変化の兆し
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たくさんの方に読んでいただき恐縮です。日間・週間ランキングに入りました。ありがとうございます。
ようやく彼ら関係にひびがげふん。変化の兆しが。
ラブが始まるのかなと思いきや、多分アルベルは明後日の暴走を始めるかと。
他の二人も動き出します。
後日、意気揚々とお父様が娘の手作りしたくす玉を胸からぶら下げて、登城したとセバスからきいた。
やめて! とても痛い! いくら素材が高級でも所詮紙!
お父様が登城するときのスタイルは御胸から腰の近くまで燦然と輝く並んだ勲章。それと一緒にぶら下がる娘手作りの素人丸出し工作品なんて!
お父様は今代の貴族の中でも武官としても文官としても優れているスーパーマルチな公爵様らしい。魔物の大量発生や、近隣国の小競り合いをおさめに赴くこともあれば、国内で発生した飢饉や災害、犯罪の対策を練ったりもする。お父様は政界でも大変顔を大きくしているが、それは公爵という肩書だけでなく、裏打ちされている国の立役者としての実績があるため王族からの扱いも丁重になっているということだ。
本当になんでアルベルティーナをみすみす誘拐させたのかな? 王家、迂闊すぎ?
しかもラティッチェ領は、現在美食と芸術、そして流行の最先端をいく超技術都市。
第二の王都と呼ばれているらしい。ヒキニート娘には分からないが、お祭りがあると国中どころか近隣国からすら観光客が押し寄せてくるという。
昔は知らないけど、お家でラティッチェの財政を学んでいたキシュタリアと一緒に聞いたから鮮度抜群、虚偽なんてゼロ間違いなしのはず。
キシュタリアは「僕が学ぶものだから、アルベルは大丈夫だよ」と苦笑していたけど、正直街の発展速度に建築とか道路整備間に合ってない? 私の有り余る財産という名の賠償金とお父様からのやべえお小遣いの積み立てから街道整備と近郊住居や商店街の整備をお願いした。無計画にやると、後が大変だもの。あと街中の清潔を保つことと上下水道の整備はサボったらお父様に言いつけてやると脅して含めた。
不潔や異臭は許さないとキツクいった。他の上下水道の整備がないところもやれ! と命令しておいた。アルベルちゃんは病気なんて嫌です。
人が増えると街中での自然浄化作用は非常に落ちるし、不潔になると感染症が起きやすい。前世で云うとペストとかが有名どころよね。あんなのもの流行らせてたまるものですか、お父様の領地で。病魔はメギル風邪でお腹いっぱいよ! 予防が大事!
サンディス王国には衛生管理と病気の関連性なんてまだ解明されていない。だが、お父様はあっさりと頷いてくれた。娘にはダラ甘でもきっちりしてそうだし、綺麗好きそうだもの。不潔より清潔がいいわよね。
お金足りるか心配だったけど、今のラティッチェ財政にしてみれば大したことがないとのこと。非常に豊かなので、国内からの移民も多く働き手も多いんだって。好景気万歳だが、他の領地ではそんな余裕ないんだって。
うおお、原作のアルベルティーナがでかい顔をするはずだ。左うちわにも程がある。
私のフォローをしてくれるキシュタリアや、何でもこなすスーパー従僕ジュリアスがいない日々は平和で、穏やかで――とても寂しいと思ってしまう。
アンナやラティお母様と、新しい従僕のレイヴンはいるけれど、見慣れた二人が傍にいないのは物足りないというものだ。
その分、ローズブランドの新製品の開発にいそしんだり、小麦粉を加工する製麺技術を作り出したり、食事事情を一層豊かにしようといそしんだ。
うちの国、小麦を沢山作ってもパンみたいに焼くことしかしてないんだよ? 勿体なくない? パンもテーブルロール系のどシンプルな丸パンか食パンみたいなのばっかり。バターロールとクロワッサンとブリオッシュみたいなバターとお砂糖マシマシなものがない! キッシュみたいな総菜パンもない! 唸れ! 私の前世知識!
