憂える瞳
瞳はミカエリスでもアルベルティーナでもどっちでもです。
これにて大会編は終了です。
そして恒例アルベルのお悩みタイム。打ち明ける勇気がないので相談できる相手が未だいないボッチ令嬢なのが、ポンコツの原因の一つ。
「慣れない味ですが、美味しいのね」
屋台の料理に舌鼓を打っていると、仕方がないと困った顔をしながらもそれを微笑ましげに眺められる。
何故私はこうも幼女扱いなのでしょうか…
若干の不満を覚えながらも、初めての庶民のお食事に心躍らせていた。
香辛料の効いたお肉は、ほどほどにぴりりとした辛さと炭火で炙った香ばしさがマッチしている。程よく油が落ちていて美味しい。
焼き菓子は木の実が混ぜ込んであり、それが食感のアクセントになっている。生地自体はそれほど甘くはないのだけれど、表面部にシロップか何かの蜜が塗り込んでありそれが齧った瞬間ふわりと香る。中にはハーブ入りのものもあった。
素朴ながらに色々と工夫が感じられるものばかりだ。
これを蜂蜜やお砂糖を少し増やして、オレンジピールみたいな柑橘系のものを入れても美味しそう。そういえば、ゲームで目当てのキャラにお菓子をあげて好感度アップとかあったわね。ピンクのリボンとラッピングのやつ。手作りお菓子は基本小アップなんだけど、好みのお菓子や贈り物で好感度をさらに上げる。課金アイテムのショップで好感度大アップできる特別な贈り物や愛の妙薬とかあった。確かミカエリスは古武術の指南書とか、ロック鳥の防火マントとかそういうのなのよね。実用的というか、ストイックというか。王子なんかは孔雀石のカフスボタンとかすごく高級なものなのよね。
ちょっともそもそになった口の中を紅茶で流し、またちょっと摘まむ。
うむ、至福です。
「そういえばミカエリス、決勝でヴェアゾさんという方と当たっていたでしょう?」
「ええ」
「随分こちらの剣術とは違って見えたのですが、あれはどちらの流派のものなのでしょうか」
「あれは我流に近いと思います。狼人族をはじめ、獣人系は細かい部族に分かれて個々に腕を磨くのが主流と聞きます。習うより打ち合いや鍛錬の中で盗み取るような形ですね」
「なるほど、だから随分変わったものだったのですね」
「これが試合ではなく、実際の戦であればヴェアゾは剣を取られた後も自分の爪や牙で応戦してきたでしょうね。
彼らは魔法の力は我々に劣りますが、純粋に肉体的な身体能力はこちらを凌駕しますから――その分、こちらは肉体強化の魔法で拮抗することが可能ですが。
ですが、彼らの真骨頂はこちらの鼻や目が効かぬ夜間の強襲や奇襲でしょうね。
我々とは違う感覚を持つということは、はるかに優位ですから。
サンディス王国では表立って対立はしていませんが、百年ほど前は戦も多かったと聞きます。最終的には大きな魔法で圧倒され、あちら側はゲリラ戦で抵抗するしかできなかったとも聞きます」
つらつらと出てくるミカエリス。
領地を持つだけあって、色々と戦にも詳しい。ドミトリアス領は国境に接する場所もあるし、魔物が少なくない。それらに紛れて他国や部族からの強襲も過去にあったのだろう。
「今では過去程の軋轢はありませんが、古い人間の中には未だに蟠りを持つ者もいます。
また、その能力故に獣人は人間専門の暗殺者になることもあります。
それは故郷以外では差別故にまともな職に就きづらいという亜人達共通の苦悩でもあります」
「そういえば、決勝戦でヤジも酷かったですわね」
「褒められることではありません。あのようなものたちが未だにいること心苦しいことです。
自国の民を応援したいのは解りますが、他者を貶めていいわけではない」
「今回は剣術を競う大会ですし、出場要項を満たしているのですから彼が非難される謂われなどないはずですのに…」
