「「益荒男相撲」って言うの、流行ってるらしいね」
小柄で丸っこい、縫い包みのような子供の狸が言う。
身に着けている白い衣類はゆったりしている。神社の関係者が時々着るような、古い時代の格好だと、ぼんやり思う。頭の
二倍は高さがある黒い烏帽子が耳の間にチョコンと乗っていて、アンバランスさが何処か可愛らしい。
ただ、顔つきは微妙に可愛くない。不機嫌そうな、退屈そうな、何処か冷めた無表情である。
「騒々しいし軽々しいし、ちょっと雅さが足りないけど」
太陽が白々と輝く、薄い灰色の空の下。見渡す限りの草原には灰色の荻が何処までも生い茂っている。
そんな中にぽっかりと開けた、茶色い土が見える四角い広場の真ん中に、東屋が一つ建っていた。永い永い月日を経て薄く
色褪せた骨組みに、鳥居のように鮮やかな朱色の屋根。内側は畳敷きで、替えられたばかりなのか八畳はいずれも青々として
いて香りが良い。
モノトーンの景色の中で、その土の区画の内側だけが色彩を持つ。
「けれど、評価できるところもあるとボクは考えてる。あれは一種の「祭り」だ。そう思わない?」
真新しい畳の上、ぼんやりと小狸の話を聞いている。大皿には煎餅や饅頭などの菓子が乗り、手前の湯飲みには湯気立つ緑
茶。返事を期待していなかったのか、小狸は上品に湯飲みを取って、ふぅふぅと吹いてからゆっくり茶を啜った。そして…。
「…「しっぷく」」
茶を味わい、一拍空けてから小狸が小さく名を呼ぶと…、
「へいっ!」
それまで右後方、東屋の隅に正座して置物のように微動だにしなかった恰幅の良い大男が、ドドッと膝で進んで来て隣に並
び、小狸に平伏した。
身の丈180センチ強の、幅も厚みもある太り肉の狸である。大柄な上に黒い隈取も濃い男で、勢い込んで出てきただけで
風が押し寄せ、視覚的圧力だけで相当な迫力があるのだが、小狸を前に居住まいを正して頭を下げる様はキビキビしていて、
作法の行き届いた使用人のよう。
「お呼びで…」
「お茶が薄い」
声を遮ってピシャリとダメ出しした小狸に淹れ直しを命じられると、恰幅の良い狸は「失礼致しやした!」と恐縮し、湯飲
みを二つ盆に乗せて一旦下げる。
大きな狸は濃藍よりもなお黒に近い、青漆を薄く塗り重ねた黒鉄を思わせる鉄紺色の着流し姿。青年の年頃に見え、体型同
様に顔も丸くて童顔気味。脂肪が乗って被毛もフサッとした狸らしい体型だが、肩の付け根や二の腕、着物の裾を広げる太腿
の逞しさなどから、鍛えられた筋肉の存在が窺えた。
東屋の隅っこでテキパキと茶を淹れ直している青年狸から視線を外し、小狸はこちらへ目を向け直す。
「それで、たまには祭りの興行主の真似事でもしてみようかと思ったんだけど、これがなかなか上手く行かないんだ。ボクは
どうも当世の事に疎かったみたいで。それで…、「しっぷく」」
「へいっ!」
再び畳をドドッと鳴らして慌しく前へ出てきた青年狸に、子供狸はジトッとした眼差しを向けた。
「話を持って行ったら、サメヤマはどうだったんだっけ?」
「へい。その…、「気が進まないので辞退する」とのお話でして…」
シップクと呼ばれた青年狸は首を縮めて応じる。控えめな表現にしてあるが、実際には「えー?めんどくさくない?私はや
だなー。楽しみなんて誰かに提供して貰うのが一番だしねー。パスで。パスパス」と、かなり軽薄に断られたのだが、流石に
そのまま伝えるわけには行かなかった。
「それで、オメオメ引き下がったんだったっけ」
「いやその、取り付く島も無ぇと申しやすか、柔らけぇようで頑なと申しやすか…。あの御仁は昔っからああいうお人柄じゃ
あございやせんか?」
子供狸の冷めた眼差しと舌鋒に押され、軽く首を引いて怯む青年狸。
「まぁこんなだから、あまり当てにならなくてね」
淹れ直された茶を啜り、小狸は目を閉じる。
「…「しっぷく」」
「へいっ!?」
また叱責か?と背筋を伸ばした青年狸は、
「今度は美味しい」
「…!」
軽く褒められると、デレッと顔を緩ませて照れ隠しに頭を掻く。
「…それで、提案なんだけど」
小狸は遠くを見るような目になって、数秒間をあけた。望洋とした眼差しのようで、しかしその瞳はじっと一点に据えられ
ている。
「まだ時間あるみたいだし、ただ寝てるのも暇でしょ。「手代」、やってみたら」
小狸は目を戻して見つめてくると、「難しい事はないよ」と付け加えた。
「「それ」、世話役としてつけるから、どうぞこき使ってやって」
「へい?」
青年狸が目を丸くした。
「不満なの?」
小狸が目つきを鋭くした。
「面倒は最後まで見るものじゃない?だいたい、事の起こりは「しっぷく」が…」
「い、いいえ滅相も無い!」
小狸に皆まで言わせず、青年狸は慌ててブンブンと首を横に振る。
「責任を持ってお世話致しやす!」
宣言した青年狸から目を外し、無表情に戻った小狸は言った。
「それじゃあ、よろしく」
う た か た
「スナヅメ様はあれで、「手代さん」に親切にしてらっしゃるおつもりで居なさるんでさぁ。…あの通りですんで、本心は判
り難いったらありゃしやせんが…」
道の端を歩く者の顔も判然としない黄昏時、先を行く青年狸はため息混じりにそう語った。
肉付きの良い狸の丸みを帯びた背中には、白い円の中に「福」の一文字。鉄紺色一色の着流しにはその印だけが飾りになっ
ている。
「勝手の判らねぇ事ばかりで大変だとはお察し致しやすが、アタシも可能な限りお手伝いさして頂きやす。どうぞお力をお貸
し下せぇ」
青年狸に案内されて辿り着いたのは、老朽化した二階建てのアパート。…だったが、一見すると廃屋にも見えた。
階段も手すりも塗装が剥げてあちこち錆が浮いており、酷いところは穴が空いている。郵便受けが風にキィキィ鳴って、物
寂しいを通り越して薄気味悪い。敷地と道路を隔てるひびだらけのブロック塀にはアパート名が記されていたと思しき発光式
の看板が乗っているが、乳白色にくすんだパネルは割れてしまっており、名前も判らない。
「手代さんのお部屋は、二階の角部屋になりやす」
青年狸はそう言って階段に向かい、先導して登り始めた。大きな狸が錆び付いた階段を踏み抜いてしまわないか心配になる。
一階に四部屋、二階に四部屋、合計八部屋のアパートは、入居者が居ないのか部屋の窓明かりは一つも灯っていない。青年
の狸は二階一番奥のドア前で着物の襟元に手を入れて鍵を取り出すと、差し込んでカシャンッと軽快な音を立てさせ、ロック
を外した。
「さあさ、どうぞ中へ…。あ、履物はそのままで結構でさぁ。アタシが揃えておきやすんで」
親切にドアを押さえる青年狸。しかし突き出た腹が邪魔で入り口が狭く、身を縮めて通っても擦れてしまった。
そうして玄関口に入ると、灯りが点けられた玄関は…。
「どうです?外っツラぁともかくとして、内側はなかなかのモンでございやしょう!」
青年狸は反応を窺いながら口の端を上げ、太い尻尾を揺らした。
調度の類も無い、まるで引き渡された直後の新居のようにスッキリした玄関。たたきのコンクリートは染み一つなく、床は
木目の色も活き活きしており、壁は鶯色の土壁仕上げで剥がれもひび割れも無い。
「手代さんには今日からここを仮住まいにして頂きやす。さあさ、遠慮なく中を見て下せぇ!」
促されて短い廊下を突き当たり、摺りガラスが入った戸を開ければ、そこには一昔前の茶の間のような、真ん中に大きな卓
袱台が置かれた畳敷きの十畳間。調度品の類は卓袱台と茶箪笥のみで、テレビすら無い。天井には提燈風のカバーを被せられ
た室内灯がつき、木組みと和紙を通して柔らかな光を投げかけている。
「そちらの引き戸の先は台所、反対側は手代さんの寝室と、予備の四畳半。手前側のドアは小部屋でして、そっちはアタシが
使わせて頂きやす。風呂と厠は玄関脇のドアを入ったところで…」
座布団を出し、台所から急須と湯飲みを持って来て、テキパキと支度しながら説明する青年狸。見て回ったところ、どの部
屋も最低限の家具しか置かれていないが、「要り用な品がございやしたら遠慮なくおっしゃって下せぇ。アタシからスナヅメ
様にお願いしておきやす」と、青年狸は考えを読んだように一言入れる。
「お待たせ致しやした手代さん。茶の支度が整いやした。どうぞこちらへ」
声をかけられて茶の間に戻れば、茶筒と急須と湯のみが乗せられた卓袱台には、皿に乗った最中も一組出されていた。
「それでは改めやして…」
座布団に腰を下ろすなり、青年狸は居住まいを正して背筋を伸ばし、畳に手をついて深々と頭を下げた。
「此度、スナヅメ様より手代さんのお世話役を命じられやした、七福錦之助(しっぷくきんのすけ)と申しやす」
丁寧に挨拶したシップクは、顔を上げると表情を緩めた。
「アタシの事は気軽に「シップク」とお呼び下せぇ。役職名みてぇなモンですが、ホントの苗字も「七の福」と書いて「なな
ふく」でして、まぁ渾名もしっぷくなんでさぁ。…厳密には先々々々々代しっぷくって事になりやすが…。ああいやこっちの
話でして、どうかお気になさらず!」
良く聞こえなかったが、小声で漏らした何かを誤魔化しにかかった青年狸は、愛嬌のある微苦笑を見せる。
「判らねぇ事だらけでしょうが、そこを補佐するよう言いつけられておりやすんでご心配なく!また、手代さんの身の回りの
事も心配御無用でさぁ!こう見えて炊事洗濯掃除に夜伽…ゲフンゲフン!何でもこなしやすので、どうぞご安心を!」
張った胸をドンと力強く叩くシップクだったが、脂肪太りの腹がポヨンと揺れて、頼もしいというよりはコミカルだった。
「さて。不肖このシップク、スナヅメ様がてんで説明して下さらなかっ…もとい!アタシにお任せして下さいやしたんで、主
に代わりまして説明さして頂きやす!スナヅメ様が手代さんに望んでおられるのは、全国各地の相撲取りに働きかけ、コミュ
ニティーを活性化させ、益荒男達による心躍るような熱戦を実現して頂く事です。で、そのためにも、最近流行ってる非公式
戦…「益荒男相撲」で好成績を出せるようなチームをプロデュースして頂きたい、と。…あ、お茶のお代わり如何でしょ?ス
ナヅメ様より良品ばかり十数品目、他に珈琲に紅茶、ココアなど寄越されておりやすんで、あとで手代さんのお好きな物を教
えて頂きやしょう」
手馴れた所作で湯飲みを預かり、せっせと手を動かして茶を淹れ直しながらシップクは説明を続ける。
「相撲の事が判らなくともご安心を。こう見えてアタシも相撲を取ってた一匹、昔取った杵柄ってモンで、きっとお力になれ
やす。…どうぞ。まだ熱いのでお気をつけて」
湯飲みをスッと出したシップクは、軽く顔を顰めて「スナヅメ様も簡単に無茶をおっしゃいやすが…」と先を続けた。表情
豊かな狸だが、どうにも主の話になると困り顔になる事が多い。
「噛み砕いて申し上げやすと、手代さんにはこれから全国各地の相撲取りに接触して回って頂き、問題があれば取り除いたり、
喜ばしてやる気を出さしたり、励まして復調させたりしながら、「ステキなチーム」を作って頂きやす。…まぁ大雑把に言い
やすと、相撲取りと仲良くなってモチベ上げたり困り事を片付けたりしてやって、大一番に臨めるようにしてやった上で、益
荒男相撲でブイブイ言わせられるようなチームを作って欲しい…、という訳でさぁ。各種手配雑用については万事このシップ
クにお任せを!転入手続き諸々、面倒な雑務は全てお引き受け致しやす!」
ここまではよろしいですか?と顔を窺ってきたシップクは…。
「ええまぁ、難しい事や目的はともかく…」
苦笑いして、太い指で鼻の頭をコリコリ掻いた。
「手代さんに楽しんで頂く事を、スナヅメ様もお望みでさぁ。…………………………たぶん」
「うたかた」は、トレーディング相撲アドベンチャー恋愛シミュレーション開拓RPGです。
このゲームでは、あなたはスナヅメ様の「手代」として全国の相撲取りや関係者に接触し、問題解決や交流を通して環境改
善をはかりつつ、縁を結んだ相撲取りや関係者を集めてチームを作ってゆく事になります。
シップクに手伝って貰いながら、縁を結んだ相手と親密になり、稽古で強くなって貰い、スナヅメ様が満足するような熱戦
を各地で披露してゆきましょう。
~世話役・七福錦之助(ななふく きんのすけ)~
太り肉で恰幅の良い狸。正確な年齢は不明ながら二十代前半から半ばほどに見える青年。手代の世話役として家事全般を含
めた身の回りの雑事を引き受け、スナヅメの使いとして各地の神域関係者に渡りをつける働き者。
狸特有の太鼓腹に加え、被毛と脂肪が豊かな事もあってただの肥満体に見えるが、骨太で逞しい体つきをしている。隈取も
色濃く顔立ち自体は厳めしい部類に入るが、表情豊かで気立ても良い好漢。
円に福の字を背負う鉄紺色の着流しに、浅葱の帯、雪駄という古風な格好で、本人曰く「TPOに応じて使い分けが利く潤
沢なオプション(調理用の割烹着、耐寒用の丹前、応援用の鉢巻や襷など)」を着用する。なお、下着は赤い六尺で、お気に
入りなのか狸の足跡マークが水玉模様のように白く入っている。
見た目によらず手先が器用で、なかなか凝り性。料理のレパートリーは和食中心だが洋風も創作料理もこなし、参考書籍を
読みながらスイーツも作る。時節に敏感なようで、手毬寿司を拵えたり菖蒲湯を用意したり月見の団子を作ったりするなど、
節句の行事を欠かさない辺りに粋人の気が垣間見える。
月見うどんが好物で、時折自分で打つ。未成年者達の手前程々にしているようだが本来は大酒呑み。日本酒、特に粗野なほ
ど重たい濁り酒が好みで、漬け物や月、あるいは雪を肴に飲るのが趣味。
1・手代の能力とログインボーナス
「へい。こいつは何なのか?と」
上段に三つ、下段に四つ、左下からジグザグに「一」から「七」と記された円が並んだ名刺サイズの厚紙を受け取り、しげ
しげと見つめてから顔を上げると、腕を組んだシップクは尻尾を立てて胸を張り、良く聞いてくれたと言わんばかりの得意顔
で鼻をピスピス鳴らした。
「名付けて「七福スタンプカード」!頑張る手代さんにアタシからのささやかなお手伝いでさぁ!…ではちょいと拝借…」
スタンプカードを取ったシップクは、着物の襟元に手を入れてゴソゴソまさぐると、取り出した判をポンとつく。狸の手形
なのだろうか、動物の足跡の印影が可愛らしい。
「七つ全部埋まりやしたらアタシからプレゼントをお贈り致しやす!あ。スナヅメ様にはナイショでお願いしやすね?余計な
真似すんなって叱られちまいやすんで…」
スタンプが一つ埋まったカードを寄越しながら、シップクは軽く顔を顰めて耳を倒し、鼻の頭を掻く。
「まどろっこしいとお思いでしょうが、アタシらにもできる事とできねぇ事がございやすんでご勘弁を。万事には代償と見返
りってぇモンがございやしてね、手順やら規則やら色々と面倒が付き物なんでさぁ」
狸は言う。原因と結果、労働と対価、とかくこの世はバランスで、口だけ開けてりゃおまんまが食えるってぇ事も、とっく
りに注いだ酒が無くならねぇなんてぇ話もございやせん、と。
「これから順次アタシがご案内さして頂くようになりやすが、手代さんに協力して下さる方々も、本心はともかく何らかの代
償が無けりゃあ力を貸す事ができやせん。ただし!決まりの内、許される範疇なら、アタシは協力を惜しみやせん!」
ニカッと笑ったシップクは、次いで目をしばたかせる。
「…うん?何言ってんだかチンプンカンプンだ、と…。こいつは失礼致しやした。どうも話を急き過ぎちまったようで…」
苦笑したシップクは、「それともう一つ…」と袂をゴソゴソ探り、お守りを一つ取り出した。
「ねぇよりマシって事で、コイツをどうぞ。一種の健康祈願でさぁ!」
袋が大きいお守りは、お手製なのだろうか、ここにも狸の足跡が刺繍されている。
「さて、今宵はここらにしときやしょう。夕餉の支度にかからして頂きやす。今日のところはある物でこさえやすが、こう見
えて家事全般には自信がありやす。手代さんの好みもその内にお聞かせ下せぇ。大概のリクエストにはお応えできるかと…」
立ち上がり、恭しく一礼したシップクは目を丸くした。
「へい?何故飯の支度を、と?いやいやいや、申し上げた通りアタシは世話役でさぁ。手代さんとは寝食を共にさして頂きや
して、炊事洗濯掃除、全て面倒を見さして頂きやす」
何を今頃、とカラカラ笑った青年狸は、笑みを薄れさせ、次第に戸惑い出し、最終的には耳を伏せて申し訳無さそうな顔に
なった。
「…へい?聞いてねぇ?ありゃ…、てっきりアタシはご理解の上と思いやして…、そう言やぁそこら辺はしっかりお話しちゃ
おりやせんでした」
シップクは改めて正座し直すと、深々と頭を下げる。
「不束者にございやすが、どうぞよろしくお願い致しやす」
そうして顔を上げたシップクは、微苦笑を見せて頭を掻いた。
「改まると、どうにも照れやすね…!」
「手代ランク」
このゲームでは「手代ランク」がプレイヤーの能力の目安となります。
物語や試合の攻略によって入手できる「熟練度」が溜まる事でランクアップし、様々な能力が上昇します。ランクが上がっ
た際に「行動力」の上限と「編成コスト」がアップし、少しずつ快適になってゆきます。
「行動力」
一部コンテンツのプレイに必要になる物です。時間経過で回復し、物語や試合に挑戦する際に消費されます。(消費量は物
によって異なり、消費量が多いものほど難易度が高く、報酬が良くなる傾向があります)
「手代ランク」が上がる事で最大値が上昇しますが、特殊な「装飾品」をセットする事でブーストできます。
また、「手代ランク」の上昇時には最大値と同数の行動力が、行動力補給アイテムを使用した時にアイテムに応じた量が回
