第9話『激突』Part4 Part3に戻る
「赤星。上条。無事だったか」
榊原たちがみずきたちを見つけて大声で叫ぶ。
8人は体育館から校庭に抜ける道で合流した。ここは校庭に面している。
「ああ。どうやらマリオネットを止めてくれたらしいな。助かったよ」
みずきが答える。みずきも上条も七瀬や綾那の能力で戦闘前の状態に戻っている。
「それでスタンド使い本体はどこ?」
こう言う辺りすでにいつも通りの上条である。
「それが…逃げられた。で、追跡…と言うより保護に向う途中で君たちと」
「保護?」
珍しく歯切れの悪い榊原に聞き返す七瀬。
「いや…ぶちのめしたまでは良いけど…あそこに放り出しちゃってさ…」
閥の悪そうな真理が指をさすと一同は納得した。
「なるほど…あのバトルにまきこまれたら命の保証はないな…」
一面に穴の空いたグラウンド。所々破壊された建物。ケンカと言うより戦争である。
しかもこれは一対一。それも親子のそれである。
(下らんことをしているものだ…)
趣味で殺人を犯す斑には、互いの信念を掛けての拳の語り合いが感覚的に理解できなかった。
(無駄なエネルギーの使い方をしている。力が拮抗しているなら真正面から激突するのはリスクが高すぎる。
倒すなら虚を突いて背後から喉笛を掻き斬るとか、気の弾丸を放てるなら狙撃とかあるだろう。
こんな泥臭い闘いは私の趣味ではないな…凄まじいパワーは認めるが)
それでも不審に思われてもいけないので、とりあえず見張り役は続ける。そして塾長が誰を庇ったか見つけた。
(あれは…須戸完。逃げてきたかぶっ飛ばされたか…いずれにせよ失敗か)
斑はさりげなく辺りを見回すと無事な上条たちを見つけて舌打ちをする。
「大丈夫か?」
塾長にこう言われてもまだ須戸は信じられなかった。身を呈して自分を庇ったことに。
「ど…どうして…俺を…」
「お前が塾生だからだ。わかりきったことを聞くな」
「総番。あのジジイ隙だらけだ。今なら」
冬野ががなりたてるが総番は微動だにしない。
「な…何してるんだ? 総番。チャンスじゃねェか」
「ふっ。お前にはわからないのか。総番は今、真剣勝負をしているのだ。背中からの攻撃で勝ってもそれは男を下げるだけ」
慎に心酔する春日が誇らしげに言う。
信じられないものを見た。そんな感じで須戸の目は大きく開かれていた。
「俺が塾生と言うのは学生服でわかるとして…この学校の一生徒でしかない俺の顔や名前まで知っていると言うのか?」
「当たり前だ。塾長たるものが塾生の名前をしらんでどうする。わしにとって塾生は我が子も同然。子の顔をわからぬ親がいるものか」
「だから…だから庇ったのか? 俺を…我が子同然といえど他人には違いない俺を…」
何かが須戸の中で壊れていく。しかし…決してそれはいやな感じではない。例えて言うなら汗で汚れた衣類を脱ぎ捨てるように爽やかな感じだ。
「さて。わかったなら早々に避難せい。わしは話の途中なのでな」
背を向ける塾長に思わず声をかけてしまう須戸。
「は…話って…思いきり殴り合いじゃないですか」
塾長は首だけ須戸に向けるとふっと笑う。
「言葉では嘘はつけるが拳は嘘をつけぬ。わからずやのバカ息子に言って聞かせるにはこれが一番なのでな…」
「息子!? 親子でこれを…」
クレーターだらけの校庭を見て絶句する須戸。
「ふっふっふ。親にもそむけぬ男では外で生きては行けぬ。たくましくなりおったわ。だからわしも全力で応えてやる。いつか奴がわしを倒せたら…そのときが来るのを待っておる」
そこまで言うと再び戦いに赴く。須戸は動けなかった。
(なんという親子だ…嘘がないのはこの戦いの跡でわかる…思えば俺は親に殴られたこともなかった…だからゆがんだ…違う。悪いのは俺だったのか…甘えていた。だが世の中にはこんな親子の情愛もあるのか…小さかった…俺は何とイヤな奴だったのだ…
そして塾長。大きい…とてつもなく大きく…そして暖かい…それに比べたら俺は恥ずかしい…やりなおせるのか…できそうな気がする…ああ…俺の中の昏い情念が流されていく…)