あのふさふさの尻尾とぴんと立った可愛いお耳のついた後頭部の良さを理解できないなんて、心の狭い方もいるものだ。
いや、狼系獣人? 狼人族というべきなのかしら。狼とワンコは違うと分かっていても、あのお顔のシルエットはどう考えてもイヌ科。動物好きの心は疼きます。
ですが、犬は噛むかもしれないし、猫はひっかくかもしれないとお屋敷で飼うことは許されませんでした。
それにヴェアゾさんは正々堂々と戦っていたのだ。人の中にも反則ぎりぎりの魔道具を使っていた人たちはいた。実際退場を受けた人もいたのだけれど。
「粗削りでしたが、いい剣筋をしていました」
普段私に向ける穏やかのものとは違い、好戦的な笑みを浮かべるミカエリス。好敵手としてヴェアゾさんを認めているのだろう。
ジブリールは一人勝ちだといっていたが、ミカエリスは一戦交えた中に、ヴェアゾさんに光るものを見つけたようだ。楽しそうで何よりである。思わずこちらも笑みが漏れる。
前の世界でもそうだったけれど、やはりどこも差別はあるのね。
こちらは身分階級による差別と亜人、異民族への差別があるよう。
身分階級については、どうしても大なり小なり発生してしまうものだ。社会や国家という団体を形成する場であればなおさらなければ混乱を生む。
どうも箱入りヒキニートはそういったものに触れる機会が薄く、あまり意識がない。疎いのだ。
そういえば、レイヴンが余り人に好まれないのはあの異国風の容姿が原因だったのかしら? サンディス王国には浅黒い肌はあまりいないものね。
自分と違うものを排除しようとするのは、一種生物共通の本能でもある。
理解しあえと強要はしないけれど、相容れないものをむやみやたらと敵視しまくるのは止めて欲しいものである。せめて、実害がないなら距離を置きたがるくらいにしておいて。
「来年も楽しみですわね」
「そうですね…来年こそはと思います。純粋に私からお呼びできればと願います」
今回はエルメディア殿下絡みですものね。
幸いなんとか追っ払えたし、陛下自身にもエルメディア殿下を説得いただけると言質を取った。
国王陛下と、騎士たちやメイドたちのなんだかすごーく生ぬるく夢見心地な視線は気になるけれど、ヒッキーに謁見の機会という次はないはずだ。気になる視線はシスティーナおばあ様効果でしょうかね。
あ、それよりお父様から許可もぎ取れるかしら? お父様とご一緒したいとおねだりすれば、比較的簡単に通るとは思いますが…多忙なお父様を煩わせるのは気が引けますわ。
ちょいと揚げ菓子を摘まみ、口に運ぶ。油がちょっと癖のある匂いがする。動物性油なのかしら。それとも何か入れているのかしら?
この揚げ菓子、ちょっと貴族風にアレンジしてもいいかもしれない。
ドーナツ…某もちもちドーナツを再現したい。
そんな願望に夢をはせていると、空いていた手をそっと隣から取られる。
いつの間にかいわゆる恋人つなぎに絡められていた指と、しっかり握られた手。もぐ、と咀嚼しながら私の手を取る大きな手をたどると、それはミカエリスの腕に繋がっていた。
顔を上げると、迫力のある美貌に艶やかな笑みを浮かべたミカエリスがこちらを見ていた。
思考が停止した。
これ以上は気づいてはダメだと脳みそが警報を鳴らしている。
愛想笑いさえ返すことができず、すーっと目を逸らしてもくもくとドーナツを無心で食べた。
ポンコツが乙女ゲーキャラ屈指の、腹を決めたら一直線となった超ガン攻めモードのミカエリスに勝てる気がしない。
あれ? 私断っていたよね? 色々好意は寄せられていたけど、お断りしていたよね?
今回はやべー縁談が来そうだから緊急SOSだっただけだし…
なんでミカエリスはあんな目で私を見るのかな?
魔王付きの要介護幼女ぞ、私。
外見は抜群だが、貴族として生活力ゼロの役に立たない生粋のパラサイターぞ?
