<大項目> 原子力安全研究
<中項目> 原子力施設などの安全研究
<小項目> 軽水炉の安全研究
<タイトル>
ハルデン計画(OECD Halden Reactor Project) (06-01-01-17)

<概要>
 OECD/NEA(本部パリ)下に、「ハルデン原子炉プロジェクト(OECD Halden Reactor Project)」、通称「ハルデン計画」が1958年に設立され、ノルウェー国ハルデンに作られたハルデン炉(Halden Boiling Water Reactor、通称HBWR)を使用した原子炉計装と燃料に関する国際協力が開始された。わが国では日本原子力研究所(現日本原子力研究開発機構)を国の窓口として1967年に同計画に加盟、以後今日まで37年に亘って国際協力が継続されている。ハルデン計画からの研究情報は、わが国における軽水型発電炉の計装と燃料の信頼性および安全性に関する研究、安全審査時の判断基準に必要なデータベースの構築等に資され、国・民間を問わずハルデン計画の成果がわが国の原子力安全性研究に大いに活用されている。
<更新年月>
2004年02月   

<本文>
1.ハルデン計画の概要
1.1 組織
 ハルデン計画は、OECD/NEA下の国際協力プロジェクトとして1958年に発足している。発足当初の加盟はノルウェー原子力研究所、オーストリア共和国、デンマーク原子力委員会、ヨーロッパ原子力共同体委員会(EURATOM、該当国はベルギー、フランス、西ドイツ、イタリア、ルクセンブルク、およびオランダ)、スウェーデン原子力公社、スイス連邦政府、英国原子力公社であった。その後まもなく、フィンランド原子力委員会と米国原子力委員会が参加した(第1次協定)。日本原子力研究所(原研(現日本原子力研究開発機構))を窓口としたわが国のハルデンプロジェクトへの加盟は1967年である。これは、ハルデンプロジェクトの第4次協定期間(1967.1−1969.12)に相当し、プロジェクト発足10年後であった。
 2003年1月現在、ハルデンプロジェクト加盟国は19ヶ国になっている。即ち、ベルギー、アルゼンチン、チェコ、デンマーク、フィンランド、フランス、ドイツ、ハンガリー、イタリア、日本、韓国、ノルウェー、ロシア、スロバキア、スペイン、スウェーデン、スイス、英国、米国である。発足当初は、ヨーロッパと米国の原子力先進国で占められていた加盟国も、この40年間にアジア、東欧諸国および南米にまで広域拡大化している。各国の窓口機関をとおして活動している機関は、全体で約100と数えられ、ハルデン計画全体で今日までに300体以上の照射試験リグが作製・使用されている。現在、ハルデン計画は、予算を含め全体的な立場からプロジェクトの運営のあり方を決めていく「運営会議」と技術上の観点からプロジェクトの実験計画を決めていく「計画会議」からなっており、それぞれに加盟各国から代表者が出席している。通例、年度末には「拡大計画会議」が催され、その年の研究活動成果が各国から発表されている。
 プロジェクト運営の面では、(a)3年ごとにプロジェクトを継続するか否かの見直しを加盟国間で図ること、(b)3年間プロジェクトで成果を出し、常に新しい研究課題を新規プロジェクトに取り入れていること、(c)1960年代、1970年代の世界的な軽水炉建設時期に、相次いで発生した燃料棒のトラブルについて、その原因究明を可能にする燃料照射試験をいち早く実施したこと、さらに(d)TMIおよびチェルノブイル事故を契機に、世界的に原子力先進国間でニーズの高まった人間と機械とのコミュニケーション(Man−Machine Communication)研究にも努力を傾注したこと、(e)原子力先進国の研究機関および燃料メーカー等から優秀な研究員(燃料、計装関係)を受け入れ、幅広く等しく学ばせるという人材教育を行ったこと、等がその特徴として挙げられる(文献6参照)。
1.2 ハルデン炉と特色のある炉内計装
 ハルデン沸騰水型炉(HBWR)は、図1に示すように、ノルウェー国ハルデンの岩山を掘削後、その中に地下式の原子炉(冷却材圧力3.4MPa、冷却材温度240℃)として設置されたもので、重水による減速・冷却がなされている。この原子炉は、原子炉圧力容器の蓋(lid)が平板という点および重水体系のため、照射リグ(文献4)の間隔が大きく取れるという点に特徴を有している。照射リグを図2に示す。この結果、様々なニーズに対応した試験燃料棒の炉内装荷および変化に富んだ多重計装装置類の使用等が可能な試験研究炉として世界に君臨してきている。