今まで私の我儘を粛々と受け入れてきたシェフたちは、むしろ私のオーダーに闘志を燃やして挑戦している。最初は絶望に染まった死刑囚みたいな顔していたのに。いや、死刑囚なんて見たことないけど。
他にも小麦の種類を厳選し、うどんやパスタを作り出した。パスタもスパゲッティからペンネまでなんでもござれ。次は卵麺でラーメンを作りたい。
だが、しかし――私が本当に探しているのは米である。ライスである。白米大好き日本人。
タイ米系のぱさぱさお米ではなく、ジャポニカ米系のもちもち系のお米を探している。
お米も麺やお餅に加工できるし、なにより元日本人としてはソウルフードを求めてしまうのは致し方ないだろう。
キシュタリアに次来るときに、とびきりのご馳走を用意すると大見栄切ってしまった手前、妥協は許されない。頑張るのは主に公爵家お抱えのシェフたちだけど。
料理人たちは我儘娘に振り回されて大変だろうなぁと厨房をのぞいたら、レシピ原案を拳と拳との会話で奪い合っていた。
レイヴンは「話し合いは無理でした」とあっさり告げた。
レイヴンは浅黒い肌に黒髪と黒い瞳の、ちょっと異国の血を感じる彫りの深さを持った少年だ。私より少し年下なのだと思う。顔立ちはととのっているけど、鋭さのなかにまだ幼さが残っている。そして、身長も私とあまり変わらない。大きい男性は苦手なので有難い。でも、散歩中に足元に何か虫が落ちてきたら、さっと私を抱え上げた。見かけは年下だが、かなり力持ちっぽい。
なんなの? 私の従僕は私を持ち運べることが必須条件なの?
そのままぐるぐるしてーっていったら、そのままやってくれた。レイヴンは良い奴である。ジュリアスは絶対とまではいかないけれど、めったにやってくれない。周りに人目が一切なく、私も安全だと彼が納得できる場所でなら片手で数えるほどだがやってくれたことがある。
レイヴンはジュリアスより寡黙ではあるものの、まだ幼いということもありからかいがいのある少年だった。レイヴンはからかわれているのも理解していないのか、黒髪に花を挿されてもきょとんとしていた。とても可愛かったので、今度は花冠でも乗せてやろう。
キシュタリアは学園生活をどのように過ごしているだろうか。
もうすでにヒロインといちゃついている時期だろうか。キシュタリアルートであれば、そろそろ互いを意識し始める時期だろう。
まあ、それ以外ならキシュタリアはいろんなご令嬢と浅く広く交友しているのだろう。そろそろあの子も婚約者とかできていいはずなのにのらりくらりとかわしているみたい。
好きな子ができたとしても、お父様の許可を得ないと難しいのもあるかもしれない。
お父様、ちゃんとキシュタリアのお嫁さんを考えているのかしら? 将来の義妹はちゃんと仲良くなれる子がいいわ。
レイヴンとアンナとラティ母様にそう零したら、みんな曖昧な笑顔で誤魔化された。レイヴンは首をかしげていた。やっぱりかわいい。
お父様には絶対いわない。そんなこと云ったら最後、一生涯、私におべっかを貫き通さなければならない弱みを握られた哀れな女性があてがわれそうだから。
お父様の愛情は、時折斜め向こう側なのだ。
ちゃんとした縁談になるか、お姉ちゃんは心配なのです。
そういうと、誰しもが思っていても目を背けていたのだろう。お茶会が御通夜ムードになった。ラティ母様のいるところで言うべきではないのかもしれないけれど、ラティ母様は首を振った。
「あの子も、ラティッチェ公爵家に引き取られ、次期当主として育てられた身です。
婚姻が政略的なものだとしても、理解しているでしょう。
・・・・・・・・むしろ気になるのはもっと・・・」