悶々とした思考の中、唐突にすり、と指の腹をなぞられて更に止まった。そのあとも、ゆっくりと指の形をなぞるように、撫でられる。その動きが妙に官能的で――なんだか背徳的に思えた。思わずすぐさまミカエリスを見ると、にこりと余裕ある笑みで返された。
おおぅ…美形オーラしゅごい…流石ジブリールの兄…
キラキラしてる…眩しい…ヒキニートなんかが隣に座っていてすみませんと自分を蔑みたくなるくらい輝いて見える。
どうしたらいいのかわからず、だんだん混乱より羞恥や恐怖が勝り、嫌な汗をかき始めた。ぶるぶると震え始めてしまう。それに気づいたのか、ミカエリスは苦笑してまた何事もなかったように手を離してくれた。
本当にヒキニートをからかうのは止めて…蚤の心臓がはじけ飛びます。
心の焦りを鎮めようと、一人焦ってこくこく紅茶を飲んでいた。
その姿を、少し困ったように――だけれど何かを見極めるように見つめていたミカエリスに私は気づかなかった。
なんだか衝撃が多い剣術大会を終了後、居たたまれない気分を発散するためにレシピを書いていた。
ズバリ内容はもちもちなドーナツ。幸い、私の我儘によりラティッチェ領に大豆食品はいっぱいある。白玉粉とか片栗粉でも代用できるけどね。
美味しいものは人を幸せにする。異論は認めない。
醤油、味噌、お豆腐は既にクリア済み。それに伴い豆乳やおからといった副産物もある。おからはローカロリークッキーをはじめとする、ダイエットスイーツに変えることができる。お豆腐もお菓子に使うことによりローカロリースイーツにできる。
お豆腐さんは万能なんだ。麻婆豆腐や湯豆腐といったご飯メニューだけでなく、お菓子にもなるんだ…
お父様は結構お豆腐好きなのよね。
セバス曰く、お父様はあまりお食事とか興味がなかった方だったそうなのだけれど、娘の私が食いしん坊で美味しいものを貪欲に求めるので、興味を持つようになったそうです。
美味しいご飯を食べられないって人生の大部分が損をしていると思いますわ。
お父様、資産家なので美食を求めてもいいと思うのですが残念ながらなかったのですね。ですが、娘の道楽に付き合ってくださって嬉しいです。
よし、と。取りあえずレシピはこんなものね。
ジュリアスはいつ戻ってくるのでしょうか。セバスはお父様に付いて行くこともあれば、主人不在の屋敷を取り仕切るのに忙しそう。ラティお母様が女主人として頑張っていますが、なにせラティッチェは非常に大きい。そして私が仕事を安心して任せられるのはごくわずかです。レシピはとシェフに一度預けましょう。うん、そこはプロに振りましょう。
そこでシェフたちにお願いして、お父様の誕生日ケーキの練習をさせてもらった。
おうちにいるときは、基本毎日しているの。
毎日自分で全部食べるのは飽きてしまうから、不出来なものだけど使用人たちにも食べてもらっている。素材は最高だし、素人の私だけでなくプロのパティシエやシェフたちの全面バックアップだから派手な失敗はしていない。
みんな美味しいといってくださるヒキニートにも優しい人たちです。
シェフたちはお父様のお誕生日パーティ用のメニューを考えています。私にも意見を聞いてくださるのです。
「お父様はお豆腐がお好きですから、お豆腐のステーキとかもいいかもしれませんね」
何気なく言った言葉に、ぎゅるんとシェフたちの眼が爛々と輝いてこちらを向いた。
びええええ! 怖いです! 思わず肩をはねさせびくついたわたくしに、「怖くないですよ~、ですから教えてくださいね~」と皆さんはじりじりずりずり近づいてくる。熱気がすごい。それを見たアンナがすっぱーんと丸めたランチョンマットで近づく使用人たちを引っぱたいた。
「お嬢様に書いていただいて後でレシピを回しますので、近づかない様に。次は首が物理的に飛びますよ」
「すっ、少し驚いただけですわ! そこまでしなくても…」
「お嬢様がお許しになっても、お許しにならない方もいるのですよ」
あ、はい。うちのお父様とかお父様とかですね。うん、お父様しか浮かばない。娘LOVEにして超過激派。
他にも色々現代知識を掘り起こしつつレシピをまとめた。
転生前の知識は私にとって唯一武器といえるようなものだ。
もし、市井に落とされてもこの知識は商人をはじめ色々な人たちが欲するだろう。私は、その時に信用できる人を見分けなくてはいけなくなる。慎重な行動を求められる。
だが、相手とて私がどこまで知識があるかなんてわからないから、私を金の卵を産む雌鶏と思っている限りは丁重に扱うはずだ。最も危惧するのは、私の知識が資産になると理解できない人たちに情報が渡り、別の人が上前をはねて碌な稼ぎがこちらに回らないこと。
搾り取られるだけ搾り取られてしまえば、私はおしまいだ。
うむ、余り上手く立ち回れる自信がないでござる。
やはり修道院がいいです…そんなリスキーな事はしたくないです……清貧生活なら我慢できそうです。
それに、平民になったらジュリアスが地の果てまで追いかけて捕まえる的な脅しをしてきましたし……むぅ、あのジュリアスを振り切れる気がしませんわ。あのスーパー従僕はやべーくらい有能なのです。ポンコツ世間知らず令嬢に勝率なんてないでござる…
頭を抱えて天を仰ぐ。
あれ? わたくしの平民生活って詰んでる?
