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転生したら悪役令嬢だったので引きニートになります(旧:悪役令嬢は引き籠りたい) 作者:フロクor藤森フクロウ
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夢見る少女①

 現実とゲームの区別が曖昧とかしたやべー女子、爆誕。

 レナリア編3~5話くらいで終わるかと…たぶん。



 レナリア・ダチェスが生まれたのは極貧の男爵家だった。

 痩せた僅かな領地で、主に農産物と畜産物で地産地消に近い生活を送っていた。

 貴族とは名ばかりでがっかりはしたが、レナリアは来るべき日を待っていた。

 何故なら、レナリアは知っていた。前世という記憶に、レナリアという少女は王侯貴族に見初められるシンデレラガールだということを。

 天真爛漫な努力家で、愛らしいヒロインを絵にかいたような少女。

 こんな田舎に出会いなどない。より良い縁談を、良い生活を送れるようにと両親が通えるようにしてくれた王都の学園で、彼女は運命の出会いをするのだ。

 知力、体力、魔力、気品、魅力、社交等様々なパラメーターを上げ、イベントをこなして玉の輿を目指すのだ。

 レナリアは前世で『君に恋して』というゲームをやりこんでいた。

 恋愛アドベンチャーゲームで、とても人気であったため様々な連作やスピンオフも出ている。数ある乙女ゲームの中でも特にお気に入りだった。新旧買い集め、アプリ版ではかなり課金もして、裏キャラまで網羅した。

 基本は『レナリア・ダチェス』というデフォルトネームのヒロインが、美麗な青少年たちと恋に落ちるシンデレラストーリーだ。

 今でこそ、古く萎びたような屋敷で毎日質素な生活をしているが、学園にいったら絶対イケメンを落として贅沢な生活をしてやると息巻いていた。

 家族たちはそんなレナリアを呆れたような困った顔をして窘めたが、彼女は聞く耳を持たなかった。家族は、あくまでレナリアの幸福――ありきたりながらも、平穏な幸せを望んで送り出したのだ。良い出会いといっても同格の男爵か良くて子爵。もしくは貴族籍がなくても富裕な商家でもと考えていた。

 だが、レナリアが狙うのはそれとはかけ離れていた。

 折角ゲームのイケメン王侯貴族の子息たちがいるのだ、狙わない方が馬鹿だとすら思っていた。

 噂で聞く王子たちの名前はルーカスとレオルドであり、国名はサンディス王国。間違いなく、レナリアは夢見た世界にいるのだから。




 入学すると、そこはやっぱりゲームと同じだった。

 ゲームのキャラクターたちが現実としていた。

 レナリアは歓喜した。想像よりずっと美形だった。髪色や瞳の色に違和感や、残念なコスプレのようなものは感じられなかった。レナリアも長年この世界に生活していたことにより、多少日本とは違う色味の人間に慣れた。それでも獣人族系の獣臭さや、動物っぽさはあまり好きになれなかった。異国人や亜人たちの少し癖のある顔立ちや、鋭い雰囲気も好きじゃなかった。

 どれだけキャラクターがいるかと様子見をすると、やはり王子のルーカスとレオルド、教師のフィンドール、特待生のカイン、宰相子息のグレアム、公爵子息のキシュタリア、伯爵のミカエリスがいた。

 もともと基礎であるメインキャラクターなので確認に近い。ゲームの初版からいるので存在は確信に近かった。


「やっぱり落とすなら王太子のルーカスよね」


 色々と品定めしたものの、やはり一番贅沢できそうな第一王子がいいだろう。

 悪役令嬢のアルベルティーナが怖くないと言えば嘘になるが、あの傲慢な令嬢が最後は失墜して因果応報に裁かれるのは胸が空く。

 ゲームヒロインのレナリアはそうでないが、今のレナリアは美少女が嫌いだ。具体的に云うと、自分より可愛くて、権力があって、家柄のいい令嬢が大嫌いだ。アルベルティーナはすべてに当てはまり、その上性格が悪いので不幸になっても心が痛まない。