復しますが、この際は一時的に上限を超えて行動力がストックされます。
「編成コスト」
チームを編成する際に重要になる値です。優秀な人物ほどコストが高い傾向があり(例外的に「コストが低い」という特徴
を持つ人物も存在します)、優秀な人物と縁を結んでも、コストの上限値によっては活用できない可能性もあります。
「手代ランク」のアップで上限が増えてゆく他、特殊な「装飾品」をセットする事でブーストできます。
「絆」
各人物との親密度が溜まる事で、それぞれの人物との絆が深まります。親密度が規定値まで溜まらないと発生しない個人イ
ベントなどもあります。特に絆が深まる事で必要編成コストが軽減される人物や、固有の特技等が開放される人物も居るため、
地味なようでこっそり重要です。
「装飾品」
手代は様々な効果を持つ「装飾品」をセットする事ができます。セットしている間は恒常的に効果が発揮され続けますが、
一度にセットできるのは一つだけです。
特定の物語をクリアしたり、縁を結んだ人物からプレゼントされる事で入手できます。なお、装飾品という名ではあります
が、形ある物や品とは限りません。
~装飾品例~
・七福お守り シップクお手製のお守り。選手の故障が発生した際、判定ロールをその都度一回だけやり直せる。
・無記名の木札 まだ名前が彫られていない木札。ツブラヤがくれた仲間の証。選手の疲労度蓄積を軽減する。
・黒豚の根付 クロダブチがくれた根付。丸くデフォルメされた豚が可愛い。戦績での獲得OPが少し増える。
「OP(おっとこのこポイント)」
特定の行動に伴ってOP(おっとこのこポイント)が入手、消費されます。こちらは縁を結んだ相手の稽古や、アイテムと
の交換、ガチャなどで主に使用するポイントで、物語や試合などをプレイしたクリア報酬や、七福スタンプが一つ溜まる毎に
入手できます。また、不要な縁の欠片や技カードなどもOPに変換可能で、レアな物ほどより多くのOPに変換できます。
「七福スタンプカード」
有体に言うとログインボーナスです。シップクお手製のスタンプカードには、一日一回だけログインでスタンプが貰え、七
つ全て埋まると後述する「縁の欠片」と交換可能な「七福交換券」に変化し、新たなスタンプカードが発行されます。(交換
できる「縁の欠片」はリストに上がっている物だけとなりますのでご注意下さい)
また、スタンプはログインで押して貰える他、頑張りなどに応じたボーナスとして押して貰える事もあります。
~スタンプカード報酬~
一つ目 OP100&七福あんみつ(行動力回復アイテム。一部の人物へのプレゼントとして有効)
二つ目 OP200
三つ目 OP300
四つ目 OP400&七福ババロア(行動力回復アイテム。一部の人物へのプレゼントとして有効)
五つ目 OP500
六つ目 OP600
七つ目 OP700&七福交換券
2・益荒男絵巻
「忘れモンはございやせんね?学生証は大丈夫ですね?お財布は持ちやしたね?弁当はここに。醤油とソースとお手拭は弁当
袋のサイドポケットに入っておりやす。道中見知らぬ輩に声かけられても下手についてっちゃあいけやせんよ?道に迷ったら
ご連絡を!このシップク、すぐさま駆けつけやす!」
割れた看板が心寂しいアパート敷地の出入り口、制服を着込んだ姿を隅々までチェックしたシップクは「うん。よく似合っ
ておいででさぁ!」と、満面の笑みを浮かべた。
「では、行ってらっしゃいやし手代さん!」
シップクに見守られ、人通りも無い狭い路地に出て、確かこっちの方向のはずだと目星を付けて歩き始める。
罅割れた古いブロック塀が連なる道を行き、疲れているのか項垂れて歩く、ネクタイが肩から背中側に垂れたスーツ姿の男
とすれ違い、青い道路標識を見上げて曲がり角に立って覗けば、細い路地の向こうに車がちょくちょく行き交う道路が見えた。
振り返ると、シップクはまだアパートの門に立っていた。というよりも、道路の方まで出て来ている。
手を振って寄越した狸にサッと手を上げて、細い路地を抜けて、眩しい朝日に目が眩む。鼻先を土と水、そして肥料の匂い
が掠めたと思った次の瞬間…。
「わっ!」
驚きの声が聞こえた。高い、子供のような声が。
次いで左肩がボインッと、重量がありながらもマシュマロのように柔らかい何かに当たり、体勢が崩れる。
景色とアスファルトが傾いた。あ、これは転ぶな…。と感じたその瞬間、腰の後ろでベルトが、次いで左手首が、ガシッと
力強く掴まれ、つんのめりかけていた体がピタリと静止する。歩道から足を踏み外しかけ、済んでのところで転倒を免れたそ
の眼前を、大型トラックが走り抜けた。
「あ、あ、あ…!あぶねがったぁ…!」
震える声が高い位置から聞こえた。首を巡らせれば、冷や汗をかいて顔色を失っている学生服姿のホルスタインの姿。どう
やらぶつかってバランスを崩した所を捕まえてくれたらしい。
「ゴメンね?どごも痛ぐしてねがすか?ちゃんと前見で歩いでだつもりだったんだげっとも…」
素朴な印象の訛りが特徴的な少年は、でっぷり太っていて大柄で、優しげな顔つきをしていた。声のキーが高いのと、角が
削られて丸まっているのもあり、顔だけなら随分幼く見える。
「…あれ…?」
ホルスタインの少年はパチクリ瞬きすると、顔をじっと見てから、視線を下げて制服を確認する。同じ制服なのに見覚えが
無い顔だと、訝しんでいる様子だった。
「…あ!」
やがてホルスタインは何かに思い至った様子で声を漏らした。
「もしかして君、転校生だべが?」
抜けるような高い空。見渡す限りの農地が遠い山裾まで広がる瑞穂の国。建物も無いだだっ広い田園の真ん中で向き合うふ
たりを、風が心地良く撫でて行く。
「益荒男絵巻」
「益荒男絵巻」は、「国」の状況を改善してゆく、いわゆる物語モードです。進行させる事で縁を結べる人物や、移動でき
る地域、利用できる施設も増えてゆきます。当初選択できるのは「セイザン」「ヨウメイ」「セイガクカン」「シラタキ」の
四校のみですが、条件を満たす事で他の学校へのアクセスが可能になります。
また、縁を結んだ人物が条件を満たした場合、「絵巻断簡○○(人物名)」という個別のストーリーが解禁されます。開放
条件は、親密度の一定値到達や、絵巻の進行、大会での成果など様々です。複数名の人物と縁が結ばれていないと発生しない、
特殊な絵巻断簡も存在しますが、こちらは得られる報酬などが特に高めです。
なお、物語中には進める上で避けて通れない「試合」も発生します。基本的には縁を結んだ任意メンバーで攻略できますが、
絵巻によってはメンバーが固定されるので注意が必要です。もし負けてしまっても、OPを消費する事で、相手が消耗した状
態からリスタートできます。
「試合」
試合で必要になるのは、実際に試合して貰う選手達と、技カードや動作カード、特殊カードから成る50枚のカードデッキ
です。カードは後述のガチャで入手できます。試合形式により個人、三名、五名団体など配置できる選手数が異なりますが、
サポートだけはどの形式でも配備できます。なお、試合はどの形式でも一対一の対戦が順番に行なわれます。
初期の手札は五枚で、毎ターン一枚ずつ山札…未使用カードの束からドローできます。技カードなどを使用する事で行動を
起こしますが、人物固有の「技能」の使用コストや、カウンターの使用などで複数枚消費した場合は、手札が減ってゆく事に
なります。補給手段が無ければ減る一方で選択が狭まって行きます。特に団体戦においては、どこまで手札をキープするかな
どのペース配分と判断が大切です。
手札を補給する効果を所持する選手やサポーター、手札枚数が少ないほど強化される逆境に強い選手も存在するため、編成
したチームの顔ぶれに合わせた戦術の構築が重要になります。また、選手が複数名になる形式の試合でも使用するデッキは全
員が共通となる上に、同じカードは最大でも四枚しかデッキに入れる事ができないため、構築の内容によっては上手く戦えな
くなってしまう事もあります。個人戦が得意な選手、団体戦で立ち回り易い選手、個性を見極めて活躍させましょう。
使用したカードは捨て札となりますが、山札が全て使い切られると、シャッフルされて山に戻されます。
「デッキのカード」
上手投げや掛け投げなど、実際に仕掛ける「技カード」や、特殊な行動となる「動作カード」などが存在します。ノーマル
のカードと上位互換の「+」が存在する他、なかなか入手できない「古技」なども…。人物ごとに得意な技や使用できる技が
異なるため、デッキ構築の際は注意が必要です。
また、得意な技には人物ごと、技ごとに異なる性能補正が加えられます。また、得意な中でも補正値に差があり、その人物
の必殺技とも呼べるような得意手には非常に高い補正が加えられます。
~補正例~
・林凛太 上手投げ 威力補正30パーセント
下手投げ 補正無し
二枚蹴り 使用不可
・暮戸力丸 上手投げ 威力補正10パーセント 命中補正10パーセント
下手投げ 威力補正10パーセント 命中補正10パーセント
二枚蹴り 威力補正30パーセント
また、一部の人物しか使用できない特殊な技、動作等のレアなカードも存在します。
~レアカード例~
・抜き 堪えに成功した直後、任意の技でカウンターを仕掛けられる動作カード。
・風越 先制効果を持ち、「崩れ」を誘発させる動作カード。
・鉈巻き 反撃でのみ使用できる、命中確定技カード。
・射伏せ 相手に「崩れ」を誘発させる高威力の技カード。
使用できる技や動作は、稽古中のイベントや試合で条件を満たす事で増えたり、上限突破に伴って開放される場合もありま
す。また、稽古などで得意技に昇格したり、補正値が強化されたりもするので、色々試して選手ごとの可能性を模索してみま
しょう。
3・益荒男相撲
「ごっつぁんした!だはー!美味かったー!」
モサモサした白い大型犬が、満足げに膨れた腹を叩く。卓袱台の上に所狭しと乗っていた、とても全部は食べきれないので
はないかと心配になる量だった夕餉は、至極あっさりと綺麗に片付いた。
「何て言うんだろな?さっきの鍋の名前…」
「豚肉とキャベツのミルフィーユ鍋…ま、見たまんまで。工夫って言やぁ焼きハゼで取った出汁を隠し味にしてるトコぐれぇ
でさぁ」
トレイを手にして台所から出てきたシップクは、コンロを除けた卓にストロベリーソースとブルーベリーをトッピングした
ヨーグルトを置き、ウサギ型にカットしたリンゴを添え、香りの良いダージリンティーを淹れる。
「そんなに難しいモンじゃありやせん。誰でも簡単にできやすから、よろしけりゃ今度お教えしやすよ」
「だはっ!じゃあご指導お願いするぜぃ!」
上機嫌のグレートピレニーズはカラカラと気持ちよく笑うと、部屋の中を見回した。どちらかと言えば広い部屋なのだが、
シップクに加えて巨漢の少年まで居るせいで、茶の間はいつもと比べて狭く見えてしまう。
「何つーか、あんまり物ねーし、まだ新しいのなー」
「そりゃあまぁ…」
「大変かー?」
「そうでもありやせん」
「そっかー」
「どうぞ」
応じたシップクの手が、カチャンと小気味良い音を立ててグレートピレニーズの前にソーサーとティーカップを置く。鍋に
次いで紅茶では流石に暑いのか、白犬はシャツの裾を詰まんで軽くはためかせ、腹に風を入れた。
骨組み自体が逞しい、大きな少年だった。大兵肥満で何処もかしこも太く逞しく、モサモサした被毛はあちこちで波頭のよ
うに跳ね、視覚的にはシップクよりも随分大きく見える。だが体格はよくとも威圧感はない。色男とは言い難いが、表情豊か
で愛嬌があり、充分に魅力的と言えた。
「美味かったぜぃシップクさん!」
「試合前に少しでも精がついたなら幸いでさぁ」
グレートピレニーズはフッサフッサと尻尾を振っているが、食いっぷりで気を良くしたのか、シップクも太い尻尾を揺らし
ている。
デザートも片付き、短い歓談を終えて腹が落ち着くと、グレートピレニーズは腰を上げた。
「じゃ、明日よろしくな!お前さんをビックリさせるぐらい張り切ってくぜぃ!」
力瘤を作った左腕をポンポン叩き、ニカッと笑った白犬が玄関を出ると、シップクは微笑みながら語りかけてきた。
「アタシが「他所の」についてこういった評価を口にしちまうのもどうかと思いやすが…。手代さん、良い男と知り合えやし
たね。名は体を表すって言いやすが、はてさて卵が先か鶏が先か…。「力丸」ってぇのは何ともあの子に合った名前でさぁ」
踵を返したシップクは、きょとんとした顔で振り返る。
「へい?名は体を…。アタシの名前…ですか?はぁ、「キンノスケ」…、ああ、狸のキンタマにかけて?…いやいやまさか、
ははは!」
そう言って、ひとしきり笑ったシップクは、
「…え?いや、流石にそうじゃねぇよな親父殿?いくらなんでもそりゃあねぇだろう…?」
不意に真顔になって悩み始める。
「ゴホン!ともかく、明日は試合の応援でさぁ!寝過ごしたりしねぇように早めにお休みになって下せぇ!」
「益荒男相撲」は、縁を結んだ人物に挑戦して貰う試合です。全国各地で不定期かつ突発的に開催される非公式の相撲勝負
で、登録手続きが済んでいる相撲取りであれば、所属校や学年などに関係なくチームを組めます。開催毎に個人戦、三名団体
戦、五名団体戦などレギュレーションが異なります。なお、稀に「児童オンリー」「成人オンリー」「年齢不問」など特殊な
参加条件が設定されている場合がありますが、これらは縁を結んでいる顔ぶれによっては参加できない場合もあります。
ここでの戦果がなかなか上がらないとスナヅメ様に叱られます。シップクが。
~縁を結べる人物例~
・林凛太(はやし りんた)「…相撲が好きなら、文句はねぇ」
膂力、耐久力が極めて高い、ジャイアントパンダのパワーファイターです。真正面から殴りあう真っ向勝負には滅法強い一
方で、命中率、回避率の伸びに難があり、初期状態では使用できる技が非常に少ないという短所も。長所と短所が判り易いた
め、サポーターによる補助の方向性を決め易いというメリットもあります。成長する事で性質が異なる技能等を身につけてゆ
き、突破を重ねる毎に取り口が拡張されます。
・栗原風太(くりはら ふうた)「美人で敏腕!エレガントでブリリアントでクレバーなマネージャーにお任せだし!」
選手起用不可のレッサーパンダです。精神面のバックアップから手札コントロール、補充、カードサーチなど、サポーター
として破格の特性を複数有する上に、トレーナーとしても非常に有能なデキるマネージャーです。「縁の欠片」がドロップし
易くなる特性を持っているのも大きな長所です。
・暮戸力丸(くれど りきまる)「わ~れは、う~みのこ、し~らな~みの~♪だはっ!」
グレートピレニーズです。極端なパワー型ながら、持続する自己強化技能により回避や命中を補い、高い水準でバランスが
取れた状態で取り組みができます。投げ技を中心に使用できる技が多く、成長すればカウンターが狙えるようになるため、手
が止まり難いのも強みです。得意技補正が非常に高いのも特長で、二丁投げ、二枚蹴りなどには強烈な威力補正がかかり、同
じく得意技の首投げはカウンター使用時に威力補正が重複します。
・虎杖雷(いたどり あずま)「ふむ、これは…。粒揃いでそそられる…!」
見た目によらず、速攻、先制等の効果を活かした瞬間火力に特化する虎です。非常に機敏で技巧も高く、使用できる技も豊
富で、強力な動作カード「抜き」が初期状態から使用できます。自己強化の効果を活かして速攻戦を仕掛けるのがセオリーに
なるでしょう。一方で優秀なトレーナー能力も併せ持ち、「属」に左右される技能を習得させ易くなる希少な特性を所持して
います。
・円谷槿(つぶらや むくげ)「それはとても…、いい…!」
典雅で飄々としているオールドイングリッシュシープドッグ。先制効果、手札補充、カードサーチなど有用な効果を多数保
持する、初期からレベル上限が高いトップクラスの選手です。トレーナーとしてもサポーターとしても非常に高い性能を有し、
多数の「国」でイベントを発生させ得るコネクションも魅力です。一方で、故障の発生率がやや高くなるマイナス特性を持っ
ているため注意が必要です。
・氏峰牽牛(うじみね けんご)「問題ねがすか?んで頑張って来っから、応援お願ぇします!」
あまり器用ではありませんが、耐久性能に優れたホルスタインです。初期状態から基本的な手…引いては相撲の正道と言え
る投げ手や突き押し、四つなどを中心にした技が使用できるため、序盤から扱いに困りません。選手以外での起用性能は平凡
的ながら、同時に稽古している仲間の獲得親密度をブーストする特性と、逢引イベントで行動力回復アイテムが貰えるなどの
メリットがあるため、額面以上の補助能力を持ちます。ただし特性の副作用による状態異常「胃痛」の発生には注意。
また、ごく稀に強者と一対一の一番勝負、「野相撲」が発生する事があります。難易度は非常に高い試合ですが、勝利でき
れば高い確率で「縁を結び易くなるアイテム」が入手できるので、もしも出現したら再戦OPを惜しまず、積極的に挑戦して
みましょう。
~野相撲例~
・野相撲「北の暴君」 「北の暴君・林凛太」が出現する野相撲。
・野相撲「白き波頭」 「白波・暮戸力丸」が出現する野相撲。
・野相撲「アイヅの稲妻」 「中黄三強・虎杖雷」が出現する野相撲。
・野相撲「ヒールの花道」 「焦熱のピカレスク・磐座編陽」が出現する野相撲。
・野相撲「(難)篠突く嵐」 ????