すぐにお父様のもとに連れ戻される? もしかしてジュリアスを置いて出たことをネチネチ怒られるのかしら? いいえ、あのジュリアスのことです。帰り道におはようからおやすみまでネッチョリな説教をするに決まっていますわ。
意外と粘着気質なのよね。ジュリアス通さず贔屓の商人さんとお話したりするだけで、必ず聞きつけて忘れたころにネチネチと…小姑といったら倍の説教食らいそうですから黙りますが…うう、想像だけでお腹いっぱいです。
い、いえ! ネバーギブアップというものです!
諦めたら試合終了とA西先生も言っていました! まだ猶予はあるはず…ですよね?
そもそもゲーム軸の時間終わって、何もなかったら私の努力って空回り?
原作においての婚約者の破滅フラグ第一のルーカス殿下。わたくし、ルーカス殿下に一方的にいじめられました。レナリア嬢とは会話すらしたことないですし…殿下をたきつけたのはレナリア嬢ならば、逆に私が被害者?
次に本来のアルベルに関わりありそうなキシュタリアはレナリア嬢を毛嫌いしているようです。レナリア嬢に懸想するどころか私に近づかせぬようにし、私を過保護に庇護しています。レナリア嬢に対してのあの様子を見るに、今からフラグを立たせるには大分無理があります…
他の攻略対象たちも、私が社交界から遠ざかり、学園にもいかなかったので関係性は極めて希薄。
ゲームと現実が変わりすぎですわ…
どうすればいいのでしょうか。
今更誰かに、私の正体を明かしますか?
実は転生者で、アルベルティーナの人格に上書きされた日本人ですなどといって誰が信じるでしょうか?
…それだけはできません。お父様は『アルベルティーナ』を愛している。その中身が、愛娘を食いつぶした別人格だと知ったら――お父様はどう思われることでしょうか。
国王陛下はクリスお母様を喪ったお父様の失意は見てられないほどだったといいます。そして、血眼になり探し当てた娘は既に壊されたあとと知ったら、今まで娘と信じ育てていたのが娘の皮を被ったナニカと分かったら…
私はお父様に嫌われる。
本物の娘でないなら必要ないと、お父様に拒絶されたら私はどうしたらいいのだろう。
お父様にどうでもいいような冷たい視線を向けられると考えるだけで、血が凍り、心臓が悲鳴を上げる。胃の底から冷たくなって、足元がおぼつかなくなる感覚がする。
居場所が、意味が、私の存在が判らなくなる。
結局は、自分が可愛いのだ。
その身勝手さと、浅ましさ、利己主義はずっと自分ですら誤魔化してきた。
いい子で居たかった。
必要な子で居たかった。
お父様の『アルベルティーナ』でありたかった。
それがお父様を騙すこととなっていても、もう今更やめることなどできはしない。
だから最後まで演じ切らせて欲しい。
お父様の『アルベルティーナ』を。
読んでいただきありがとうございました(*- -)(*_ _)ペコリ
楽しい、面白いと思っていただけたのなら、ブックマーク、評価、レビュー、ご感想いただけると嬉しいです。
そっと励みにさせていただきます(*'▽')
アルベルティーナは気にしてるけど、お父様は前のアルベルティーナは性格がかなり糞なので余り気にしないと思う。今のアルベルとは真逆の方向性にやべー令嬢ですので。
ですが自信のない重度ファザコンとしては色々複雑。