 レナリアも一応社交界デビューをしているが、貧乏男爵令嬢など流行りからかなり遅れた型落ちドレスを修繕して着るしかない。上級貴族の令嬢は、ここぞとばかりに飾り立て、豪奢で艶のある絹のドレスを自慢げに翻していた。レナリアのデビュタントの記憶はかなり惨めであった。

 ルーカスルートだと必ずアルベルティーナはレナリアのハッピーエンドで非業な運命をたどる。卒業のダンスパーティイベントで、彼女の今までの悪事が明るみになり公爵家という後ろ盾があっても逃げることができなくなるのだ。

 ルーカスに出会うために、さっそく薔薇園に向かう。彼はそこのガゼボで喧騒から逃げるようにいるはずだ。

 夢にまで見た王子は美しかった。輝く金糸の髪に淡い碧眼。僅かに幼さの残る精悍で端麗な容姿は、正統派王子であった。細身ながらにしなやかに鍛えられた体は姿勢が良く、立っているだけで気品がある。

 その指がそっと薔薇を撫でている。愁いを帯びた横顔はうっとりとため息が出そうなほどだ。だが、それを飲み込んでゲーム展開を思い出し、何度も繰り返した記憶を掘り返す。

 レナリアは好奇心から薔薇園に入り、迷路になっている生垣に迷ってしまう設定だ。

 ルーカスは疲れたから少し離れていろと、近くに護衛を待機させているところに、レナリアは迷い込んでしまい一人いるルーカスに出口を聞こうと話しかける。それが出会いだ。


(そのあと、婚約者のアルベルティーナがすぐにしゃしゃり出てきてうざいのよね)


 だが、それは頭の隅に追いやって一歩踏み出した。






 レナリアは無事ルーカスと接触することに成功した。

 何故かアルベルティーナはその後でてこなかった。フラグミスかと内心心配だったが、好感度を上げるためルーカス中心に接触していると、ある日ビビアン・フォン・アルマンダインという知らないモブから文句を言われた。

 まるでアルベルティーナのようにルーカスに近づくなとやっかんできた。モブの癖に、と内心苛立っているとその女はルーカスの婚約者だといってきた。

 このモブが?

 あのルーカスの?

 ではアルベルティーナは?

 慌ててルーカスの騎士のジョシュアや、グレアムに確認すればアルベルティーナ・フォン・ラティッチェという令嬢は確かに存在するようだ。しかし、過去に誘拐されたことにより心身を病んでしまい、顔も二目と見ることのできないほど悍ましいものだという。その事件以降、領地から出てこず夜会どころかお茶会にすら出てこない。サンディス王国のデビュタントの年齢になっても、ついに社交界に現れなかったという。

 レナリアは肩透かしを食らった。あの恐怖の悪女は学園にいないのだ。ビビアンも性格はきつそうだが、アルベルティーナの悪辣さには劣るだろう。

 それからもビビアンやその取り巻きは五月蝿くレナリアの周囲に現れたが、レナリアは順調に攻略対象を落としていった。

 だが、二人ほど上手く行かないものがいた。

 キシュタリアとミカエリスだ。

 キシュタリアは社交界で奔放に悪の華として咲き誇っているはずのアルベルティーナが家にいて、さぞ迷惑しているかと思った。アルベルティーナはキシュタリアの実母を虐めて追い詰めて死に追いやるのだ。キシュタリアも執拗にいじめられ続け、義弟でありながら使用人のように扱われる。R18版だと彼の初体験はアルベルティーナに汚されるのだ。ただ単に、面白そうだと、美しく成長した義弟に食指が動いたという理由で。

 甘く整った容貌でありながら、どこか陰のある貴公子。それがキシュタリア・フォン・ラティッチェだった。

キシュタリアのルートでもアルベルティーナの行く末は凄惨を極める。それほど、彼の中で鬱屈する恨みは深いのだ。

 彼を攻略するには、家族の愛情とは疎遠であり義姉アルベルティーナへのトラウマと向き合い、寄り添うことが重要な鍵だ。

 しかし、キシュタリアはどんなにレナリアが必死に攻略の糸口を見つけようとしてもどうにもならない。そもそも、イベントが一切発生しないのだ。イベントの場所にキシュタリアがいても、イベントのキーワードを口にしない。キシュタリアルートにも、ルーカスほどではないがかなりアルベルティーナが絡んでくる。ここにも悪役令嬢不在の弊害が出ていた。