4・稽古、編成
「稽古の指導だったらおいらが引き受けるし」
愛くるしいレッサーパンダがアンミツを匙でつつきながら述べる。
「当日のセコンドもバッチリだし。何せ敏腕で美人なマネージャーだからなー!選手は無理でもドーンと支えるし!」
「頼もしいっス!」
隣に座っているスコティッシュフォールドが顔を輝かせ、
「………」
スコ向かいというポジションが気に入らないのか、それともレッサー隣というポジションが羨ましいのか、逞しい若牛が血
走った目でスコティッシュをゲイズ。
「そりゃ助かるべさ。オラァ素人同然だ、迷惑掛けちまうだろうけどご指導宜しくっす」
アンミツを掻き込んでいた肌色の豚がそう言うと…、
「でもトリタ強いよ!?心配要らないって!」
スコティッシュフォールドが身を乗り出し、
「ああ。猫饅頭よりはずっと戦力になるだろうな」
牛がタイミングを逃さずここぞとばかりに煽る。
「何だと!?」
「やるか!?」
「やらいでか!」
「あー、やるなら外でやるし。家の人に迷惑かけたらダメだかんなー?」
険悪になった後輩達を宥めたレッサーパンダは、茶のお代わりを持って来たシップクに礼を言う。
「参加条件は選手三名、新兵が経験積むには丁度いいし。勿論!出るからには勝ちに行くけどなー!」
「合点です!先輩のためにも絶対勝ちますんで!」
「思いっきりぶちかまーっス!」
「とりあえずルールもっかい確認しとくべ…」
ミーティングしながらも士気を上げにかかるレッサーパンダを見ながら、シップクはこっそり耳打ちしてきた。
「トレーナーとしてもサポーターとしても一流って言える逸材でさぁ。新人揃いって話ですが、選手三名いずれも期待株、こ
りゃあひょっとしたら良い線行けるかもしれやせんね…」
楽しげなシップクは、「しかし…」と眉根を寄せる。
「「暴君」「悪役」がセットで入ってるチームまで参加するとは…。こりゃ絶対にサメヤマ様が干渉なさってらっしゃいやす
ね…。あんだけ面倒臭がってた癖に、波が来たら乗るってんだから始末に負えやせん…。こっちの戦績が悪かったらスナヅメ
様の機嫌が間違いなく…。くわばらくわばら…」
ため息を漏らした青年狸は、視線に気付くと軽く顔を顰める。困った様子で。
「スナヅメ様とサメヤマ様は、まぁあんまり気が合わねぇんでさぁ。スナヅメ様はあのとおり気難しいお方でしょ?対してサ
メヤマ様は…、こう…、自由人ってぇか何てぇか…」
自由人という曖昧な言葉が酷く説得力を持っていた。勿論あまり良くない意味で。
「何にせよ、クリハラ君は指導でも発破がけでも頼もしい子でさぁ。がっちり鍛えて備えて、選手達が良い相撲を取れるよう
頑張って行きやしょう!」
「稽古」ではOPを使用して各種稽古を行ない、選手を鍛えてレベルを上げたり、使用可能な技を増やしたり、技能や特性、
得意技補正の性能強化をする事ができます。(進行状況によってはその地区の稽古場が不足している場合もあり、条件を満た
して開放や建築を行わないと使用できないケースもあります)
経験値を得ると同時に疲労度が溜まりますが、疲労度が最大まで溜まった人物は稽古ができなくなる上に「故障判定ロール」
が発生します。上限を超えた疲労度に応じて故障発生率が高くなってしまうので、疲労のキャパシティオーバーに気を付けて
稽古し、無理をし過ぎないように気をつけてあげましょう。
また、稽古する際は鍛錬のリーダーとなる「トレーナー」を一名まで配置でき、トレーナー適正やスキルに応じた効果が稽
古成果に上乗せされます。このトレーナーにはフレンドが設定しているトレーナーを借りて来る事も可能です。なお、特定の
人物をトレーナーに設定している時のみ出現する特殊な稽古もあります。
レベルが最大になった人物には、レベルの上限を引き上げる特殊な強化「上限突破」が行なえます。突破には様々な物が要
求されますが、基本的に「その人物に対応する「縁の欠片」」が複数個必要になりますので、縁が通った後も欠片は集めてお
きましょう。人物によって可能な突破の回数は異なりますが、今後続々実装予定です。
~上限突破例~
・林凛太 > 北の暴君・林凛太 > ???? > ????
・栗原風太 > 美人マネ・栗原風太 > 美人敏腕マネ・栗原風太 > ????
・暮戸力丸 > 白波・暮戸力丸 > 白い荒波・暮戸力丸 > ????
・虎杖雷 > 中黄三強・虎杖雷 > 浅黄稲妻・虎杖雷 > 三傑・虎杖雷
・明石波平 > 超☆明石波平
「編成」では、大会で試合する「選手」と、応援枠である「サポーター」をコスト内で設定できます。強力な選手(レアリ
ティが高いキャラ)ほどコストが高くなる傾向があるので、編成の際には注意しましょう。また、選手とサポーター含めて一
枠だけフレンドが設定している人物を借りて来る事も可能ですが、この枠の分は編成コストに計上されません。
注意点として、人物によっては「選手」に設定できません。ただし、支援専門要員はユニークな援護効果を所持している事
が多いので、縁の下の力持ちとして活躍が期待できます。
また、特別仲が良い、あるいは強い縁で結びついている人物同士は、同時に編成する事でボーナス効果が得られる事があり
ます。複数ボーナス同時発動を狙う事もできますので、色々な組み合わせを試してみましょう。
~編成特殊効果例~
・北の陣風 北街道縁の人物のみでチームを組んだ場合に発動。耐久力が上昇。
・加賀の誇り 北陸縁の人物のみでチームを組んだ場合に発動。カウンター時の威力に特大の補正がかかる。
・牙を以て候へ アイヅ縁の人物のみでチームを組んだ場合に発動。技の精度にプラス補正。
・日高見の意気 宮義縁の人物のみでチームを組んだ場合に発動。命中率が上昇。
・坂東武者の魂 北関東縁の人物のみでチームを組んだ場合に発動。回避率が上昇。
・電光影裏 チームに雷と影の眷属が含まれる場合に発動。先制効果がかち合った場合、無条件に先制が成立する。
(※相手チームも同様の特殊効果を発動している場合は双方無効)
・疾風迅雷 チームに雷と風の眷属が含まれる場合に発動。回避率、命中率、技の精度に少量の補正がかかる。
・四重奏の義兄弟 チームにクレド、クロダブチ、カバヤ、ヒジクロが揃っている場合に発動。得意技の威力、精度が上昇。
・白滝の白備え 選手にツブラヤ、アケガタ、ウジミネが揃っている場合に発動。力尽きても一度だけ体力10%で復帰。
・アウトサイダー クリハラ、ツブラヤ、コグレなどの転校経験者が二名以上編成されていると発動。編成コスト一割減。
・ふうりん ????
・しらなみ ????
・なみあと ????
・あさがほ ????
・ゆうづつ ????
・ともしび ????
・ゆきかぜ ????
・くりから ????
・ぬばたま ????
・かいざん ????
※ 編成条件の「〇〇縁の」は、現在の居住地が異なっていたり、居住経験が無くとも満たせている場合があります。誰が何
処に該当するのか、編成して探してみましょう。(例として、母親がアイヅ出身のアケガタ、アイヅを出奔したイリエ(鳴)
は「アイヅ縁の」の条件を満たします)
5・技能と特性
「「三年先の稽古」という言葉を知っとるかね?…ふむ。その場限り、その場凌ぎではなく、後々にまで通じる稽古をせよ…。
と、大まかにはそういった意味だ」
でっぷりした虎はふくよかな胸の前で腕を組み、眠そうに細い目をさらに細める。
「確かに、各人の持ち味にあう、後々の為になる稽古は基本にして最重要だ。しかし、目前に試合がある以上は、当面必要な
技能を仕込む事もまた大切…」
土俵の上ではマットブラックのラブラドールレトリーバーが、頭にピョコンと一房癖毛が立っている月ノ輪熊と組み、四つ
の状態での攻防をスローで指導していた。
「トオルには、柔軟な発想で切り抜けられる設問を実行して貰っとる。彼らは相性が良い。三日もあれば多少の改善は見込め
る。試合には充分間に合うはずだ」
さし当たっては、と虎は横目を向けて来た。
「この稽古場が借りられるのは明日まで、明後日以降の稽古予約が難しいという点がさし当たっての問題と言える。…ふむ?
そうかね、では済まないが当たってみてくれ。もし取れたなら助かる。ただ…」
肥満虎は視線を土俵に戻して呟いた。
「期待して甘えてばかりもいられんね。儂の方は儂の方で、もしダメだった場合でも何とかできるよう、手を尽くしておこう」
具体的には、と虎は半眼にした双眸を光らせた。
「二日での仕上げを目指そう。付け焼刃にはなるだろうが、奇策を一つ身に付けさせてみるのも面白い」
土俵上の二頭は丁寧に手の位置足の位置を押さえつつ、攻守の切り替えを交えて熟考しながら動き続けている。それを見つ
めながら、虎は顎下に手を這わせた。
「駄目なら駄目で稽古場所は諦められるよう手を尽くす。稽古を切り上げても問題ないようにね。その場合、明後日以降はフ
リーになる訳だが…、ふむ」
虎の細い目が再び向けられた。
「鈍らないよう体は温めておくべきだろうし、君も見物ばかりで飽きて来た頃だろう。一つ儂と個人的な稽古といかんかね?
なに、土俵で本格的に相撲を取れとは言わんよ。例えば怪我などせんように布団などを敷いた上でも…」
「黙って聞いてたら何ナチュラルに罠に嵌めようとしてるんですかヤダーッ!?」
「ぅや?」
土俵上で声を上げるレトリーバーと首を傾げる月ノ輪熊。
「ふむ。聞こえとったという事は、集中が足りんという事ではないかなトオル?いかんな」
「何が「いかんな」ですか!遺憾ですよこっちが!指導者面での悪辣な論点のすり替えはやめて下さい!アズマ先輩隙を見せ
るとすぐそんな風に仕掛けるから、まともに相手しなくて良いからね!?」
制止と忠告を口にするラブラドールに背を向けた肥満虎は、視界を遮るように間に入ってコソコソと耳打ちした。
「口ではああ言っとるものの、どうやらトオルも混ぜて欲しいらしい。構わんかね?」
「聞こえてますよ!?何で勝手にオレまで加えようとしてるんですかヤダーッ!」
各人は試合中にコストに見合う枚数の手札を捨てる事で使える「技能」と、自動的に常時効果が発揮される「特性」を習得
する事ができます。最初から覚えているもの、習得済みの人物と稽古する事で身に付くもの、特殊な絵巻をクリアする事で得
られるものなど様々ですが、覚えられるものには人物ごとに差があります。特に、特定の人物しか習得できないものは強力な
効果を持っている事も…。また、物によっては上限突破の段階が進まないと習得できない場合もあります。
技能や特性は物により(小)や(大)、(仮)などの標記がなされており、効果に差があります。小、中、大の順に効果が
大きくなってゆき、(仮)は表記が外れる事で高性能化します。
~技能例~
・風追 相手の「変化」「先制」効果を無効にし、確定で反撃を発生させる。
・暴虐の陰華 使用する技の威力にプラス補正大、回避にマイナス補正小がかかる。
・波の連動(純) 回避、命中に大幅なプラス補正がかかる。
・波の連動(亜) 相手の回避、耐久にマイナス補正をかける。
・極限集中 山札と捨て札の中から任意のカードを一枚選び、手札に加える。
・勝機の呼び込み 山札から自身の得意技に該当するカードを一枚選び、手札に加える。
~サポーター専用技能例~
・切り替えの一声 手札を全て捨て、新たに5枚のカードを手札に加える。
・風の大喝 大声で発破をかけ、選手のバッドステータスを全て解除する。クリハラ専用。
・「それは、いい」 道標の肯定。対象にした技の命中率と威力を上昇させる。ツブラヤ専用。
・閃き 手札を一枚補給する。
~特性例~
・故障耐性 故障判定ロールで成功値に補正がかかる。
・疲労耐性 疲労の蓄積が軽減される。
・死中に活 全ての技の威力に「4-手札枚数×10パーセント」の補正がかかる。
・稽古の虫 稽古で得られる経験値にプラス補正がかかる。
・大器の片鱗 あらゆる行動での獲得経験値にプラス補正がかかる。
・波の眷属(純) 波の眷属専用コマンドの対象になり、純粋種専用技能、特性が習得できる。
・波の眷属(亜) 波の眷属専用コマンドの対象になり、亜種専用技能、特性が習得できる。
・二足草鞋(山、波)波と山の眷属専用コマンドの対象になり、種専用以外の技能、特性が習得できる。
・メンタルオバケ 精神系状態異常に対して100パーセントの耐性を得る。ツブラヤ等が所持。
・心配性 耐久力、回避に補正がつくが、試合前の判定に失敗すると「胃痛」になる。ウジミネなどが所持。
~トレーナー専用特性例~
・名伯楽 稽古で得られる経験値量を上昇させる。
・マッサージ 稽古後の疲労合計値から一割分減少させる。
・一以貫之 得意技の威力補正上昇イベントが発生し易くなる。
・無色の眼光 属に関係する技能、特性の習得イベントが発生し易くなる。
6・神域訪問
「こちらでさぁ。どうぞ足元にお気をつけて…」
先導するシップクについて斜陽に照らされる石段を登り、夕暮れ時の境内に足を踏み入れる。
ひと気も絶えた日没間際の神域は、広々としていながら寂しさは無い。囲む木々から鳥の声が降って来る、厳かでありなが
ら和やかな、心安らぎ洗われる景観と空気。
立派な鳥居を潜れば、大きな拝殿がさらに膨れて見えた。西日を浴びて鎮座する拝殿に思わず目を奪われていると…。
「おう、来たが!」
太い声が突然響いた。それもすぐ傍から。
右手を見遣れば、白装束に身を包み、黒い烏帽子を左手で掴んでぶら下げた、赤銅色の巨漢がそこに立っていた。
身の丈八尺はあろうかという大兵肥満の巨熊で、顔を見るにはほぼ見上げなければならない。深々とお辞儀しているシップ
クが普通のサイズに見えてしまう。
「ご無沙汰しておりやす、イナシロ様!」
「ん、しばらぐぶりだなぁ!息災が?」
「お陰様で!」
「スナヅメ殿も変わりねぇが?」
「あの通りで、大変お元気でさぁ」
結構結構と頷いて、カラカラ気持ちよく笑った巨熊は、こちらに視線を向けてくる。
「スナヅメ殿の手代ってのはおめぇさんだな?話は聞いでだ、よぐ来たなぁ!」
巨熊は興味深そうに見つめてきながら、面白がっているようにニンマリ笑った。が…。
「………?」
ゆっくり目を見開き、マジマジと顔を見つめ、それからスンスンと鼻を鳴らす。
「手代さん、こちらの御方がお引き合わせしたかった御方…、イナシロ様でさぁ。スナヅメ様の旧い知り合いでして、これか
らご協力頂く方々の御ひとりにございやす」
シップクに紹介されながら、怪訝そうな顔になった巨漢は「おい」と青年狸に呼びかけた。
「こいづはどういうごった?」
心持ち堅い表情になった巨漢に、シップクは恐縮したように耳を倒す。
「…実は、手代さんは…………でして…」
「そいづは判る。んだども、なしてそいなごど…」
「詳しいお話は後ほど…。こりゃあ、スナヅメ様が定められた事で…。…いえ…、アタシにも責任はありやす…」
巨熊はシップクからこちらに目を戻すと、何とも奇妙な顔をする。憐れんでいるような、哀しんでいるような、痛がってい
るような、慮っているような、不思議な眼差しをしていた。
「…判った。ともかぐ、オラぁスナヅメ殿に頼まいだ通りに、おめぇさん達に手助けすりゃあ良いんだべ?」
「へい…。どうぞよろしくお願い致しやす」
シップクが深々と頭を下げる。
巨漢は小さくため息を漏らし、優しげな微笑を浮かべて手を伸ばして来て、ポンと、頭の上に大きな手を置いた。
「良い縁に、恵まいっといいなぁ…」
「神域訪問」では、各地の神域を参拝して様々な恩恵を受ける事ができます。
縁を引き寄せてくれるイナシロ様。
お守りを授けてくれるタマカイ様。
機会を巡らせてくれるイミガミ様。
交換を仲介してくれるサメヤマ様。
個人的評価に応じて特典をくれる(評価が低いとシップクが叱られる)スナヅメ様など、各所でしてくれる事が異なりま
すが、いずれも心強い手助けとなる事でしょう。また、それぞれの神域と「縁が深い人物」と縁を結べていれば、もしかした
ら良い事があるかも…。少なくとも、頻度に差はあっても必ずお世話になる方々なので、親しくなっておくに越した事はあり
ません。
スナヅメ様は、益荒男絵巻の進捗状況や益荒男相撲での成果に応じて、「OP」や縁の欠片など、様々なボーナスをくれま
す。貰える物は何らかの品物とは限らず、道場不足の地区に稽古場所が増えたり、新たな神域に話を通してくれたり、設備を
補強、拡張、新造してくれたりと、進行上重要なボーナスもありますので、小まめにチェックしに行きましょう。
サメヤマ様は、フレンド登録済みの「他の手代」との物品交換を仲介してくれます。使う予定がない縁の欠片などは預かっ
て貰い、必要な品は交換希望を出し、円滑な蒐集のために活用しましょう。
イミガミ様は、少量の「OP」と引き換えにランダム発生イベントをシャッフルしてくれます。なかなか出現しないレアな
野相撲やゲリラ発生する特殊な絵巻などもありますので、余裕ができたら余った「OP」を上手く活用して行きましょう。
タマカイ様は、「OP」と引き換えに様々な効果がある消耗品「香の守り」と交換してくれます。
~香の守り例~
・「香の守り・親密」 使用した相手の獲得親密度をブーストします。
・「香の守り・経験」 使用した相手の獲得経験値をブーストします。
・「香の守り・良縁」 使用する事で「縁の欠片」のドロップ率をブーストします。
・「香の守り・休息」 使用した相手の疲労値をゼロにします。
・「香の守り・反魂」 使用すると行動力が最大値の半分回復します。
イナシロ様は、「OP」や「縁の欠片」を使い、新たに縁を結んでくれたり、技カード等を入手させてくれます。つまりガ
チャです。基本的に技カード類の排出割合が高く、結ばれる縁はランダムですが、「縁の欠片」を使用する事で特定の人物や
グループと縁が結ばれる確率が高まります。なかには「縁の欠片」を使用するかピックアップ時でなければ縁を結べる候補に
すら上がらない人物や、特定の絵巻をクリアする等の条件を満たさなければ縁結びされない人物も居ますので、根気よくチャ
ンスを窺い、条件を探って満たしてゆきましょう。
~縁の欠片例~
・「レッサーパンダの風鈴」 勝ちたいと願った、そして初めて勝ちたくないと思った好敵手。吹き止む事なき風の記憶。
・「ジャイアントパンダの風鈴」 ぶっきらぼうな相棒がくれた忘れられないバースデープレゼント。その音色は黄金期の残響。
・「日記入りの手提げ金庫」 誰かの日記を厳重に保管する頑丈な金庫。…だが肝心のナンバーロックを掛け忘れている…。
・「招き猫の貯金箱」 誰も知らない一夏の思い出。積み上げる毎日を象徴する秘密の記憶。
・「明らかにダメな日程表」 「これダメな例なー!ダメな例だかんなー!」「かーえーしーてー!」