 一般に、(イ)原子炉燃料(UO2)ぺレットは原子炉で供用中に、中性子の照射によってペレット自身の体積が膨張したり(スエリング)縮小したり(焼きしまり)するし、核分裂による自己発熱で1,000℃以上に温度が上昇する。また、(ロ)その燃料を収納している被覆材(ジルカロイ材)も、中性子の照射によって伸びたり(照射成長)つぶれたり(クリープダウン)する。このほか、(ハ)照射により熱くなって鼓状態に膨らんだ燃料ペレット外面と被覆材内面が互いに接触し、その結果最初滑らかだった燃料棒表面がまるで節を持った竹の如く凸凹形状になることもある(力学的相互作用、Pellet−Cladding Mechanical Interaction: PCMI(文献4または文献8)という)。(ニ)照射が進むと、分裂によって生じたキセノン、クリプトンといった熱を伝えにくいガスが燃料ペレット内から徐々に放出され、それが燃料棒の内部圧力を増大させて被覆材を膨らませたりする(燃料棒の内圧増加)。これら(イ)〜(ニ)の現象は、人間が直接手の下せない原子炉内(中性子場内)での出来事であり、その測定は遠隔操作が基本となるので容易なことではない。にもかかわらず、安全審査時の判断基準策定上また燃料破損防止策定上、どうしても測定データを得て評価しなければならないものである。
 この困難な測定を最初に遂行したのがHBWRである。例えば、(イ)に対しては、燃料伸縮マーカーや燃料ペレット中心温度測定用熱電対、(ロ)に対しては、被覆管伸縮計、(ハ)に対しては、直径測定器や炉内渦電流探傷測定装置、そして(ニ)に対しては、燃料棒内圧計が開発されている。その他に、中性子検出器、タービン流量計、ボイドゲージ、燃料棒ギャップメーター等がある。計装類の測定精度は高く、例えば(ハ)の直径測定での誤差は数ミクロンのオーダーにある。また、これら原子炉内電子機器は供用途中において中性子等の影響(放射線による性能劣化)で突然使用不能になることが多いが、ハルデン炉では測定が何年も続いたという例が多く機器の信頼性も高い。即ち、価値ある炉内データを信頼性高く提供し続けてきたところに、この計画の良さがある。
 ハルデン計画におけるマンマシンシステム研究は、ハルデン炉のデータ処理から始められ、炉の計算機制御へと進められた。運転員とプロセス間のコミュニケーションに関する研究も1969年頃より開始され、その当時開発されたシステムは、人間工学の面を重視しており、今日につながっている。TMI−2発電所事故を契機に、運転員支援システムの開発を開始すると共にフィンランドよりソ連製PWRのシミュレータを導入し、これを核にマンマシンシステム実験施設(Halden Man−Machine Laboratory、通称HAMMLAB)を整備し、マンマシンシステム研究の基礎作りを進めた。1985年より、本格的なマンマシンシステム研究が開始されている。
2.わが国加盟の経緯
 ハルデンと原研(現日本原子力研究開発機構)を結びつけたのは、米国人のフレック氏である。彼は、1961年にブルックヘブン研究所から原研(現日本原子力研究開発機構)に数ヶ月の予定で来所していたが、1958年にノルウェーのシェラー研究所にも滞在していた。フレック氏からの情報によれば、HBWRは非常に単純な動力炉で、原子炉圧力容器の蓋が平らなため試験がやり易くかつ非常に優秀な計装技術を有しているとのことであった。当時の原研(現日本原子力研究開発機構)は、1963年にJPDRの建設工事を終了し、試験炉としてこれを使用する計画が検討されていた。即ち、原子炉に強制循環ループを付けて高出力密度試験を行うというのが1つの狙いだった。
 1963年9月スイスのジュネーブで原子力平和利用の国際会議があり、それを機にハルデン関係者ら(G.Randers氏ら)と接触でき、HBWRも見学できた。わが国ではその時期に、動力炉開発の基本方針も決まり、JPDR−2プロジェクトも認可され、ハルデン加盟の気運が盛り上がった。それを決定的にしたのがランダース氏からの加盟促進レター(1966年)であり、ハルデン加盟が現実的なものになった。レターでは、ハルデン運営委員会の決定として日本加盟を認める内容が記載してあった。なお、プロジェクト途中からの加盟は日本が初めてのケースであったため加盟に当たっていくつかの懸案事項があった。
