ともやめていただきたい。なので、私は次の手を打ったのです!
「それに、新しいアミュレットも。お父様、最近ますます忙しそうで心配ですわ。
わたくしの結界魔法を付与したものですの。前の折り紙より、ずっとよくできましたのよ」
本当はお父様の瞳に合わせた淡い青の魔宝石が良かったのですけれど、私が魔法付与できる宝石で相性が一番よかったのはサンディスライト――濃い緑の魔宝石だった。
サンディスライトはサンディス王国原産の石。その中でも特に美しく純度の高い宝石として価値も、魔石としての価値もあるものは本当に限られている。
取り外しできる金具は、マントの留め具にもブローチにもタイピンにもなる様にしてあるため、これならお父様の勲章がゴロゴロしているお胸に輝いていてもおかしくないはずである。
むふー、とドヤっているとお父様はまじまじとそのアミュレットを見ていた。
え、ちょっと待って…確かに自信作ですが超一流魔法使いでもあるお父様にしてみればちゃっちい子供だましかもしれないのでやっぱりそんなに見ないで‥‥
「良くできている。随分と練習しただろう」
「お父様にお渡ししたのは会心の出来ですわ」
「他の失敗した石も全部出す様に」
「えっ」
「サンディスライトは稀少な魔石だ。ましてや、それに魔法が付与されていたら、値段も価値も跳ねあがる。高度な魔法や特殊属性に関しては更に付加価値がつく。
いくら失敗したもので、アルベルにとっては価値がないものでも放置してはいけないんだよ」
「…そうですの?」
実はひび割れとか起こしたり、なんか変色してしまった石が結構あったりするのです。
正直、そんな失敗作の山をお父様にお出しするのは超絶嫌。ヒキニートにもプライドがあるのです。ですが、お父様にそう諭されてしまえば出すしかない。
実は結構数があります。材料費に結構なお小遣いを使い込みました。
見栄張って、成功したのしか出しませんでしたが。
ゲームでは魔力や知力の能力値が高ければ錬金術師さながらにポンポン色々な魔道具作成していましたが、リアルでは失敗率のあまりの多さに心が折れかけました。家庭教師の先生には優秀な生徒として扱われていましたが、リアルではこんなものです。お父様へのプレゼントでなかったらめげて諦めていた自信があります。
「アンナ、後で確認するから屑石だろうが欠片だろうがすべて探し出して提出しなさい。ジュリアス、念のためアルベルが用意したものと数や重さの整合性をとっておくように」
「「畏まりました」」
みゃああああっ! バレる! 失敗の山がああ!
一人だらだらと冷や汗をかいてオロオロしていると、キシュタリアに座るように促された。うええええん、泣いてませんわ! わたくし立派なレディですもの!
消沈した私を見かねてかキシュタリアが私の口にチョコレートを摘まんで持ってきた。
……美味しいですわ。
「父様は怒ってもいないし、呆れてもいないよ。ただ、少し気になっただけだよ」
「…本当?」
「アルベルの結界魔法は稀少だからね。ああやって、物に込められるのは更に珍しいんだよ」
「とても難しかったですわ」
「だろうね。僕もできるけど、あまり得意じゃないな。相性もあるけど、とにかく繊細な作業だからね。魔力に対して、魔石が耐えられないことが多いしね」
「キシュタリアの魔法はすごいもの」
うん、納得。しかも多属性をかなり高レベルに扱えるのだからさらに凄い。
お父様も複属性タイプらしいですが、あまり見たことない。なんでも、過去に戦場では結構ド派手に使って逸話を残していらっしゃるようなのですが。
ちらりと見れば、さっそくお父様がアミュレットを身に着けていた。うん、気に入ってはくれたみたいですわ。
それを見ていたセバスやジュリアスの視線がなんだか微妙なのは気のせいかしら?
お父様は元帥でいらっしゃいますけど、最前線にも赴かれることもあるのですから必要なものだと思いますわ。
ちなみにラティお母様のプレゼントは何かお手紙を渡していた。
お父様は興味なさげに開封して目を通す。中身は不明だが、それに目を通したお父様はなぜか薄ら寒い笑み。だけどにっこりと私を見て微笑んだ。取りあえず微笑を返しておいたけどワケワカランでござる。
……後で知ったのだけれど、ラティお母様が社交界で得た敵対貴族たちの弱み情報だったんだって。
キシュタリアは何かの古い本。なんでも、精霊言語や古代の極大魔法を記載した魔導書の写本なのだそうです。それだけで立派な一等馬車が買えるお値段はするそうです。一見ばっちいのですが結構な価値があるそうですがキシュタリアは「もう読んだし、押し付けてきた先が気持ち悪い奴だから手放したかった」とプレゼントにあるまじき理由だった。
うん、極大魔法って超ハイレベル魔法。キシュタリアやお父様レベルに魔力量がないと無理かもしれないけど……ある意味実用的ではあると思いますわ。なんだか産廃押し付けるような、お祝い感がない贈り物な気が?
