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転生したら悪役令嬢だったので引きニートになります(旧:悪役令嬢は引き籠りたい) 作者:フロクor藤森フクロウ
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覚悟と幕引き






 今回はちょっとシリアスムードです。アルベルと従僕の関係に僅かに亀裂と変化が起こります。

 日間ランキング・週間ランキングに入りました(*- -)(*_ _)ペコリ

 ブックマーク、評価、御観想ありがとうございます! 楽しみに見させていただいております!

 ジュリアスは結構前からアルベルに特別な感情を持っていたりしますが、基本アルベルは恋愛フラグ怖い死亡フラグ怖い状態のうえ、やべーお父様がいるので霞んでいます。

 キシュタリアも同様。

 でもキシュタリアはアルベル以外はほとんど気づいている状態です。頑張れ、弟。


 つん、と折り紙をつついた。

 あの後、意外なほどあっさりとあっけなくドミトリアス伯爵領に二人は帰っていき、キシュタリアとジュリアスはラティッチェ公爵邸に戻ってきた。

 久々に戻ってきたというのに、なんだかぎこちない日々が過ぎていく。

 ずっと待っていたのに、共に過ごしても何か違和感のようなものが付きまとう。キシュタリアは相変わらず優しいし、ジュリアスは万能並みに仕事ができる。

 少し離れた間に外見にはっきりと表れた性別の差。以前のようにともに傍にずっといた状態だったら、そのゆっくりとした変化を気にかけなかった。

 特にミカエリスの変化は大きかった。あんなに逞しいイケメンになるとは。イケメン補正が過ぎる。

 ほんの少し私が戯れに彼に近づいて、彼がその腕を私の体に回した――ぴぃぴぃ喚いてうごうごと蠢く私に困った彼が、転ばれても困るとただ支えただけ。

 そうよ、きっとそう。勘違い良くない。所詮私はヒロインではなくヒール令嬢。

 調子づいたら、いつ死亡フラグが立つか分からない立場だ。せめて、キシュタリアたちが学園を卒業するまでは大人しくしなければ。

 しかし、この微妙な空気は何故だろう。あの二人が帰ってきたら、また前みたいに私が思い付きで巻き込んでわちゃわちゃしたかったのに。

 それにたまにやってくるミカエリスが巻き込まれて、ジブリールが便乗して――そんな日々が続くと思っていたのに。

 微妙になってしまった私たちの関係は、いま微妙な均衡の上にいる。

 鈍感ヒロインのように振舞うなんて、私にはできなかった。

 だって、気づいてしまったのだもの。ミカエリスが私を幼馴染でもなく、妹でもなく、異性としてみているということに。

 それが伝播したのか、多感なお年頃の義弟のキシュタリアや、まさかのジュリアスまでちょっと微妙な空気だ。

 レイヴンはそういった機微に疎いのか、先輩と公爵令息の異変を感じつつも首をかしげている。くっそー、可愛い奴め。癒される。丸くて形のいい頭をなでなでしていたら、ジュリアスが面白くなさそうな顔をしていた。

