3. 発覚6ヶ月前・突きつけられた離婚

――夜、仕事から戻った航大に私は旬に聞こえないように再度確認した。 寝室で着替えをする航大に、 「ねぇ、旬も楽しみにしてるし、一緒に行けないかな？向こうで気分が乗らなければホテルで過ごしてもいいし…」 「その方が旬には可哀想だろ？」 航大はネクタイを取りながらこちらを見ずに言う。 「でも…」 「杏。俺が居ないと旅行も行けないのか？」 航大は呆れたような表情で眉間にシワを寄せて問い掛けてきた。 やっとこっちを見てくれたのに…。 「国内だし、日本語も通じる。レンタカーが怖いなら観光タクシーを手配すればいいだろ？」 「そう言うことを言ってるんじゃなくて、家族旅行なのに航大が居ないなんて―」 「杏！！」 大きな声で言葉を遮られてビクッとした。 「30代働き盛りの一般家庭は、父親不在の旅行なんて珍しくない。うちは親父達の会社だから恵まれてるだけだ。それを当たり前なんて思うな」 そう言われてしまったら、もう何も言えない。 「……旬には、何て言うの？」 「俺から説明するよ」 航大は溜め息混じりにそう言って部屋着や下着を手に取った。 「風呂、入ってくる」 そう言ってそのまま寝室を出て行った。 残された私は、ベッドに座り込み溜め息が出た。 モヤモヤした気持ちはあるものの、航大も会社で大変なんだからと自分を納得させた。 夕食の時に航大は旬に、沖縄旅行を私と二人で行くようにと言った。 「ごめん。お父さん、仕事でまた１つ上に上がるんだ。その為に仕事の準備をして、新しい部署の人に頼って貰えるようにしなきゃならない。この夏が勝負なんだ」 旬ははじめは嫌がったものの、航大のその説明に渋々納得した。 翌日の朝は、航大が空港まで車で送ってくれた。 4日後の帰りも、空港まで迎えに来てくれると旬に約束してくれていた。 3泊4日も航大と離れるのは、結婚してからはじめて。 出産の入院の時も毎日病院にお見舞いに来てくれたし、里帰りも私はしなかった。 旬より私が心細い。 旅行の手配から当日の細かな手続きはいつも航大がしてくれていた。 ホテルのチェックインでさえ自分でするのははじめて。 観光タクシーの手配は航大が出発前にしてくれてたものの、勝手が分からず随分緊張した。 米軍基地はタクシーの運転手さんがいい方で、色々旬に教えてくれた。 海も、航大なしでマリンスポーツをするのは怖かった。 私は、この旅行で自分の無知さと幼稚さを痛感。 旬にも呆れられる始末だった。 「旬、ごめんね。お母さん、頼りなくて」 2日目のディナーで旬に謝った。 「いつもお父さんに全部して貰ってるからだよ」 鋭い旬の指摘。 「はい…ごめんなさい」 「でも、今日はお店迷わずに来れたね」 昨夜はホテル外でディナーの予約のお店まで辿り着かず、随分迷ってしまった。 今日はホテル内のレストランだった為、迷わずに来れた。 「はじめは失敗するよ。大丈夫」 旬の優しい言葉に胸が熱くなる。 「お母さん、１日早く帰る？」 「えっ？」 「米軍基地も見たし、水族館も行ったし、マリンスポーツも出来たから、僕は別にいいよ」 明日は元々ショッピングの予定だった。 「お土産は？」 「空港で買えばいいんじゃない？」 旬にそう言われて、確かにと思った。 「後でお父さんに電話して聞いてみるね」 私がそう言うと、 「あっ、そうだね。勉強するって言ってたし…。お父さんにも聞いた方がいいね」 旬がそう答えた。 しっかり成長したなぁ、と思わずにはいられなかった。 「旬、このお肉もう少し食べられる？お母さんのあげるよ」 「ラッキー♪」 でもまだまだ幼い部分もある。 そんなに急いで大人にならないで… と、肉にかぶり付く旬を眺めながら思った。