極大魔法は精霊や悪魔など高位の存在と契約すればそこそこの人間にも行使できるらしいですが、単独でやるとなると極限られた天才のみでしょう。
「あの本、なんだか妙に甘い匂いがしますわね」
「うん、臭いからいつも風の魔法使いながら外で読んでいたよ。アイツの使っていた香水か何かしらないけど鼻につくんだよね」
あ、お父様がなんか魔法使った。
お父様もちょっと嫌だったみたいですわね。なんだか、甘いのですけど人工甘味料の安っぽいというか合成感たっぷりな健康被害な気配を感じる甘さというべきか…
「うっ、やっぱり父様は魔法が巧いなぁ…僕も消そうと思ったんだけど、魔導書にかかっている魔法が反応して消せなかったんだよね」
ちょっと凹むキシュタリア。そっとその柔らかそうな髪の頭に手を乗せてなでなでしたら、珍しく逃げなかった。
キシュタリアは頑張っていると思いますわ。
お家でほえほえ笑って茶を啜っている令嬢もどきのヒキニートのこの怠惰っぷりを見てごらんなさい。お父様に甘やかされて、こんなにファザコンを拗らせていますわよ。このどこに出しても恥ずかしい義姉に比べれば、キシュタリアのちょっとできない魔法のなにそれなんて誤差よ! 誤差!
撫でていると、甘えたい気分なのかキシュタリアは私に身を寄せてくる。うーん、立派な青年になってしまったキシュタリアを私が抱きしめようとすれば、逆に私がすっぽり腕の中に納まってしまう哀しい体格差…でも頑張って撫でますわ! 細やかにでも慰めて見せますわ!
私が一生懸命手を伸ばす。
ぱちん、とお母様が扇を締めるとそれを合図のようにさっとキシュタリアが身を離した。
あれ? 慰めタイム終了? もうちょっと撫でたかったのに…
私が物足りなさにワキワキと指を動かしていると、ジュリアスが無言でその手を拭く。そして、グリーンセラミコットを注いだワイングラスを持たせた。
「でもよかったの、キシュタリア? あれは珍しいものだったのではなくて?」
「確かに希少ではあるんだけど、あれを寄越した相手が胡散臭すぎて…」
とにかくとってもよろしくないお相手だったらしい。
でも、貰ったものがなまじ貴重だったから処分にも困っていたのだろう。
いいのかしら?
お父様が喜んでいるのだから、多分いいのよね?
なんでかちょっぴり笑顔が怖い気がするのは気のせい?
「次に戦や小競り合いが起こったらどっかの地形が変わるかもしれないね…」
………お父様に本当にお譲りしてしまってよかったのかしら?
心なし遠い目のキシュタリア。
地図が改訂なんてことにならなければいいのですが。
「ねえ、ジュリアス。グリーンセラミコットのワインって手に入れられるかしら?
とても美味しかったのよ。少し用意できないかしら」
「無理です」
「え? なんでですの?」
「グリーンセラミコットのワイン醸造は秘匿中の秘匿。
極上であり至高のワインの一つ。これらは王家にのみ納品されるものです。
サンディス王家以外であれば、臣籍降嫁した姫君や臣籍となった王子の家に譲られることもあります。また国へ多大な貢献をした貴族や騎士にも叙勲や陞爵などに稀に下賜されます。
下賜されるそれらは平均して、年に10本あるかないか程です。
公爵様は王侯貴族の中でも屈指の実力者ですので、ため込んでいたのだと思いますが…普通はホイホイ出すものではありません。あれ一本で屋敷が買えます」
「ぴゃあ…」
「どんな悲鳴の上げ方ですか。貴女は小鳥ですか。あざとい手乗りインコにでもなったつもりですか。二度と飛べない様に羽根を切って、特注の鳥籠に入れられて今すぐどこかに隠されたいんですか? …まあ、貴女にそんなつもり毛頭ないのは解っていますが。
…公爵様としては、甘口はそれほど好まれないのですが、クリスティーナ様はお好きだったと聞きます。今まではその惰性で集めていたのですが、今後はアルベル様のために集めるようになるんでしょうね……」
何故か物凄く流暢に罵られつつ答えられた。
なんで怒られているの、私?