・「お古の卓球ラケット」 「ボクそれで個人戦優勝したんだし。縁起物だし!」
・「萌えに満ちるこの世界」 日常から小まめに拾う萌え。傍から見ている方が忙しく感じるマルチロックオン具合。
・「ヒールの流儀」 本人には大切で譲れない物。ただし傍から見ると常々だいぶ面倒臭い物。
・「教員免許状」 形になった想い。現実になった憧れ。今もまだ夢の途中。
・「観察ノート」 意中の相手についてまとめまくった一冊。(見られたら)書いたひとが死ぬノート。
・「あの日聴いたカノン」 あの頃は日常の一部となっていた曲。ずっと続くと思っていた音の重なり。
・「メモ書きだらけの楽譜」 もう見る必要も無くなった古い楽譜。端に記されたたくさんのメモ書きは幼い日の努力の証。
・「擦り切れた膝サポーター」 消えない疵。名誉の傷。不屈の闘志を支える鎧。その一番は誰が為に。
・「豚の蚊遣り器」 豚型蚊取り線香入れ。ただし豚は黒く、気難しそうな顔をしており、煙と共に緊張感が漂う。
・「狸の起き上がり小法師」 かつては転げたままだった起き上がり小法師。「もうひとりで起き上がれるよ」
・「イナバベーカリーのラスク」 しっとりチョコが染み込みながらサクサクの歯応え。矛盾が同居する有り触れた奇跡。
・「月に一度の休み」 誰も何も言わない、少年が毎月稽古に顔を出さなくなる誓いの日。
・「「同じ」という一言」 分不相応と感じながらも嬉しかった言葉。諦め上手に投げかけられた宝物のニアイコール。
・「色褪せたグローブ」 音が絶えて久しい野球グローブ。大きくなった手にはもう入らない。
・「何かの花の種」 店で売れ残った花の種。何が咲くかは教えてくれない。「知るか。育てて確かめろ」
・「温泉饅頭」 地元菓子屋で製造されたある温泉宿の土産。定番にして没個性、無ければ寂しい、そんな品。
・「夕顔の鉢植え」 兄の持ち物の中から、たった一つ自分に預けられた物。コリーのミニモデルが添えてある。
・「思い出のプラモデル」 磨り減って風化してゆく思い出の中、色褪せず残った一つの完成品プラモデル。
・「描きかけのデッサン」 通り過ぎる景色と逢瀬の記憶。「そうだね今は…、君の横顔を描いてみたいかな?」
・「鉢植えの朝顔」 瑞々しく蔓を伸ばす、ありふれた、しかし個性豊かな夏の花々。
・「擦れ痕だらけの釣り竿」 趣味と呼べる物はあまりなかった。道楽と呼べるたった一つの事に、彼は照れ臭そうに誘う。
・「天井板とかでいい…」 奥ゆかし過ぎて露出皆無のOBが、ポロリと零した切ない想い。
・「華やかなこけし」 雅に絵付けされたこけし。誰へ贈る物なのか、店に並ぶ物と比べても遜色ない愛らしさ。
・「切り取られた1/500」 取り組みの刹那を切り取った一枚の写真。静止した瞬間に躍動と美が宿っている。
・「古いシャンプーハット」 子供の頃の合宿で、シャンプーが染みて涙が出て馬鹿にされた時、月ノ輪熊がくれた品。
・「王を名乗る者の矜持」 大胆不敵。傲岸不遜。質実剛健。まつろわぬ者共の夢を背負い「かくあるべし」と胸を張る。
・「望郷と展望と」 後にして来た道と、これから歩む道。置き去りにしてきたものと、巡り会えたもの。
・「お腹に優しい胃薬」 優雅に微笑みおくびにも出さないが、その痛みは気遣いの代償。だいたい彼のせい。
・「つー」 以心伝心、雷の片割れ。つーかーの仲を通り越した思考。
・「かー」 一心同体、雷の片割れ。つーかーの仲を通り越した思考。
・産土の景色 先輩と出会い、相撲を知り、今の自分が生まれた社前の風景。それが彼のはじまりのゼロ。
・呼水の景色 求め高め鍛え上げた自分を捨て、積み上げ直した社前の風景。それが彼のはじまりのゼロ。
※「明らかにダメな日程表」だけは使用する事で対象の人物の出現率が100パーセントになります。
縁の欠片の中には「もしも」の可能性と縁を結べる物もあります。この「もしも」は姿形こそ見知った誰かであっても、違
う時間と道を歩んだ別人です。(各アルタードは基の人物と別人扱いのため、同チームに編成できます)
~異縁の欠片例~
・「壊れた足」 それは、「もしも」の可能性。あの日乞われなかったif。
・「潰れた膝」 それは、「もしも」の可能性。あの日潰えなかったif。
・「封じの形」 それは、「もしも」の可能性。あの日封じなかったif。
・「失った右」 それは、「もしも」の可能性。失わなかった片目のif。
・「カブト虫」 それは、「もしも」の可能性。途絶えなかった輪のif。
・「失せた霧」 それは、「もしも」の可能性。失せず残った山霧のif。
また、特定の人物の出現率ではなく、「特定の条件を満たす人物」のみが出現するように排出率を変動させる貴重な欠片も
存在します。この欠片を使用した場合、条件外の人物や技カードは出現しません。つまり人物確定ガチャチケットです。
~類縁の欠片例~
・「道産子」 「北街道」に縁がある人物のみ出現する。
・「アイヅッポ」 「アイヅ」に縁がある人物のみ出現する。
・「坂東武者」 「バンドウ」に縁がある人物のみ出現する。
・「犬集会」 犬、狼などのイヌ科獣人種に該当する人物のみ出現する。
・「猫会議」 猫、虎、獅子などのネコ科獣人種に該当する人物のみ出現する。
・「ハウルのPV」 公演舞台裏まで撮影されたレア物。ハウル・ダスティワーカーが好きな人物が出現する。
・「サメ映画(VHS)」 サメ映画が好きな人物やサメ映画から逃れられなくなっている人物が出現する。
・「UMA千年の真実」 UMAが好きな人物やUMA里に迷い込んで相撲する羽目になりそうな人物が出現する。
・「列藩同盟連判状」 特性に「奥羽越列藩同盟」を持つ人物、及びレッサーパンダのみ出現する。
・「通り過ぎ行く風の音」 特性に「風の眷属」を持つ人物のみ出現する。
・「遠く呼ばわる波の歌」 特性に「波の眷属」を持つ人物のみ出現する。
・「実り知らせる雷の声」 特性に「雷の眷属」を持つ人物のみ出現する。
・「空にそびえる山の際」 特性に「山の眷属」を持つ人物のみ出現する。
・「消える事なき火の灯」 特性に「焔の眷属」を持つ人物のみ出現する。
・「咲く栄華と散る名誉」 ????
・「寄り添い続ける孤影」 ????
7・祭り
橙色の提燈が闇に浮かぶ、とっぷり暮れた後の参道。神事や出し物が全て終わっても祭りの賑わいは衰えず、並ぶ露店に挟
まれた道はひとでごった返している。
焼ける粉物の香り。遊戯に興じる子供の嬌声。友人グループに家族連れ、あるいはそれ以外のペアなどばかりで、ひとりで
居る者は珍しい。
ハレの食べ物を見繕って来る、と言って傍を離れたシップクは、何処まで行ったのか姿が見えず、混み合っているのか一向
に戻って来ない。
手持ち無沙汰になって、しかしあまり遠くへ行ったらシップクが探し難くもなるので、露店を覗いて回る訳にも行かなくて
ブラブラしていると…、
「おう。そこの若人、独りかい?」
不意に声がかけられた。
振り向けば、小さな子供達が屈んで囲む水槽と、その中を泳ぐ金魚が目に入った。
金魚すくいの夜店の中から声をかけてきたのは、白波が踊る蒼い法被が目に鮮やかな、ふっくら肥った雄の三毛猫。骨太で
肉付きも良い肥満体なのだが、何処か色香のような物が漂い、不思議と艶やかな印象がある。
「ふうん…」
三毛猫は目を細めて見つめてきながら、興味深そうに鼻を鳴らし、口の端をツイッと僅かに上げる。
「噂は聞いてるぜ。アンタ、スナヅメさんの手代だろ?」
三毛猫は懐っこく目尻を下げて手招きした。近付いて気付いたが、店の前に「幼稚園児以下はポイ3本無料」という看板が
出ている。それで小さな子供達が集まって金魚すくいに興じているらしい。
「キンさんが世話役って聞いてたが、何処行ったんだい?…うん?飯を買いに?なるほど」
三毛猫は水槽の向こう…店の中でビールケースをガラガラ引っ張り出し、上に薄い座布団を乗せて指し示した。「ここ来て
座ってな。立ちっ放しで待ってるのは疲れるだろうし、この中に居りゃあ往来の邪魔にされる事もねぇ」と。
広いとはいえない店の中に入るのは気が引けて、辞退しようと口を開きかけると…。
「リキマルが世話になったそうだな」
三毛猫が口にした言葉で、かつてグレートピレニーズから聞いた事を思い出した。
「ん?おうよ。俺ぁミヤケ。アイツから聞いてたか?」
確認すると、三毛猫はやはりクレドが言っていた人物…、彼のふたり居る師匠の一方だった。しかし「魚売り」という表現
は如何な物だろうか。「金魚すくいの露店を出すひと」ぐらいに言ってくれれば判り易かったのに、と少々疑問を覚える。
厚意に甘えてお邪魔する事にして、店の中に入れて貰うと、三毛猫は手元のクーラーボックスを開けて、「酒…はまずいか。
茶しかねぇな」などとブツブツ言いながら缶入りのウーロン茶を掴み上げ、よく冷えたそれを渡して来る。
「奉納相撲を観に来てたのかい?ここはまた格別だろ?何せ関東全域、さらには西からまで参加者が集まるからな。流石はタ
マカイさんのお膝元、ってな!目当ては勝負そのものだけじゃねぇ。奉納って縁を結んで、武芸や活躍にあやかろうって連中
も多いだろう」
小さな子が破ったポイを交換してやりながら、三毛猫は片眉を上げた。
「で、どうだい?お眼鏡に適う相撲取りは居たかい?」
三毛猫は話をさせながら、無料の客を捌き続ける。商売になっていないのではないかと少し気になったが、本人は気前良く
子供にポイをくれてやっている。
「なるほどねぇ、こっちで名の知れた相撲取り、か…。益荒男相撲で活躍できそうな…」
三毛猫は半眼になってしばらく考えると、
「…心当たりとしちゃあ「坂東太郎」ってのが居るな。ああいや、名前じゃねぇよ、渾名だ。あそこらはひとり捕まれば芋蔓
式に行ける可能性もある。ヒダリの姫様に話を通せれば早ぇだろう。キンさんに言って連れてって貰いな。「こくびゃく」の
紹介って言えば悪いようにはしねぇはずだ。…おっと」
三毛猫は言葉を切ると、参道を埋める人ごみの中へサッと手を上げた。見れば、両手にビニール袋を提げた青年狸がウロウ
ロキョロキョロ彷徨っている。
「あ!こいつぁどうも!」
三毛猫が振っている手に気付き、シップクはセカセカとひとの波を縫って近づいて来ると、商いの邪魔にならないよう露店
の脇に回った。
「お待たせしやした手代さん!で、面目ありやせん…、手代さんをお預かり頂きやして、有り難うごぜぇやすコクビャクの!
いやはやお久しぶりで…」
「おうよ、ご無沙汰!」
親しげに挨拶する三毛猫へ丁寧に頭を下げたシップクは、顔を上げるなり膨れっ面になった。
「…しかしおひとが悪ぃ!居たならお声をかけて下せぇ!ちゃんと挨拶とご紹介を致しやしたのに…!」
「そう言わねぇでくれや、取り込み中に邪魔したくなかったんだよ」
シップクにも席を勧めた三毛猫は、過分に買って来たお好み焼きやたこ焼きを振舞われながら話し込む。どうやらヌバタマ
同様にこの三毛猫も旧知の仲らしく、シップクは普段より幾分気安い態度になっていた。
「なるほどなぁ。…相変わらず困ったヤツだぜアイツも…。ユミも協力するように俺の方からナシつけとくぜ、迷惑かけたな」
「有り難うごぜぇやす!」
協力を取り付けて深々と頭を下げたシップクに、「そう畏まんなって。大先輩の頼みを断るはずもねぇだろ」と三毛猫は苦
笑いを見せてパタパタ手を振った。
各神社では時々お祭りや催しがありますが、この際には特定の対象との縁が結ばれ易くなります。ぶっちゃけピックアップ
ガチャです。また、特殊な野相撲やイベントが発生する他、誰かを誘う事で親密度を多めに獲得できます。発生は基本的にラ
ンダムですが、イミガミ様にお願いしてイベントシャッフルをする事で発生率を高められますので、なかなか巡り会えない時
はOPを奮発するのも手です。
8・逢引
「お友達をお呼びになる時、席を外しといた方が良い場合は遠慮なく言って下せぇ。お茶と菓子だけ用意して引っ込んどきや
すんで…」
お玉で少しだけ小皿に移した味噌汁を啜り、味見をしながらシップクが言う。
「邪魔が居ると、気にする子は気にしちまうモンでさぁ。他の面が見えねぇ方が良い場合もありやす。そんな時は部屋に引っ
込むか、外に出ておきやす」
夕餉も片付き、明日の朝食の仕込み中。青年狸はあと一品欲しいなと唸った。
「…まだ店は開いてやすね…。しかもタイムセール中…。う~ん、こりゃ行っとくべきか…」
買出しについて考える、鉄紺色の着流しの上に白い割烹着を纏った世話焼き狸は、何と言うか…。
「へい?所帯染みてる?アタシが?」
自覚が無かったのか、目を丸くしたシップクは、間をおいて照れているような微苦笑を見せた。
「所帯なんて、ついぞ持ちやせんでしたがね…。いやしかしこう、そう言われると嬉しいってぇかこそばゆいってぇか、妙な
気分になりやすね…!」
さて、とコンロの火を止めて、シップクは背中に手を回して割烹着の紐を解いた。
「ちょいと買い足す物ができやしたんで、手代さんはお風呂をどうぞ。暦も変わったってぇのに去り惜しんでんのか、今日は
特別冷えやすからね、柚子湯に致しやしたよ!」
外出の準備を始めたシップクは、声をかけると振り向いてキョトンとした。
「へい?手代さんも、ですか?今日は冷えやすよ?部屋で暖かくしといた方が…」
部屋に居る事を勧めたシップクだったが、二度は断らず、「ではしっかり厚着して下せぇ」と首を縦に振った。
「上着の下にもう一枚セーターでも…。それとマフラーも巻いて…」
世話焼き狸は防寒を促し、自らも長羽織に袖を通し、財布入りの巾着を袖の下に収める。
外は風が無いにも関わらず、爪先から冷えが這い登って来るような寒さだった。カンカンと階段を踏み鳴らして降り、砂利
敷きのアパート敷地を抜け、小さな提燈を手にしたシップクが先に立って路地に出る。
「外側はアタシが。手代さんは壁の方に」
塀側を歩くよう促して並んだシップクの周囲から、宵闇が提燈の灯りに押し退けられる。赤い手袋を右手にだけ嵌めた女性
が、寒そうに背を丸め、髪で顔が隠れるほど項垂れて通り過ぎた。
「寒くありやせんか?」
気遣うシップクは視線を下げ、「ああ、手代さん手袋をしてらっしゃらねぇ」と、空いている手でそっと手を握って来る。
無言で手を見下ろす。何故だか懐かしく感じられて。
「お体は大事になさって頂かねぇと。具合でも悪くなさったら大変でさぁ」
大きな手で包み込むように握られた手は暖かい。頼もしい分厚さに反して柔らかく暖かなのは、シップクの見た目や人柄そ
のままだなぁと、ぼんやり考えた。
青い標識が見えて、角を曲がって細い路地に入ると、先の塀の切れ目から人々が行き交う雑踏が見えた。
シップクに伴われて路地を抜ければ、そこはスーパーや飲み屋、小さな電気屋や本屋などが軒を寄せ合う、歩道に屋根がか
かった商店街。夕食の時間を過ぎた頃合いだが、ほろ酔いの会社員や夜を楽しむ若者、食後に買い物に出た者達などで、人通
りはかなり多い。
スーパーに入り、買い物籠を手にして食材を入れてゆくシップクについて回り、食べたい物は無いか、朝食のリクエストは
無いかなど、質問に答えながら売り場を巡る。
なんだか懐かしい。
そんな一言が口を突いたら、シップクは目を大きくして顔を見てきた。
「そう…ですか?…まぁ、買い物なんて日常でさぁ、こういう店に入った事もあったのかもしれやせんね」
そう言って、シップクは前に向き直り歩いてゆく。態度にどこか不自然な物を感じたが、問い質すにはあまりにもふんわり
していて、結局何も訊けなかった。
レジを通して袋に詰めて、外へ出たら歩道に被さる屋根の向こうからチラチラと白い物が降りて来ていた。
「はぁ~、冷えると思いやしたが、こいつはまた…」
立ち止まり、携帯で写真を撮っている通行人も居る歩道を、「寒くありやせんか?」と、シップクはまた手を握って引いた。
「帰ったら葛湯でも拵えやしょう。しっぽりと風呂に浸かって温まったら、湯上りにどうぞ。アタシはまぁ、ちょいと失礼し
て雪見酒でも…」
春の粉雪が舞い降りる風も無い夜道を、シップクに手を引かれて行く。
寒かったが、握られた手はとても温かかった。
時折、親密度が大きく上がるイベント「逢引」が発生する事があります。逢引では縁の欠片や装飾品、消耗品など、各人異
なる報酬が貰えますが、中には行動力を回復できる貴重なアイテムが入手できる場合もあります。また、逢引を経る事で新た
な技能や特性、得意技の枠が開放される人物もあります。(消費アイテム入手イベントは繰り返し発生します)
また、神域の皆様との逢引は条件を満たして該当する神域に入った時に発生し、シップクとの逢引のみ絵巻の進行や益荒男
相撲での戦果更新に応じて定期的に発生します。
~貰える品物例~
・七福柚子葛湯 温かさとほんのりした甘味、柚子の香り付けがホッと心を休ませる。行動力を少量回
復する。
・ダシダシ卵 トリタが作る唯一の料理にして一点特化の絶品出汁巻き卵。命名はビワコさん。行動
力を少量回復する。
・飲みかけのカフェオレ タマツクリがくれたカフェオレ。飲みかけ…というか一口ほどしか残っていない。行
動力を少量回復する。
・ハヤシのハヤシライス 具材は大振りでゴロゴロ。豚バラブロック肉を使用するのが拘り。行動力を中程度回
復する。
・コダマのホイル焼き 包みを開ければ芳醇に香る、鶏肉と大蒜、長葱たっぷりの包み焼き。行動力を中程度
回復する。
・氏峰家の田舎豚汁 汁物とは言い難いほどたっぷり具が入った山盛り豚汁、仙大味噌仕立て。行動力を大
回復する。
・「全部うめぇじゃん!?」 何者かが発した強烈な思念。味覚が侵食され、食べる物全てが異様に美味しく感じら
れる。行動力回復効果がアップする。
・「米が美味ぇのは正義だっちゃ!」 何者かが発した魂の叫び。味覚が侵食され、炊き上りが失敗しようとどんな古米だろ
うと異様に美味く感じられる。行動力回復効果がアップする。
・「サメはね、概念だよ」 何者かが吐露した正視してはいけない理念にして思想。どんな映画だって是非も無し。
行動力回復効果がアップする。が………………。
・一筆入ったチョコ 小袋入りの一口サイズチョコ。袋の背中に記された一言で元気が出る。ひとりの疲労
を少量減少させる。
・「半分こするし?」 卓球部のエースがくれたアイスバーの半分。気さくさが気楽でいい。ひとりの疲労を
大減少させる。
・昔からあるコールドスプレー 信頼と実績の老舗メーカースプレー。一線を退いた男からの気遣い。ひとりの疲労蓄
積を軽減する。
・差し入れのどらやき 虎縞模様の焦げ目がついたバター入りどらやき。ガツンと来る甘さが疲れを吹き飛ば
す。下心はたぶん無い。「何もせんよ」と本人も言っているので大丈夫。稽古参加者全
員の疲労を中程度減少させる。
益荒男相撲参加者は続々追加予定!
