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転生したら悪役令嬢だったので引きニートになります(旧:悪役令嬢は引き籠りたい) 作者:フロクor藤森フクロウ
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失墜王子①

 ここからちょっと王子視点はいります。

 大概やべーかんじになっております。恋愛狂いになっちゃった王子です。まあ目が覚めるんですが。



 貴賓牢――その名の通り、王侯貴族でも特に尊い身分である人間が収容される牢獄だ。

 だが、いくら見栄えが整えられていても牢獄であることは変わりない。

 部屋の前には兵士が立っており、護衛でもあり監視でもあった。

 その中に、一人の青年がいた。

 普段居る部屋とは比べ物にならないくらい狭いし、豪奢な調度品に囲まれ馴れていた彼にとっては、平民からすれば十分華美といえ貴賓牢にいるということは酷くプライドを傷つけられた。

 青年の名はルーカス・オル・サンディス。

 栄えあるサンディス王国の第一王子にして、正妃の息子。次の玉座に最も近い存在だった。

 そう『だった』。


 何故こんな場所に自分がいるのか、なぜこうなったのか彼には分からない。解っているが、頭がそれを理解するのを拒否しているのだ。

 どこで狂ったのか、どこで狂い始めたのか――自問自答をする。脳裏によぎるのは愛らしい笑みの少女。明るく無邪気で、どこか小悪魔的な女性だった。

 次代の王として、国の歯車として育てられたルーカス。王の期待と、母王妃の狂信的な切望を受けてきた。数多の称賛と羨望、嫉妬、姦計に囲まれてきたルーカスにとって、下級貴族の少女は初めて自分の意思で選んだものだった。

 着るものも、学ぶものも、食べるものも、婚約者も学友もすべて決められたもの。

 ルーカスにとって少女――レナリアは、初めて王子ではなくルーカスを見てくれた女性だった。最初は馴れ馴れしさに鼻白んだものだが、交流を重ねていくうちに惹かれていった。どこか隙間の空いた心に、欲しい言葉をくれるレナリアは代えがたいものになっていった。婚約者はいたものの、いかにも隙のない令嬢然としていて、王子妃を目指す姿勢に尊敬はしていたがそれ以上の愛着が持てなかった。レナリアに好意を持つようになってから、なおさらだった。

 自分の知らない世界を教えてくれるレナリア。

 くるくる変わる表情が愛らしく、たまに意表や核心をついてくる愛しい少女。

 身分差があるのは解っていた。離れるべきだとも。やんわりと突き放しても、彼女はその壁をあっさり乗り越えてくる。

 小さな宝石と分かりづらいものがついたネックレスを喜んだ。大した値打ちもないものだ。婚約者のビビアンに渡せば「こんな貧相なものを」と思いそうな品。

 お礼にとお菓子を焼いてきてくれた。手作りで質素なものだけれど、と恥ずかしそうに言う彼女が愛しかった。ルーカスの食べるものは、いつも毒見が済んで冷え切ったものばかりだ。素朴なそれは花のような香りがして、少し寝ぼけたような甘さがあった。王宮で食べるものと比べれば当然味が落ちるが、彼女手ずから作られたと思うと喜びがこみ上げる。

 美味しいと笑えば、レナリアも花咲くような笑みを浮かべて嬉しがる。それがさらにルーカスを喜ばせた。それから、レナリアは特に何もなくてもお菓子を焼いてきた、お薦めのお茶をもってきたりして、時々内緒のお茶会をするようになった。

 彼女はあまり頭が良くないし、礼儀作法も不器用だった。でも何事も一生懸命やっている姿が印象的であった。

 ルーカスの周囲に度々現れるレナリアをビビアンは田舎娘、礼儀作法もなっていないと扱き下ろしてきた。ルーカスは不謹慎だと思いながらもレナリアが青い瞳に涙をこらえながら耐え、いじらしくて守ってやりたくなった。

いつもすました顔をして美しいカーテシーを披露するビビアンは、確かに淑女としては立派だが、一人の女性としては愛せないと思い始めたのはそのころからだった。

 しかし、ルーカスの心がレナリアを求める反面、周囲の目は厳しかった。

 レナリアは所詮男爵令嬢。それも庶民に毛の生えたような存在だった。いくら可憐で心根が素晴らしい女性だろうと、彼女の身分で妃にはなり得ないと誰もが言う。

 正妃どころか側妃とすら怪しいというものまでいた。頑張り屋でいじらしい彼女を知るルーカスにとっては侮辱に等しい言葉だった。確かに生まれ持った血筋は仕方がないかもしれないが、貴族のルールばかり気にして着飾ることばかりに心血を注ぐその辺の身分ばかりの良い女どもとはレナリアは全く違うというのに。

 ――ルーカスは、ここで一つ失敗をしていた。

 そう、レナリアの『今の』身分では妃にはなれない。だが、しかるべき場所に根回しをして養子となり、最低でも伯爵以上、望むならばさらに上の格式高い家柄の令嬢となれば可能性は飛躍的に上がるということを示唆していたのだ。