もっと? なに? もしやキシュタリアに私の知らないところで青春的な展開があるのかしら!? お手紙ではヒロインとイチャイチャパラダイスの気配はないのよね・・・ミカエリスも。ジュリアスは事業のお話とお小言が多い。これじゃルートが分からない・・・
かわりにジブリールが大変うざいブスがコバエのように飛び回って、きりがないと手紙でそれはそれは丁寧にオブラートに包んで伝えてくれた。やはり彼らはモテるらしい。そして、まだ婚約者のいないキシュタリアやミカエリスは、ご令嬢にとっては優良物件過ぎて毎日が戦場のようらしい。パーティなんて特に防波堤役を求められるジブリールはなかなかに辟易しているという。あとジュリアスもその有能性と知的な美貌で色々噂があるんだって。何それ気になる。
じいっとラティお母様を見つめると、苦笑してそのまま紅茶を飲んで言葉も飲み込んでしまったお母様。その顔は大きな息子がいるとは思えない大輪の美女っぷりだ。
お母様が初めてラティッチェ家に来たときは、日陰というか借り物の猫というか、身を縮めて気配を押し殺していたような人だった。
だけれど、今はラティッチェ公爵夫人として社交界に様々な旋風を巻き起こす、ファッションリーダーである。
幸い、ラティッチェには私の我儘の副産物で珍しいものがゴロゴロしている。
お母様が纏ったものや使用している物は高確率で、流行となるのでおかげでうちの財政はウッハウハだ。ジブリールも協力して、ローズブランドの流行を牽引してくれる。
ジブリールをとても可愛がっている私は、よく新製品を送っている。
もちろん、キシュタリアやミカエリスやジュリアスにも送るけど、やはり選ぶのは女性ものが楽しい。華やかであり可愛らしいものが多いもの。
デビュタントからマダムまでお任せのレディスファッション。ここにない流行はないと云われるローズブランド。
お陰で資金潤沢でし放題です。
最近は男性の宝飾品にも力を入れて、タイピンやイヤーカフス、騎士の剣などにさげるアミュレットや根付。基本、私の作るデザインはお父様、キシュタリア、ジュリアス、ミカエリスをイメージして作ることが多い。具体的なモデルがいると作りやすいのだ。
季節は巡る。キシュタリアやジュリアス、ミカエリスとジブリールから手紙が来る。
学校生活のこと、互いのこと、王都のこと、さまざまな情報がつづられている。
長期休暇には帰ってくるけど、基本王都にいるので私は置いていかれた気分だ。
何故って?
「ア、アルベル? どうしたの、そんな顔して?」
「また、まーた背が伸びましたわね!」
そんな気はしていたの! ちゃんとしたヒール付きの靴を履いても、視線が明らかに上になってきた気はしていたの。
一番背が高いのはミカエリス。その次にジュリアスとキシュタリアと続いている。
ミカエリスに至っては領地に魔物が出やすいこともあり騎士や武官向けの授業も行っており、本人も日々鍛錬にいそしんでいるのだろう――明らかに以前あった時より、体の厚みが増している。
ジブリールは幸い大して視線の高さが変わらなかった。
「貴方がたばかりすくすくお育ちになって・・・っ」
思わず目つきを険しくさせ、扇を握る手が白くなるほど力を込めてしまう。
私の身長も少しは伸びたけど彼らは伸びすぎではございませんこと?!
「・・・・アルベル様も育ったと云えば育ったと思いますけど」
ジュリアスが憮然とする私に呆れたように云った。
いいえ、貴方がたに比べたら些細な変化でございます!
かつては美少女もかくやといわんばかりだった美少年は夢の跡ですわ! もうドレスが似合わないではありませんか! キシュ子もジュリ子もミカ子ももう無理ですわ! 完全に仮装大賞になってしまいますわ! ひっそりとアンナと考えていた野望が潰えました! お母様も笑って許してくださって、あとはドレスのサイズ合わせだったのに!