様々な人物と縁を結び、益荒男相撲を盛り上げて行きましょう!
「ふん。お前のようにマネジメントをする存在が出てくる事は、発起人として喜ばしい。
誇るがいい。益荒男を奮い立たせるその手腕をだ」
「物好きなセコンドも居たもんだ。だが、そういうのも良い…いや、「悪い」。
安心しろ。期待にはきっちり応えてあげるぜ?」
「すまんけど、そないな事には興味持てへんねや。………ワシ、ホンマは騒がしいの苦手やさかい」
「五行相生すなわち相性!ここは有利なオイラに任しとくし!
かわりにムクゲ(Alt)パイセンは任したかんなー!?敵前逃亡は許さんかんなー!?」
「天運に感謝しよう。まさか、「万全のリキマル」が再び儂の前に立つ日が来るとは…。
まさか、手加減なく全力で競える機会が、再び訪れるとは…!!!」
「ちょいと不満はあるが…、まぁいい。
せっかくだ。俺と「かみあう」に相応しい相手か、…一つお手並み拝見と行くか…」
「飛入歓迎(だれでもよし)、一切不問(なんでもあり)、ってぇ事なら好都合でさぁ。
スナヅメ様の御許しも頂けやした。手代さんのため、アタシも一肌脱ぎやしょう!
伊達に「歴代最強の漆福」って呼ばれちゃいねぇってトコお見せし………、
ゲフンゲフン!いいえ!何でもございやせん!」
「渾名?ん。先輩からはナガレとか、トモダチからはナガレンとか呼ばれとるけど?」
今なら事前登録でナガレンが貰える!
イラストレーター、kota´さん
坂東の若武者・長瀬廉造(ながせれんぞう)
※配布される「長瀬廉造」は上限未突破の状態になります。
トリッキーな技を中心に習得適正がある変り種です。初期状態でも基本手を中心にそこそこ豊富な技や動作を習得できるた
め、総合的に見れば選手としてのバランスが取れています。ただし、残念ながらサポーター、トレーナーとしての技能は現時
点では未開花です。鍛え易い事、故障し難い事は、特に序盤では大きな武器になるでしょう。また、特殊効果が発生する組み
合わせが意外と豊富です。
技能
・破城槌(仮) 崩し付与。進化後は手札を三枚捨てる事で二撃まで連携可能。
・異形の取り口 効果中は回避率、耐久力にブーストがかかる。
・汲めども尽きず 手札を三枚補充する。
・「流されんぞ!」 一試合中に一度だけ使用可能。力尽きても最大値の1/10の体力を回復して復帰する。
特性
・故障耐性(小) 故障判定ロールで少し補正がかかる。
・疲労耐性(中) 疲労の蓄積が軽減される。
・芽吹きの兆し 試合で得られる経験値が増える。(サポーター起用時も対象)
「スナヅメ様の事…ですか?」
ワイシャツにアイロンを当てながら、シップクは数度瞬きした。
「親切?…えぇ、まぁ…、そう…、です…ね…、きっと…」
やたらと歯切れが悪いのは、平素の自分の扱いを顧みての事だろう。
「へい、親切にしてくれる理由…でございやすか?そりゃあ勿論、掻き回して活性化する、祭りを盛り上げる、そんなお役目
を課してらっしゃるんですから、手代さんにゃ便宜もはかるってモンでして」
厚意には理由がある。だから気にせず遠慮せず、スナヅメ様からの援助は受け取ってよいのだと、青年狸は言う。
「手代さんが頑張る。そいつでスナヅメ様が喜ぶ。こう…、アレです。つまりウィンウィンってヤツでさぁ」
主は主で、楽しんで喜んで満足して、見返りに援助を寄越している。だから気がねなく、好きにやって構わない。そう強調
する青年狸は…。
「へい?アタシ…ですか?」
シップクはどうなのか?と問うと、虚を突かれた様子で自分の顔を指差した狸は、次いで微苦笑する。
「アタシは別に。この役目に満足してやすし、手代さんのお世話ができるのは嬉しい事ですし、毎日楽しいもんでさぁ。見返
りなんてとんでもねぇことです…!」
なんだかはぐらかされたような気がして、本当に?と念を押すと、シップクは困った顔になって「本当でさぁ」と応じた。
「…スナヅメ様は、手代さんに同情して下さってるんでさぁ…。アタシに責任を取れってぇのも当然の事で…。本当は、アタ
シが勝手を言ったのがそもそもの発端で…」
「個人的な疑問がありやす」
卓に乗せたポータブルDVDプレイヤーを並んで眺めるシップクが、やや疲れた声で述べた。
「あの坊ちゃんの、サメ映画への執拗過ぎる執着心や目に余る愛着はどっから来てらっしゃるんでしょう」
さあ…。としか答えようがない。
「もう一つ疑問がありやす」
雪面に踊る背びれと雪面を染める血のりを眺めるシップクが、酷くげんなりした顔で述べた。
「雪とサメってぇ組み合わせの映画が、何だってこの世に二本もありやがるんでしょう」
信じ難い。と同意するしかない。ただ、ワンアイディア勝負の映画において、発想が被る事はあるのかもしれない…と、素
人ながら思う。
「はぁ、発想の収斂ってぇヤツですかね?しかしまぁ手代さんも付き合いが良いと言いやすか…」
別に観る必要もないのに横に座っている付き合いの良いシップクが、己の事を棚上げしながら横目を向けて来る。
「オススメされたからって、観なきゃいけねぇってモンでもねぇと思いやすぜ。…サメは」
しかし観終わったら面白いSF映画を勧めると言われたのだ、と答えると、シップクは苦笑いした。
「それ、サメのSFじゃありやせんよね?」
まさか。と笑い合い、そして黙る。
深刻な沈黙が満ちた部屋に、悲鳴の演技だけは迫真のサメ映画が音声と不協和音BGMを垂れ流す。
有り得ない話だと一笑に伏せない底知れなさが、あの子豚のような少年にはあった。
「正直な所、手代さんは付き合いが良過ぎるとも時折感じやす。程々で良い話題に全力で乗っかるといいやすか…。けれど、
もう何も言いやせん。「そのひとが大事と思う物には相応の態度で接する」。そういう所は手代さんの長所だと思いやすんで」
「おぉっと!こいつぁとんだ失礼を!」
外から戻ると、風呂上りで涼んでいたのか、居間ではシップクが半裸を晒していた。とはいえ、小さな扇風機の前で足を投
げ出し、後ろ手をついて顔を上向きにし、舌を出して暑さに喘いでいる姿を見ると、流石に格好を咎める気になれない。
慌しく立ち上がろうとしたシップクは、気にせずそのまま楽にしていて良いと言うと、情け無さそうに眉尻を下げた。
「お恥ずかしい…。こんなナリしてやすんで、暑いのは少々苦手でして…」
胡坐をかいて座り直したシップクは耳を伏せ、鼻の頭を指で掻く。褌一丁の青年狸は、肥満体ではあるが充分逞しい。被毛
と皮下脂肪は柔らかいが、その下にはミッシリと筋肉が詰め込まれており、骨太で手足も太く、肩幅もあるし腰がどっしりし
ている。
「へい。良い体してる、と…?そいつぁどうも!ちょいと照れやすね!へへ…!」
手を取らせて貰って確認すると、器用に家事をこなす手は肉厚で、親指の付け根や小指の下などがムックリ膨れて筋肉の付
き具合が判り易い。知り合った相撲取り達も相当なものだったが、シップクの手は彼ら以上に筋肉の付きが顕著だった。
「相撲取ってた時分にだいぶ鍛えやしたからね」
強かったのか?と問うと、シップクは「えぇまぁ」とすんなり頷いた。
どのぐらい強かったのか?と問うと、シップクは「べらぼうに」とあっさり頷いた。
至極当然の事を確認されて頷くような、自慢げでも得意げでもない自然で正直な受け答え。逆に嫌味がない態度である。
「へい?相撲を取りたくならねぇのか、と?…まぁその…、正直言いやすと、時折こうムズッと行儀の悪ぃ虫が身じろぎする
事もありやすがね。…へい?」
思いつきで提案してみたら、シップクは目を丸くして、それから柔和に相好を崩す。
「出られる機会があったら…ですか?…へい。お役に立てるようなら、アタシも考えやしょう」
嬉しかったのか、シップクの後ろで太い尻尾が揺れていた。
「アタシの事なんて別にどうでも良いんですが、手代さんは本当にお優しい…。もしもそんな機会がありやしたら、ひとつス
ナヅメ様にお願いしてみやしょうか…。アタシが出ても問題ねぇ時、なんだったら再びマワシを締めるのもアリじゃあござい
やせんか?って…。ま、随分と勘は鈍ってやがるでしょうが…」
珍しく茶の間に徳利とお猪口を出していたシップクは、悪戯を見咎められた子供のように決まり悪そうな顔を見せたが、
「へい。月が好きなのか?と…」
開け放たれた窓から月を見上げて訊ねたら、虚を突かれた様子で少し黙り込んだ。
うどんも月見で食べるし…、と付け加えると、自覚が無かったのか驚いたような顔をする。
「言われてみりゃあ、手前で思ってる以上に好きだったのかもしれやせん。…いや、習慣みてぇなモンだと思ってやしたが…」
青年狸は昔を思い出すように目を細めた。
「永らく、あそこから眺める物と言やぁ花か月か雪でした。だから習慣で眺めるのかと…。へい。好きなのかもしれやせん。
花見酒に月見酒に雪見酒、…そう言や、うどんも蕎麦も毎度月見でさぁ」
横に腰を下ろし、気になっていた事を訊いてみる。
シップクはいつも隠れるようにコソコソ酒を飲む。別に悪い事でも無いのだろうに、どうしてそうするのか、と…。
「へい…。その…、気を悪くなさらねぇで下せぇ」
青年狸は言い難そうに打ち明けた。未成年の前で美味そうに酒を飲み、それが興味を刺激してしまって飲酒でもさせたらい
けない。…そんな理由から、あまり目に付かないように気をつけて酒を嗜んでいたのだと。
「何も手代さんを信用できねぇって訳じゃあありやせん。例え誰だろうと、未成年の前ならそうするべきだと、アタシが勝手
に取り決めただけの事でして…」
大丈夫、我慢するから。そんな返事に続いて、だから我慢なんかしなくていいと、もっと気楽にやって欲しいと、シップク
に告げると、青年狸は恐縮したように耳を伏せ、「お心遣い感謝致しやす。…って言うよりも、お気を遣わせて申し訳ありや
せん…」と、礼と詫びを口にする。
だから、そういう所をもう少し気楽に。そう言って笑ったら、シップクは苦笑いして「善処さして頂きやす!」とニンマリ
した。
邪魔にならないなら、ジュースでも飲んで一緒に月見をしよう。飲み物を取ってきて腰を下ろし、窓から見上げる白い月に
目を細めて…。
「へい?そう…ですねぇ…。手代さんが大人になりやしたら、そん時はお言葉に甘えて、一献お付き合いして頂きやしょう」
シップクも目を細くして、クッキリした月を見上げて言った。
「方便じゃあございやせん。手代さんと酒を飲めたら楽しいでしょう。嬉しいでしょう。月でも雪でも雲でも結構。御新香で
もあればなお結構。…そんな日がもし来たら、きっと…、嬉しいでしょう…」
辿った先は、またも鬱蒼と木々が茂った行き止まり。もはや道のように見える所も、本当にそうなのか獣道なのか風が分け
た跡なのか判別がつかない。いよいよ困り果て、また引き返して道を下る。
遭難した時は一度尾根に出てルートを確認する。確かそんな話を聞いた事があると、朧な記憶を頼りに上を目指すものの、
はて本当にこの記憶は正しいだろうか?聞き間違えたり勘違いして憶えていたりはしないだろうか?と心配になって来る。
そもそも、直接尾根に至る事が不可能な位置だったらどうしよう?逆にシップクかクレド達が見つけてくれたりしないかな?
そんな事を考えながら、目印にボトルのキャップを置いていた分岐路に戻ったそこで、目が木立の間に向いた。
鬱蒼と茂るブナの中、倒木に座っているずんぐりした影がある。
シップク?と安堵しながら呼びかけ、次いで気付いた。
体格のいい狸の大男ではある。木々の濃い影に溶け込んでしまいそうな濃紺の作務衣を纏い、横倒しになった巨木の幹に腰
掛け、片足の膝に踝を乗せる格好でこちらを見ている。
男盛りもだいぶ過ぎた歳の頃と見えるが、肩幅も厚みも上背もある狸は逞しく、眼光鋭く顔つきも厳めしく、老いを印象付
けるのは地毛へ僅かに差した白毛のみ。
その左袖からは腕が覗いていない。作務衣の中に引っ込めているわけではなく、その大狸は隻腕だった。
シップクではない。だが、背格好も顔形も、青年狸とよく似ている。
「誰と間違えた?ええ?」
ひたりと視線を据えたまま、低い声で大狸は問う。値踏みするような眼差しには迫力があり、ヒヤリと首筋が寒くなった。
連れの狸と間違えたのだと、道に迷ってはぐれた事を含めて事情を説明しながら、少し安心した。狸は山菜採りをしていた
ようで、大きな背負い籠を脇に置いている。自分のように迷ってここに居る訳ではなさそうだった。
「…迷子か。馴染みの山は勿論として、初めての山なら尚更、舐めてかかるモンじゃねぇぜ若ぇの。ええ?」
事情を話すと、大狸は拍子抜けしたような様子で片眉を軽く上げた後、そう嗜める。説教慣れしているのか、不用心さに苦
言しながらも大狸の雰囲気からは威圧感が薄れて、教師か先輩から注意を受けているような気分になる。厳めしく精悍で鋭い
顔つきだが、表情が少し緩むとますますシップクに似ていた。
少しだけ空気が弛緩したので、もしかしてシップクの血縁者だったりするのだろうかと、名を出して訊ねてみると…。
「他人の空似だろう」
そう大狸は言うが、見れば見るほどシップクと良く似ている。表情が和らげばさらに似た印象になるだろう。低められては
いるが声質まで似ている気がする。他人の空似というよりは、顔のパーツや作りが何となく似ているという印象だった。
「だいたい、ワシに倅はおらんぜ。その名にも憶えはねぇ」
大狸は面倒臭そうな半眼になって否定した。が…。
「…まぁ、遠い遠い、遡った先で血が多少交わってるって線はあるが…」
ひとりごちて「どれ」と狸は腰を上げた。大柄な体躯にも関わらず所作に気配が殆ど伴われない身のこなしは、まるで武術
の達人のように感じられる。
「登山道までなら案内してやる」
返事も待たずに歩き出した狸を追いかけ、その広い背に名を問えば…。
「ヒコザだ」
苗字も何もなく、ただ一声だけで大狸は名乗った。
「面目ございやせん!まさかアタシの視線も通らねぇ山とは、今回はアタシの落ち度でさぁ…。こいつぁよっぽど「立ち入っ
て欲しくねぇ」のか、このご時勢にこんなまじないとは…。ん?如何なさいやした手代さん?アタシの顔をじぃっと見たりし
て…。何かに化かされでもしやしたか?」
「今日はまたやけに多い…。何かありやがったのかねぇ…」
ポソリと小さく呟くシップク。アパート二階の廊下、手すりに肘を乗せて寄りかかり、ブロック塀の向こう…路地を眺めな
がら、手代の帰りを待っている。
端が僅かに欠けた黄色い月が、民家の屋根のすぐ上の低さに浮いている。日が沈んだ直後、夕と宵の境目が過ぎ去ろうとす
る時刻、路地をぞろぞろと人影が行く。
「…あんな小せぇ子まで…」
影が射した目元で、双眸が哀しげに細められた。
しばしあって、通り過ぎてゆく人々も減った頃、シップクは塀の向こうに見知った頭を見つけた。
が、その人影は通り過ぎる人々に混じって、ぼんやりしながらアパートの入り口を過ぎようとする。
「手代さん!こっち!こっちでさぁ!」
慌てて身を乗り出し、両手を振って呼びかけると、人影は立ち止まってきょとんとアパートを見上げる。
ホッと胸を撫で下ろしたシップクは、階段を踏み鳴らして足早に降りると、待ち人を迎えてその手を取り、引いて歩き出す。
「何だかぼんやりしてやしたよ手代さん。お疲れですか?精のつく物を拵えやすんで、今日は少し早めにお休み下せぇ」
手を引いて階段を昇りながら、シップクは僅かに瞼を降ろす。過保護に過ぎる、と思わないでもないのだが…。
「手代さんが帰って来る場所はここでさぁ。知らねぇひと達について行っちゃあいけやせん。迷いそうになったらすぐお呼び
下せぇ。アタシが必ずお迎えに上がりやすからね…」
「出来上がりやした!さぁ、格好悪ぃと言わずお着け下せぇ。風邪でもおめしになっちゃあ事ですからね!」
そう言って、青年狸は腹巻を差し出す。
炊事洗濯に針仕事、家事全般何でもござれのシップクのお手並みには、今更ながら脱帽する。
太い指で摘まんでいるせいでなお細く見える針や糸を裁縫箱に片付けながら、「もう少し冷えて来やしたら丹前でもお縫い
致しやしょう」とシップクは言うが…。
「へい?家事が得意な理由…でごぜぇやすか?はぁ、何と申しやしょうか…」
青年狸は手を止めて、視線を宙にさ迷わせつつ耳を寝かせる。
気恥しいのか、それとも言いたくない理由でもあるのか、返答に困っている様子なので、言い難い事なら言わなくてもいい
のだと加えたら、「いえ!どう言ったモンかちょいと迷っただけでして…!」とシップクは両手を胸の前に上げた。ちょっと
待って、とも、降参、とも取れる愛嬌のある仕草で。
「実は…、アタシには妹と弟が居たんでさぁ。歳もちょいと離れてやしてね、アタシが面倒を見てやした。それで、飯炊きか
ら掃除に洗濯、裁縫まで一通り身についちまったって訳でさぁ。長男は何かと損をしやす」
よくある話でしょう?と肩を竦めて言うシップクに、なるほどなぁ、と納得して頷く。
だが、納得しながらも、何故か、今聞いたシップクの話からは何かが抜けているような気がした。
「如何なさいやした手代さん?」
顔を窺って来たシップクに、何でもない、と応じる。
…何が抜けているのか、考えたが判らなかった。
「丹前はどんな柄にしやすかねぇ。手代さんに似合いそうな色…、柄…。モノが良いから何でも似合いそうでさぁ。…そうだ、
手代さんが嫌がらなかったら襟か背中辺りに何か紋でも入れてみやすかね?例えば丸囲いに何か一文字ってぇのも…」
「今夜はシチューにしやしょう!こないだの鶏が残ってやすし、良い野菜もありやす!芽キャベツと木耳をたっぷり入れて、
アタシ特製のクリームシチューをご馳走しやす!」
珍しく成果を主に褒められたシップクは、上機嫌で食材を買い物籠へ詰めてゆく。買出しに付き合うのは良いが、相変わら
ず荷物持ちもさせて貰えない。そんな事を軽くぼやいたら、「こいつぁアタシの仕事ですんで!」と、青年狸は冗談めかして
舌を出し笑う。
会計を済ませ、品物を袋に詰め直して、外へ出ると寒風が首筋をくすぐった。
「今夜も冷えやすね。さ、寄り道しねぇで真っ直ぐ帰りやしょう!」
先に立って歩き出すシップク。その背中を追うと…、
―速報です。昨年………で一家三人が死傷した………事件の捜査に進展がありました―
耳に、ニュースキャスターの改まった声が入った。
首を巡らせれば、商店街に軒を連ねる電気屋の店頭で、展示されているテレビが一斉に速報に切り替わっている。
―この事件は………さんと妻の………が死亡し………も意識不明の重態…―
ニュースキャスターが説明する。
昨年騒ぎになった強盗殺人、放火事件…。夫婦が亡くなり、重態だった子供も意識不明のまま。住家には火が放たれ、隣接
する家も数軒焼け、雑木林に燃え移って神社まで延焼した。
現場から逃走する男の姿を見たと、近隣住民から多数の目撃証言が寄せられ、早々に身元も判明しているにも関わらず、容
疑者は姿をくらませていた。
それが…。
―………容疑者は………によって身柄を確保され…―
ジャンバーのフードを目深に被った男が、警察車両に押し込まれる。モザイクが散りばめられた異物感まみれの画面から、
目が離せなくなる。
いつから立ち止まっていたのか、どうしてこのニュースに見入っているのか、自分でも判らなかった。
ただ、首が痛かった。痛くて、熱くて、そして寒かった。
そっと、首の右側に触れる。生臭い匂いが鼻の奥に蘇る。
鉄?錆?捌かれた魚?これは何の匂い?
