第10話『恋するみずき』Part2 Part1へ戻る
火曜日の登校中。いつものように駅へと向うみずきと七瀬。だがみずきの荷物が少し多い。
「なぁに? それ?」
七瀬はみずきの『水筒』を指して言う。
「これ? おふくろに聞いて作ったアイスティー。砂糖の替わりに蜂蜜を入れたからスタミナ補給にもなるぜ」
「ああ。今日は体育あるものねえ」
七瀬は素直と言うか単純にそう感じた。
「違うよ。これは坂本先輩が部活を終えたら差し入れするんだ」
「えっ?」
坂本俊彦はテニス部に所属している。火曜日は部活のある日である。それを見越して差し入れのアイスティーを持参するなど
(まるっきり女の子のやることじゃないのよ)
この日も昼休みのバレーボールに参加しているみずきである。
坂本を慕い参加する1年女子は他にもいたので珍しくはなかったが、何しろみずきは抜群の運動神経で感嘆させたかと思えば、なんでもないプレーで転んでたりする。
「大丈夫かい。赤星くん」
坂本は優しく手を差し伸べる。みずきはおずおずと恥ずかしそうにその手を取る。立ち上がってスカートの埃を払う。
「ありがとうございます。先輩。それと」
「どうしたんだい? 転んでどこか傷でも」
「できたら『みずき』って名前で呼んでください」
この一言に他に坂本に好意を持つ女子の目がつりあがる。だが坂本は赤くなって
「平気のようだね。じゃはじめるよ。赤星くん」とバレーボールに戻ってしまう。
(さすがにまだ名前で呼ぶ親近感はないか…)
みずきもバレーボールの輪の中に戻る。
「あの小娘…なんと言うことを…」
目を吊り上げるどころでないのが2年の教室から見ていた橘千鶴である。
声はさすがに聞こえなかったものの、みずきが坂本の手を取ったのが良く見えた。
「おいおい。お嬢。そんなに気になるんならよぉ、あの中に入って一緒にバレーボールして、坂本に構ってもらえばいいじゃねぇか」
半ば揶揄するように入来蛮が言う。振り返った千鶴は、とても冷たい目で彼をみすえると
「北条の小娘じゃあるまいし、そんなはしたない真似ができるとお思い」
ぴしゃりと切り捨てる。
「お高いねぇ。そんなんじゃ『庶民派』の坂本はあっちになびくぜ」
入来にしてみればからかいのつもりが千鶴の逆鱗に触れた。
3分後。氷の牢獄に囚われる蛮の姿があった。
それで気が済んだのか、とりあえずその場はもう、何もしない千鶴であった。が…
放課後。
様々なクラブが活動をおこなっている。テニス部もそうであった。
ギャラリーの多さでは郡を抜いていた。その中にみずきの姿もあった。手にはアイスティーを持っている。
その一同が見ているのが坂本が同じ二年生との練習でのプレイだった。
ラリーが延々続いていたが、坂本の激しいスマッシュが決まると嬌声が上がる。
「ようし。ちょっと休憩しよう」
部長が宣すると坂本たちも切り上げて引き上げてくる。
ここぞとばかしに女子生徒たちが坂本にアプローチをかける。
ここでは普段忌み嫌う甲高い少女声が武器になったみずきである。
「せんぱぁーい」
「ああ。赤星くん」
坂本があっさりとみずきに向いたので面白くない他の女子。どうも坂本は若干『優柔不断』と言うか流されやすい傾向がある。
「お疲れさまでしたぁ。これ、ウチの母に(作り方を)聞いて作ってきたアイスティーです。良かったらどうぞ」
「へぇー。喫茶店の? じゃあせっかくのご好意だし」
だからこの場でも断らず受け取ってしまった。
「いい加減にしなさい。この泥棒ネコ」
かなり遠くからにもかかわらず良く響く甲高い声の主。橘千鶴がまさしく血相を変えてずかずかと歩み寄ってくる。