校庭の付近。斑は舌打ちする。
(ダメだな…あれではもう使えない…ちっ。恐るべきは塾長か)
「あ。いたっ…!?」
須戸を探していた真理は発見して怪訝な表情をする。
須戸はひざまづいて上を見たまま涙を流していたのだ。
「まぁ。なんて邪気のない顔なのでしょう。まるで赤ちゃんですわ」
姫子の言うとおり須戸の顔から険が取れていた。
「なんと言うか…浄解されたみたいだな」
「敵意は感じられぬでござるが」
「だからってあそこに置いとくのは危険だな。捕らえる意味でも保護目的でもあそこに行かないと」
「でも…どうやっていく?」
七瀬の言葉にみんな詰まる。再び激闘をはじめた二人だがまるで戦場。とてもではないが突っ切れなかった。
「むぅぅぅぅん」
塾長が拳を振るう。
「おおおおおっ」
その凄まじい勢いを総番は全て捌ききる。捌かれベクトルの変わった力はそのまま外壁に。いくつかの『流れ弾』は悪漢高校の兵たちに当たる。
「あんぎゃー」
「ひでぶ」
「うわらば」
「あ…新悲鳴」
声にならない悲鳴を上げ倒れて行く悪漢の面々
(ちなみに最後の一言はもちろん上条である。『新悲鳴』とは『北斗の拳』の悪役の断末魔を一部でそう呼んでいたので)
「どっせぇぇぇぇぇぇい」
お返しとばかし慎が拳を放つが
「わはははははははははは」
塾長もそれを全て捌く。『流れ弾』は校舎に全て当たる。さすがに塾生に直撃しないように気を配っていたが分散したために庇えなかった。
「いかん!!」
その狼狽を見逃す総番ではない。凄まじい脚力で瞬間的に間合いを詰める。そして渾身の力で天に向けて塾長を殴り飛ばす。
「ぬぉぉぉぉぉぉぉぉ」
吹っ飛ばされた塾長は校舎にめり込む。それでも勢いは止まらず溝を作りながら屋上付近まで飛ばされてようやく止まる。
しかし総番は追撃しない。と言うか出来ないのだ。彼は全てに気を込めて戦う。だからこれほど凄まじき戦いが出来るが消費も激しい。
彼の一撃はまさしく必殺技といえた。
そしてそれを真っ向から受けてここまで戦える塾長も伊達に無限塾を率いていない。
多少は押されていても塾生たちはその戦いぶりに感銘を受けていた。
「ス…すげェ。なんとすごい戦いだ…」
「これが…本当の戦い…」
「くっ…これに比べたら俺たちのケンカなんてガキのケンカだ…」
来るものは拒まぬと言う無限塾は多数の『不良生徒』をも受け入れる。
だがそのほとんどは塾長の戦いにこうして自分たちの小ささを思い知り考えを改めるか逃げさる。
「ああ…塾長。俺はあなたについて行きますぅぅぅぅぅ」
まだ校舎近くでうるうるしながら感激している須戸も考えを改めた一人だ。
そしてこれは悪漢高校も同じだ。
「う…俺たちの総番はけた違いの強さ…」
「それを再認識したっ」
「悪漢を征服するつもりでいたが…」
「飛んだお笑い草だっ」
兵たちは恐れあるいは感銘していた。
(へっ。やはり総番の下にいるのが一番安全なようだな…だが総番ある限りナンバーワンにはなれそうもないが…)
(ふっ。そうでないと首を取る甲斐がない。だがあのジジイ…あいつも充分に倒し甲斐がある…)
(さすがは親子と言うところか…俺が無限塾にいたらやはりあの塾長についていたかもしれんな…)
(しかしおれは総番についていきますぜ…)
四季隊もまた思いを新たにしていた。
そして磔になっていた塾長が落ちて来た。砂埃をあげて地面に落ちる。だがむっくとたちあがる。
「……フツーなら全身打撲で死ぬぞ…」
青ざめた表情でみずきが言う。だが総番のほうはそれを見こしていたのか平然としていた。静かに語り出す。
「塾長…いや。親父よ。あんたは甘い。そうやって庇ったりするから精進しないし貴様自身も傷を負う。力なき者は去ればよいのだ。
俺はそうやって悪漢を率いてきた。だからやつらの中に庇われねばならぬ脆弱なものはいない。それがわからんのか…あんたは甘いんだよ」
最後のほうは搾り出すように言う慎。塾長は埃を払いながら聞いていたが腕を組む。
