現在の「分科会」は後退してしまった

西浦:機微に触れる内容ですが、明確に述べておくべきなのでお話しします。残念ながら、厚労省アドバイザリーボードと内閣官房の有識者会議分科会を通して専門家が現状分析を報告するという現在の状況は、科学コミュニケーションを改善するという観点から言えば、前回の厚労省専門家会議の時代から後退してしまったと思います。少なくとも、現状のリスク評価結果が国民に正確かつスムーズに伝わっているか、といえば伝わっていない可能性が高い。

 前回の専門家会議のときは専門家が前に出すぎて、生のまま情報が出る部分があったのは大きな反省点です。ただ、国民の目からすれば現在は対極的な状況で、完全に専門家の手足が縛られた状態に映っているものと思います。見られている皆さんは、その異常性に気づいているでしょうか。そして、誰がそういうふうに設計したのか、この国の民主主義の根幹にさえ関わりかねない状況を認識しているでしょうか。

 隠さずに本音を言えば、尾身先生や脇田(隆字)先生の声は、背後にある政治組織の腹切り役としてのカメレオンボイスではなく、国民の皆さんの命を守る観点から真摯に本音で語りかけてはじめて機能するのかもしれないと思っています。

 クラスター対策班で僕たちが重視したのは、自分たちの手がけている分析をくまなく説明することです。国民の皆さんは情報を必要としている、隠しているわけではないからオープンに科学的事実を全部説明しようという思いが背景にありました。たとえば、実効再生産数の計算の仕方もそうです。被害想定のところで騒ぎを呼びましたが・・・。

森田:「42万人の死者」という数字ですね。

西浦:はい。評価が科学的に、正当にできているという説明をするために、私たち専門家があえて前に出ていくような機会を作ってもらいましたが、前回の対談で述べたように、一方でリスク評価とリスク管理の切り分けが難しくなりました。今は経済的ダメージの最小化・最適化を目的として、分科会の方に専門家が入られているので、より政策的な判断が機能的になされていくだろうと思います。

公式被害想定が存在しない日本

西浦:今回、厚労省の中に詰めて働く経験をしてみて分かったのは、省庁の内部関係者以外から政治家の方々が妥当な専門的フィードバックを受ける機会がとても希少だということでした。一時的でもいいので、もう少し厳選された複数のブレーンが必死にサポートできる体制があるといいのだろうなと思いました。

 これはリスクコミュニケーションにも大きく関わっています。現時点でも公式被害想定は日本には存在しないんですけれど、本当は言わなきゃいけないことなんです。そこのインプット自体が、政権中枢や政治家の専門的部会の部分でさえ心許ない構造にあります。この部分は何らかの形で変わってもらわないといけないな、と強く実感する機会になりました。

森田:それは被害の大きさが予想できたとしても発表できないからですよね。ヨーロッパなんかで危機管理と言うときは軍事的な紛争状態を想定してますから、民族として犠牲を最小化するために、何を優先するか、逆にどこを捨てるかというようなことがある程度、日頃から議論がされているような気がします。

 わが国は幸いにして戦争事態を考える必要がありませんでしたが、それゆえに、今回のような事態になったときに厳しい対応ができないように思います。原発事故でもそうでした。危機時に政府幹部のそばで適切な助言をする人たちの中に、起こり得る事態を科学的に示してみせることができる科学技術の専門家の方も入っているべきだと思います。