首相が退陣表明 政治の劣化を進めた責任
安倍晋三首相がきのう、退陣を表明した。
持病が悪化し、首相の職務を継続するのが困難と判断したことを理由にしている。
記者会見では「苦痛の中、大切な政治判断を誤る、結果を出せないことがあってはならない」などと述べている。「7月中旬から体調に異変があり、8月上旬に再発が確認された」とも明かした。
新型コロナウイルスの感染拡大が続き、国内経済の落ち込みも激しい。国民の生活を守るには臨機応変な対応が必要だ。
体調に問題があれば日本のかじ取りは任せられない。辞任は当然である。むしろ遅すぎた。
<遅きに失した判断>
政治空白は長期化している。いったんは沈静化していた感染が東京都内を中心に再拡大した。地方にも広がり、第2波ともいわれる様相になった。
政府の対応は後手に回り、検査態勢の充実や病院の支援など必要な対策を欠いた。
それなのに政府は7月下旬、観光支援事業の「GoToトラベル」の開始を前倒しした。東京を対象から除外したものの、他府県で感染が広がっても対象は変更していない。全国に拡大する一因になったとの指摘もある。
安倍首相はこの間、国民に対して何も説明しなかった。通常国会が閉幕した翌日の6月18日の会見を最後に事実上、沈黙を続けた。
野党が憲法に基づき臨時国会の召集を求めても拒否し、国会の閉会中審査にも出席しない。体調悪化が原因であったのなら、判断の遅れが空白を招いた責任は重い。
第2次内閣発足から約7年半になり、連続在職日数が最長になった。「安倍1強」とも称されたこの間、政権は何を残したのか。
<看板掛け替えの害>
政策上の特徴は「看板政治」である。当初から掲げた経済政策「アベノミクス」は大規模金融緩和と機動的な財政出動、成長戦略を「三本の矢」と称し、デフレからの脱却を目指した。
金融緩和は円安と株価上昇を生みだし、海外経済に後押しされて国内企業の業績は改善。大企業や富裕層に恩恵をもたらした。
一方で、労働者の賃金は思うように上昇せず、国内消費は上向かないままだ。デフレ脱却は道半ばで、非正規労働者の増加は国民の格差拡大をもたらした。
政権は求人倍率など成果を強調するだけだった。こうした現実に向き合ったとはいえない。
地方創生、1億総活躍、働き方改革、全世代型社会保障―。看板で新しさを強調しても、政策は従来の焼き直しが目立った。問題は改善されないまま放置され、看板は次々と掛け替えられた。
「外交の安倍」という看板と裏腹に、ロシアとの北方領土問題や北朝鮮による日本人拉致問題は解決の糸口も見えず、韓国との関係は冷え込んだままだ。日米関係以外は手詰まりが続いた。
看過できないのが強引な政治手法を常態化させたことだ。
歴代政権が憲法上、許されないとしてきた集団的自衛権の行使容認を閣議決定し、安全保障関連法を成立させた。特定秘密保護法や共謀罪の趣旨を盛り込んだ改正組織犯罪処罰法も、野党の強い反対の中、採決を強行している。
かつての民主党政権を「悪夢のよう」と敵対視し、野党の声を聞かない姿勢は、少数意見に配慮する民主主義の原則をむしばんだ。
その対象は一般国民にも及び、首相は演説中にやじをとばした人に「こんな人たちに負けるわけにはいかない」と発言。政権の意に沿わない展示をした美術展などには補助金の不交付などで圧力をかけ、表現の自由も脅かした。
<民主主義の再構築を>
敵を排除し、自らを支持する「味方」を重用する政権が生みだしたものが、「政権の私物化」と「忖度(そんたく)政治」である。
森友学園や加計学園の問題、首相主催の桜を見る会―。いずれも首相の「身内」を優遇した政策決定や手法が批判された。
与党は政府議案を追認するだけの存在になり、野党は分裂を繰り返し対抗力が弱まった。「政治の劣化」が進んだ。
官僚も同様だ。府省庁の幹部人事を握る内閣人事局の設置は、官邸の意向を絶対視する官僚を生みだし、政権に都合の悪い公文書の改ざんや破棄が相次いだ。
周囲からの「甘言」の上にあぐらをかいていた安倍政権。コロナ禍はその弊害を浮き彫りにした。
拡大防止策は後手に回り、経済対策は遅れた。「アベノマスク」と称された布マスクの配布は、効果を十分にチェックしないまま、思い付きの政策に巨費を投じる政権の危うさを浮き彫りにした。
対応力に欠けた安倍政権の退場は、必然だったといえるだろう。
事実上の新首相を選ぶ自民党の総裁選は9月中に実施される予定だ。空白を避けるためにも、早急に後任人事を進める必要がある。
新政権は「民主主義」の再構築から始めなければならない。
(8月29日)