まさかこんなに背が伸びるなんてー!!
狙ったの!? 態となの!?
私の身長は頭打ちになってしまったというのに!
「殿方ばかり・・・っ! 貴方がたばかりずるいですわ!」
嫉妬でキィキィとヒステリーを起こす私はジュリアスにつかみかかった。
おのれー! すくすく育ちおって! ますます差が広がっている!
しかし、ジュリアスは私が肩をゆすろうとしてもびくともしない。え? あれ? 足に根っこでもはえているの? 一番ほっそりして見えるから、ジュリアス位ならいけるとおもったのに・・・ヒキニートは従僕一人の肩をゆすることすらできないの!?
そういえば、このスーパー従僕は元祖アルベルティーナの手下で、汚い仕事だって押し付けられていた。そんなところでもマルチな才能を発揮していた。
精一杯押しても引いてもびくともしないジュリアス。だからこの男の体幹はどうなっているの!? 私の焦燥や苛立ちを感じ取ったのか、それはにこやかなジュリアス。
腕がプルプルしてきた。辛いでござる・・・・心も辛いでござる・・・
ぐぬぬ・・・ではキシュタリアはどうだ!?
方向転換してキシュタリアに突撃した。急に標的になったキシュタリアはきょとんとしたけど、私がやはり押したり引いたりしようと肩をゆすってくることに対し、最初は意表を突かれたのか一瞬ぐらついたけどすぐに平然となる。
弟からなにか微笑ましいものを見るように、生暖かいまなざしを注がれ、非常に私の心は荒んだ。
公爵子息なんて体を鍛える必要あるの!? ある・・・あるわ。たしかにキシュタリアは魔力が大きいことで引き取られたけど、お父様は文武両道の方。当然、後継であるキシュタリアに同等を求めてもおかしくない。領主がいざとなれば、魔物や賊の退治の指揮を執り最前線とはいかなくとも、戦場に立つことはあるもの。
というより、お父様って強すぎない? セバスが云うにはゲンスイなんだって。
へー。
・・・・・・・・元帥!?
それって国の軍事力を担う人で一番偉い人だよね!? なぜあの父が!? え? 王様以下省略がものすごく戦争とか指揮や軍略的なものがへたくそ? 戦死とか年齢的なものとか、病死とかでお父様しか残っていない? 背に腹が変えられないから・・・・アッハイ・・・そうですよね。国がつぶれるか、やべー奴だけど仕事もやべーくらいできる奴を国軍トップに据えるかの究極の選択。国を選んでこうなってるって?
そりゃあ、お父様がでかい顔をできるはずだ。スペアがいない。忙しいはずだ。国防全般がお父様の指揮らしい。
公爵としても政治家としても軍人としても立場が強すぎる。何その糞チート。これは本家アルベルが以下省略なはずだ。
怖いからもう考えるのやめよう。アルベルちゃんは脳みそからっぽで生きたい。
それはともかくキシュタリア! あの可愛らしかった美少年が! なぜにこうなった!?
あんなに可愛かったのに、こんなに可愛くなくなってしまって!
やさぐれて、その胸板をぺちぺち叩く。おのれ! おのれー!!
微笑ましいものを見る目で私を見るな!!! 私イズ姉! ビッグシスター!
最後に残ったのはミカエリス。
この胸筋なんて、もしかしたら胸囲が私よりもあるのではなかろうか。
確か、学園でもずば抜けた剣技を有しており、剣技を競う大会や騎士同士の親善試合など武勇においては右に出る者はいないほどだという。確か、ゲームではそういう設定だった。なるほど頷ける。筋骨隆々とまではいかないが、鍛えられた体をしているのが服越しでも分かる。
悪役ながらに大変けしからんボディラインを誇っていたアルベルティーナである。現在成長途上のボディラインはアンナとラティお母様たちと絞り込んでいる。けして、悪いはずはない――ないけど、何かしら!? 質量的に負けてない!?