千鶴より先にその場にいた女子がみずきに文句を言おうと思っていたが、千鶴の迫力の前に霧散した。
何しろ四季隊をも眼力で退ける迫力である。ミーハーな女子では一たまりもない。
フェンスを超えてテニス部のエリアに入りみずきを指差して
「赤星さん。あなたに決闘を申し込みますわ」
2年教室。邪魔だからと後方に移された氷の牢獄。その前に上条。綾那。十郎太。姫子がいた。
上条は姫子の「薙刀」を手にしていた。
「では老師。これを使わせていただきます。この天秤座(ライブラ)の剣(ソード)を」
「いえ。これは薙刀ですわ。上条さん」
「うーん。このシチュエーションだとやはり剣を一閃!!…の方がかっこいいけど。薙刀ならハルバートスピンかな。フレイムセイバーでもよさそうだな」
『なんでもいいから出してくれぇぇぇぇぇ』
「あっ。すいません。先輩。それじゃやはり熱かな。若葉。協力よろしく」
「うん。いくよ。上条くん」
二人の『気』を相乗させて『爆熱龍気炎』『フラッシュキャノン』をそれぞれ撃ちこむより強力な弾丸を放つ作戦だ。
同調させるために上条は右手で綾那の左手を取る。赤面する綾那。
さらにもっと精神集中するために一番自分にあった方法。口上を述べる。
「二人のこの手が真っ赤に燃える」
(二人のこの手。きゃ)
「しあわせつかめととどろき叫ぶ」
(幸せ。きゃっ)
『爆熱 ラブラブ 龍気炎』
二人の重ねた手から強大な気が出て氷を粉砕する。入来は無事だ。
「た…助かったぜ。あのお嬢。坂本のことになるとトチ狂うからな。おかげでみんな『触らぬ神に祟りなし』とばかりにオレをこのままにしとくし」
「僕もびっくりしましたよ。久しぶりに先輩のところに遊びに来れば、フリージングコフィンかけられてるし」
「いい後輩を持ったぜ。ところでこっちのお嬢ちゃんはどうした? うずくまっちまって」
「あれ? 若葉。どうしたの」
「この手。幸せ。ラブラブ。上条くんがボクにラブラブ。きゃー」
なんとも締まらない表情でつぶやく綾那であった。
「……上条。ちょっと口上が拙かったんじゃないのか?」
「うーん。男と女が協力して気を放つならあれだと思ったのですが」
「こっちのお嬢ちゃんも色ボケか…色ボケといやあ橘。
とにかくあの女は坂本のことになると何するかわかんねーぞ。赤星って言うお嬢ちゃんが危ない」
「赤星を倒すのは並の腕では無理でござるが…この氷の檻。よもや」
「ああ。橘千鶴はマリオネットマスターだ」
テニスコート。凄まじい迫力の千鶴にみずきは演技抜きでおずおずとしていた。
「決闘…ですか。なんでまた…えーと…」
「橘千鶴ですわ。赤星みずきさん。そして決闘の理由。それはあなたを排除することですわ」
「排除…って穏やかじゃないですよ。いったいあたしが何したって言うんです?」
自然と出てくる女言葉。
「坂本くんに近寄る女は…問答無用で私の敵よ」
ポーズを取るように右手を出す。まるで攻撃目標を指示しているようであった。
やや遅れて千鶴の頭上から『つらら』が槍のように打ち込まれる。
敵。味方。そして幼なじみがマリオネットマスターだけに瞬時に理解して後方に避けた。気後れしていたが攻撃されたので割りきれた。
(またマリオネットマスター? この学校にやたら多くないか)
さがりながらも気が高まり射出する。
「シューティングスター」
本体・橘千鶴を目掛ける。これはあっさりと彼女のマリオネット『ケアレスウィスパー』が防御する。
その隙にみずきは千鶴に向けてダッシュする。
ところがなんと千鶴もみずきに向かい突っ込んでくる。それも物凄いスピードですべるように。
(な…なんだ。どうしてテニスコートの上で滑るように…あっ!?)
