第10話『恋するみずき』Part3   Part2に戻る

 森の中の教会。もやが掛かっていてソフトフォーカスのようだ。そこへ盛装した七瀬が向かっている。
 きちんと化粧をして耳には小さなピアスも。大人の七瀬だ。
 彼女はひどく現実感のない教会を突っ切るとある一室に入る。中の人物に声をかける。
「みずき」
 中に一人でいた純白のウェディングドレス姿のみずきは顔を輝かせる。
 下ろせば腰まである髪は結われて纏められている。
 両耳には小さく光るダイヤが。
 大人っぽくなった物の、ややふっくらした顔に化粧を施して、唇はみずみずしく。目元は涼やかに。頬は命の赤みを見せていた。
「七瀬。来てくれたの。嬉しい」
「当たり前じゃない。友達なんだし」
 本当に女友達のように会話する。そして七瀬はおもむろに視線をみずきの腹部に移す。
「……なんとか目立たないみたいね」
「えへへ。計算合わないね」
 みずきは照れ笑いを浮かべる。七瀬も笑うが何か物悲しい。その手を自分の腹へと導くみずき。
「あっ」
「ちょうど今…蹴ったわね。男の子ね。かつてのあたしのような」
「みずき…」
 そのとき、新郎である坂本俊彦が入ってきた。
「やあ。来てたのかい」
「先輩。みずきを幸せにしないと私が許しませんからね。何しろ出来ちゃった結婚ですものね」
 おどけているがどこか悲しげだ。
「いやあ面目ない」
 照れ笑いの坂本。
「俊彦さんを責めないで。七瀬。あたし感謝してるの。
 男に未練を持ちつづけて、男と女を行ったり来たりしていたあたしに、完全な女になる決心をくれたんですもの。
 先輩を愛して本当に良かった。あたしは今日…坂本みずきになるわ」
 割り切れたはずの感情が痛みを思い出す。
「みずき。そんな…イヤよ…」
 しかしそんな七瀬の静かな悲鳴も聞こえていない二人。自分たちの世界に入っている。
「僕は君にあうために生まれて来たのかもしれない」
「あたしも」
「いや…やめて…みずき…」
「キス…してもいいかい」
 言葉に出さずみずきはそっと目を閉じる。二人の唇が七瀬の目の前で重なろうとした…

 そこで15歳の少女は悪夢から解放された。ネグリジェが寝汗でべとついている。その胸元に熱いものが頬を伝い落ちて濡らす。
「…みずき…」
 なんだかわからないがとても切なくてそのまま顔を覆って泣いた。

 金曜日。思い余った七瀬は、昼休みにみずきが坂本のところに行き、いなくなったのを利用して真理たちに相談した。
「デートだぁ? あのバカどこまで七瀬を泣かせりゃ気がすむんだ」
「それもまだ女相手なら諦めもつこうが男では…」
 ちらりと校庭を見ると、だいぶさまになってきたみずきのぶりっ子が目立つ。本当の女でも演じることがあるので意外に違和感はない。
「よし。こう言うときは妨害と相場が決まっているし」
「まぁ上条さん。そんなことをすると馬に蹴られてしまいますわよ」
「うっ。風雲再起に蹴られたウォン・ユンファみたいに…それはイヤだな」
「妨害工作ならばわれら風間のてだれに…」
「でもみーちゃん…どこでデートすんだろ」
「確かに…尋ねて素直に教えるはずもないし」
「なぁに。アタイにまかせな」

 その日の午後。真理がみずきを呼びとめる。
「赤星。今度の日曜なんだけどさ。遊びに行かないか?」
「えっ。今度の日曜……ゴメン! 予定入ってる」
「なんだよ。デートでもすんのかよ」
「……ま…まさかぁ」
 奇妙な間があいたが、どうやら真理が七瀬相手のデートと聞いたとみずきは解釈した。
 だがデートと言う単語にみずきは心にその場所を描いてしまった。
 そしてそれをガンズンローゼスで読み取るのが元もとの目的だった。