ジュリアスは時折、訳の分からない葛藤をしているのですが……
それ以上に出てくる衝撃情報に私の脳みそはオーバーフローです。驚きのキャリーオーバーです。
「ぴぇえ…」
「どっからそんな情けない声がでるんですか…本当に囲いますよ、ポンコツお嬢様。
まあ、そうでなくても王家の賠償金と一緒に年に一本はグリーンセラミコットのワインもついていたと思いますよ。
アルベル様が欲しいといえば、公爵様は財力と権力に物を言わせてありとあらゆる場所からむしり取ってきてくれますよ? おねだりしますか?」
青い顔になってぷるぷると横に首を振った。
そんな怖いことしたかねぇでござる。
蚤の心臓のヒキニートが、そんな恐ろしい裏話を聞いたうえでまだ「もっと美味しいワイン欲しい♡」なんて脳みそ浮ついた言葉を吐けるわけがない。
「流石にグリーンセラミコットは無理ですが、アルベル様にも美味しく飲めるワインを探しますから、それでいいですか?」
「お、お願いしますわ! 無理はしないでくださいましね?」
「しませんよ。これでも商人にも貴族にも顔は広い方です。楽しみにしていてくださいね」
「はぁい」
後日、ジュリアスだけでなくキシュタリアやミカエリスまでお薦めのワインを持ってきてくれた。
ワインもいいけど、この世界にカクテルってないのかしら?
カシオレとか、ファジーネーブルとかピーチフィズとか…確かあれって、フルーツリキュールを混ぜて作るのよね。カルーアミルクのようなのも良いのですが。
恒例のごとく私の前世の再現したい欲求に気づいたジュリアスにより、徹底的に案を吐かされることとなる。
ジュリアス、私は公爵令嬢。わたくしイズ公爵令嬢!! 一応主! お嬢様!
――その後。
「アルベル、なんかさっきジュリアスが真っ青な顔して廊下で座り込んでいたけど何があったの?」
「え? ちょっとお酒の試飲をしていたけど……」
「……どれくらい飲んだの?」
「………いっぱい?」
ジュリアスが試作品を次から次へと出してくるからちみちみ飲んでいた。
実際はどれくらい飲んだとか分からない。ジュリアスも多少試飲していたけど、私の方が飲んでいたような?
しかし、私は特段アルコールに強いという自信もないし、そもそも飲み始めたのは最近だ。
ジュリアスがどれくらいの強さかは不明だが、失態をするような飲み方をするタイプではないはずだ。そもそも、そんなアルハラみたいなマネをしたつもりもない…はず?
首を傾げている私を見ていたキシュタリアは、ふと何かに気づいたように近づいてきた。
「アルベル、ちょっといい?」
「うん?」
「あ、やっぱりこのバレッタ、解毒のアミュレットだ」
「解毒?」
するりと伸びた手は、後頭部でハーフアップにしていた髪に触れる。そしてぱちりと金具を動かしてバレッタを取り外した。それをじっと見つめるキシュタリアは合点がいったように苦笑を浮かべた。
「うん、アルコールくらいなら効かなくなるね。でも、やっぱり昼間からそんなにお酒は飲んじゃだめだよ…」
「うう、つい美味しくて…気を付けますわ…」
危うく醜態をさらすところだった。
いつの間にかつけられていた魔法道具に助けられたけど…
その後、キシュタリアにも感想や意見を聞こうとちょっとカクテルを飲んでもらったら、潰れた。甘さに騙されてさらっと飲んでしまうので、結構ヤバいみたい。
社交界で夜会慣れしているはずのキシュタリアまでもが撃沈とは…
うーん…アンナやラティお母様には好評なのですがもうちょっと分量やアルコール量を要調整かしら?
読んでいただきありがとうございました。
ちなみに社交界で鍛えられまくりのラティママはザルやワクといった部類です。アンナも相当酒豪です。アルベルのお酒の強さは普通。でもすぐ真っ赤になって徐々にふにゃふにゃになる。
ジュリアスも結構強いです…