 いいじゃない。ちょっとくらい。従僕可愛がるくらい、いいじゃない。最近のキシュタリアは頭を撫でさせてくれないんだもの。

 ジュリアスとレイヴンはともに黒髪だ。だけどジュリアスは漆黒というべきか濡れたような艶のある黒髪。レイヴンは艶消しのチャコールグレイっぽい黒髪。

 アルベルティーナも黒髪だけど、アンナをはじめとするメイドたちが丹精込めて磨き上げただけあって一線を画した艶めきとエンゼルリングを保持している。

 こういっちゃなんだけど、黙っていれば生きた芸術レベルだとおもうよ、アルベルティーナという女は。

 しかし中身は一般令嬢とはかけ離れた、世間知らずの少女だ。肩書ばかりは立派ではあるが、身が伴っていない。安全なラティッチェの鳥籠で、只管まどろんでいる。

 将来はきっと修道院にでも入れられるのだろうか。結婚しないでいかず後家としてラティッチェ家に居座るなんて、普通にキシュタリアとそのお嫁さんにご迷惑だ。

 すねかじりが許されるのはいつまでだろう。

 ちょっと早いけど、今からよさげな修道院でもピックアップしておこうかしら。

 アンナやラティお母様はアオハルの気配にちょっぴりワクテカ状態でしょうけど、残念ながらそれはあり得ないのです。

 この世界において恋愛は死亡フラグ。アルベルティーナはエンディングによってさまざまに甚振られる。私は凌辱されたくもないし、国外追放で身ぐるみ剥がされ惨殺されたくもない。アルベルティーナが嫉妬で燃え上がる温度に比例し、その悲惨さは増すと云える。

 一時の感情で命を棒にふる選択など私には無理だ。一生涯処女でもいいから、安寧を求めるのです――そもそも、お父様の目を盗んで私にそんなことをしたら、お父様は全力で犯人を捕まえ、嬲り上げて徹底的に血祭りなんて生易しいレベルに処すだろう。

 もしかして、何かお父様にあった?

 あの最強すぎるお父様に? お父様が身動き取れなくなるほどの事態って、余程ではないかな。・・・お父様にお守り多めに持たせておこう。最強最終兵器お父様がいないなんて、いまのポンコツアルベルには死活問題だ。

 なんだかネガティブになっている気がする。悪いことばかり考えてしまう。

 そんな荒んだ心を癒したくて、こっそり部屋から抜け出した。ふさぎ込んでも意味がない。童心に返るように裏庭で花を摘んでいた。シロツメクサってこの世界にもあるのね。レイヴンに花冠でも作ってあげましょうかね。あの黒髪にはよく似合いそう。