 すなわち、加盟費については、過去に遡及するかどうかで額に大きな差がでるが、プロジェクト途中からの参加費用でよいと決定された。日本が加盟する時点で、プロジェクト内に既に過去10年分のデータ蓄積があったが、その使用も加盟によって可能とするという措置も含まれていた。当時の加盟費については、3年間プロジェクトで全費用の40%をノルウェーが負担し残りは加盟国が各国のGNPに応じて負担することとなった。日本の加盟金は当時1.4億円/3年だった(参考:37年後の現在では、約4億/3年)。この様な背景の後、1967年、わが国を代表して原研(現日本原子力研究開発機構)がハルデンプロジェクトに加盟し、以来1期3ヶ年毎のプロジェクト継続更新で現在第13期(2003.1−2005.12)に入っており、2002年にわが国はハルデン加盟35周年を迎えた(文献3、4参照)。
3.ハルデン炉を使用した研究と成果
3.1 ハルデン委員会
 ハルデン加盟を果たした後、国内的には「ハルデン委員会」が原研(現日本原子力研究開発機構)内に組織され、ハルデンから得られた最新技術情報を国内の原子力機関と迅速に共有する方法が採られた。また、HBWRを使用して照射試験を実施しようとする国内原子力メーカーのために、まず原研(現日本原子力研究開発機構)と共同研究契約を実施し、しかる後に試験を行うシステムが確立され、これが現在まで続けられている。現在わが国において原研(現日本原子力研究開発機構)と共に燃料ふるまい研究を実施している機関として、核燃料サイクル開発機構(現日本原子力研究開発機構)、電力中央研究所、原子力安全基盤機構、東京電力、日立、GNF−J(グローバル・ニュークリア・フュエル・ジャパン)、日本核燃料開発、三菱重工、ニュークリア・デベロップメント、原子燃料工業の10機関がある。原研(現日本原子力研究開発機構)を含めた国内各機関からのハルデン計画への長期派遣はこれまで延べ57人であり、原研(現日本原子力研究開発機構)だけでも27人となっている(文献1、2参照)。
3.2 燃料照射研究成果
 HBWRを使った燃料照射試験の目的は、確性試験および破損原因とメカニズム追求に大別されるが、その歴史はわが国の燃料研究の歴史にほぼ匹敵すると言えよう。表1−1表1−2および表1−3 に、わが国が行ってきた過去37年間の照射試験をとりまとめた。これまでに用意された照射リグの体数は2003年1月までで61体を数えている。
 燃料照射試験の一例を次に述べる。原研(現日本原子力研究開発機構)ではJPDR−II燃料の確性試験、局所水素化および焼きしまりの原因とメカニズム究明に関した試験、BWRおよびPWR燃料のPCI(Pellet−Cladding Interaction)破損に関連した出力急昇試験(Power Ramping)等を実施した。特に、出力急昇試験では、原研(現日本原子力研究開発機構)はハルデンプロジェクトと共同でHBWR内に軽水炉(PWR、BWR)を模擬した高温高圧の強制循環ループを2基設置した。同ループは、現在でも稼働中である。核燃料サイクル開発機構(旧動燃(現日本原子力研究開発機構))、メーカー等では、ATR(新型転換炉)およびMOX(混合酸化物)燃料確性、可燃性毒物(ガドリニア)入り燃料確性、対PCI燃料棒(ライナー付きジルカロイ燃料棒等)確性、耐高燃焼度用燃料棒(大粒径燃料、改良被覆管等)確性試験等が実施されてきている(文献4参照)。
 得られた炉内試験データは評価後、国の行う安全審査(燃料関係)の判断基準データベース等として構築された後、官民のために様々の場に供されてきた。今日、わが国の軽水炉における燃料破損率が極めて低く、これが原子炉施設の安全性に大きく貢献しているが、この背景にはハルデン計画から得られた燃料ふるまい情報が大いに役立っていることは周知の事実であろう。さらに、HBWRから得た精度の良い炉内ふるまいデータは、燃料ふるまいに関する決定論的な計算予測コードの作成を可能とした。その代表例として、原研(現日本原子力研究開発機構)が開発検証した燃料ふるまい計算コード「FEMAXI−III」が挙げられよう。同コードは、ハルデン計画が実施したラウンドロビン(答を目隠した試験)でも予測率が世界でトップとなり、コード公開後、現在でも国内外で幅広く使われている(文献7参照)。