 レナリアの魅力はルーカスのみならず、その異腹弟のレオルド、友人たちである宰相子息のグレアムや、騎士のジョシュアすら翻弄した。それはルーカスにとって悩みの種だが、レナリアはルーカスを愛しているといってくれた。はにかんで告げられたその言葉を疑おうとは思わなかった。

 しかし、ルーカスの知らないところで教師や他の学友とも親しくなっていたのは思いがけないことだった。レナリアの魅力を考えれば仕方のないことかもしれない。それに、王妃には王までとはいかず求心力が求められる。レナリアにはその素養があると思えば、悪くないことだった。

 そんな魅力あふれる彼女を、ビビアンをはじめとするレオルドたちの婚約者に持つ者や、レナリアにちょっかいを掛けられて迷惑だといってくる令嬢たちには辟易した。どうせファッションやお菓子の話題ばかりで、まともに婚約者の心を留めることのできない己たちを棚に上げ、人気のあるレナリアを妬んでのことだろう。

 レナリアを怖がらせ、貶める者たちは次から次に現れる。それを威嚇し、時に処罰するのは骨が折れた。次から次へと出てくるのだ。中には父王ラウゼスから、有識者や次期高官、有力貴族の子息といった人物も含まれていた。だが、彼らは不愉快な事ばかりをいってくる。それを無視し、余りに口が過ぎるものは処罰した。そうしていくうちに、だんだんと彼らはいなくなり静かになっていった。

 それをお茶会でレナリアに伝える「嬉しい」「ありがとう」と笑みを浮かべるたびに、ルーカスは満たされた。彼女のいる人生は何と幸福な事か。今まで王太子となるべく我武者羅に過ごしてきた日々が、なんと空虚な事か。

 恋という初めて知る感覚に酔いしれた。

 母である王妃メザーリンはレナリアを気に入らないようだが、メザーリンも妃としてはさほど身分の高い方ではない。伯爵家であるが、現国王が即位するまではそれほど力を持つ家柄ではなかった。もとは身分が低い同士、何か芽生えるものがあればいいと思ったが、寧ろ毛嫌いしている気配すらする。

 相変わらず学園でも宮殿でも、レナリアを認めるものは少ない。いるにはいるのだが、有力者が少ないのだ。由々しきことである。皆、彼女の素晴らしさを知らないからそんなことを言うのだ。

 ある日、レナリアが浮かない顔をしていた。


「キシュタリア様とミカエリス様がお茶会に来てくれないの」


 レナリアはルーカスをはじめとする、仲のいい学友をお茶会に良く呼ぶ。

 その中にはグレアムやジョシュア、レオルド以外にも、教師のフィンドールや特待生のカインもいる。ルーカスと浅からぬ仲であるため女子生徒には妬まれているせいか、同性はレナリアのお茶会にあまり姿を見ない。

 キシュタリアとは四大公爵家でも第一の有力貴族ラティッチェ家の子息だ。元は分家からの養子であると聞くが、非常に優秀な人物と聞く。その甘い美貌と絶大な魔力でも有名であった。記憶からアッシュブラウンの少し癖のある髪と、白い整ったかんばせ。輝く宝石のような淡い青の瞳が印象的だった。あの男に会うとレナリアの視線が彼に固定されがちなので、ルーカスはあまり好きではない。だが、王太子を目指す身としてラティッチェ公爵家を無下にするわけにもいかないのが実情だ。父からも、あの家だけには手出しするなときつく言われている。

キシュタリアの義父であるラティッチェ公爵は非常に優秀だが、過ぎた天才故に不可侵といわれる。ルーカスも幼い頃から社交場で何度か見たことがあるが、人外じみたほどの美丈夫で、いつも何を考えているか分からない微笑が印象的だった。あのアクアブルーの瞳で見られると、すべてを見透かされたようで常に居心地が悪かった。

 ミカエリスは若き伯爵である。真紅の髪と瞳が印象的な美男子で、人望も厚い。そして、その若さでドミトリアス領を大きく発展させた手腕と、騎士としての剣豪ぶりは知れ渡っている。その発展の陰にはラティッチェ公爵家との様々な事業提携があるという。また、気難しいと有名なラティッチェ公爵とも交流があるというのも理由の一つだろう。

 人柄は冷静沈着であるが、決して引っ込み思案というわけではない。多くを語らないだけで、キシュタリアや彼の妹のジブリールの前では笑みを浮かべることも少なくない。

 その華麗な噂から薔薇騎士や紅の伯爵とも言われている。

 学園でも有名な貴公子二人である。レナリアは彼らを気にしているが、彼らはレナリアに興味がないらしい。ルーカスとしては恋敵が少ない方がいいのだが、レナリアが来て欲しいのなら動いてやるのが持つ者としての行動だろう。

 ルーカスから招待状を出せば、彼らは漸く来た。

 丁寧な挨拶に朗らかで優美な笑み。レナリアにもそつなく挨拶をする姿から、単にやはり予定が会わなかっただけなのではと思いそうになる。レナリアはなかなか近づけない二人の美男子にうっとりしていたのが気がかりだった。

 そのお茶会ではルーカスはほったらかしにされ、レナリアはずっとキシュタリアとミカエリスの間を行ったり来たりしていた。


「ルーカス殿下……レナリア様のことをもう少し窘めたらいかがでしょうか?

