第323回 西日本豪雨水害 岡山市東区南古都団地を襲った泥津波。
2020年8月2日 日曜日の投稿です。
2020年 平島団地分裂騒動顛末記 ㊼ 。
【 岡山市東区 砂川の堤防崩壊現場 2018年7月7日土曜日撮影 】
南古都と書いて、「 みなみこず。」と読みます。
南古都団地は、平島団地の南側にある隣の団地で225世帯程度の家があります。
今日は、西日本豪雨水害での南古都団地の様子をお話しします。
2018年7月7日土曜日の午前1時30分頃、 10分後の午前1時40分頃、5分後の午前
1時45分頃に、新幹線が通過するような音、「 コ゜ッーーーーーッ。」と言う音と、「 ドサッ。」
と言うような音がしたので、3回程度に別れて、岡山市東区砂川の堤防が崩壊したと推測して
います。
そして、海辺に波が打ち寄せるような音が聞こえたので、不審に感じて、僕は布団から起きて
西側の裏に大雨の中、傘を差して様子を見に行ったのです。
すると、家の地盤の足元まで、泥水が来ていて、暗闇の向こうから泥波が打ち寄せて
きていたのですが、おおよそ時間は、2018年7月7日土曜日の午前1時48分か、そんな
時間だったと思います。
そして、同じ時間の頃、 誰かが、「 プップップップップップッブーーーっ。」と、わざと車で
クラクションを鳴らしながら、大雨の中、道路を走っているのがわかりました。
水が引いて、しばらくして聞いて見たら、2軒南隣の、おじさんと、息子さんが、みなさんに
危険を知らせようと、2台の自家用車でクラクションを鳴らして走っていたそうです。
この時は、平島団地の道路には、泥水はまだ来てなかったのですが、西隣の南古都団地には
泥津波が押しよせて、一気に東へ道路を水路にして流れて行ったのです。
【 2018年7月7日土曜日撮影 南古都団地に流れ込む砂川の濁流 】
【 砂川の堤防が崩壊し、東へ泥津波が流れて行った。 】
水害で水が引いた後に、聞き取り調査を行うと、上の画像の矢印の方向に泥津波が
東平島の交差点方向に西から東方向へ進んでいったようです。
時間的には、2018年7月7日土曜日の午前1時40分頃から、断続的に続き、午前1時50分
頃には、車両での通行は出来ない程度浸水していたそうです。
【 水害が発生して1日後の2018年7月8日 日曜日撮影の南古都団地の町内の様子。】
証言によると、2018年7月7日の深夜の午前1時50分頃、固定電話が鳴り響き、どういう
わけか、鳴り続けるので、布団から出で受話器を取って、「 こらぁーーぁ、今 何時じゃー
おもようるんなーっ。」と、怒って出ると、なんと道路をはさんで反対側の家の奥さんからの
電話で、「 あんた、道路に水があふりょうるんじゃ、はよう、逃げなさい。」と、こんなお話しで
あったらしい。
その方の証言では、「細かな所までは全部覚えていない。」とお話しがありました。
【 水害が発生して1日後の南古都団地の様子。2018年7月8日日曜日撮影】
当時、起き上がってすぐだったので、「寝ぼけとるんか。」と思ったのですか゛、ふと電話のある
場所から玄関を見ると、土間の部分にコーヒー牛乳のような水が充満し、靴や草履がすでに
プカプカと当時浮いていたらしい。
すると、いきなり停電となり、電話は切れ、家の中の照明が切れて暗闇となり、はうようにして
階段を上にあがって、2階にあがり、窓から外を見ると、道路は真っ茶色の泥水となっていた
そうです。
【 水害発生から1日後の南古都団地の様子。 2018年7月8日日曜日撮影。】
当時、現場検証を南古都団地の西側から行って行ったのですが、1番初めに浸水したのは、
西側の水田がある場所と宅地との境付近でした。
【 2018年7月22日 日曜日撮影 南古都団地1番初めの浸水場所 】
上の写真、白い軽自動車が停車していますが、 この部分から東に泥津波が侵入して
流れて行ったのです。
【 上の画面左端が、砂川堤防崩壊箇所 2018年7月22日 日曜日撮影 】
【 南古都団地 浸水状況 測定写真 2018年7月22日 日曜日撮影 】
【 南古都団地 西側地区 浸水状況測定 水深 1メートル28センチ 】
【 拡大画像 】
おおよそ 当時、約1メートル30センチ程度の泥水が道路を水路にして広がっていった
と言う事がわかります。
【 南古都団地で1番低い地盤の白い軽トラが置いてある場所 】
平島団地は、午前2時頃に泥水があふれて入って来たのですが、隣の南古都団地には
これより20分早く、2018年7月7日土曜日の午前1時40分頃、水没が始まり、 車両が
通行出来なくなっていったのです。
次回は、 南古都団地のローソンの前の国道250号線の西日本豪雨水害での通行車両
の被災状況をお話ししたいと思っています。
【 次回に続く。】 【 転載、コピー自由です。】