「見ちゃいけやせん!」
シップクの声が響いたと思うや否や、太い腕が後ろから伸び、頭を抱えるようにして視界を奪った。
ガサゴソと足元で音がして、放り出された袋から買ったばかりのジャガイモが転がり出て、コツンと足に当たった。
―は容疑を否認しており………同署は容疑を………に切り替えて調べ…―
だが、映像は途絶えても音声は耳に入る。
「見ちゃいけやせん!聞いちゃいけやせん!」
シップクの声は、まるで懇願するかのようだった。
思えば、おかしな話だった。
考えると頭に霞が掛かったようになるので、そちらに思考を巡らせる事はなかった。
あって当たり前の話題は、これまで自分の前に出てくる事が無かった。
不思議な事に、これまで出会った友達の誰もがその事を問わなかった。
思えば、シップクは妹と弟の話はしても、親の事、家族単位の話は…。
「疑っちゃいけやせん!怪しんじゃなりやせん!」
どう暮らしてきた?
何処で育ってきた?
家族は何をしている?
これまで、誰もそう訊かなかった。
これまで、その事を考えなかった。
自分の家は何処だ?
自分の家族は何処だ?
自分は…、誰なんだ…?
「手代さんとは関係ありやせん!だから…、だから…!」
シップクの声が小さくなる。
雑踏が遠退く。五感が遠ざかる。現実感が薄れてゆく。
「お気を確かに!引っ張ってかれちゃいけやせん!このままじゃあ、留め置けなくなっちまい…………………」
…自分は…
…誰だ?
「キミに逢いたいと誰かが強く願ったなら」
「もしかすると、叶う事もあるかもしれない」
「それは、ボクの手から離れた先の事だけど…」
う た か た
近日 リリース予定
見上げる石段。
見慣れた鳥居。
古巣は、ひどく敷居が高く感じられた。
一歩一歩、踏み締め登る。
一歩一歩、下界が遠退く。
一歩一歩、覚悟を固める。
やがて、大鳥居を潜って境内の広場に至った青年狸は、待っていたようにそこに佇む、狩衣を纏った小狸と向き合った。
しばし無言で見つめ合ってから、小狸は口を開く。
「決めたんだね?「キンノスケ」」
小狸の前で深々と頭を下げ、長々と頭を垂れた後で、青年狸は顔を上げた。
「永ぇ事、お世話になりやした」
名残惜しそうなその表情に、小狸は「答え」を見た。
「…そう」
「へい…」
青年狸は軽く目を閉じ、耳を伏せる。
父は早くに逝った。母もしばらくして追った。残されたのは、自分と、幼い妹と、赤子の弟…。苦労ばかりの毎日だった。
だが、勤めは果たした。
七福。
代々この神社に仕え、相撲を奉納する血族の代表者として、苦労して妹と弟を育てながらも、相撲道に邁進した。
努力は実り、名声を得た。
奉じ続け、戦果を上げ、賞賛され、しかしてその生涯は…………ひどく短いものとなった。得られた戦果も名声も評価も、
とても吊り合わないほどに。
妹にも弟にも何も言い残せなかった。誰にも別れを告げられなかった。ただ、神社から離れている間に逝けたのは、お膝元
で命を落とす失態を犯さずに済んだのは、せめてもの救いだった。
成した事に対して短過ぎたその生と、不運に過ぎるその最期を不憫に思って「留め置いて」くれた主の慈悲を、身に余る物
と感じている。加えて、自分はこれまで、大いに甘えてしまっていたとも…。
シップクは、思い返していた。
自分が佇み続けていた場所の事を。
かつて存在した鎮守の森の一角の事を。
そこであの日起きてしまった悲劇の記憶を。
住宅地として切り拓かれたかつての森は、九割九分を失いながらも、人々が気を遣ったおかげで、小さな鎮守の社と石碑が
佇む一角だけは残された。
以前は木々の奥に隠れていた社と石碑は、舗装された道路から見える位置になった。祭祀が行なわれなくなり、奉納相撲が
絶えて久しい事もあって、社の脇にあった土俵は埋められて、隣接する位置にはジャングルジムと砂場とベンチがある公園が
造られた。
住宅街の子供達が遊びに来る、いつも賑やかな笑い声を、今でもよく覚えている。
例え誰も自分の事を知らなくとも、自分の事を覚えていなくとも、刻まれた文字が読めなくなった石碑の意味が忘れ去られ
ても、自分だけはずっと、あの社に流れていた時間を覚えている。
ある日、赤ん坊を抱えた若い夫婦が、拝殿の鈴を鳴らした。
生後二ヶ月か三ヶ月か、実家帰りと思しき小さな赤ん坊を抱いた夫婦は、挨拶をしながら我が子の守護をカミサマに願った。
夫婦と赤子は、社から見て右手側…公園と逆側に建った新しい家の住人だった。
今時珍しいと言えば多少哀しくもなるが、程々に信心深く礼儀正しい若夫婦だった。社へは、引越しの挨拶をしつつ、赤子
を見守って欲しいと、それから騒がしくしたらごめんなさいと、前もってお詫びを兼ねての参拝に来たらしい。
祭事も絶えたみすぼらしい社へ熱心に祈る夫婦の姿を、なんとも酔狂な事だと、しかし好感をもって眺めていた。
父親に抱かれた赤子の顔を覗き込むと、眠っているとばかり思っていた赤子は薄く目を開け、じっと見返してきて、「だ」
と、舌足らずな声を発した。
赤子はすくすく成長した。
活動的で好奇心も旺盛な子供で、歩けるようになって少しすると、母親の目を盗んで玄関から抜け出すようになった。
おぼつかない足取りでトテトテと、危なっかしく境を越えて社に来た子供は、父母から教えられて習慣になっていたのか、
意味も判らないだろうに拝殿へお辞儀して挨拶する事を忘れなかった。
だいたいは、五分もせず脱走に気付いた母親が家から飛び出してきて、キャッキャとはしゃぐ我が子を捕まえた。
幼稚園に通う頃になると、何処で覚えたのか、子供は石碑にオヤツの菓子などをお供えするようになった。
煎餅やチップスの事もあれば、飴玉やチョコレート、時にはアイスの欠片という事もあった。チョコレートなど夏場はすぐ
に溶けて染みになり、数分後には蟻まみれになったが、咎めようと思った事は一度も無い。
本当は惜しいだろうに、自分のオヤツから分けてお供えして行く…。そんな子供の気持ちを、可愛らしく、そして有り難く
感じていた。
活発に走り回っては、時に目を覆うような勢いで派手に転んでいた。
そんな時は、ベソをかきながら泣くまいと我慢している子供の手を取り、立ち上がらせてやった。
子供ながらに応えようという気持ちがあったのだろう、立たせて貰えばもう笑っていた。
その気丈さがまた愛おしくて、可愛らしくて、その都度抱き上げたり高い高いしたり、肩車をしてやったりした。
梅雨の前と後には、家族揃って町内清掃活動に参加していた。
側溝の泥あげに、公園と境内の草刈り。祭りも無いのに境内を綺麗にしても、住民側にメリットは無いだろうと感じていた
が、すっきりするのは心地良かった。
一度、拝殿前の階段で手すり掃除をしていた子供が、足を踏み外して転げ落ちた時には、心地良いどころか恐怖すら味わっ
たが…。咄嗟に抱き止めて控えめに注意を促した時の、自分が危うい目にあった事すら判っていなかった子供の顔を今でもよ
く覚えている。
小学校を卒業し、公園で遊ぶ子供達の顔ぶれが入れ替わっても、その子は変わらず社を訪れた。
思うに、あの子にとっては社も「お隣さん」という意識だったのだろうと、今は思う。公園で遊ぶ事はなくなっても、学校
から帰ってくれば社に顔を見せに来た。あれは隣のおじさんおばさんに挨拶するのと違いの無い事だったらしい。
時々、テストの成績が思ったほど良くなかっただの、友達とケンカしてしまっただの、買ったばかりの漫画本にココアを零
しただの、他愛ないようで本人にとっては大問題をちょくちょく打ち明けられた。
まぁそんな事もあろうさと、微笑ましい失敗談を聞きながら何度も励まし慰めた。
高校入試はすんなりいった。
真新しい制服はよく似合っていた。照れているようなあの子へ、素直にそう感想を告げた。
父親の会社は業績も上々で、進学祝いと出世祝いを合同にして、レストランへ食事に行くと言っていた。生まれて初めて挑
む本格フレンチのコースに、凄く緊張する、と。
感想を楽しみにしている。…そう言ったのだが、翌日、緊張し過ぎてどんな味だったかよく判らなかったと、あの子は少し
悔しそうに語った。笑いのツボを痛打されてしまい、堪え切れずに腹を抱えて大笑いしてしまった。
妊娠したかもしれない…、と母が言ったのだと、あの日その子は言った。
十五も歳が離れた弟か妹ができるのかと、少々困惑気味に話しながら、しかし嬉しそうでもあった。
お父さんもまだまだ若い。…とうっかり言ってしまいそうになり、しかしこれはちょっと十代半ばの青少年に対して言うに
は下品な表現ではないだろうかと思い直し、済んでのところで飲み込んだ。
生まれてくる妹か弟も、この子のように母の目を盗んで遊びに来るのだろうかと、十数年前を思い出し、顔を綻ばせた。
燃える家を見ていた。
燃える社を見ていた。
只そこに佇んでいた。
どうして。
悲鳴が混じった住民達の声が、夜半の住宅街に響き渡る。
どうして。
火の粉が舞い上がる。爆ぜる音が響く。煙が濃く溜まる。
どうして。
遠くからサイレンが聞こえるのに、なかなか到着しない。
どうして。
燃える家の中に動くものはない。車もあるのに、誰も…。
どうして。
動きが取れない。
助けに行けない。
削られた神域。
残された境内。
ただそれだけ。
自分に残された自由はたったのそれだけ。救いたくとも出てゆけない。
願われても、祈られても、乞われても、あの子達を救う事ができない。
風化してゆくだけの社を拝んでいた。素朴で信心深くて礼儀正しくて和やかだった。悪事など働いたことも無い家族だった。
そんな、罪も無い家族を襲った悲劇。
それを事前に察するだけの力も無く、事が起こった後に何かできる力も無く、絶望の内にただ眺めるしかなかった。
どうして?
嘆きのあまり叫んでいた。
叫んだ瞬間思い当たった。
自分は、自ら望んでこう在ったのだと。
何度も何度も、繰り返し繰り返し言われて来ながら、自分は望んでこう在り続けた。重責を負いたくなかったから権限を求
めなかった。
だからこそ、
今こうして、
何もできず。
火に巻かれた銀杏が燃え落ちる脇で、熱に炙られた石碑に、パキリと音を立てて亀裂が生じた。
「いくら言われても、断り続ける不調法を自覚していても、アタシには、自分が重責を担えるって自信がありやせんでした」
シップクは自嘲の表情で述べる。身に余る権利など要らない。そのせいで身に余る重責まで担うのなら…。
「いつまで経ってもどっちつかず…、右にも左にも行けやしねぇ…、進みも戻りもしやしねぇ…。そんな半端具合が当たり前
になって、ソイツが心地良く…いや、ソコから抜け出すのが億劫になっちまって、アタシはずっとあのままで居る事を望んで
やした…。けれど結局…」
だがあの日、シップクは後悔した。責を負わないが故に己には何の権限も無く、目の前の家族に救いの手を伸ばす事すらで
きなかった、あの時に。
「その半端加減のせいで、いざって時に、助けてぇものも助けられなかったんでさぁ…」
半泣き半笑いの顔で、狸は首を左右に振る。
「手前の振る舞いも弁えねぇで、情けなく泣きついたアタシの願いを叶えて下すった事…、あの子を留め置いて下すった事…、
どれだけ感謝してもし足りやせん…」
悔恨を、そして感謝を語るシップクを、スナヅメは黙って見つめている。
向き合って佇むふたりの左右を、行きと帰りの参拝客が通り過ぎる。
誰も目を向けず、誰も手を触れず、ただ行き過ぎる。
立ち止まる者もないその場で、ふたりだけが変わらず留まり続ける。
「フワフワすんのはもう辞めでさぁ。皆様方が「護る」ように、アタシも一つ護ろうと決めやした。半端モンにございやすが、
せめてひとり…、「あの子」だけは…」
「その「在り方」で、本当に良いの?」
スナヅメは静かに、念を押すように問う。
「捧げられる物も無しに、ただ在り続ける事は叶わないよ。それでもいいの?」
青年狸は軽く首を振る。在り続けたいなどとは思わない。叶えたい願いは、ただ…。
「へい、結構でさぁ…。こんなアタシでも、もしあの子にとってのカミサマみてぇなモンになれるんだったら…、アタシは他
になんにも要りやせん…」
その返答を聞いたスナヅメは、下の者に対してではなく、対等の同胞へそうするように、深く頭を下げて労った。
「ご苦労様。キミが望むあの子の明日が、幸溢れた物になるように…」
微笑したシップクの着物が、両の肩口からじわりと変色する。
漆が溶けて滴り落ちるように上から色が薄れ、鉄紺色から次第に変わるのは無垢の白。
着流しに背負った円に福の印も、やがて白に飲まれ、消えて無くなる。
「お世話になりやした…」
もう一度深く頭を垂れたシップクは、真っ白になった着物の裾を翻し、かつての主に背を向ける。
「憶えているひとが居なくなっても、あの子がもうキミを思い出す事はなくても」
夕日の中、頼もしい背中を見つめてスナヅメは言い加えた。
「ボクらは、キミみたいな男が居た事をずっと覚えてる」
笑ったのか、小さく肩を揺すった白装束の狸は、振り返らずに鳥居の向こうへ歩いてゆき…。
明くる朝、ある病院の、ある病室で、ひとりの患者が目を覚ました。
身を起こすのも一苦労で、ようやく上半身を起こしても頭がぼんやりしていて、今が何時でここが何処で自分がどうしてい
たのかも判らないまま、静かな白い部屋を見回す。
ふと、窓に引かれたカーテンを見遣る。馴染みの無い景色だが、カーテンを透かす力強い朝日には覚えがあった。
―おはようごぜぇやす。手代さん―
いつもの挨拶に、いつものようにおはようを返して…。
「………」
振り向けば、そこには誰も居ない。聞こえるのは機械の電子音と作動音だけ。
個室だった。他に誰も居なかった。だが、直前までそこに誰かが居たような、馴染みのある匂いや気配が確かにあって、し
かしそれは急激に薄れて行って…。
必死になって、去り行くそれを留めようとする。思い出そうと頭を抱える。だがそれは、細かな砂が指の隙間から零れ落ち
るように、留め置けずに抜けてゆき…。
程なく、慌しい気配が早朝の廊下に満ちる空気を乱し、白衣の看護師がドアを開けて中を覗きこんできた。
そして、患者が身を起こしている事に気付き、大きく目を見開き、長い長い眠りから覚めた若者の困惑した顔を、それ以上
の困惑と驚きをもって見つめた。
― 終章 世話役・七福 錦之助 ―
焼け落ちた鎮守の森に朝日が射す。
燃え残った木々には無残な焦げ痕が痛々しく刻まれ、社も無くなって、誰も来なくなって、なおその石碑は、未だに癒えぬ
荒涼とした焼け土の上に立っている。
罅割れ、焼け焦げ、変色し、立ち続けていた石碑。
記されている内容も知られず、所以も知られず、何だったのか誰も知らないそれは、ある若人の偉業を称えた物。
若くして命を落とし、墓所も定かではなくなったある青年の、墓碑に替わる物。
素名詰神社 綱継ギ
古今十傑 七福錦之助
当時の各綱継ぎ達を相手取った「かみあい」において、五十五連勝という前人未到の記録を打ちたて、連勝を止められる事
なく夭折した若者。その偉業を称え、名と戦績を刻まれた石碑。
古く古く、永く永く、ポツンとそこに立ち続けた石碑は、不意にその亀裂を広げ、中央から二つに折れた。
ドスンと、孤影と共に重々しくも静かに崩れ落ちた石碑が、割れて砕けて破片を散らしたその脇で、活き活きと黄色く、菜
の花が一輪揺れていた。
― 終章 道一番の力持ち・林 凛太 ―
石畳の上を、車椅子のタイヤがゆっくり転がってゆく。
ずっと寝ていたせいで体中の筋肉が萎えており、リハビリ運動が日課になっている。体を起こしておくのも訓練。座位を保
持するのも訓練。中庭に出るのも訓練のようなもの。
市立病院の広い中庭、滑らかに均されて埋めてあるブロックの歩道を進む車椅子の上から横を見遣る。
背丈ほどの高さがある窓に映ったのは、車椅子に座る自分と、押してくれる友人の姿。
車椅子を押すのは逞しい黒腕。後ろから見れば押されている車椅子がすっぽり隠れてしまうような巨漢は、その重々しい足
をゆっくりと踏み出してゆく。
単に大きいからというだけではない、重々しい密度を伴う巨体の威圧感。それは聳え立った古い巨木を前にした物とも似て、
圧倒されながらも頼もしく、重々しくも厳か。
無愛想で近寄り難い。そう見えるのに、黙して佇む様からは思慮に耽る求道者のような印象も受ける。いつも不機嫌そうに
見えて、しかしその実、落ち着き払っている。
道一番の力持ち。そう評される相撲の選手なのだと、時々くっついて来るスコティッシュフォールドが得意げに言っていた。
特徴的なのは、可愛げの欠片もない、睨めつけるような三白眼。これが中に光っているせいで、本来は愛嬌が感じられるは
ずの双眸を覆う黒い斑紋は、逆に目元をぼかして威圧的に感じられる。
思えば変な出会い方だったと、最初に顔をあわせた日の事を思い出す。
「おめぇ、何処かで会ったか?」
転院してきたその日の午後、病院一階エントランス近くの廊下でばったり会ったその時、出会い頭に巨漢が発したのは、む
しろこっちが問いたい事だった。
初めて会った気がしない。だが確実に、これまでに接点は無かったはず。何せ転院してきたこちらに、祖母以外の知り合い
など居ないのだから…。
しかし最初から他人の気がしなくて、少しだけ話をした。それがその時だけでは終わらず、巨漢は時間を作ってちょくちょ
く顔を見に来るようになった。
身元引受人は独り暮らしだった母方の祖母。生まれ育った地元を離れ、北街道の病院に移ってリハビリに励む中、近くに知
り合いも居ないので、顔を見に来るジャイアントパンダと、時々同行してくる彼の友人や後輩や先輩だけが同世代の話し相手。
神社へお参りに行った後、ふと病院に来たくなった。そうしたら会った事があるような気がする顔を見かけた。…と、巨漢
は出会った日の事を後になってそう語った。
天啓とか何とか、そういう物が降りてきたとか?そう冗談交じりに言ってみたが、ジャイアントパンダは「さあな」と、い
つものように短く応じた。
口数が少なく、口調もぶっきらぼうだが、その事についてはどうとも思わない。不機嫌なわけではなく、元々こうなのだと
知っているような気がする。
人付き合いも得意そうではないジャイアントパンダが、何故自分の事を気にかけるのかは判らない。だが、今はもっとも気
安く話せる相手になっていた。
「学校、どうすんだ?」
巨漢に問われ、止まった車椅子の上で首を巡らせ、窓に映る自分と彼を見る。
「退院したら、学校に通うんだろ?」
そうなる予定だと応じはしたが、実はどうなるのかよく判らない。祖母の家に住まわせて貰う事になるので、そこから通え
る範囲の学校という事にはなるだろう。復学…という事になるのか、しかし単純に元の学校へ戻る訳ではないから編入か転校
という形になるのか、手続きやら試験やら色々と面倒臭そうに思えて、「よくもまぁサクサク移れていたものだ」と考えて…。
「…どうした?」
声を掛けられてハッとした。一瞬何かを思い出しそうになったが、何の事だったのか、もう思い出せない。
「オメェ、相撲は好きか?」
ジャイアントパンダに問われ、少し考える。胸の奥がシクッと苦しくなった。
判らない。判らないが、嫌いではない気がする。たぶん好きな方。
そんな曖昧な返答に、ジャイアントパンダは「そうか」といつものように短く返したが、心なしか、声音と言うか吐息と言
うか、声の残響のような物が嬉しそうにも感じられた。
「醒山に来い」
彼は朴訥に、そして唐突に言う。
「相撲部に入れ」
素人だけど?経験無いけど?何も知らないからマネージャーだって難しいと思うけど?そう、上を向くように仰け反りなが
らジャイアントパンダに問う。頭を受け止めた突き出た腹が、具合のいいヘッドレストのように安定させる。
ジャイアントパンダは覗き込むように顔を見つめて来た。一息吸ってフンと鼻を鳴らす巨漢の腹が一瞬膨れて元に戻る。不
満を溜めて吐き出したように。その上下逆さまの顔は、仏頂面で言った。
「相撲が好きなら、文句はねぇ」
ああ…、そうだった…。こういう事を言う男だった…。
不意に懐かしい気分になって、視界が滲んだ。
ジャイアントパンダは三白眼を軽く見開いてから、顔を上げて前を向き、再び車椅子を押し始める。
何も言わず、涙も見ず、不器用で無愛想で飾り気の無い心遣いは、不思議と覚えがあって…。
考えてみようかな。と顎を引いたら、押される車椅子が少しだけスピードを上げた。
― 終章 最初の白備え・円谷 槿 ―
「ああ良がった!居だね!」
オールドイングリッシュに呼ばれ、文机を離れて玄関先へ出ると、ホルスタインがニコニコしながら立っていた。
「はいコレ!着てみでけらい!」
ホルスタインが手提げ袋から取り出したのは、綿が詰まっているのかフカフカに膨れた布。枕か何かに見えるが…。
「こっちの寒さに慣れでねぇし、冬着も少ねぇってムクちゃんがら聞いだがら…。ドンブグ」
笑顔で差し出すホルスタインから、つられて笑顔で受け取り…首を傾げる。…どん…、え?何?どぶろく?