「遊園地か」
 みずきが坂本にくっついて行ったのを見計らって7人は合流する。そこで真理が場所を教える。
「妨害といってもいろいろあるよね。陰から邪魔するとか、はじめから行かせないとか、乱入するとか」
「いっそ『破局』に持っていくためにデートに悪い印象持たせた方が良いんじゃ」
「すると影からの妨害でござるな。変装がいるでござるな」
「ところで上条くん。なんか面白そうだね」
 上条は場所と日にちを聞いて吹き出していた。
「いやその日。そこではさ…うぷぷぷぷっ」
 みんなはそれを聞いて仰天した。
「それなら…多少の変装は目立たんな」

 そして日曜日。坂本は待ち合わせである場所へと急いでいた。
 約束の時間には間に合うのだが、それでも女の子を待たせるわけには行かないと急いでいた。着くなり辺りを見まわす。
「ここです。先輩」
「ああ。赤星く…ん?」
 白く可愛らしいワンピース。つばの広い帽子。かかとの高いパンプス。
 顔にはきちんと化粧を施してある。思わずピンクの唇をじっくり見てしまう坂本であった。
「あ…あんまり見ないでくださいっ」
 言葉遣いこそ演技だが恥じ入っているのは演技抜きであった。照れから顔に手を運ぶが、それが皮肉にもより女性的に見せた。
 どこから見ても一人の少女であった。仕草といい姿といい正体が男などとは誰も考えまい。

「男に戻るためならデートだって…」

このイラストはオーダーメイドcomによって作成されました。クリエイターの参太郎さんに感謝!!

「いや…ゴメン。学校でのブレザーかジャンバースカートの印象が強くて…」
「あたしもそんなには飾りたくなかったんですけど、薫とおふく…ママが『デートに行くならお化粧くらいしなさい』って無理に」
 みずきにしてみればピエロになった気分であった。このときはむしろ自分が女で良かったと思ったほど恥ずかしかった。
 それでもデートをキャンセルするわけには行かない。何か執念すら感じる。
(こんなのも後になれば笑い話だ。今だけの辛抱だ)
「いいじゃないか。とっても可愛いよ」
 確かに良く似合っていた。坂本も好感を抱いたようだ。それが救いであった。なんとか気分を直した。
「じゃあ行こうか」
「はい」
 みずきはおずおずと歩く……が、いきなりこけた。
「危ない!!」
 とっさに坂本が支える。みずきがこけるのは年中なので身構えていたのだ。
「あ…ありがとうございます
(ちきしょう。お袋に薫。こんな歩きづらい靴を渡しやがって。
 確かに鏡で見たら足がきれいに見えてその気になったけど、こんな歩きづらいとは思わなかったぜ。
 どうして女はこんなので平気に歩けるんだ? 年季の差か。怖くて何かに捕まってないと歩けねぇ)あの…先輩。腕…組んでいいですか」
「え? あ…ああ。どうぞ」
 腕を組んで歩く姿は、仲睦まじいと言うか微笑ましいカップルに見えた。

 そして遊園地。二人は絶句する。看板には『コスプレ祭り』と。
 土曜。日曜とコスプレでのダンスパーティーが開かれていて、しかも遊園地内にも入場可能なのである。
 いまさら場所も変えられないのでふたりはそのまま中へと入る。

「なるほど。お前はこれを知ってたわけね」
 ハンチング帽にブルゾン…と言うかジャンバー。灰色のスラックス。左の脇に競馬新聞。右の耳に赤鉛筆の榊原が言う。
 ここには場外馬券売り場がある。榊原のコンセプトが違っていてそちらに同化するものだ。
「確かにここなら多少は変な格好の方が目立たないね」
 青いコンタクトで西部娘に扮した真理は、喋らなければ外人にしか見えない。
「木の葉を隠すには森の中でござるな」
 こちらはむしろ普段着だが充分コスプレになっている、忍び装束の十郎太である。
「みなさん、本当に変わった着物をお召しになっていらっしゃいますね」
 姫子は屋敷のメイドの服でサイズが合うものを借りてきた。実は密かに着て見たかったのだ。
「すごい人の数だよ」
 綾那は姫子に借りて和服だ。着つけは姫子にしてもらった。
「でも…上条くん。暑くない?」
 尋ねる七瀬はセミロングの髪を帽子の中に収めていた。眉を描いて太く見せていた。
 そして男もののシャツとズボンで『男装』していたが、普段スカートしかはかないのでズボンのはき方が何か変であった。
 男装を選んだのはある意味では、女性化するみずきに対する思いの裏返しか。
「大丈夫」
 そう言って右手を突き出して親指を立てる上条の姿は、見事にテレビのヒーローそのままだった。
 ちゃんと仮面すらしているので文字通り誰だかわからない。しかも他にもそれをしている人間もいる。
 どうも彼はコスプレをしに来た節がある。
「あっ。行かれるようですね」
 ある程度は距離を置いても姫神が見つけ出せる。だから離れて尾行を開始した。