 意外とうまくいかないので、ああでもないこうでもないと指を緑に染めながら作っていると、ふと周囲に影が差した。


「・・・・アルベル様、何をなさっておいでですか」


 日傘をもったジュリアスが困ったもの見る目でこちらを見ている。

 レースを重ねて作った白い日傘は、柄には磨いた木材に白漆と揃いのレースのリボンを付けた私のお気に入りだ。

 何をなさっているなんて、見ればわかるとおりにシロツメクサの花冠を作っている。


「ご令嬢が、日に当たりすぎるのはよろしくありません。室内か日陰に移動なさってください」


 ご令嬢――確かに私は公爵令嬢だけれど、真の意味では令嬢として価値のない存在だ。ジュリアスの言葉に苦笑するしかない。


「お嬢様?」


 膝をついて傘をかたむけながら空いた手を差し出すジュリアスが、私を覗き込んでくる。

 癖のない綺麗な黒髪だ。この黒髪にも、白い花冠は似合いそうだ。眼鏡の奥の深い紫の瞳が、怪訝そうにこちらを伺っている。

 ついその無防備な頭に、手にしていた花冠を乗せた。

 少し斜めになってしまったが、やはり鮮やかな黒髪に白い花と緑の茎が鮮やかに映える。

 レンズの奥の瞳が虚を突かれたように見開かれたのが、一番「してやったり!」な気持ちになる。完全無欠なスーパー従僕が、こんな些細なことで驚くなんて。


「似合ってるわ」


「・・・然様ですか」


 照れているのかふいっと視線をそらしたのがなんだか可愛くて、笑ってしまった。それが聞こえたのか、ますます俯いて顔をそむけるジュリアス。

 食えないジュリアスの愛らしい顔に免じて、大人しくお屋敷の中に戻るとしよう。

 草の汁で少し汚れてしまった手をジュリアスのものに重ねようとすると、その手がはずれた。


「・・・んで・・っ」


 ぐしゃり、と頭に乗った花冠がジュリアスの手でつぶされた。

 思いがけない行動に、自分の心臓まで握りつぶされるような錯覚がする。


「なんで・・・なんで・・・! なんで貴女は!」


「ジュリアス?」


「貴女でなければ・・・! 貴女でさえなければ俺は!」


 叩きつけられた花冠はつなぎ目が外れ、花弁が散った。髪を掻きむしるのは、今まで一度も見たことないジュリアスだった。


「貴女でさえなければ・・・・愛さなかったのに! 愛さずに済んだのに!」


 血を吐くような告解。拒絶に似た慟哭。激しい感情。

 どういうこと? 愛する? 私を? 何をいっているの、ジュリアスは。

 ジュリアスは私を愛したくなかった。愛したくなかったの? 何故私にそんな感情を抱くの?

 叩きつけられた花の残骸を激情のままに踏みつける。他の使用人のよりも少しだけ上等な革靴の底に容赦なく叩きつけられ、どんどんへしゃげていく。

 眼鏡の奥の激情を孕んだその目は紫電を帯びたように炯炯と輝いている。

 苦悩に端正な顔立ちをゆがめたジュリアスは、怒りより悲しみが満ちていた。

 アルベルティーナは複雑な環境にいる。絶大な権力を保持するラティッチェ家のゆがみが、彼を巻き込んだのだろうか。私はなるべくジュリアスに酷い仕事はさせないようにしていたつもりだけれど、何度も我儘をいった自覚はある。

 すごく有能だけど、彼だって私と大して年齢は変わらない。その身に何度罵声や理不尽を浴びせられたのだろう。

 これほどまでに感情をあらわにするジュリアスを初めて見た。


「・・・ジュリアス」


 いつものように、すました声が返ってこない。

 彼自身も突然の感情の起伏に驚いているのかもしれない。

 私だって驚いている。私の知っている『ジュリアス・フラン』は、いつも冷静沈着。すこぶる有能で、本心を美しい笑みで綺麗に見せない従僕。私の突飛な思い付きに驚いたり困ったりしながらも如才なく対応する。実は新しいもの好きなのか、私が異世界である現代の知識をもってものを作ろうとするすごく関心を持つ。

 ちょっと意地悪で、だけど本当はすごく優しい。

 両膝をついて項垂れる彼の頬に手を伸ばす。


「ごめんね、ジュリアス。苦労を掛けて」


 びくり、と震えた。のろのろと顔を上げたジュリアスは、信じがたい物を見る目で私を見た。

 できるだけ『アルベルティーナ』の悪行に付き合わせないようにしていたつもりだった。でも、私が本来の悪役令嬢として違う行動をとることにより、別にできたその歪みが彼を巻き込んだかもしれない。