 フラグを立てるどころか、だんだんとキシュタリアが離れていく気配がする。

 なかなか会えなくなるどころか、声をかけてもそっけない。そのうち、声をかけてくるなとはっきり言われてしまった。何故こんなに一生懸命会いに来ているのに、好感度が上がらないのか。

 ルーカスに頼んでお茶会を開いてもらって何とか来てもらったが、それも数回で来なくなってしまった。

 王太子のルーカス攻略に失敗した場合、レオルドと同じくらい――否、家柄的に言えば由緒正しき公爵家なのだから間違いなくもっと贅沢できるはずだ。ラティッチェ家は四大公爵家の中でも随一の勢力だと誰かが言っていた。公爵夫人を滑り止めとしてキープしたかったが、難しそうだ。

 それはキシュタリアだけでなくミカエリスも。

 ミカエリスは若き伯爵で、両親が幼い頃に相次いで夭折してしまったことにより苦労をしてきた青年だ。元は父親の病気から、母親もその後に過労が祟って亡くなってしまう。追い打ちのように父の病気から叔父一家が伯爵家を乗っ取ろうとしたからだ。ミカエリスは死に物狂いで抵抗し、何とか伯爵家を守ったが――十代にして両親は失い、唯一の妹とはすっかりぎこちなくなってしまった。

 若き騎士として、伯爵として身を立てる兄。華々しいミカエリスに、引っ込み思案な妹のジブリールは憧れながらも嫉妬していた。その複雑な感情は、互いを気にしあいながらも蟠りばかり残してしまう。ずっと伯爵として、騎士として剣の腕を磨いて努力してきたが、生真面目すぎる嫌いのあるミカエリスは大切な、大切過ぎる妹に上手く接することができない。ジブリールはコンプレックスから兄を避ける。

 唯一の家族と上手く行かない懊悩する二人の心をレナリアが解きほぐす、地味ながら感動のストーリーである。

 レナリアも、ミカエリスの華のある美貌は好みであった。最初こそ真面目過ぎてつまらない男なのだが、後半になると怒涛のように美声で口説いてくる情熱的な側面が出てくる。是非、美貌の騎士に傅かれたいとレナリアは落とす気満々だった。

 その兄妹仲を取り持つことにより、ヒロインは二人に感謝されて受け入れられるのだ。

 だが、ここにいるジブリール・フォン・ドミトリアス伯爵令嬢は原作と全く違った。

 美しい、燃え上がるような紅薔薇を思わせる艶髪と紅玉のような瞳。華やかで凛とした、社交界の華と呼ばれる少女がジブリールだった。そこにはコンプレックスを抱えるどころか、精力的に社交界を牽引する若きレディである。

 彼女の纏うドレスは、ずっとサンディス王国で流行っていたロマンティック系のプリンセスラインドレスだけではなくベルラインドレス、エンパイアドレス、マーメイドドレスなど多種多様だ。どれも貴族令嬢にとっては持っていることが流行のステータスの一つともいえる、大人気の『アンダー・ザ・ローズ』の新作を次々と纏って注目の的だった。フリルやレースやモスリンをたっぷり使う旧式の意匠ではなく、ビーズ、ビジュー、ラメ、真珠などを縫い付け、繊細な刺繍を施すことで生地自体の美しさや女性的なボディラインを引き立てることを生かしていた。

 彼女が歩けば、たくさんの視線が追う。

 ゲームでの彼女はレナリアと会うまで碌な友達すらおらず、取り巻きの下っ端のような真似をさせられていた。間違っても、羨望の的などではない。ミカエリスルートを攻略する過程で、漸く彼女は根暗そうな長い前髪やお下げから卒業するはずなのだ。

