元日本人はお風呂がお好き
お付き合いありがとうございます(*- -)(*_ _)ペコリ楽しんでいただければ何よりです
私の熱が下がったころに再び会ったあの赤毛兄妹は、完全にツヤサラの美少年美少女として復活を遂げていた。
私のお古のドレスをニコニコと裾を持って喜んでいるジブリールを、ミカエリスは穏やかな目で見守っている。目の保養だとニヨニヨ眺めていたら、ミカエリスと目が合った。最初あった時の警戒心の強い目とは違い、ほんのり目元を染めて微笑し、素早く綺麗な一礼をして見せたのは流石伯爵子息と云ったところだ。
ジュリアスに調べさせたら、やっぱりというか叔父夫婦に滅茶苦茶いびられていたらしい。彼らのお母様は病床の夫を庇いながら、常に子供たちを守るのは難しく、ジブリールは年の近いいとこたちにドレスやアクセサリーを軒並み奪われてしまったそうだ。
そして、なんとかドミトリアス夫人の機転でラティッチェ公爵家の庇護を受けることとなった。夫人も同行したかったが、ドミトリアス伯爵の病気はますます悪化し、夫をみとる覚悟をきめて田舎で療養の付き添いをしているという。
で、現在の問題はその叔父夫婦。
魔王お父様にドミトリアス家から払い出され、それでも甘い権力を啜った経験が忘れられず、当主夫婦には徹底的に蛇蝎の様に嫌われ、接見禁止。そこで目を付けたのはつい最近まで虐めていた子供たち。
自分たちの娘とも年齢近いし、次期伯爵と結婚すれば事実上自分たちが伯爵家という凄まじい脳みそお花畑理論を展開した模様。猛烈にあの二人――というより、ミカエリスに付き纏うようになった。
と、いってもお父様の城であるラティッチェ邸には入れるわけもない。お父様は私に毒虫を寄せ付けたくはないのだから当然のこと。
しかし、ヒキニート令嬢の私と違い、意欲的かつ精力的に次期伯爵として学ぼうと奮闘するミカエリス。週に一度は、父の病気がよくなるように教会にお祈りしに行く。それ以外にもお屋敷から出ることもあるのだが、その彼に徹底的に付き纏うようになったのだ。ちなみにキシュタリアからのタレコミ。
なんでも、自称婚約者までしゃしゃり出てミカエリスには居丈高に甘ったるく「婚約者なのだから!」と嘯いて近寄るのだが、その妹は見下して冷遇しているらしい。
キシュタリアは「あんな下品なもの見ないほうがいいよ」と諭してくるけど、可愛いジブリールを扱き下ろすとはいい度胸だ。その面拝んでやろうじゃねーの。言っておくがジブリールは可愛いぞ! 超絶可愛いぞ! 私のローズブランドと公爵家の金銭を湯水のように使って磨きまくったからね! ジブリールを着飾ることに熱中しまくっていた頃を思い出す。使用人の年収相当以上のブローチやネックレスに、無邪気なジブリールはキャッキャと女の子らしくはしゃいでいた後ろで、ミカエリスがおろおろしていたのは無視した。
「頂けません、アルベルティーナ様」
「あら、どうして? このロゼカラーのペリドットやガーネットのブローチなんてジブリールにとてもよく似合うと思うのだけれど」
「似合う、似合わないの問題ではなく・・・余りにも高価すぎるのです」
なんて謙虚なのだ。うちのドーラなんぞ、年季だけが取り柄なくせにえらい態度デカいぞ。反面教師としていいけど、あれは一人いれば十分すぎる。それはともかく可愛いは正義という言葉を知らないのか、この隠れシスコン。
安けりゃいいのか。そんなわけでアルベルお姉さんは考えました。可愛いジブリールにお堅い兄に突っ返されない、綺麗で高価じゃない貢物げふん、プレゼントをする手段を。
宝石の代わりに色ガラスや、某ブランド品のような超高透明度のガラス、屑石と呼ばれる宝石を加工してそれっぽくしたものを作ればいいじゃないか。小さい宝石を固めて集めて大きいものに見えるようにすればいいじゃないか。
確か色ガラスはクロムとか少量の金属を入れれば変色させることができるはずだ。
レッツゴー工房。交渉はジュリアスに丸投げだが、できる従僕はサクッと職人を手配してくれた――というより、工房ごと買い取って事業を起こし始めた。やりすぎじゃないの? と私は困惑したけど、無言でキシュタリアに首を振られた。
「アルベルが興味を持って発言した時点で、もうこうなるのは決定していたと思うよ」
最近姉と呼んでくれないキシュタリアは、微妙なお年頃なのだろうか。