良く見ると千鶴の足が地面から浮いている。ローファーの下に氷でできたブレードが。『氷のスケート靴』だった。
(なるほど。靴その物が氷で、どこでもすべることができて、すごいスピードで移動できるのか)
みずきは激突を避けるためにジャンプした。千鶴を飛び越す。
反対側に着地してもう一度跳ぶ。頂点から『クレーターメーカー』を見舞うつもりだ。
だがみずきには見えないものの既に千鶴のマリオネット。ケアレスウィスパーが攻撃準備をとっていた。
『ブリザードプリンセス』
つららの代わりに雹である。ただし量が半端ではない。まさしくブリザード。
一つ二つなら空中でも捌けるみずきだが、さすがに捌ききれず。かといって空中ではガードもできず、為す術もなく撃墜された。
「あなたのような中途半端な頭の良さを持っている人間の考えを見ぬくことなど、この私には容易くてよ。おーっほっほっほ」
手を顔に当てて満足そうに高笑いする千鶴である。
テニスコートへと急ぐ上条たち。
「それにしてもこの前の赤星と僕を襲った二年といい、その橘さんといい、この学校ってやたらにマリオネットマスターが多いですね」
「須戸のヤツぁ知らないが、お嬢の場合は今年の春から出るようになったらしい」
「わたくしたちが入学してからですね。姫神やダンシングクィーンさんの影響でしょうか?
昔はそんなことを仰ってませんでしたし」
「本人は『私ほどの人材になると神様もご褒美をくれるのよ』とかほざいていたがな」
「でもボクは前の学校で他に見なかったよ。ボクの友達も使えなかったし」
「千鶴殿は幼少のみぎりから姫とは付き合いがあったでござるが、それで出たのが最近と言うのも妙でござる。何か別に影響を与える物があるのかも知れぬ」
「とにかく急ごうぜ。お嬢は普段はああ見えて常識のある方だが、こと坂本がらみだとそれも保証できねぇ」
高笑いする千鶴。倒れていたみずきだったが
「こんのぉ…手加減してりゃいい気になって。シューティングスター」
立ちあがるなりを両手から気の塊を放つ。
だがいつのまにか氷の反射鏡が作られており撥ね返された。
「なんだと!?」
攻撃態勢のままだったためよけきれず。そのまま食らう。
「言ったはずよ。すべてお見通しと」
実際はタイミングを見越して念の為に氷の盾「アイスリフレクター」を用意していただけである。
飛び道具を撥ね返せる技だが、一度使うと壊れてしまいまた生成せねばならない。
さらには割りとすぐ消えるのでタイミングよくしかけないと無駄になる。
今回は反撃タイミングを見越してしかけていたので良かった。
もろに食らったみずきは後方へとのけぞる。そこに千鶴が再び凄まじい勢いで近寄る。
つかむなりまるでダンスを舞うようにみずきを投げ飛ばしまくる。優雅にすら見える。
「スケーターズワルツ」
都合3回投げる。みずきは反撃をしようと思ったもののどう言う訳か手が出ない。
相手が女と言うこと。自分が女と言うこと。そして…坂本の前と言うこと。
だから彼…彼女はもっとも女性的な方法に訴えた。
「せんぱぁい。あの人怖いですぅ」
怖いのも嘘偽りない本音だった。嫉妬に狂ったその姿に圧倒されたのが一番だったかもしれない。
だが助けを求めた際に抱きつく形になったのは火に油だった。千鶴の形相が変わる。
「この女ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ。ずたずたにしてあげるわぁぁぁぁぁぁぁぁ」
逆上した千鶴は、残っている気でケアレスウィスパーに攻撃をインプット。それをみずきに向わせる。本人も反対側から挟み撃ちだ。
「クールビューティー」
だが当然それだと坂本もまきこむ。そして坂本はみずきを庇い盾になる。それを見た千鶴の気が消える。
「坂本くん…私よりそんな一年の小娘がいいの…」