「ま、負けませんわ・・・」
ミカエリスの逞しい胸板にしがみつきながら、精いっぱいの負け惜しみをつぶやいた。
当然パットなど入っているわけがない。まあ、レディのように寄せ挙げて谷間を作って見せる必要なんてないものね。
なんかやけにバクバク心音が速い気がするけど、大丈夫なの? ちらりと顔を上げてミカエリスを見ると、ルビーのような瞳が熱心なほどにこちらを見ていた。
な? なに? やはり乱暴すぎた? 挙動不審過ぎた? 呆れられた?
離れようとしたのだが、ふと後ろに下がれないことに気づいた。腰に誰かの手が回っている。誰のとか、流石に色々と疎い私でも分かること。
外してくださらないかしら? うごうごと身じろぎするが、するりと背中に手のひらが添えられてむしろ抱き寄せられた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はい?
内心、先ほどの下らない怒りが吹き飛んで、なんでこんな状況となったのか混乱した。ふわふわとまとまらない思考に支配される。顔に熱が集まるのが分かる。
微笑を浮かべ私を腕に囲うミカエリス。その視線は、なんといいますか・・・その・・・それ以上にこの体勢ヤバくない!? いくら幼馴染とはいえ、再会の場所とはいえ、私からグイグイ絡んできたとはいえー!?
え? え? なにどういうことー!?
事案でござるー! 殿中でござるー!? ミカエリスがご乱心でござるー!?
「失礼します」
ばちん、と良い音を鳴った。
私の腰にも軽く衝撃が来たが、どちらかといえば振動である。
まるで植物の蔓でもとるように、べりっべりっと私に伸ばされていたらしい手――というより腕を剥がすのはレイヴンだった。
私をミカエリスから救出したレイヴンは、そのまま私の背を押して少し離れた椅子に座らせた。
考えの読めない漆黒の瞳が、ひたりと見据えられる。
「アルベルお嬢様、親しい方とはいえ男性にみだりに触れるのは淑女のすることではありません」
それ言われると痛い。確かにその通りだ。
レイヴンがいてくれてよかった。
「そ、そうですわね。失礼いたしましたわ、ミカエリス。キシュタリアも、ジュリアスもごめんなさい・・・子供じみた八つ当たりをしてしまいましたわ」
熱を持った頬を抑え、しどろもどろで言い訳をする。
そもそも、この三人にはすでにお父様が婚約者を手配している可能性は十分あるのだ。私が知らないだけで。
私の遊び相手だから、もしかしたらと思うことも全くなかったわけではない――だけど、お父様の様子を見る限り完全に『玩具』という位置が近い気がする。婚約者候補には至っている気配はない。
そもそも、私は既に体に傷を負い、令嬢としての役割がない――果たすことができない。
平民ならいざ知らず、上級貴族でも王族に近い血筋の私が、消えない傷を持っている。それは私の落ち度でなくても、体にあってはならない傷跡がある時点で価値がないのだ。少なくとも、真っ当な令嬢としての価値はない。この国ではそうなのだ。
お父様が私をこんなにも甘やかしながら、ラティッチェに閉じ込めてけして出さないのは周囲から私を守るためでもある。同情のふりをした中傷と嘲笑の的となるのは解りきっている。
絢爛なほどに華々しいお父様。唯一にして最大の欠点が私だ。
おそらく、お父様は私に結婚をさせる気はないのだろう。
本当に役立たずな一人娘である。
そんな事実を今更思い出し、怒りも羞恥心も消え失せた。ひゅうと冷たい風が心臓に吹き込んだ気がした。
立派な貴公子然とした三人。
キシュタリアは名実ともにラティッチェ公爵家次期当主。第二のお父様といっていいくらい成績優秀なのだ。社交も魔法も剣術もなんでもできちゃう自慢の弟。自慢できる相手が少ないのが残念。アンナ曰く、キシュタリアの婚約者候補は絶え間なさすぎて、ラティお母様どころかお父様もげんなりしているんだって。すごすぎ。