同じ年でも、ちょっと生まれたのは私が早いのに。しっかりしているのはキシュタリアだけど。ときどき、貴族の令息たちだけの社交場とかにも顔を出しているのを私も知っている。なぜって? ドーラが「分家のキシュタリア様でさえできているのにアルベルティーナ様は」と嫌味ネチネチで云ってきたから知っている。アンナが頭文字Gで始まる不浄の申し子でも見るような表情でドーラを見ていたのですぐに嫌味はとまった。私と二人きりのときにネチる女なのだ、ドーラは。実のほうのお母様と幼馴染とか乳兄弟とかきいたけど、ほんとに仲良かったの? ドーラからきくクリスティーナお母様の話ってすごく嫌味フィルターかかってない? あとで、ジュリアスやラティお母様に「ドーラに近づいてはダメ」とメッされた。そのあとドーラの姿を見なくなったので、それとなくキシュタリアに聞いたけれどニコリと可愛らしい笑みでかわされた。解せぬ。ジュリアスに聞かなかったのは、あれは出来る侍従過ぎて、怖かったからだ。お父様に言いつけるまでもなく完全犯罪をやりそう。
ドーラは嫌いな奴だけど、クリス母様を知る数少ない人物がいなくなるのは惜しい。お父様視点だけでなく、他の人から見た母様も知りたいのに。ブチブチと文句を垂れていたら、ジュリアスは困った顔をして「それだけでアレを野放しにしていたのですか?」と云われた。
それ以外になにがあると? 嫌味は多かったけど暴力はなかったから、うん、まあ。躾というか、マナーは厳しかったけど。反面教師にはなったよ。あれが二人いたらぐれてたけど。
若干憮然としていたジュリアスであったが「他にお嬢様に気がかりな態度をとるものがいたら、今度から私の一存で排除させていただきます」とやけに綺麗な笑顔で云われた。キシュタリアの誤魔化しスマイルを思い出す、やけに完璧なそれ。もしかして、うちの従僕って腹黒いのだろうか?
そんなやり取りがあった時期、まず屑宝石を密集させて大きく見せるなんちゃって高級ジュエリーは出来上がった。土台のデザインが難航したけど、敢えて反射やきらめきの強い素材を使うことによってさらに宝石を大きく見せるなど、試行錯誤を繰り返した。ジュエリーさながらの輝きをもつ高級ガラスは開発された。それらは大きな宝石の購入は難しいけど派手なお洒落をしたい下級~中級貴族に爆発的に売れた。カラーガラスのアクセサリーは、恋人や伴侶の色を取り入れるのがトレンド! とお母様に宣伝するようにお願いしたらそりゃもうバカ売れした。カラーガラスは安価だが、ビジューやライトストーンとして大胆にドレスに取り入れこの世はガラスラメ大装飾時代と化した。ついでにスパンコールも開発し、ビーズアクセサリーも制作し始めた。ローズブランドは予約殺到で、すでにドレスが数か月どころか数年待ち状態なんだって。
この世の文明開化が強行軍状態だけど、後悔はしていない。
このお金でおっきいお風呂を作るんだ! ミカエリスのいたドミトリアス領は、変なにおいのする山にお湯が沸く場所があると聞いた――すなわちそれは温泉が出ていると! 美容や健康をイマイチわかっていないミカエリスに必死に猛烈アピールして、その場所に保養所やスパを作らせて欲しいと頼み込んだ。来たばかりのころはやせっぽっちだったミカエリスとジブリールは、すっかり子供らしい健やかなふくよかさが戻っていた。グルメ女王アルベルティーナの我儘三昧に振り回され続けていたラティッチェお抱えのシェフたち。おかげで国一番どころか大陸一番の美食の聖地と呼ばれているラティッチェでも、最高峰の美食の桃源郷と云われている。楽園はここにあったらしい。すみません、食いしん坊お嬢で。
そんなこんなで、温泉の素晴らしさを一生懸命に訴えかけていると、ようやくミカエリスは折れた。
「他でもないアルベルティーナ様の頼みです。一度、公爵に掛け合ってみます」
ミカエリスは滅茶苦茶怒られた。お父様に。
お父様はクスリでもキマってるんじゃないかという顔で「アルベルティーナがしたいというのだから、何故しない!?」とブチ切れていた。ごめん、うちのお父様は娘のおねだりに弱いどころか命かけても叶えるタイプなんだ。
鶴より響くアルベルの一声である。
いざゆかん、温泉地の開拓へと愛娘からのエールを受けてノリノリ過ぎるお父様にドナドナされていくミカエリス。
あとで聞いたが、その足でまだかろうじて生きているドミトリアス伯爵から開拓権をもぎ取り、大きなスパリゾートを金の力で作り上げた。私は「アルベルちゃんも温泉いきたいナ☆」と可愛い子ぶってフリーパスをもぎ取った。ついでに、ラティッチェ領からドミトリアス領までの道の舗装もしっかりお願いしておいた。馬車でお尻痛くなりたくない。
お母様が他所にお茶会にちょっと行くならともかく、遠出するときはかなり憂鬱そうだもの。最高級のはずの公爵家の馬車ですらそんだけ辛いってどういうことなの。
