朝日新聞は安倍首相が憎いのか?

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民主主義の敵!?

 安倍晋三首相(65)を好きな有権者もいれば、嫌いな有権者もいる。しかし仮にも新聞社が、安倍首相への嫌悪をむき出しにした社説を掲載したと言えばどうだろう。報道機関として公正だろうか。そんな社説を掲載したのが朝日新聞だ。

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 問題の社説は、8月29日の朝刊に「最長政権 突然の幕へ 『安倍政治』の弊害 清算の時」という見出しと共に掲載された。電子版も無料で読むことができる。

 前日の28日、持病の潰瘍性大腸炎が悪化したとして、安倍首相は辞職を発表した。24日に連続在職日数が2799日となり、2798日で最長だった大叔父の佐藤栄作(1901~75)を抜き、歴代最長となった矢先のことだった。

朝日新聞は安倍首相が憎いのか?

 日本を代表する新聞社として、第2次安倍政権の総括が求められているのは間違いない。学者は時間をかけて評価を構築するが、ジャーナリズムには速報性も求められる。

 朝日が社説で安倍辞任を取り上げたのは当然ではある。だが、その内容は冒頭から大仰だ。首相の辞職を好機として、《深く傷つけられた日本の民主主義を立て直す一歩としなければならない》と呼びかけたのだ。

 まずは“口角泡を飛ばす”という慣用句が──“口汚く罵る”と受け止めた方もおられるだろうが──ぴったりの部分をご紹介しよう。

《野党やその支持者など、考え方の異なるものを攻撃し、自らに近いものは優遇する「敵」「味方」の分断。政策決定においては、内閣に人事権を握られた官僚の忖度(そんたく)がはびこり(略)、民主主義の土台を崩す前代未聞の事態を招いたことを忘れるわけにはいかない》

「坊主憎けりゃ」の朝日

《民主主義の土台を崩す》と言うが、世界で「最も民主化されていない国家」の1つとして知られているのが、アフリカのエリトリアだ。

 1993年に初代大統領に就任したイサイアス・アフェウェルキ(74)は独裁政治を行い、いまだに国家のトップとして君臨している。

 憲法は制定したが施行せず、大統領・議会選挙は無期限の延期。国民は男女を問わず兵役と労役が義務づけられている──これで独裁制の説明は充分だろう。

 イサイアス大統領が《民主主義の土台を崩す前代未聞の事態を招いた》のは間違いない。だが果たして安倍首相は同じような“民主主義の敵”だったのだろうか。

 繰り返しになるが、安倍首相の政治姿勢に反対を表明したり、「何となく嫌いだ」という有権者が存在したりすることは何の問題もない。

 だが、安倍首相が《民主主義の土台を崩した》というのは、どう考えても大げさだろう。安倍首相が民主的プロセスに従って国の舵取りを行ったのは間違いない。朝日新聞の社説は“坊主憎けりゃ袈裟まで憎い”の代表例と言われても仕方あるまい。

安倍政治を不当評価

 元時事通信の記者で政治評論家の屋山太郎氏が、呆れながら言う。

「首相が辞め、その業績を総括する記事を書く場合、普通の政治記者なら3つのポイントを振り返ります。1つは外交、2つは防衛、そして3つ目は経済です。ところが朝日新聞は社説の冒頭で、桜を見る会の私物化と、森友問題の公文書改竄問題を取り上げました。2つの問題を重視する有権者もいるでしょう。しかし紆余曲折から“政争の具”となった側面があるのは事実です。歴代最長の在職日数を記録した一国の首相を評価する観点として、取り上げるのが相応しいのかという疑問が残ります」

 2016年8月、安倍首相はケニアで開かれた第6回アフリカ開発会議で基調演説を行い、「自由で開かれたインド太平洋構想(戦略)」を表明した。

 インド洋の海洋安全保障に力点を置いて中国を牽制。海路でアジアとインド、アフリカを結び、アフリカの安定や繁栄につなげる外交戦略を示したものだ。

「インドだけでなくオーストラリアも賛成を示し、フランスとイギリスもサポートを約束するなど、安倍外交の最大成果の1つです。そもそも日米関係は日本にとっては国内問題と言っていいほど重要ですが、安倍首相はバラク・オバマ前大統領(59)の時も安定した関係を構築し、現職のドナルド・トランプ大統領(74)とは深い信頼関係を構築しました」(同・屋山氏)

集団的自衛権が嫌いな朝日

 だが、朝日新聞の社説で安倍外交の評価は低い。該当箇所を引用しよう。

《外交・安全保障分野では、首脳間の関係を深めるのに長期政権が役立った側面はあるが、「戦後日本外交の総決算」をスローガンに取り組んだ北方領土交渉は暗礁に乗り上げ、拉致問題も前進はみられなかった》

「安倍首相が在任中、地道に築き上げてきた外交成果には全く触れず、北方領土問題と拉致問題の2点だけで安倍外交を批判するのはフェアではありません。旧社会主義国家のロシアや、今も社会主義国家である北朝鮮との交渉が困難なのは誰もが知っています。北方領土も拉致被害者の問題は『返還(帰国)された』、『返還(帰国)されていない』という二者択一の問題なので、解決することでしか安倍首相は反論できません。つまり朝日の社説で北方領土と拉致の問題は“水戸黄門の印籠”に近い役割を担っています。安倍首相が反論できないことを前提に批判の材料として使っており、公正な歴史的評価を行っているとは思えません」(同)

 朝日が反対の論陣を張ってきた集団的自衛権の問題についても、社説は次のように指摘した。

《巨大与党の「数の力」を頼んで、集団的自衛権行使に一部道を開く安全保障法制や特定秘密保護法、「共謀罪」法など、世論の賛否が割れた法律を強引に成立させた》

「朝日新聞は様々な記事で『安倍首相は改憲を実現しようとしたが、できなかった』と何度も言及しています。この社説には、そうした記述はありませんが、改憲の重要性を訴えた首相というだけでも特筆すべきものがあるはずです。確かに改憲は成し遂げられなかったにせよ、片務的という日米安保の欠点を、集団的自衛権の行使を限定的に認めたことで改善しました。日本政治史に特筆すべき転換点だったはずですが、朝日の評価は不当に低いのです」(同)

恣意的な攻撃

 集団的自衛権と聞いただけで嫌がる有権者が存在するのは事実だろう。だが、歴史的評価となれば、冷静さと客観性が求められる。

「朝日は単に改憲議論も気に入らないし、集団的自衛権には反対だから、この点に関しては安倍首相に対して無条件に低い評価を行うのです。こんな姿勢では、新聞社としての客観性が失われていると批判されても仕方ないでしょう」(同)

 首相も1人の人間なのだから、有権者の全員から100点満点の評価を得ることなどあり得ない。賛否両論があって当然だが、恣意的な攻撃は言論機関として問題があるのは言うまでもない。

「安倍首相が辞任を発表してからというもの、朝日新聞は安倍首相に批判的な人だけを取材し、批判のコメントだけを掲載しているように見えます。対象の功罪を明らかにしてこそ新聞社ではないでしょうか。朝日新聞の姿勢は、あまりにも偏向していると言わざるを得ません」(同)

週刊新潮WEB取材班

2020年9月1日 掲載