持病が悪化し、首相の職務を継続するのが困難と判断したことを理由にしている。
記者会見では「苦痛の中、大切な政治判断を誤る、結果を出せないことがあってはならない」などと述べている。「7月中旬から体調に異変があり、8月上旬に再発が確認された」とも明かした。
新型コロナウイルスの感染拡大が続き、国内経済の落ち込みも激しい。国民の生活を守るには臨機応変な対応が必要だ。
体調に問題があれば日本のかじ取りは任せられない。辞任は当然である。むしろ遅すぎた。
<遅きに失した判断>
政治空白は長期化している。いったんは沈静化していた感染が東京都内を中心に再拡大した。地方にも広がり、第2波ともいわれる様相になった。
政府の対応は後手に回り、検査態勢の充実や病院の支援など必要な対策を欠いた。
それなのに政府は7月下旬、観光支援事業の「GoToトラベル」の開始を前倒しした。東京を対象から除外したものの、他府県で感染が広がっても対象は変更していない。全国に拡大する一因になったとの指摘もある。
安倍首相はこの間、国民に対して何も説明しなかった。通常国会が閉幕した翌日の6月18日の会見を最後に事実上、沈黙を続けた。
野党が憲法に基づき臨時国会の召集を求めても拒否し、国会の閉会中審査にも出席しない。体調悪化が原因であったのなら、判断の遅れが空白を招いた責任は重い。
第2次内閣発足から約7年半になり、連続在職日数が最長になった。「安倍1強」とも称されたこの間、政権は何を残したのか。
<看板掛け替えの害>
政策上の特徴は「看板政治」である。当初から掲げた経済政策「アベノミクス」は大規模金融緩和と機動的な財政出動、成長戦略を「三本の矢」と称し、デフレからの脱却を目指した。
金融緩和は円安と株価上昇を生みだし、海外経済に後押しされて国内企業の業績は改善。大企業や富裕層に恩恵をもたらした。
一方で、労働者の賃金は思うように上昇せず、国内消費は上向かないままだ。デフレ脱却は道半ばで、非正規労働者の増加は国民の格差拡大をもたらした。
政権は求人倍率など成果を強調するだけだった。こうした現実に向き合ったとはいえない。
地方創生、1億総活躍、働き方改革、全世代型社会保障―。看板で新しさを強調しても、政策は従来の焼き直しが目立った。問題は改善されないまま放置され、看板は次々と掛け替えられた。
「外交の安倍」という看板と裏腹に、ロシアとの北方領土問題や北朝鮮による日本人拉致問題は解決の糸口も見えず、韓国との関係は冷え込んだままだ。日米関係以外は手詰まりが続いた。
看過できないのが強引な政治手法を常態化させたことだ。
歴代政権が憲法上、許されないとしてきた集団的自衛権の行使容認を閣議決定し、安全保障関連法を成立させた。特定秘密保護法や共謀罪の趣旨を盛り込んだ改正組織犯罪処罰法も、野党の強い反対の中、採決を強行している。
かつての民主党政権を「悪夢のよう」と敵対視し、野党の声を聞かない姿勢は、少数意見に配慮する民主主義の原則をむしばんだ。
その対象は一般国民にも及び、首相は演説中にやじをとばした人に「こんな人たちに負けるわけにはいかない」と発言。政権の意に沿わない展示をした美術展などには補助金の不交付などで圧力をかけ、表現の自由も脅かした。
<民主主義の再構築を>
敵を排除し、自らを支持する「味方」を重用する政権が生みだしたものが、「政権の私物化」と「忖度(そんたく)政治」である。
森友学園や加計学園の問題、首相主催の桜を見る会―。いずれも首相の「身内」を優遇した政策決定や手法が批判された。
与党は政府議案を追認するだけの存在になり、野党は分裂を繰り返し対抗力が弱まった。「政治の劣化」が進んだ。
官僚も同様だ。府省庁の幹部人事を握る内閣人事局の設置は、官邸の意向を絶対視する官僚を生みだし、政権に都合の悪い公文書の改ざんや破棄が相次いだ。
周囲からの「甘言」の上にあぐらをかいていた安倍政権。コロナ禍はその弊害を浮き彫りにした。
拡大防止策は後手に回り、経済対策は遅れた。「アベノマスク」と称された布マスクの配布は、効果を十分にチェックしないまま、思い付きの政策に巨費を投じる政権の危うさを浮き彫りにした。
対応力に欠けた安倍政権の退場は、必然だったといえるだろう。
事実上の新首相を選ぶ自民党の総裁選は9月中に実施される予定だ。空白を避けるためにも、早急に後任人事を進める必要がある。
新政権は「民主主義」の再構築から始めなければならない。
(8月29日)
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