 周囲を見まわして唖然としている坂本とみずき。コスプレの嵐であった。
「いや…凄いところに来ちゃったねぇ」
「そうですね…あの人、この暑いのに黒いコートに白いマフラー。なんだろ? あの『そろばん』みたいなの」
「こっちにもトレンチコートの人がいたよ。携帯電話使っていたけど刑事のコスプレなのかな」
「あのアフロヘアーでコインを弾いている男…の人。
 皮パンツやジャケットの長袖はバイク乗りなのかもしれないけど、あの真っ赤なマフラーに口紅はやはりコスプレなんでしょうか?」
「あっ。こっちの白いドレスの人は涼しそうだね。きれいな女の…のどぼとけ!? あの人は男?」
 それを見てみずきは不機嫌になる。
「…確かに男ですね」
「女装と言うヤツか。びっくりだな。良く見ないと男とはわからないほどきれいな女の人に見えるよ。
 あ…あの人もだな。ああ。あっちの人は一目で男とわかるな。ありゃ? あの中国風の男の子と思ったら女の子がコスプレしているのか」
「……行きましょ。先輩」
 「お…おいおい。どうしたんだい」
 すたすたと歩くみずきを追いかける
 ちなみにここまで腕に捕まって歩くうちに何とかかかとの高い靴に慣れた。やはり女の体に合わせて作られた物だけに、肉体が女のみずきにはしっくり来るようである。
 そのみずきは仏頂面でワケを言う。
「あたし…女装って嫌いです」
「うーん…確かにちょっと気持ち悪いかも」
 真相は別にあった。
(なんだよ。あの連中。オレなんかしたくもないのに、こんなスカートはいて化粧しなくちゃならないのに嬉しそうに女の服を着てやがる。
そんなに女になりたいなら変わってやりたいよ。いっぺんオレの体質になってみろ)
 それが不機嫌の理由だった。そうとは知らない坂本は取り繕うためにジェットコースターを勧める。

「選択ミスだな。まだ互いのこともろくに知らないうちにこんな並ぶところに来たのは。
 あっという間に話題が尽きて、間が持たなくて気まずくなるぞ。初デートで遊園地は失敗と言うのはそこからきている」
 なにか覚えがあるのか、読みかじった知識には聞こえない榊原の言。
「何もせぬでも勝手に壊れるなら万々歳と言う物でござる」
 回りにもコスプレ撮影などでたむろしているので、一団が立ち止まっていても然程は気にならない状況であった。
 みんなが会話する中で七瀬は無言である。

 どうやらみずきたちはジェットコースターにしたらしく、列の最後尾に並ぼうとする。
 踵の高い靴に多少なれて調子よく歩くみずきだが、普通のローファーでもこける娘である。
 雑踏も手伝いよろける。それをたまたまその位置にいた坂本が真正面から支える。
 よろけたとは言えど胸を重ねるように抱き合う形になる。
 七瀬の表情が若干こわばる。これは事故と割りきれても。
 だが坂本が突き出した腕に、みずきがためらいもせず腕を回したときは、平常ではいられなくなった。
「バッカじゃない」
「……及川?」
「何もなくても転ぶのにあんな踵の高い靴を履いて。まして着慣れない服なのに。捕まらないと歩けやしないわよ」
 普段から想像できないきつい言い方。だがこれは兄妹のように幼いころから一緒だったゆえに遠慮がないからだった。

 榊原の危惧の通り、早くも話題が尽きてきた。
 困ったみずきは上条のことや綾那のこと。榊原や真理。十郎太や姫子。そして七瀬のことまでも話題にした。
 普通は趣味の話題だろうが、坂本がテニス以外になにを好むのかわからなかった。
 七瀬や上条はある程度は坂本とも共通の知り合いなのでと言う判断だ(上条の場合は坂本の親友。入来蛮を慕っているから知っていると言うところか)
 友人の話なんてどうかと考えたが坂本は興味深そうに聞いていた。
 お陰で順番待ちも苦にならないですんだ。