ミカエリスはとにかく強い。その剣豪っぷりは王都で行われた大会でも発揮されているらしい。らしいというのは、出入りの商人が話してくれて聞いたから分かったことだけど、その赤い髪と瞳から紅伯爵とか薔薇の騎士とか言われて、老若のご婦人から秋波を送られているとか。
ジュリアスは使用人だけど、その辺の貴族なんて目じゃなくらい優美な振る舞いなのよね。超一流の使用人だからこそできることだけど。ものすごく頭もいいし、眼鏡をしていても分かるくらいはっきりとした美形。ローズブランドをはじめとする事業を回す辣腕は、方々に轟いている。
それに比べ、私は変わり映えのしない自分に少し嫌気がさす。
思わず暗くなりかけた思考に、ひょこりと鮮やかな赤毛が入ってくる。
「アルベルお姉さま、私はどうですか?」
「もちろん、今日も絶好調に可愛いわ。凄く可愛い。世界一可愛いわ、ジブリール」
流れるようにジブリールを称賛する言葉があふれ出す。
燃えるような赤毛に赤い瞳。細い顎に収まるパーツは繊細で可憐。白い肌にピンクのぷるぷるの唇、小さな鼻。ゲームのヒロインなんて目じゃない可愛さだ。
くりくりとしたぱっちりおめめが私を見ている。
ああ、もう! 本当に可愛いわ! 見ているだけで幸せ! テンションが上がるわー!
「ありがとう存じます。うふふ、嬉しゅうございます。今日もお姉様はとても美しくあらせられますわ」
ギュウと抱きしめた体は柔らかくしなやかで、何より華奢だった。ああ、なんて可愛いのかしら! ジブリールは!
甘いフレグランスが淡く薫る。それはローズブランドの香水だった。ジブリールに似合うよう調香させた薔薇をベースにした華やかで甘い香り。
ジブリールとミカエリスの瞳の色はよく似ている。さすが血のつながった兄妹であるというべきか、あの宝石のような艶やかで鮮烈な輝きは彼ら以外にみたことがない。
同じ色の瞳だというのに、ジブリールの目を見るとたくさん構って、たくさん褒めてあげたいという愛おしさがこみあげてくる。
先ほどの動悸を誤魔化すように微笑んだ。私はジブリールに新作のローズブランド商品を案内する。これが似合いそうだとか、ジブリールをイメージしたドレスとか。
そんな私の姿を、後ろの彼らがどんな目で見ているなどと知りもしないで。
ただ、ミカエリスが珍しくからかってきた。
そうだと思っていた。
だって私は『アルベルティーナ・フォン・ラティッチェ』なのだから。
いくら表面上に友好でも、どこかでそれはあり得ないと思っていた。
それはミカエリスに限らず、キシュタリアや――ジュリアスにも。
現実を見れば見るほど、自分は普通の幸福など縁遠く、歪で堅牢な公爵家で大人しく生きていてもその破滅はいつ来るか分からないと怯えていた。
子供でいられる時期がもう過ぎようとしている。
背けていた恐怖の未来。ずっと物語通りになるものかと、全力で避けていた。避けていても『アルベルティーナ』の身の上は非常に複雑だった。
大団円があったとしても、その中に自分は含まれる可能性はあるのか。
そのためのルートもフラグも、ゲームと違って分からない。やり直しもできない。
心の中で、ずっとずっと――叶わない未来に憧れて、諦めていた。
私が『アルベルティーナ』と理解した時から、蓋をして閉じ込めたモノを『誰か』が抉じ開けようと虎視眈々と狙っているなんて気づきもしなかった。
読んでいただきありがとうございました(*- -)(*_ _)ペコリ
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