プロローグ

―――…… 航大に離婚を突き付けられてから、私は急激に食欲がなくなった。 158センチ52キロ。 痩せてもなく太ってもなかった(はず)。 出産から微動だにしなかった私の体重は10キロほど落ちてしまった。 半年で10キロ。 そんな痩せたことない。 それでも心配する周りの目や、息子・旬(しゅん)の気遣いで食べるようになっていた。 でも、この真実でまた、食べられそうにない。 「――さん……お母さん」 呼ばれたその声に、うっすらと目を開けた。 ボヤけて見える。 だけど、そのシルエットにすぐ理解した。 息子の旬だ。 「…お母さん、大丈夫？」 そう問い掛けられて、一生懸命頷くのに、 「お母さん、しっかりして！」 旬に伝わらない。 客間に敷かれた布団に寝かされている私を、旬は正座して覗き込む。 「……飲める？」 透明のグラスに水が入っていて、旬はその水をスプーンで私の口に当ててくれた。 唇から口の中に、その水が入ってくる。 虚ろな状態で、私は旬が与えてくれるそれを飲んだ。 口から溢れたそれは、旬がタオルで拭ってくれる。 「…これ、ここに置いてるから、困ったら呼んでね」 旬はそう言って、私の枕元の横に、私の携帯電話を置いてくれた。 そして旬は客間を出て行く。 私はどうしてここに？ 航大とダイニングで話をしていたはず。 夜だったはずなのに、障子から外の光が入ってきていた。 一体…今…何時？ それすらわからず、私は震える手で、旬が置いて行ってくれたスマホを手に取った。 画面には午前6時3分と表示されていた。 航大がゴルフから帰って来たのは…夕方だった。 旬は、友達のお家に遊びに行っていた。 頭の中を整理しようとするのに、なかなか出来ない。 夢？夢だった？ そんな風にさえ思った。 でも、スマホのロックを解除して、私は画面をタップして動画を引き出した。 そこには間違いなく、私が録画した航大と女のやり取りが残っていた。 いつかのテレビ番組で、早く証拠を残すには、動画でやり取りを録画し、スクロールするのが一番早いと言っていた。 あの時は、まさか自分がそれをすることになるとは思ってもいなかった。 航大と女のやり取りは半年前からはじまっていた。 航大がおかしくなったその日から、ピッタリ合う。 私は、動画を一時停止しながら、順に二人のやり取りを確認する。 布団の中で、泣き震えながら… 6ヶ月間の真実を知ることになる。