 初めてレナリアが見たジブリールの眼は自信に満ち溢れ、レナリアが気後れするほどだった。

 美しいカーテシーと鈴を軽やかに振ったような可憐な声。華やかで人を引き付ける雰囲気と、令嬢として完璧な微笑。誰もが理想とするような、令嬢の鑑のような少女だった。

 レナリアは混乱した。

 あの女は誰だ。

 あんなの、ジブリールではない。

 暗くて、じめじめしていて、誰かの後ろに隠れるようにしているのがジブリールだ。

 では、あのジブリールを名乗る女は?


 ――もしや、彼女も転生者?


 アルベルティーナがいないことといい、何かおかしなことが起こったに違いない。

 きっと、裏で彼女が何かしたに違いない。伯爵令嬢だし、貧乏男爵令嬢のレナリアより自由は利くはずだ。現に、彼女はいつも美しいドレスや宝石を纏っている。態度も堂々たるもので、あの煩いビビアンですらジブリールには一目置いている。

 よくよく見れば、彼女は兄であるミカエリスとも既に仲がいいし、何故かキシュタリアとも仲が良さげだ。本来なら、碌に接点がないはずなのに。

 間違いない、と確信する。

 邪魔をされたらたまらない。あの女のせいで、あの二人の攻略が上手く行かないのだ。最初、ルーカスには何もするなとは言ったものの、転生者なら話は別だ。折角ここまで進めたレナリアのハーレムを奪われたらたまらない。


「ねえ、ジブリール。貴女、転生者でしょう」


「…何をおっしゃるのかよくわからないのですが、ダチェス令嬢? お加減でも悪いのかしら?」


 一瞬目を見開いたものの、困ったように少し小首をかしげるジブリール。その姿は、同性ながらに可愛いと認めざるを得ない。だが、猛烈に腹が立った。あくまでしらばくれるつもりか。


「アンタがそんな可愛いはずがないのよ! 何をしたの!? 私の邪魔をするつもり!?

 ミカエリスもキシュタリアもアンタのせいで、私を好きにならないじゃない!!」


「それはわたくしのせいではなくてよ」


 ジブリールが少し呆れたようにため息をつく。その物憂げな仕草すら優雅なのが、怒りを煽る。

 あくまで白を切るつもりらしい。

 眉をはね上げ、髪を逆立てて正しく鬼の形相でジブリールに詰め寄るレナリア。

 普通の令嬢なら、レナリアの気迫に多少は動じるはずだ。しかし、ジブリールは少し眉を顰めやや鬱陶し気にするだけである。やはりとんだ性悪だ、とレナリアは納得した。


「いい加減、本性を出しなさいよ!」


「何をしているの?」


 レナリアがジブリールの赤毛につかみかかり、引っ張ればはらりと白い花のついたリボンが落ちた。

 ちょうどそのタイミングでレナリアの後ろから声が上がった。はっとしてその方向を見れば、アクアブルーの瞳を冷たくしならせたキシュタリアが立っていた。その後ろで、黒髪の従僕が静かに控えている。


