検証「安倍政治」 改憲論議 立憲主義の原点に戻れ

2020年9月3日 07時36分
 ルールを壊してから進む−それが安倍晋三政権の政治手法ではなかったか。憲法改正は首相の悲願であったが、第二次政権発足から間もなく主張したのは、持論の九条改憲ではなく、「九六条の改憲論」だった。
 この条文は改憲発議の要件を「各議院の総議員の三分の二以上」と定めるが、それを「過半数」に下げるという案だった。まさに改憲のルールそのものに手をつけようとしたのだ。からめ手から攻めるつもりだったのかもしれないが、自分に都合よくハードルを下げる手法に強い非難が起こり、やがて安倍首相も沈黙した。
 何事につけ、この手法が散見された。そもそも「憲法とは何か」という教科書的な定義にさえ、首相は疑義を挟み込んだ。「憲法とは権力をしばるもの」という素朴でわかりやすい理解に対し、「かつて王権が絶対権力を持っていた時代の主流的な考えだ」と国会で反論した。
 人は生まれながらに権利や自由を持っている。国家権力は時にこれを奪ったりするから、憲法を定め、権力をしばっている。明治憲法をつくった伊藤博文でさえ「(憲法とは)第一君権を制限し、第二臣民の権利を保護するにあり」と述べていた。その立憲主義への理解を首相が欠いていることも国会で大問題になった。
 それが先鋭化したのが集団的自衛権の行使容認の閣議決定のときだった。これまで歴代内閣が憲法上認められないとしたのに一内閣の一存で百八十度、転換した。反対する内閣法制局長官の首をすげかえてまで…。大多数の憲法学者が「違憲・違憲の疑い」と反応した。国内外への約束事にも背いていた。「法学的なクーデターだ」と評する声も上がったほどだ。
 九条に自衛隊を明記する改憲案に加え、緊急事態条項の創設など改憲四項目も掲げた。だが、参院選での合区解消案や教育無償化案など、どれも一般法で対応できる項目であろう。
 九条改憲も自衛隊を合憲化するためというが、現在、違憲・合憲の深刻な対立があるわけでもない。緊急事態条項も新型コロナウイルスという国難に直面し、首相に権限を集中しても何の効力もない現実をあらわにした。
 つまりは国民のためというより、個人的な悲願が源泉ではないか。新政権は立憲主義の原点に戻り、「改憲のための改憲論」から脱しなければならない。

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