 殿下というものがありながら、あれではまるで…」


「五月蝿い! 碌に来なかった奴らが来たからレナリアも浮かれたのだろう」


「申し訳ございません。差し出がましい真似を失礼いたしました」


 窘めてきた騎士の一人に怒鳴ると、彼はすぐさま頭を垂れて後ろに下がった。

 譜代王家に仕える騎士だが堅苦しくて、何度もレナリアのことについてうるさく言ってくるウォルリーグ・カレラス。鬱陶しいが国王夫妻からの信頼も厚い彼を流石にクビにすることはできなかった。もし、彼がいなくなったらもっと強引で口うるさい世話役や騎士がつく可能性が十分にあった。

 今回のお茶会では物珍しさから彼らに近づいただけだ。そう自分に言い聞かせ、ルーカスは何とか怒りをやり過ごした。



 ある日、レナリアの顔色が悪い時があった。

 いつも朗らかなレナリアだが、苦手な人間がいる。

 ミカエリスの妹のジブリール・フォン・ドミトリアスだ。

 兄と同じ鮮やかな赤髪と瞳の華奢な美少女である。学園に数ある令嬢の中でも社交界の華と名高いドミトリアス令嬢。令嬢の鑑というべき洗練された所作と、可憐であり華やかな存在感、そして常に流行の最先端を牽引する一人である。サンディス王国において、流行といえばローズブランドだ。ローズ商会が手掛けた店や商品。それを総称してローズブランドと呼ばれる。

 最新のドレスや宝石を安価なものから最高級まで揃えている。最新グルメもローズ商会ありきである。そして、ジブリールの纏うものは常に流行そのものであった。レナリアが羨ましそうにするのでルーカスも手に入れようとするのだが人気がありすぎて、王族といえ難しかった。

 ローズ商会は何かと秘密の多そうなラティッチェ公爵家から発足したものらしいが、いくら交流があるとはいえジブリールがあのように定期的に新しいものを次から次へと仕入れられるのは謎である。何か弱みでも握っているのか、重要なポストについているのだろうか。

 何はともあれ、ルーカスの愛するレナリアが消沈するのは見過ごせない。

 レナリアは次期王太子妃である。誰が何と言おうと、ルーカスが王太子になれば、彼女をなんとしても妃として迎え入れる。

 ジブリールがレナリアの心を翳らすなら、処罰対象に入れるべきだろう。ついでに、あのミカエリスを払い落とせるなら更にいいことだ。


「ま、待って、ルーカス様。ジブリールはミカエリス様のために必要なの」


 ジブリールはミカエリスを落とすためには必要不可欠――などとは言えないので、半端に端折ったレナリアの言葉を、ルーカスは理解することはなかった。ただ、なんとレナリアは慈悲深いのだろうと兄妹の愛を尊重する表だけの言葉しか読み取らなかった。

 注意深くしていれば、白々しいレナリアの様子に気づくものがあったはずだ。

 しかし、恋に盲目と化したルーカスにはかなわぬことだった。

 ぎしり、ぎしりとゆっくり確実にルーカスが積み上げてきたものが軋んで崩落していくことにすら気づかない。

 しばらくすると、キシュタリアもミカエリスもお茶会に誘っても来なくなった。

 王家主催をはじめとする公的な催しには来るのだが、学園の私的な催しには来なくなった。

 しかも、ルーカスは国王の言いつけを無視してラティッチェ公爵家にちょっかいを掛けたと厳重注意を受けた。

 その後、不自然でない程度に誘いをかけても彼らは何かと理由をつけて断るのだ。

 清々した気分だが、レナリアは浮かない顔をしていた。レナリアの良さも分からない上に、レナリアの心を乱す男たちなど気にしないでいいのに。

 レナリアは素晴らしい女性だ。いるだけで幸せになれる。夢中になれる。辛いことを忘れ去ることができる、忘れさせてくれる存在だった。

 彼女なしでは、未来などありえないと思うほどルーカスは心酔していた。

 その後、暫くは割と平穏だった。

 相変わらず周囲には煩い『忠告』という名の不敬を述べてくる人間が後を絶たなかった。

 過ぎた連中は振り払っていったが、相変わらず湧いてくる。


 そんなある日、レナリアが大きな青い瞳に涙を浮かべて縋り付いてきた。




 読んでくださりありがとうございます(*- -)(*_ _)ペコリ

 楽しいと思ってくださったのならブクマ、ご感想、評価、レビューを戴けるととても嬉しいです。

 下からできますので、よろしくお願いします。

 次も王子メイン予定です。恋の魔法()が解けるまでダイジェストでお送りします(=_=)

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