「なんだか…仲睦まじく見えますね」
 姫子の率直な感想。それに対してまで
「ばっかみたい」
 この反応。七瀬がかなりぴりぴりしていて、みんなうかつに話しかけられない。

 列が動く。みずきがよろける。初めて履いたにしては上達したが、さすがに簡単には踵の高い靴はなれない。
 坂本に支えられ腕を組んでジェットコースターへの階段を上がる。
「ホントバカね。あんなの履いて。何もなくても転ぶのに階段じゃなおさら支えてもらわないと歩けないじゃない」
 ますます罵倒に容赦がなくなる。
「む…なるほど。親密になろうと言うならそれも手でござるな」
 忍びは現実家。だから現況を客観的に判断する。ただし口に出すべきではなかった。
 ここまで落ち込んでいた反動か。それとも目の前で恋する少女ぶりを見ているせいかカリカリしていた七瀬の前では。

 さんざん騒いでジェットコースターを降りる。
「いやあ。騒いだ騒いだ。のどが乾いたね。何か買ってくるよ。何がいい」
「いえ。あの…その前にちょっと」
 現在は女と言うのが作用しているのか恥ずかしげに切り出す。視線の先を見て察した。
「いいよ。僕が買ってきておくからその間に行っておいで」
「はい。じゃちょっと」
 みずきは早足でとトイレに向う。悪趣味だからと視線は外したが、ふと気になってみたらとんでもない間違いをみずきは犯していた。
「赤星くん。そっちは男子用だ」
 慌てて叫ぶが遅かった。

 男子トイレ。六つ並んでいるうちの四つが使用されていた。
 用を足していた男たちは、中央の空いている便器にワンピースの美少女が立ったから仰天する。
「え!? えっ!? えーっ!?」
「はは。なんだよ。オレの顔に何かついてる」
 トイレはリラックスする空間。ましてや男子用でつい地の男言葉が口をつく。
 声を出してもみずきは自分の間違いに気がつかない。用をたそうとズボンのジッパーを下ろそうとしたら…スカートだった。
「え゛!?」
 みずきは間違いに青くなり、失態に赤くなり無言で男子トイレから出て、女子トイレに入りなおす。
 残された男たちは呆然としていたが今の出来事をかたり出す。
「な…なんだったんだ? 今のは」
「女子トイレが混んでいて男子トイレで澄ますおばさんは、聞くがあんな若くて可愛い女の子がねぇ」
「俺はまたZERO2でリュウがスパコンフィニッシュ5回で勝ち進んで、バーディーステージでさくらが乱入したかと思ったぜ」
 割とマニアックなボケである。

 足早に坂本の待つベンチへと戻るみずき。真っ赤な顔で無言で座る。
(ちっきしょー。男と女を行ったり来たりしているから自分がどっちか感覚なくなってきたな。よりによってこんな場面で失敗するなんて)
「はい。オレンジジュースでいいかな」
 坂本は笑顔でジュースを差し出す。嘲笑のそれではなく爽やかな笑顔だった。
「あっ…ハイ。ありがとうございます」
 今の失策からか恥ずかしさでか細い声で受け取るみずき。
(優しい人なんだな。オレなら笑うか『何やってんだよ』と言うけど…
 見た目だけじゃなくてこの優しさで女子に人気なのか…ちょっと罪悪感を感じてきたけど目的のためだ。後で土下座して謝ってでもなんとしてでも)
 心は燃えて目が光る。その気配を感じた坂本は尋ねる。
「ん? どうしたんだい。赤星くん」
「あ。言え。なんでもないですぅ」
 問われたみずきは精一杯可愛らしく少女を演じて答える。
 間が不自然になってしまったので彼女はまた七瀬の話しで場をつなぐ。
 坂本はいやな顔一つせずに聞いている。
(またネタにしちまった。ごめん。七瀬。だけどオレも良くこれだけ七瀬の話しが出るよな…付き合いは長いが)
 だが自分のこの行いが七瀬の心を揺さぶっていることは考えていなかった。

 事情を知らないものには初々しいカップルにしか見えなかった。
 二人は次のアトラクションへと移動する。

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