「甘い…か。それで構わぬ。彼らは今はまだその可能性を開花出来ぬだけ。ならばお前の言うところの『力あるもの』が守ってやればよい。捨石。それで構わん。彼らは『種』だ。わしはそれを花開かせればよい」
ふっ…と言うかニカッと言う感じで笑う。つられたかのように総番も笑う。
「笑顔がとてもよく似てますわね…」
場違いなようで的確な姫子の指摘。やはり血のつながりと言うことか。
しかしそれも刹那の話。二人は共に戦士の表情へと戻る。
「これ以上は埒があかんな。せめてもの敬意。俺の最大の技で葬ろう」
総番が腰を落として両腕を緊張させた状態で構える。
「ならばその礼に応えねばなるまい」
塾長は両手を広げた体勢だ。
二人の周囲の小石などが立ち上る神気と破気に空へと運ばれる。
「く…来るぞっ。総番の『あれ』が出る」
味方である四季隊が慄く。春日がうろたえた声を出す。夏木が兵たちに退避の指示を出している。
「腹ぁくくれっ。無様に伸びたくなければよっ」
あの秋本も緊張している。冬野は既に対応準備をしている。
みずきたちも緊張を感じ取った。
「一体…何をするのかしら…」
不安を素直に傍らのみずきに吐露した七瀬。
「わからねェ…だがとんでもないことになりそうだ…」
こちらも素直に応えるみずき。いつのまにか二人の少女の小さな手は堅く結ばれていた。
「むぅ。共に最後の一撃を繰り出すつもりでござるな。刀でなら斬る覚悟が出来たと言うところか」
「くっ。俺のビッグ・ショットは何も考えてないリラックス状態か逆に極限まで集中しないと予知が出来ない。だがそのどちらでもなかったからこれから何が起きるのか読めないッ」
(何をするつもりなのだ?)
斑もこの春からここで勤めている。だが斑信二郎はこれを初めて見る。
(だが…奪ったこの『中尾勝』の肉体が畏怖している…ここまででも充分にとんでもなかったのだが…これ以上の戦慄があると言うのか…今わたしは何を考えた? 『戦慄』だと? 恐怖しているのか。生殺与奪の自由を持つ不死の帝王たるわたしが…)
高まる神気と破気。それがすっと静まる。体内にて高めていたのだ。それが同時に練りあがった。共にそれを解放する。
「わしが無限塾塾長。大河原源太郎であぁるっ」
「俺が悪漢高校総番。大河原慎だぁぁぁぁぁっ」
両者の怒声が響き渡ると同時に校庭に面した窓ガラスが一枚残らず割れた。まるで爆発である。
二人の周辺にあった瓦礫などは文字通り吹き飛び、余波は校庭の隅々まで響き渡る。
「うわあああっ」
吹き飛ぶ悪漢の雑兵たち。無限塾の塾生たち。
そしてそれは中から見ていた中尾こと斑も同じであった。とっさにガードするが押し切られる。何とか止まった。
(今はっきりと理解したっ。無限塾や悪漢の生徒が他校に比べてタフなのは朝礼などでこれを食らいつづけていたからかっ。耐性があると言うわけだなっ。
そして恐ろしい…この無敵の斑信二郎。だがあの男だけはまだ戦うときではない)
彼は素直に塾長に対する恐怖を認めた。
「きゃあああああっ」
「うわあっ」
みずきと七瀬も予想だにしない攻撃にまともに吹っ飛ぶがそれを一人の少年が身を呈して庇った。
「アイタタタ……みずき。大丈夫?」
「あ…ああ…何とか…しかしなんて声だ…坂本先輩?」
二人を庇った少年は2年の坂本俊彦であった。彼は即席の耳栓にした耳に突っ込んだティッシュを取る。
「あつつ…二人とも大丈夫だったかい。一年生でこれを初めて見る君たちは予備知識がないと思っていたのでとっさに飛びこんだが…残念ながら君たちだけしか助けられなかった。たぶん脳震盪ですんでいるとは思うが…」
だが杞憂だった。榊原はビッグ・ショットでガードしてそして自らが盾となり真理を庇った。
十郎太も姫子を抱きしめる形で『爆発』の衝撃波から守る。
上条と綾那はとっさに気の砲弾で余波を相殺した。
「みんな無事か」
みずきがみんなに問う。
「なんとかな…赤星…ついにそっちに走ったか?」
榊原の言葉に自分が今、男に抱きしめられていることに気がつき慌てて離れて赤面する。