3.3 コンピュター応用研究成果
 原研(現日本原子力研究開発機構)で開発した原子炉異常診断エキスパートシステム(Diagnostic System using Knowledge Engineering Technique、通称DISKET)が、ハルデンに導入整備され、支援システムの一つとして活用されるとともに、HAMMLABにおいての評価実験を実施し、有用な結果を得た。原研(現日本原子力研究開発機構)でも、原子炉異常診断システムの開発に役立てられた。マンマシン相互作用に関する実験データは、原研(現日本原子力研究開発機構)の人的因子研究として実施されている「マンマシンシステムの評価に関する研究」および「人間の認知的ふるまいの特性に関する研究」のための貴重な情報となっている。さらに、ハルデン計画で開発されたインターフェース管理のための汎用ソフトウエアシステム(Picture Assembly Software、通称PICASSO)は、原研(現日本原子力研究開発機構)でのヒューマンファクタ実験環境の整備に役立てられている(文献5参照)。
4.おわりに
 ハルデン計画は、わが国が実施して来た数ある国際協力の中でも、最も長期に亘るものであり、有益なデータを出し続けている計画である。3ヶ年毎のプロジェクト見直し、限られた期間内で成果を出し続け常に新しいものを取り入れる意欲、優秀な人材の輩出、そして時には幸運にも恵まれ今日まで46年間(わが国の加盟からは37年間)もの間、原子炉燃料の信頼性向上に貢献し続けている。発電用軽水炉燃料の高燃焼度化とプルサーマル燃料の時代に入り、それに関連した照射試験がHBWRを使って今でも継続されており、その必要性は過去にも増して高い。
<図/表>
表1−1 ハルデン沸騰水型炉による日本燃料の照射試験(1/3)
表1−2 ハルデン沸騰水型炉による日本燃料の照射試験(2/3)
表1−3 ハルデン沸騰水型炉による日本燃料の照射試験(3/3)
図1 ハルデン炉の概要
図2 照射リグと計装付き燃料集合体(IFA)

・図表を一括してダウンロードする場合は ここをクリックして下さい。


<関連タイトル>
世界の出力調整運転(試験)の現状 (02-08-01-02)
原子力施設等安全研究年次計画(平成8年度〜平成12年度)水炉の安全性に関する研究 (10-03-01-06)
ノルウェーの国情および原子力事情 (14-05-06-01)

<参考文献>
(1)ハルデン共同研究合同運営委員会:”ハルデン計画”(1984)またはJAERI−M 84−031(1984).
(2)ハルデン共同研究合同運営委員会:”ハルデン炉を利用した日本の燃料照射研究”、JAERI−Tech 2004−023(2004).
(3)三井田 純一:”ハルデンプロジェクト−その成果をめぐって/ハルデンプロジェクト
加盟の頃のあれこれ”、原子力工業、第33巻第9号(1987)、p.11
(4)市川 逵生:”ハルデンプロジェクト−その成果をめぐって/ハルデンプロジェクトの経緯と成果—燃料研究部門”、原子力工業、第33巻第9号(1987)、p.16
(5)鴻坂 厚夫:”ハルデンプロジェクト−その成果をめぐって/ハルデンプロジェクトの経緯と成果−コンピュータ応用研究部門”、原子力工業、第33巻第9号(1987)、p.27
(6)The OECD Halden Reactor Project:
(7)M. Ichikawa et al.:Irradiation Studies of JAERI’s Fuel at Halden Reactor, J.Nucl. Sci. Techcnol.,25(8),609(1988).
(8)澤 和章:軽水炉燃料のペレット−被覆管の力学的相互作用に関する研究、JAERI−M 87−128(1987)
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