「僕の友人に何をしているのかな、レナリア・ダチェス」


「キ、キシュタリア…」


「呼び捨てにされる覚えはないんだけど」


「ご、ごめんなさい…キシュタリア様。なんでもないの、すこしジブリールと喧嘩をして…」


「ジブリールも呼び捨てにしないでくれる? 男爵令嬢風情が」


 狼狽した状態で謝るが、許すどころかぴしゃりと冷たい言葉を浴びせられる。

 ちらりと見た青い瞳は冷然としており、明らかにレナリアを威圧している。

 青褪めるレナリアの横をすり抜けた従僕が、落ちたリボンを拾い上げた。


「お怪我はありませんか、ジブリール様」


「なくってよ。折角結った髪がほどけたけど。まあ、切られるよりはましですわね」


「よろしければ、私がお直しさせていただきますが。少々リボンが汚れてしまいましたので、つけるのはお勧めできません。別の髪型にすることとなってしまいます」


「構わなくてよ。そのリボンは直せます?」


「ええ、花は壊れていませんし、布の部分を手洗いすれば問題ないかと。よろしければ、こちらで洗浄します。お預かりしても?」


「ええ、お願いします。ありがとう、それはお姉様から褒められたものだから特に気に入っていますの。くれぐれも頼みますわ」


「承知いたしました。明日にはお返しできますので」


 隣で、冷や汗をかいて青くなるレナリアをまるで無視して会話が続けられる。

 レナリアがキシュタリアに睨まれ固まる隣で、ジブリールがまるで令嬢のように使用人に傅かれる。そしてそれを当然のように受け入れる。

 悪いのはその女なのに、とレナリアの中で怒りと憎しみが渦巻く。


「このことはミカエリス様にご報告したほうがよろしいですよ、ジブリール様」


「なぜ? わたくしが売られた喧嘩でしてよ? 言葉でも拳でも殴り合いを気が済むまでするつもりですわ」


「…ミカエリス様の苦労が偲ばれます。この前もサーナイル侯爵子息の求愛を蹴って、大喧嘩を勝手にしてお怒りを買ったばかりでしょう…」


「あれはあちらが悪くてよ。伯爵令嬢風情と貴族でありながら騎士を名乗る伯爵もどきなどとお兄様を侮辱する馬鹿子息の手を取れと?」


「決闘して、負けて土下座してきた相手を踏みつけたのは?」


「以前、キシュタリア様のついでとばかりにお姉様を侮辱してきたので、ついでに鼻っ柱を物理的に折ってやろうかと思いましたの!」


 とびきり明るく愛らしい声で、恐ろしいセリフを吐くジブリール。最初ジブリールを窘めていた従僕も口を噤む。顔が固まったが、露骨にひきつらせないだけでも十分に躾が行き届いている。キシュタリアは馴れているのか、一瞥はくれるが特に表情に変化はない。

 だが、そこに別の声が割り込んできた。


「…逆に礼を言われたこちらの複雑さをどうしてくれる。

 ご当主自ら出向いてきたと思ったらお陰で魔王の逆鱗は避けられたと、随分と腰を低くして謝罪してきたぞ。お前に負けたあの三男坊は東の国境沿いの騎士見習いとして戦場ではないが僻地送りだそうだ」


「オホホホ、いい気味でしてよ!」


 さらに現れたのはミカエリスだった。

 腕を組んでジブリールを困ったように見ている。言葉は諫めるものだが、その声は柔らかい。

 ジブリールと似た紅い髪を静かに揺らし、悠然とやってくる。ちらりとレナリアに一瞬一瞥をくれたものの、すぐにジブリールの方へ移った。まるで、レナリアに興味も価値もないといわんばかりだった。


「おかげで事業の話はこちらの優位で話は勧められたが、もう少し穏便にできなかったのか?」


「穏便にしていたら、お兄様とキシュタリア様に先を越されてわたくしの分が無くなってしまいますわ!」


「あまり心配をさせるな、ジブリール。いくらお前が並みの女性より強くても、まだ若いレディなのだから」


「はぁい、お兄様」


 可愛らしく返事をするジブリールに、ミカエリスの表情はようやく綻ぶ。

 手を伸ばし、乱れたジブリールの髪を手で軽く直す。レナリアにより片方だけリボンのない不自然な髪は当然目立つ。


「この一件は学園にも報告させてもらう。当然、ダチェス男爵家にも抗議をさせてもらう」


 低くミカエリスに言い放たれた。びくり、とレナリアの肩は震えた。

 レナリアはあまり成績が良くない。身分も高くないし、不祥事を起こせば家に呼び戻される可能性がある。第一王子らと親しいというコネがあるからこそ、学園で大きく振舞えることは解っていた。