試しに隣町まで乗せてもらったらとんでもなくお尻が痛くなった。取りあえず座るところにはしっかり綿詰めて、バネ入れて、車輪はゴム使って衝撃吸収――ってゴムがないのでジュリアスにゴムの木でもゴム系動物でも鉱石でもいいからこんなかんじの! と探してもらった。スーパー従僕過ぎて、こき使いまくりだ。大変申し訳ないジュリアス。
ごめんねというと、とても楽しいので別にいいとのこと。わあ、すごく社畜。
快適な旅のためにぜひぜひ見つけて欲しい。
お尻を痛がる私に、なんかものすごく残念そうなものを見るような憐憫というか、可哀想なモノをみる視線を弟から浴びた。箱入りヒキニートは脆いんです。
ついでにスパに、ローズブランドの石鹸や化粧水や乳液をおいて宣伝もしておこう。お味噌や醤油を作る過程で大量に栽培した大豆はお豆腐や油揚げ、きな粉など様々に加工もしている。それらの販促にも使えるかもしれない。王都にはそこそこ長く置いているから、認知度も高い。そろそろ他の町にも置いてもいいと思う。
ジュリアス曰く売れ行きは好調らしい。ラティッチェ料理には最近豆腐料理も増えた。寒い日の湯豆腐やお鍋は最高。マーボー豆腐も美味しい。
るんるんと上機嫌で回っていたら、目も回ってキシュタリアにベッドに連行された。
そんなある日、不幸の手紙が来た。
「お嬢様、王室主催でパーティが行われ「いやですわ」
誰が自分から死亡フラグに突き進むものか。いかないでござる。引きこもりたいでござる。
職人から納品された羅紗布――オーガンジーの出来にうっとりしていたら、耳糞以下のお話にげんなりする。ゲロゲローってカエルになっちゃう。
むすっとした私に苦笑するキシュタリア。「ではそのように」とジュリアスに促し、招待状らしき封筒をさげさせた。
世間でアルベルティーナ・フォン・ラティッチェは、幼いころに誘拐されてそのまま心身に傷を負った悲劇の令嬢だ。その誘拐の際に令嬢としてはあってはならない傷を受けたというのは社交界では有名である。
ラティッチェ家は名門中の名門の公爵家。しかも現在、辣腕を振るうお父様がますます公爵家を盛り上げ、多数の事業に成功を収めている。
しかも一人娘の令嬢アルベルティーナの誘拐は、王家主催のパーティで起こったことである。私はなんだか滅茶苦茶怖くて閉じ込められたという薄らぼんやりした記憶しか残っていないが、誘拐による負傷という不名誉なそれは大きな瑕疵となってアルベルティーナを貶めることとなった。そして、それはそのまま王家が公爵家への非常にどうしようもない借りをつくり、顰蹙を買ったという事実だった。当主たるグレイル・フォン・ラティッチェは一人娘を溺愛しており、その一人娘は大貴族の娘であり祖母に王姉がいる。そんな約束された名誉を浴びるように受けるはずだった娘の将来を汚したことは、グレイルに未だ激しい怒りを持たせている。表面上は流しているが、お父様の王家を語る口調は敬愛するものではなく、蛇蝎のごときものだ。
王家としては大貴族筆頭当主であり、財政界の王と云えるお父様の機嫌を何とかして取りたいだろう――というのが、キシュタリアからの話。お父様マジ魔王。
そんな魔王の機嫌を笑顔一つ、言葉一つで操れる魔女がアルベルティーナである。
父よりも転がしやすいだろう私に近づいてくる輩は多い。王家すら一目置かざるを得ない、しかし不発弾状態のラティッチェ家当主を手っ取り早く懐柔するには娘一択。
娘の私から見ても、それ以外にお父様をどうにかする方法は知らない。
「そういえば、アルベル。お父様から、ドミトリアス領の保養所ができたからおいでって手紙が来たそうだよ」
「まあ、本当? 楽しみだわ! みんなで行きましょうね」
「アルベルティーナ様、キシュタリア様。護衛や馬車の用意は済んでおりますので、天候の良い来週以降を予定に組んでおります」
早い! これってもっと前から準備していた? このスーパー従僕本当にやりおる・・・。
ジュリアスは我儘小娘にあれこれ命令されてもしれっと叶えちゃうんだから。たまにキシュタリアが嫉妬の視線を向けている。ええんやで、弟よ。そこまで人間離れしたエリート社畜にならんでも。
そんなこんなで、キシュタリアやラティお母様、ジブリールと温泉旅行に行くことになった。ジュリアスは必需品なので、ないという選択自体ない。
そういえば、そろそろミカエリスは王都の学園に行くだろうし、あそこは寮生活だったはずだ。暫く会えなくなるんだろうな。
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日々の楽しみです!
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