「「ドンブク」。この辺りの昔ながらの羽織り物で、袢纏の一種だよ。僕もこちらに来た年の冬にケンゴ君から貰った」
オールドイングリッシュが説明する。とりあえず広げてみると、確かに袢纏のような羽織り物で、綿が大量に詰め込まれて
おり、モコモコに膨れて分厚い。
「綿たっぷりへってっから、あったげぇど思うよ。オラのお下がりで悪ぃげっとも…、ムクちゃんど同じ柄のがいがすぺ?」
お下がり…と言えば微妙な聞こえになるが、実際には仕立て直された品。とりあえず一度羽織ってみて欲しいと言われ、礼
を言ってフワリと背に回し、片腕を通して…。
「丈どがなじょだいが?」
袖を通す最中にサイズを気にするホルスタイン。袖丈は大体合っている。ただ、太いのでやや余し気味。問題は、裾だった。
「…うん」
「あ~…」
大きく頷くオールドイングリッシュ。困って耳を倒すホルスタイン。こちらは羽織り終えたら一目瞭然、体も大きく太って
いるホルスタインの物を直したドンブクは、それなりに詰めてあってもなお詰め足りていなかった。腕の長さは感覚で判るが、
胴回りや背中の肉付きまではそうは行かなかったらしい。
けれどもまぁ、これはこれで…と、襟を合わせてみながら裾を翻す。ホルスタインの豊満な胴回りを包んでいた分だけ余裕
があり、裾は太腿の半ばまで達していた。余った丈で困る事はないどころか、防寒という目的からすればむしろ都合がいい。
だが、どうしてか、前にもこんな事が…、誰かから何か防寒具を貰った事があるような気がした。
「え?んで、直さねくてもいいのすか?」
気に入った事を伝えて礼を言うと、ホルスタインは柔和に微笑んで耳を倒し、房付きの尾をゆったり振った。
「んで、忙しねぐして悪ぃげっとオラもう行ぐがら」
「おや?お茶でも出したい所だったけれど…」
オールドイングリッシュにハタハタと手を振って、ホルスタインは嬉しそうに微苦笑する。
「新人賞の応募、締め切りもうすぐなんだっちゃ?終わるまではあんま邪魔してぐねぇがら」
済んだらゆっくり遊びに来ると述べて牛は立ち去る。玄関先から一緒に見送ったオールドイングリッシュは、彼の姿が見え
なくなってから「頂き物です、と報告を兼ねて神棚の前に置いておこうか」と、中に戻って神棚に向かった。
素名詰。以前気になって踏み台を運び、覗いて見た神棚の札にはそう書いてあったが、この辺りにそんな名の神社は無い。
そもそも他で目にした事も無い字面だった。だが、どういう訳か「音」に覚えがある。
すなづめ。
一体、何処で聞いたのだったか…。
神棚の下に畳んだドンブクを置き、拝んでから、ふと思った。
こうしておいたらカミサマが加護をくれたりするだろうか?暖かさにプラス補正がついたりとか疲労耐性がついたりとか?
冗談めかしてそんな事を言ってみたら、
「さあ。僕もおんちゃんもカミサマに嫌われている血筋だからね。僕らが祀る神棚に供えて、加護があるかどうか…」
オールドイングリッシュは真面目腐った顔でそんな返事をよこす。
では何故神棚を祀るのか?そんな疑問を口にしたら、彼は面白がっているように口の端を上げた。
「無いなら無いで、いい。御加護や御利益が欲しくて祀るわけじゃあ、ない」
ああ、そういえばそうか。
何だかとても納得できて、もう一度神棚を見上げる。
このオールドイングリッシュは神頼みとは縁が無い。困難も障害も自らの力で乗り越える。本人はカミサマに嫌われている
と言うが、実質、縋る必要も無いし助けも必要としていないので、困る事は無いのだろう。
「何はともあれ、冬場への対策が一つできたのは良い事だと思うよ。寒さに煩わされ難くなる分、執筆に集中できるだろう?」
それもそうだ、と顎を引く。先生が帰って来る前に、指摘された箇所の手直しを済ませておかなければ。
…書きたい物語がある。
それは、まだはっきりとした形にはなっていなくて、何が元になったのかも判っていないが、確かに、書きたい物語が自分
の中にある。
ひとりの世間知らずと、ひとりの世話人の話。
夢で見たのか、それとも家族と共に失った記憶の残滓なのかは判らないが、書きたい題材は決まっている。
オールドイングリッシュの伯父があの有名な文豪だったという幸運で、飛びっきりの師に恵まれた。この縁と運は、自分に
その物語を書くよう促しているような気がする。
「では…、そろそろ書斎にお戻り下さい「若先生」」
からかう白犬に頬を膨らませる。判ってますよーだ!と。
「もう少ししたらお茶を持ってゆくよ。君の好きな菓子を添えてね。そうしたら…」
前髪の隙間から覗いた蒼い瞳で、オールドイングリッシュはウインクする。
「休憩がてら、また物語を聞かせて欲しいな」
― 終章 「こくびゃく」・三宅 晴臣 ―
伸び伸びと草が生い茂る空き地へ、雄の三毛猫が足を踏み入れる。
目にも鮮やかな、裾に白波が躍る青地の法被を纏う中年の三毛猫は、身の丈こそ並み程度だが肩幅も厚みもあり、ふっくら
と恰幅が良い。太った体つきだが、しかし不格好とは思えず、どこか艶やかで色香が漂う。顔立ちも体格も男らしくないとい
う訳ではないのに。
春も盛り。朝も早い、空気が冷えた時刻。下穿きの裾が草露に濡れるのも構わず、三毛猫は何かを目印にしているように真っ
直ぐ歩き、草の中に一輪、菜の花が咲いている場所で足を止める。
よく見れば、そこには草陰に埋もれている何かがあった。
土台であった岩塊と、折れて落ちて砕け散った石碑の欠片…。繁茂した草の中にすっかり埋もれていたそれを見下ろし、三
毛猫は少し寂しそうに口の端を上げ、労わっているような微笑を浮かべる。
「…よっ。しばらく」
ワンカップの封を空け、石碑の土台にコトリと乗せて、屈み込んで目を閉じ、手を合わせた三毛猫は、ややあって車の音に
耳を震わせた。
顔を起こして首を巡らせると、空き地の隣、売り地の看板が掲げられた土も剥き出しの土地の前に、軽ワゴンが一台停車し
ている。
運転席から降りた胡麻塩頭の老人が、売り地の前へ移動すると、後部座席から降りたもうひとり…こちらは学生の年頃と思
える若者が、同じように空っぽの土地を前にして立った。
老人に何かを問われ、少し考えて、それから首を横に振る若者。
やがてふたりは土地を前に目を閉じ、手を合わせる。
程なく、目を開けた若者は視線を巡らせ、草むらに屈んでいる三毛猫に気付いた。
若者は数秒、瞬きもせず三毛猫を見つめた。少し驚いているような、それでいて、そんな自分の驚きを不思議がっているよ
うな顔を見せた後で、若者は真っ直ぐ空き地に踏み入って三毛猫に近付く。
サワサワと草を揺らす風の音。立ち上がった三毛猫と、歩み寄った若者が向き合う。
何処かで会った事はありませんか?
若者のそんな問いかけに、
「………」
一瞬の沈黙を挟み、言いかけた言葉を飲み込んで、三毛猫は結局「さぁ、どうだったろうな」と軽く首を振った。その瞳を
過ぎった寂しげな影にも、善き思い出を噛み締め、そして飲み下す苦悶にも、若者は気付かない。
「祭りで金魚すくいをした事はあるかい?だとしたら案外、何処かで客になってくれた事があったのかもな」
どちらにせよ、悪いが覚えていない。そう応じた三毛猫は、少し残念そうな若者に「この辺に住んでんのかい?」と尋ねた。
以前はそうだったらしいが、今は少し離れた祖父の兄の家で御厄介になっている。そう答えた若者は、けれども、ここに住
んでいた頃の事はよく覚えていないのだとも語った。
どうした事か、事件以前の記憶があやふやになっている…。そう察した三毛猫は小さくため息をついた。あの男は結局「こ
うした」のかと。
赤子の頃から傍にあったからこそ行えた事。古くからこれまでの記憶を己に関連する事と定義して、全て「持って行った」。
ぼんやりとした、幸せに暮らしていたという曖昧な印象だけを若者に残して…。
だがそれはつまるところ、もう思い出されないという事でもある。
若者は、自分が赤子の頃から傍で見守り続けた男の事を思い出さない。呼び水は絶え、二度と通じる事はない。
覚悟の上での事だと察しはつく。自分よりもこの子の事を、永劫の時の中では一瞬に過ぎないひとの人生に幸の花を添える
事を、彼は選んだのだと。
寂しくはあるが、確かにそれはそれで、この子にとっては幸せな事なのかもしれないと考え、三毛猫は「そうなのかい」と、
身の上を深くは聞かずに話を打ち切った。
「…たまに、な。この辺の神社で祭りがある時は俺も店を出してる。見かけたらよろしくな」
また会えますか?自分でも何故そう訊いたのか判らない若者は、そんな答えを貰って頷くと、保護者となった父方の祖父に
呼ばれ、会釈して踵を返す。
草の中を真っ直ぐに、しっかりした道へと戻ってゆく若者。その背を…、
「…見ろよ」
優しく見送りながら、三毛猫は微笑を浮かべる。若者が気付かなかった、揺れる菜の花の隣から。
「アンタの子が行くぜ…」
草の隙間に朝日が射して、朝露に濡れた石碑の破片が、キラリと、瞬くように光っていた。
― 終章 坂東太郎・戌井 大河 ―
「いっちばんのりー!」
砂塵を巻き上げて駆けて行く、おニューの浮き輪で武装したスピッツ。輝くビーチ。夏の波打ち際へ犬まっしぐら。
「センちゃん準備運動しないと危ないよぉ?」
呼び止めようとした巨漢の豚だったが、もはや白犬の耳には聞こえていない。
「スジカイ、手ぇ貸せ」
こちらも負けず劣らず体格がいい犬の大男から声を掛けられた豚は、追うのを諦めて先輩の手伝いに向かう。
少人数で起こせる、分解を必要としないテントを掴み、大男達は二頭で引っ張り、器用に起こす。保持が二点だけにも関わ
らず、四脚のテントを傾かせず引き延ばし、安定させたまま設置できるのは、脚を掴んでいる双方が揃ってとんでもない握力
を発揮しているおかげ。
「済みません先輩。センちゃんを止め損なっちゃって…」
「気にすんな、アレはハナから当てにしてねぇ。あれだけソワソワしちまってりゃ作業中に凡ミスするだろうしなぁ…。いや、
凡ミスすんのはいつもの事か」
「いつもソワソワしてますからねぇ」
「わはははっ!そりゃ違ぇねぇ!」
大きな体をゆすって豪快に笑う大男。暗褐色の毛色に深い黒瞳。大柄な上に逞しく肥えているため、遠目から見ると熊と間
違え易いが、垂れた耳などにレトリーバーの特徴が残ったミックス犬である。
豚も水着にティーシャツ姿だが、犬はハーフパンツ一丁で首にタオルをかけた、若干おっさん臭くも見える格好。一応どち
らも海水浴場に馴染む姿である。
大男は腰に手を当てて振り返ると、しばし堤防を見渡し…、
「…おう!ご苦労!」
やがて、堤防を越えて来る人影二つに目を止め、手を上げて位置を知らせながら歩き出す。
「スジカイ、箱からバーベキューセット出しとけ」
「はい」
豚に指示した犬が迎えに戻ったのは、相撲部の後輩二名。クーラーボックスを運んでいるふたりは、どちらも汗をかいてい
るがカワウソの方はまだ余裕がある。
犬と豚と当てにできないスピッツがテントやパラソルなど、かさばる上に重量もある品を担いで運ぶ間に、後輩ふたりは飲
み物と食材が詰まったクーラーボックスと格闘していた。
「貸しな。…よっと」
大男は後輩の前に立つと、それぞれのクーラーボックスの取っ手を掴み、ひょいっと持ち上げて浮かせ、クルリと持ち替え
て軽々と両肩に担ぐ。剛力ぶりを披露する先輩に感嘆の目を向けた後輩達は、しかし一転して力の差にヘコむ。
「時々、先輩ってボクらと別の生きモンなんじゃないかなって思う…」
頷いて同意。ずっしり重かったボックスを軽々と運んだ大男は、バーベキューセットをてきぱきと組み立てている豚の傍に
下ろす。
今日は同じ部に所属する仲の良い友人同士で、都合がついた者だけで海水浴に繰り出している。先輩が用意した大量の食材
については、「今度姫さんに会ったら礼言っとけ」との事。
昼食には流石に少し早い時間なので、先に一泳ぎする事に決め、支度した各々は海の家のロッカーへ貴重品類を仕舞い、犬
の大男の指導で準備運動…相撲部式の、素人にはややハードなアップを済ませてから波打ち際へ。
ビーチボールを手にして波間へザブザブ入ってゆくツメナシカワウソ。続いて大股にゆっくり従う大柄な豚。仲間の入水を
察知し、水飛沫を上げてバタ足で駆けつける海上の白いスピッツ(フロート装備)。狙いはボール。
「そこっ!」「遅いっ!」と交差するスピッツとカワウソ。いきなりボールをパスされてたじろぐ豚。
「やらせはせん!やらせはせんぞぅ!」
「見せて貰おうか!練習したパス回しの、アレとやらを!」
「えええ、今日はそういうネタなのぉ?」
ボールの奪い合いに興じる三頭を眺め、「へっ!稽古の時より活き活きしやがって、相撲狂いにも水遊びはまた別格と見え
らぁ」と、大男がニヤリ。
この間もサシでプールに誘って貰ったばかりなのに、と申し訳なく感じながら礼を言うと、大男は「気にすんな」と歯を剥
いて笑った。
「プールと海はまた別モンだろ?それに…」
視線が沖へ動く。つられて見遣れば、水平線からモッコリと入道雲が生えていた。丸みを帯びていて、耳のような丸い出っ
張りが二つあって、何だか狸のようにも見える。
「…バーベキューも経験させてやりてぇって、言ってたしな…」
経験させたい?誰が?誰に?そんな疑問に、大男は「あ~…」と声を漏らしながら視線を宙に彷徨わせ、鼻をポリッと掻い
て「何でもねぇ」と応じた。
「そんな事より、だ!」
ガッと肩に腕を回して来た大男は、
「遊んではしゃいで腹減らせ!美味ぇ飯が待ってんだからよ!」
やや強引に、皆の輪へ連れ込もうとする。
いつもそうだった。長い昏睡状態から目覚めた後、フラリと病院にやってきて「よう」と気さくに声をかけてきたあの日か
ら、知り合いだったかとの問いへ「いいや初対面だ、よろしくな」と応じたあの時から、このひとは自分を外へ、そして皆の
中へ、背を押し手を引き導いてくれた。
どうして気にかけてくれるのか、親切にしてくれるのかは判らない。理由を聞いても「別に」と肩を竦めるばかり。ただ、
目覚める前にもこんな先輩と知り合っていたような気がする。事件前の記憶もあやふやなのに、おかしな話だと自分でも思う
のだが…。
感謝しています。後輩からそう伝えられた大男は「へっ!」と鼻を鳴らして苦笑する。
「ま、その感謝は「半分だけ」貰っとくぜ!」
― 終章 繋ぎて守る波・入江 綱盛 ―
「気をつけろよ足元?」
混み合っている参道をゆく大男が尻尾を揺らしてまた振り返った。浴衣を羽織った恰幅が良いイリエワニは、小まめに振り
向いて確認してくる。
特大の浴衣は昨年仕立てて貰ったオーダーメイド。…と両親から聞いたが、恐竜じみた鰐は昨年よりもかなり大きくなった
のか、それとも採寸の時点でミスがあったのか、浴衣の襟はみぞおち付近まで大きく開いている。
「気をつけろよ、はぐれねぇように?でももう大丈夫か。道に迷ったりとかは大丈夫だなたぶん、はぐれても。うはははは!」
提燈で赤々と鮮やかに飾り付けられた、大きな神社の境内前。祭り客でごった返す中を、賑やかな鰐が先導して進んでゆく。
軒を連ねる露店の数々。目にも鮮やかな飾りつけ。人々の往来は活気と喜びに溢れていた。
「初めてだもんな!祭りは!ウチに来てから!」
はぐれないようにといちいち気にして振り返るイリエワニだが、追う方にしてみればそんな心配は不要。何せその巨体は人
ごみの中でも一際目立っており、見失えと言われても難しい。
やがて、イリエワニは先に来ていた黒いラブラドールや月ノ輪熊、でっぷりした虎や白黒兎を見つけて、大きく手を振って
声をかけながら合流する。
「うはは!待たせた!って、どうしたトオル?その荷物?」