 それだけ言うと、興味が無くなったようにミカエリスはジブリールを連れて行った。それに倣うように、キシュタリアと従僕もついていく。

 四人が角を曲がる直前、ミカエリスの声がレナリアに届く。


「そのリボンはジブリールの大切なものだから、くれぐれも頼んだぞ」


 ――ジュリアス


 はっとレナリアは振り返ると、きっちり整えた黒髪に眼鏡をかけた細身で背の高い男性の横顔が僅かに見えた。


「ジュリアス…? ジュリアス・フラン!? アルベルティーナの従僕? なんでここに…あ、でもキシュタリアはラティッチェ公爵家の跡取りだからおかしくないか…」


 初版ではないルートだが、復刻や追加のバージョンでは攻略できる。ジュリアスはキミコイで追加で攻略できる隠れキャラの一人である。

 ルーカスルートとキシュタリアルートをクリアして、特定条件を満たすと彼を攻略できるようになるルートが出現するようになる。

 アルベルティーナの従僕として汚れ仕事ばかりこなす彼は、身心が疲れ果てていた。

 美しいが傲慢で苛烈。悪逆を厭わず己の欲を満たすことに腐心する主人に、有能故にずっと使われ続けていた彼は奴隷のように従っていた。

 人を殺すことも、陥れることもした。時には享楽を求めるアルベルティーナの閨の相手や、逆に女性を陥れるときにハニートラップ要員として自ら体を使っていたこともあった。

 従僕という立場でありながらあのアルベルティーナの相手をするほどなのだから、当然ジュリアスの容姿は非常に整っている。知的で怜悧な美貌。事実、非常に頭脳明晰であるのだ。

 彼を攻略すると、アルベルティーナはやはりというべきか復讐される。

 その時に現れる彼の酷薄でありながら、妖艶な微笑はファン垂涎だった。そこで目覚めたファンもいる。宰相子息のグレアム・ダレンもモノクルという片眼鏡属性だが、ドS眼鏡といえばジュリアスと呼ばれるのは、その復讐の苛烈さとそのスチルの笑み故である。


「え~っ! ジュリアス、いたんだぁ。結構好きなんだよなぁ、あれ? でもジュリアスが出てきたってことはキシュタリアの攻略って結構進んでる?」


 ぶつぶつと先ほどの落ち込みが嘘のように楽し気にレナリアは思案し始めた。

 ジュリアスは基本、そつのない有能な従僕としての立ち位置から離れない。だが、心を許した相手にはだんだんと砕けた態度を見せるようになるのだ。

 丁寧で慇懃な態度から、たまに毒舌が混じるようになる。そして心を許すと平然と罵ってくるのだ。それはもう笑顔で。意地悪キャラなのだが、いざヒロインが困ったり弱ったりすると滅茶苦茶甘い。そしてさらっと助けて妖艶な笑みでとどめを刺してくる。しかも、彼の好感度が95を超えると『俺』という超レアな一人称を聞けるのだ。ジュリアスは基本『私』というのだが、ヒロインが無茶をしたり、滅多にないことだが彼が情緒不安定になり感情のままに怒鳴ったりするときに稀に出てくる。

 そのギャップが溜まらんという意見が多く、隠れキャラでもかなりの人気を博していた。

 彼は攻略すると、サンディス王国から出て隣国の貴族となる。その頭脳と辣腕を振るい商売で身を立てて裕福となり、爵位を得るのだ。そこでさらに彼の衝撃の事実が明らかになり、最後まで大どんでん返しの嵐だったりする。


「うふふ、楽しみ~。最近ジョシュアにも飽きてきたし、全然ジュリアスの方が好みなんだよなー。ジュリアスルートクリアすると、あの人とも会えるかもしれないし…

 他の隠れキャラもいるのかなーっ!」


 最近、ルーカスは毒見なしでレナリアの料理を食べてくれるようになった。といっても、手作り焼き菓子だが。かなり攻略が進んでいるといっていいはずだ。

 アルベルティーナがいないせいでイベントがイマイチ決まらないので、一応プレゼント作戦で好感度を稼いでいる。ルーカスが食べれば、レオルドやグレアムも食べる可能性が高い。効率がいいのだ。






 読んでくださりありがとうございました(*- -)(*_ _)ペコリ

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