鬼のような形相だった千鶴は、意気消沈して元の美人に戻るが恋の破れたことに涙を流す。
攻撃がやんだので見たら泣いていたので、気まずかったがとりあえずみずきを気遣う坂本。
「大丈夫だったかい」
「ハイ…」
本当は嫉妬の凄まじさに震えていた。
怖い思いをさせたと後ろめたくて坂本はみずきのフォローを優先したが、それが千鶴とみずきを含め多方面に勘違いを呼んだ。
ようやくたどり着いた姫子たちも例外ではなかった。
「きゃー。みーちゃんもらぶらぶだぁ」
「千鶴さん…泣いてますわ」
「あー。あれはだいじょーぶだ。お嬢は直情型だからな。一回泣けばけろっとしている。
坂本もそれ知ってるからちっこい子(みずき)を優しくしてんだろ」
さすがに付き合いが長いせいか良く知っている入来だった。
綾那達は黙っていたものの翌日の水曜にはそのウワサでもちきりだった。
「テニスコートでの略奪愛」
「白昼の抱擁」
「無限塾ロイヤルカップル誕生か」と東○スポ○○ばりのみだしをつけた新聞部の号外も出る始末。
さすがにこれでは七瀬の耳にもはいる。
彼女は「何かの間違いよ」と笑い飛ばしたがその表情はひどく曇っていた。
水曜の部活にもみずきは顔を出す。またもや特製ドリンク持参である。
前日の手前、坂本は邪険にもできず、ずるずるとそれを認めることになる。
また千鶴もおとなしかった。しょげ返っていた。
みずきはこの日は下校も坂本と駅まで一緒に行くほど。みずきの本当の性別を知らなければ『急接近』としか見えないだろう。
七瀬の口数はどんどん少なくなっていく。
木曜日。側にみずきがいるのが当たり前になってきたせいか、他の女子も徐々に減ってきた。
この日もみずきは坂本にくっついて下校する。
「ねーえ。せんぱぁい」
甘えた鼻に着いた声で呼びかける。それは男の感覚か。女の感覚か。
「なんだい。赤星くん?」
「もぅー。『みずき』って呼んでくださいよォ」
「ははは。ちょっと照れるね」
(うーん。まだかな。ちょっと押してみようかな。やっぱあれだよな)
「先輩。今度の日曜日は空いてます?」
「今度の? ああ。何もないよ」
「じゃあじゃあ。一緒に遊園地にでも行きません?」
「えっ…それって…デート」
「はいっ」
坂本は考えるが、慕って来る下級生女子に誘われて悪い気はしないし、テニスコートの一件もある。
そして愛らしい顔を輝かせて、よい返事を待っている相手を傷つけたくなかったし、何より流されやすい性格がたたっていた。
「いいよ。じゃあ駅前に11時」
「はいっ(よぉし。1歩前進)」
その夜。思い余った七瀬は瑞樹を近くの公園に呼び出した。
「なんだよ。こんなところに呼び出して」
七瀬は話せない。何から聞いて良いのか…とりあえず無難な話題から切り出した。
「久しぶりね。男の子の瑞樹とは」
「ん? そうだっけ」
再び沈黙。夜中なのにセミが鳴いている。
「最近さ…」
「ん?」
サマードレスの七瀬はTシャツにジーンズの瑞樹にやっと本題を切り出せた。
「坂本先輩と……仲がいいみたいね」
男相手に仲が良い。そういわれて向きになって否定と予想していた。だが
「やっぱそう見える? もうちょいなんだよな。まだ先輩固くてオレのこと下の名前で呼ぼうとしないし」
まるで『打撃好調だね』と誉められた選手が自分の打撃を語るように嬉々として瑞樹は語る。
「……私が呼ぶように?」
「そう。そのくらいになりたいんだよな。だから一押しするんでデート申しこんじゃった」
「えっ!?」
「これで一気に親密になればやがては…七瀬? 七瀬? どうしたんだよ」
(デート…デート? 男なのに…ううん。心がもう…女になっちゃったの…)
混乱した七瀬はその場から走って自宅へと逃げ帰る。呆然とする瑞樹だが
「なーんだあいつ? 自分で呼び出しといて。まぁいいや。俺も帰るかな」
自宅へと彼もまた戻る。