 アルベルティーナの従僕であるだけの彼が、どんな役割を強いられたかは分からない。もしかしたら、もっと別の問題かもしれない。

 それでも、彼を苦しめたのは私であることは事実。


「・・・貴方に、最初にいうわ」


 きっと、やはりこの選択は間違いでないはずだ。

 ずっと思っていた。そうすべきではないかと――でも甘えていたの。

 お父様よりも、彼にはある意味もっと迷惑をかけていた。


「わたくしは、キシュタリアたちの卒業後には修道院へ入ります」


 紫の瞳がこぼれんばかりに見開かれた。

 その目に映る私は穏やかな表情だった。ちゃんと笑えている。大丈夫。


「わたくしは公爵令嬢でありながら、その役目を全く果たせていません。

 お父様はわたくしの為に奔走し、ずいぶんと危険なこともしていると思うのです。

 この家は、キシュタリアが継いでくれる。わたくしが力不足なために、あの子に大きな役目を背負わせてしまった。

 ですが、公爵家の娘として育ててもらった以上、きちんと幕引きをするべきでしょう。

 いつまでも子供ではいられない。それはわたくしも分かっています」


 信じられない? でもずっと思っていた。予定調和は必要だ。私は表舞台から消えるべきだ。

 私の我儘が身近な人を追い詰め傷つけている可能性を知りながらも、見ようとしていなかった。原作通りにいかなければ、誰も傷つかないと高をくくっていた。

 誰かにいってしまえば、決定的になってしまう気がして怖かった。でも私も覚悟しなくてはいけない。


「・・・嘘でしょう・・・?」


 震える声で縋るように見つめるのは、本当にジュリアスなのだろうか。

 驚愕しっぱなしの彼。残念だが、嘘ではない。


「いいえ、本当よ」


「働きが足りませんでしたか? 私は従僕として、御傍に侍るものとして力不足でしたか?」


「いいえ、ジュリアスのせいではないわ。それは断言します。貴方はとてもよく動いてくれました。素晴らしい働きでした。わたくしは感謝しています」


「では、何故!? 私を拒絶するのですか!?」


「貴方が大切よ、ジュリアス」


 でも


「私は、私のために人生を狂わせる人を見たくないの。

 お父様に自分を顧みずに走り続けて欲しくないの。それに誰かが巻き込まれることも、お父様の代わりにその役目を押し付けられる人を生みたくもない。

 人を傷つけるのも、傷つけられるのも嫌なの。

 貴方は自由に生きてちょうだい。どうか、私が知らない広い世界を見てください」


 その大切に思う気持ちが友愛か、親愛か、はたまた異性への恋愛感情なのかは分からない。

 私が『アルベルティーナ・フォン・ラティッチェ』として生きた時間は短く、濃密で、歪だった。


「貴方の気持ちは嬉しいわ。とても驚いたけど・・・好きになってくれてありがとう。

 でも、わたくしはただいるだけで担ぎ出したくなる血筋を持っている。わたくしが望まなくても、それを望む者はたくさんいるわ。

 わたくしがダメでも、婿になれば、子を産ませれば・・・そんな輩がね。

 ラティッチェ家に入り込みたいものはごまんといる。

 キシュタリアやラティお母様たちに迷惑はかけたくないわ」


 優しいラティーヌ義母様、優しい義弟。

 私のためにお父様が揃えた『家族』――という名の玩具。いきなり連れてこられて、どれほど苦労しただろうか。

 一流貴族の礼儀作法は、下級貴族より厳しい。血の滲むような苦労をして、公爵家に馴染もうとしただろう。


「キシュタリア様は! あの方は所詮分家筋でも妾腹です。貴女を娶るとなれば、盤石となります・・・っ」


「可愛い弟に役立たずのうえ、悪評と瑕疵のある女を娶らせるの? わたくしは、あの子には幸せな結婚をして欲しいの――幸せになって欲しいのよ。ちゃんと、あの子を支えてくれるラティお母様の様に社交界を渡り歩けるレディがいいわ」


「・・・ミカエリス様へお嫁ぎになられればよろしいではないですか」


「令嬢として欠陥のあるわたくしが真っ当な貴族に嫁げるはずもありません。この話は、あまりにも有名です。

 もしするにしても、伯爵と公爵でも、ドミトリアス家とラティッチェ家では格が違い過ぎます。

 なにより、ラティッチェ家は力が集中しすぎているのです。多すぎるのです。血筋にしても、権力にしても」


「貴女は役立たずなどではありません! 貴女に、どれほど救われたものがいるか・・・っ」


「――ありがとう、私はその言葉で十分です。安心していけますわ」


「アルベル様・・・俺の言葉は届かないのですか・・?」


 届いているのよ、ジュリアス。ちゃんと。

 でも私は、貴方をそこまで苦しめるモノと向き合える自信がない。

 愛しているといわれても、同じ熱で答えられない私が、傍に居ていいとは思えない。

 余計な期待を持たせて、待たせて振り回すのは狡い。

 そこまで博愛でもなければ、悪人でもないのだ。

 もし手を取れば、間違いなく私の業が彼を巻き込む。彼だけでなく、誰の手を取っても。

 何かもっと違うタイミングで、違う立場で出会えることができれば違ったかもしれない。でもそれは詮無いことだ。






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