まえをむくまで
「前田が死んだ?」
俺は思わず聞き返した。
「信じられん」
「僕もまだ戸惑ってるんだ」
その声には不安がにじみ出ていた。
「何があった?」
「交通事故らしいよ。ほら、2日前ひどい雨だっただろう?視界がわるくなっていたから相手のバイクが気がつかなかったという話だよ。」
「とりあえず、葬儀の日程が決まったら連絡するから。」
そう言ってクラスメイトだった男は電話を切った。
「前田が死んだ」その言葉が頭から離れなかった。
やっぱり信じることは出来なかった。
葬儀は何事もなく進行している。
俺はどうしても実感が湧かなくて、今にも飛び起きるんじゃないかと思って前田の顔を見た。
前田は寝ているようだった。だが、纏う雰囲気がさっきの俺の考えは間違いだと。本当にあいつはこの世にはいないんだと言っている。
『死』
その実感が俺を縛り付けた。
「お前もいづれ死ぬんだ」
「明日かもしれないし今日かもしれないが」
「逃れられる術はないぞ」
前田の声で囁いている。
俺はいつのまにか前田の死のことなど頭から消えていた。死の恐怖に支配されていた。
葬儀が終わった後1人家路に着く。
怖い。震えが止まらない。早く家に帰らなければ。
俺は駆け出した。なんとなくそうしなければ死に喰われそうで、不安に飲み込まれそうで。いや、実際に飲み込まれかけていたのかもしれない。何事もなく家に着いた。安心だ。今日は生き延びた。
何をするでもなくベットについた。眠るのが怖い。このまま目を覚まさないのではないか。その不安が眠りを妨げる。だが、疲れていたのだろう。いつのまにか意識は手放していた。
夢を見ている。体が自由に動く。明晰夢というやつだろうか。
「いっそこのままこの世界にずっといられれば恐怖なんてないのにな」
1人呟いた。
「お前らしくないじゃないか」
声がする。
この声を知っている。今俺を縛り付けているものだ。
恐る恐る振り返ると前田がそこにいた。
「よう」
あいつはいつも通りにそう言った。
「どうしてここに…」
「夢だからな。出てこれたよ」
「それよりもどうした。そんなにガタガタ震えて。
もっと堂々としろよな」
あいつは笑顔だった。なんで笑顔なんかうかべられるんだ?
「無理な相談をする。元はと言えばお前のせいだぞ。
勝手に死にやがって。」
「それに関してはすまんと思ってる。だがな、勝手に一人で怖がってんじゃねぇよ」
「死んだ俺だから言うけどな、未来に目を背けて死を見続けているよりも、いつ死ぬかわからないがいつ死んでもいいように精一杯生きることの方が有意義だぞ」
その時俺は悟った。俺には義務があると。
あいつの分まで生きるという義務が。
「ありがとう。目が覚めたよ。俺はこれからを生きていく。お前のもとに行っても恥ずかしくないような人生を」
「夢の中だがな」
前田はそう言って笑った。
世界がぐらついた。
夢が終わる。この逢瀬は終わるみたいだ。
「またな」
「あぁ、また」
世界が壊れた。
朝が来た。
いつも通りの朝だ。だが、今までとは違う朝でもある。
あいつの分まで生きなければいけない。いつかまた、あいつと出会える日まで精一杯。誇らしい生き方を。
ふと、後ろから声が聞こえた。前田の声が。
「 」
振り返ることなく返事をする。
さぁ、今日を生きて行こう。