「射的で運良く当てられました。…調子に乗って、予想外に大荷物に…」
「ぅや!すごかったです!パンパン、バタバタッて!」
「ふむ。狙いをつける事に関しては、相変わらず天才的だな」
「…悔しく…ねーもん…!一向に…悔しくなんか…!」
今日は浴衣姿の友人達と共に夜店巡り。揃ったところでまずは参拝して来ようと一同が歩き出すと、
「ぅや?ツナさんとお揃いの浴衣。似合ってるね」
月ノ輪熊が頭に立った一房毛をピョコンと揺らして浴衣の柄を確認して来る。
今日初めて袖を通した真新しい浴衣は、イリエワニとお揃いの柄…魚などの鱗のような青海波模様にされている。
「…ツナさんち、そろそろ慣れた?」
両脇に袋入りの景品をずっしりぶら下げ、歩き難そうにしながら横に並んだラブラドールが小声で訊ねてきた。
「いや…、夏休みに入ったから、顔合わせてる時間も長くなったろ?落ち着かないっていうか、緊張するっていうか、そうい
うの大丈夫かなって…。マモリさんもツナさんも良くしてくれてる?」
入江家の養子として引き取られてから、あっという間に五ヶ月が経った。
スパルタンな長女と騒がしい長男、今更ひとり増えた所でどうという事もない。…というのが家長の言。快く家族として迎
え入れてくれた一家に、感謝はあっても不満など無い。
姉は当初こそクール過ぎてとっつき難い印象があったものの、取っている距離は、過度に干渉されたら遣り難いだろうとい
う気遣いによるもの。きちんと家族の一員として認めてくれているようで、取り込んでいない時や暇そうな時は声をかけて来
てくれる。今では時々、レンタルしてきた映画をリビングで一緒に観たりする。大体の場合、同席した兄は途中で寝るが。
兄に関しては…口に出して説明するのも憚られるような溺愛ぶりと構いっぷり。邪魔するな、束縛するな、構い過ぎるな、
と姉が毎日のように苦言するほど。あまりのベッタリぶりに、「結婚でもする気なの?」と母が呆れ混じりにからかう始末。
ただ、兄のそんな態度は、きっと昔の事を思い出しての物なのだろうと、最近では思う。
昔、世話になった恩人に恩返しができなかった分、今度は自分が誰かのためになろうとしているのだろう。姉から兄の過去
を聞いて、そう考えるようになった。
新しい家族との生活は毎日が賑やかで、楽しくて、充実していて、アイヅの生活はのんびりしているようで所々雅で、時に
刺激的で、これ以上を望むのは贅沢過ぎると思っている。
だが時折、理由も判らず突然寂しさを感じる。まるで、ずっと一緒に居た誰かが居なくなっていて、傍にできた空っぽの空
間に戸惑っているような、説明し辛い寂しさを。だが…。
「何かあるか食いたいモン?あったら食うぞ、腹いっぱいになる前にな!」
イリエワニがドシッと肩を組んで、ニィッと笑いながら話しかけてきた。
「遊びたい店あったらチェックな先に!お!金魚すくい来てるぜ、うはは!」
寂しさを感じた時、空白を感じた時、だいたいそこに兄が乗り込んでくる。まるで、敏感に察して慰めに来るように。
登り始めた石段の先には立派な大鳥居。そこから、赤銅色の毛並みが美しい巨躯の熊が、微笑を浮かべながら一同を見下ろ
していた。
― 終章 「くりから」・暮戸 力丸 ―
「だはは!キツかったかー?」
ランニングシャツ一枚のグレートピレニーズが笑う。
どっしり重量感のある巨体を覆う被毛は、湿ってあちこち跳ねている。自分以上に汗だくで、草露に濡れている彼のシャツ
は、すっかり変色してじっとりしていたが、特に疲労している様子は見られない。
「ほれー」と放って寄越されたお茶のボトルをキャッチして、振り返って見下ろせば、すっかり綺麗になった細長い石段。
急な階段の清掃と草刈作業は重労働だったが、自分達の仕事の後を振り返れば、充実感と満足感が疲労にまさった。
山中の里を見下ろす、古く小さな神社。急勾配の長い階段周りや境内外周の手すり付近など、雑草が勢い良く伸び始めた個
所を集中的に掃除しただけだが、見栄えはかなり違っている。
「そこでちょっと休まして貰うかー」
涼しい風が吹き込む境内の隅に誘われ、柵に尻を預けて巨漢の白犬と並び、ボトルのキャップを開ける。
口に含んだ冷たい茶が、直に口腔から染み入って来るような心地良さ。ようやく作業が済んで、労働後の達成感と心地良い
疲労感を味わいつつ一息入れていると、白犬は「やっぱふたり掛かりだと早ぇじゃん!サンキューなー!」と礼を口にした。
付き合わせてしまって済まないと思う気持ちが半分、付き合って貰えた事が嬉しいのが半分。フサフサした尻尾は半端な上が
り方のまま左右に振られている。
そもそも誘われた訳ではない。白犬は朝早くにひとりで草刈りに出ようとしていた。隣の部屋の物音で目が覚めて、何をし
ているのか気になって起き出し、話を聞いて手伝う事にしたのは自分の勝手。気にする事ではないとグレートピレニーズに告
げると…。
「お前さん、そういう優しくねー言い方で優しいの、ちょっとミヤケのおっちゃんに似てきてるよなー」
と、想定外の事を言われた。三毛猫の三寸に似てきたと言われて嬉しい気もするが、しかし自分はおじさんに似ていると言
われるほど若さが無いのだろうかと、若干複雑な気持ちになる。そんな内心をきっとはかりもせず、白犬はマイペースに話を
続けた。
「今の内に一回やっとくと、梅雨明けの草刈り楽なんだ。やっとくのとやんねーのとで、葉っぱが伸びてる長さが全然違うん
だぜぃ?暑くなってからやるのも結構キツいしなー」
だから、聞いていた祭りは確かまだまだ先のはずなのに、あえてこの時期に作業したのかと納得する。
「梅雨明けは楽チンだぜぃ?てっつぁん達も手伝ってくれるし、あっという間に終わるからな!」
祭りは祭りで実行委員は大忙しだが、遣り甲斐はあるとグレートピレニーズが言う。キラキラと目を輝かせて、「コグレも
遊びに来るって言ってたし、楽しみだぜぃ!」と口にするその横顔は、夢を語る幼い少年のよう。
「あ、そういえばさー」
と、グレートピレニーズは思い出したように話題を変えた。
「神社の学校なんてあんだなー、オレ初めて知ったぜぃ?何で知ってたんだ?」
それは…、君の立場上、知らないのはまずいのでは?ミヤケさんが聞いたら呆れ返りそうな気がする…。と言うと、白犬は
「うぇ!?マジかー!?オレも押さえとかねーとダメなトコー!?」と軽くたじろいだ。
「まぁ、かーちゃんが反対しねーって事は良い学校なんだろうけど、お前さんならカッケー大学とかオシャレ大学とか頭良い
大学とか外国のカタカナの大学とか有名な大学とか大学らしい大学とか、どこでも行けんだろ?学費も心配しねーで良いって、
とーちゃんもかーちゃんも言ったじゃん?何で神社の学校行く事にしたんだー?神主さんになる勉強みてーなのするトコなん
だろ?神主さんになりたかったのかー?」
白犬から矢継ぎ早に問われて、改めて少し考える。が…。
「あ!それともウチ嫌かー!?だから遠い大学かー!?」
ろくに考えが纏まらないうちに白犬が変なことを心配し始めたので、慌てて否定しておく。
嫌なはずがない。遠縁の親戚も頼れず、身寄りがないに等しい状況になった自分を引き取ってくれた、恩人であり家族達と
過ごすのが、嫌なはずがない。
「そっかー…、なら良いんだけど…。気ぃ遣うのかなーってさ、ちょっと思った。居心地悪いとかそういうのはねーんだな?
…おうよ!ならオッケー!」
機嫌が直った白犬の笑顔を見ながら、再び「理由」を考える。
だがやはり判らない。自分が何をきっかけに、どうしてこの進路を考えるようになったのかは。
「そっかー」
目を細めた白犬の顔は、はっきりとした答えが無かったにも関わらず、何故か嬉しそうにも見えた。
「じゃ、引き上げるぜぃ!まず風呂!昼飯はシャブシャブにするぜぃ!い~ぃ白菜貰ってあんだ、でへ~!ゴマダレが良いん
だっけ?ポンズ派だっけかー?それとも、オレジキデンでブレンド行ってみるかー!?ヒデンの比率、デンジュするぜぃ!」
柵から腰を上げ、階段に向かって歩き出しながら、グレートピレニーズはふと首を巡らせ、拝殿を見遣る。
「…もしかしたら…」
ポツリと、何かを懐かしんでいるような声でグレートピレニーズは言った。
その表情は、快活で朗らかな彼にしては珍しい、普段は見られない物。時々こんな顔をする。それは、この神社に来ている
時だけ。
理由は知らない。だが、気軽に訊いてはいけないような気がして、その表情について指摘した事も、理由を聞いた事も無い。
「もしかしたらだけどさー。お前さんが勉強して神社のひとになれて、もしまたここに来たら…、その時は…」
振り向いて、ニカッと笑うグレートピレニーズ。色男とは言い難い顔が輝いて見えた。
「ようやく会えるかもな!だははっ!」
誰に?と訊ねたら、白犬は歩きながら肩越しにヒラヒラと手を振った。
「「親切なひと」に!」
― 終章 「漆福」・七福 錦之助 ―
焼け落ちた鎮守の森に朝日が射す。
燃え残った木々には無残な焦げ痕が痛々しく刻まれ、社も無くなって、誰も来なくなって、なおその石碑は、未だに癒えぬ
荒涼とした焼け土の上に立っている。
罅割れ、焼け焦げ、変色し、立ち続けていた石碑。
記されている内容も知られず、所以も知られず、何だったのか誰も知らないそれは、ある若人の偉業を称えた物。
若くして命を落とし、墓所も定かではなくなったある青年の、墓碑に替わる物。
素名詰神社 綱継ギ
古今十傑 七福錦之助
当時の各綱継ぎ達を相手取った「かみあい」において、五十五連勝という前人未到の記録を打ちたて、連勝を止められる事
なく夭折した若者。その偉業を称え、名と戦績を刻まれた石碑。
古く古く、永く永く、ポツンとそこに立ち続けた石碑は、不意にその亀裂を広げ、中央から二つに折れた。
ドスンと、孤影と共に重々しくも静かに崩れ落ちた石碑が、割れて砕けて破片を散らしたその脇で、活き活きと黄色く、菜
の花が一輪揺れていた。
そこに立っても、懐かしいとはあまり思わなかった。
道。角。並ぶ家。慣れ親しんだ風景は、つい昨日までそこで暮らしていたように、今もここで暮らしているように、全く風
化せず、記憶とズレがなく、そのままに感じられる。
だが、そこに家は無い。
自分が暮らした、両親と暮らした、生まれ育った家は無い。
残っているのは、ロープで囲まれた、土が剥き出しの空き地。通行人が投げ込んだ物が雨を受けてぬかるんだ際に沈んだの
か、ジュースの空き缶が斜めに傾いて埋まり、土埃でくすんだオレンジ色のエンブレムが斜陽に染め上げられていた。
こんなに広かった印象は無かったが、建物がないと意外と大きく感じられる。
不意に寒さを感じた。風は既に春のもので、もう全然冷たくはないのに。
傍らに、落ち着かない見晴らしの良さを感じた。身よりもなく、誰も居ないのが当たり前なのに。
首を縮めて視線を巡らせる。
家と敷地が隣接していた社は、燃え落ちたまま再建されていない。境内には草が生い茂って、そこにあったはずの公園も埋
もれ、当時の面影は全く残っていない。
焼け残った立ち木と伸びた草が茂るだけの、元が何だったのか、知らない者には判らない空き地…。
砂場は何処だっただろう?ベンチは何処にあったっけ?記憶を手繰りながら見渡すも、風景と思い出が合致しない。焼け残っ
た木々の位置がかろうじて重なる程度。どうやら、自分では憶えているつもりでも、失った記憶は多いらしい。はっきり憶え
ている事もある一方で、どうにも曖昧にぼやけてしまっている記憶や、すっかり抜け落ちてしまっている物もある。だからこ
そ、身寄りがなくなったという現実を前にしても、折れずにいられるのかもしれない。
不意に、揺れる草の中に黄色が見えて目を止めた。
目を凝らして見つめてみれば、そこに黄色い花が咲いている。
草むらに足を踏み入れ、傍に近付いてみると、緑の中に一輪だけ咲いていたのは菜の花だった。
花言葉はいくつかあるが、「活発」「元気」「豊かさ」「小さな幸せ」など、健やかな成長と幸せを願って、子供の名につ
ける事もある…。誰かから以前そんな話を聞いた気がする。だが、誰が教えてくれたのだったか、一向に思い出せない。
季節の花。いつも時期に合わせて違う花を、そっと部屋に飾っていた気がする。あれは、誰だっただろう?
屈んで菜の花を見つめていると、ふと、草の間に何かがある事に気が付いた。
細く長い緑の隙間に隠れ、半ば土に埋まっているそれに手を伸ばす。
掌に収まるほどの大きさのそれを手に取ってみると、何かが刻まれた石の欠片だった。
既に風化して浅くなって、ただの傷のようにも見えるが、刻まれているのは何かの文字…。石の破片を掌に乗せてじっと見
つめていたら、不意に思い出し、立ち上がった。
確かここに石碑があった。
周囲を見回す。草の中を探す。土台は残っていた。すぐ傍にあった。
そう、ここに色々置いた。
飴玉。煎餅。チョコレート。キャラメル。時にはアイスバーの欠片。
ここにいつも誰かが居た。
毎日顔を見た。色々話をした。昔から…、小さな頃から会っていた。
誰だった?どんなひとだ?
誰かが親のように、兄弟のように、友人のようにいつも傍に居て…。
石の破片は、石碑の欠片。
刻まれている文字は、十字…に見える。けれど違う。これは確か…。
ポタリと、石の破片に涙が落ちた。思い出せないのに、胸が締め付けられるように苦しい。切なくて寂しくて哀しくて、目
の奥が痛いほど熱をもつ。
落ちた涙が破片の表面を伝う。浅くなった文字をなぞる。見え易くなったその輪郭は、十字ではなく、「七」だった。
不意に息が止まった。
―ラッキーセブンとも申しやす。七って数字は気に入って…―
まじまじと石碑の欠片を見つめた。
七。七つの判。菜の花。
酷く落ち着かず、焦りを感じる。大切な事を忘れている。
あれは、誰が…?誰が言った?それは、自分にとって大切な誰かだったはず。間違いなく傍に居た誰かのはず。
―ホントの苗字も「七の福」と書いて「ななふく」で…―
「…………………シッ…プク…?」
思い出した。その途端に、意図せず口から彼の名が漏れた。
サァッと、風が草を揺らす。
吹き過ぎるそれは、何故か自分の周りを避けてゆく。
まるで、背後に誰かが立っているように…。
ハッと振り向けば、そこに白装束の男が立っていた。
白い月のようにも白い雪のようにも見える、白一色の着流しに羽織り。帯も白く、雪駄の鼻緒も白く、どこもかしこも曇り
ない白は、まるでこの世のものではないような清凉さ。
それを身に着けているのは、和装が良く似合う、どっしりした体型の青年狸。
「どうして…?」
狸はしばし顔を見つめた後に、胸の前に上げた自分の両手を見下ろす。
「アタシは…、夢でも見てんでしょうかね…?」
もう一度顔を上げて確認する。そこに、救いたかった、幸せになって欲しかった、何処の誰よりも愛おしい子が、涙を流し
て立っていた。
その手には、涙を吸った石碑の欠片。
名を刻み、この世に留め置いた要石。
土が蹴られる。草が揺れる。胸に飛び込んできた相手を驚いた顔で、しかししっかりと受け止め、その静かな泣き声に戸惑
いながら、青年狸はやがて察し、その両腕をそっと背に回して抱き締め返す。
捧げ物があった。
たったひとり分でも、それは確かに、他の誰に向けられた物でもない捧げ物だった。
「アタシは…」
幸せを願った。
だがそれは、自分が欠けては成立しない幸せだった。たった今、本当の意味で願いは叶った。
「…どうやらまだ、手代さんのお傍に居て良いようでさぁ…!」
風が吹いていた。
ふたつ抱き合う影を包んで、ゆるく、あわく、やさしく、あたたかく吹いていた。