「それにしても…すごいなぁ…」
舞いあがる砂埃がキノコ雲のようになっていた。うっすらと治まった辺りではそこら中に人が倒れているのが見える。
全員で安否を確認するが気を失っているだけと知り安堵する。
上条がまだ舞いあがるキノコ雲に向って立ちそして叫ぶ。
「本郷さーん。一文字さーん」
それに応えたわけでもあるまいがやっと『爆心地』が見えてきた。ずたずたの塾長と総番だった。
「ふ…まだダメだったか…」
ニコッと笑うと大河原慎は倒れ伏す。
「そ…総番」
さすがに無事だった四季隊が駆け寄る。それを満足そうに見ている塾長。
「いい配下を持ったものだ。慎を支えてやってくれ…」
「は…はいっ」
思わず心から敬意を声にしてしまった四人だったがそれに気づく余裕もない。早々に撤収した。
残りも無事だったものに連れられて引き上げていった。
翌朝。いつものように登校する少女たち。七瀬の表情は暗い。
「どうしたんだよ。ため息ばかりでよ」
既に夏服で半そでブラウスにジャンパースカートと言う姿のみずきが同じ姿の七瀬に問いかける。
「だって今日の1時間目の体育。四百メートル走だった筈よ…私、走るの嫌い…」
「何だそんなことか。安心しろよ。校舎は左官クラブ辺りが修理しても、グラウンドまで手がまわりゃしないよ。ましてや体育の藤宮先生が倒れていたし。お前…わざと治さなかったろ」
「そんなことないわよ。ただ目の前の人たちをそれとなく治していたら藤宮先生は保健室にいたらしいし、塾長はいなくなっちゃってたし」
「まぁ良いけどね」
校門が見えてきた。ここまではいつもの登校風景。そして歩み寄る男。須戸完。
みずきと七瀬は前日に本体である彼を見ていたので身構える。だが須戸は爽やかな笑顔で話し始める。
「赤星くん。昨日は迷惑をかけた。この通り。謝らせてもらう」
見事といっていいほどの頭の下げ方だった。あまりの豹変に戸惑うみずき。須戸は顔を見せると笑顔で語る。
「昨日は自分がいかに矮小な存在か知らされた。とりあえず昨夜は親に今までの非礼を詫びた。今朝は君に謝りたくて待っていた」
「はぁ…そうですか」
こう出られるとどう対処してよいかわからない。
「俺のマリオネットも笑ってくれたよ。今にして思えばあいつは母親の愛情で接していたんだな…俺がまっとうになるのを見守っていてくれてたんだな…」
これは感覚で理解できた七瀬であるが、みずきにはそれが理解できるほど女としての歴史はない。
「今まで迷惑をかけた。残念だが上条と付き合っているのでは俺の入る余地はない。今は二人を心から祝福できるよ。それじゃ」
「ちょ…ちょっと。須戸…先輩。その誤解だけは解いてって」
「こらぁ。お前ら。早くしないと遅刻だぞ」
「えっ!? 藤宮先生? 体のほうは…」
七瀬の言う通り。校門前にたっていたのは藤宮博その人であった。
「体? ああ。気を失っただけだからな。一晩寝ればこの通りだ。お前たちは1時間目が体育だろう。急げよ」
「えっ。だって校庭があんな状態では」
「校庭なら無事だぞ。みてみろ」
言われた二人は見てみて絶句する。
とある病院。慎は学生服に身を包んでいた。
「世話になった」
引き止めようにも怪我が治っていては止めようがない。医師も看護婦も脅威の回復力に目を見張っていた。
「さすが総番。あれだけの重傷を」
「それでこそわれらの頂点に立つ御方」
おべんちゃらではなく春日と夏木は喜んでいた。
「へっ…間接的にこのケンカは総番の勝ちだな。あのジジイはきっと病院で唸ってるだろうしよ」
「そう思うか…」
「へっ? だってあれだけやってあの歳で」
「あまりあの男を…俺が生涯かけて乗り越えようと言うあの男を甘く見ないことだ」
どこか誇らしげな慎の表情だった。
無限塾。みずきは思わず鞄をきれいに均されたグラウンドに落とす。
「おう。お前たち。早くせんと遅刻じゃぞ」
そこには上半身裸でグラウンドローラーを二つ同時に引っ張りグラウンドをならす塾長がいた。
「じゅ…塾長…まさか一人で…」
「そうじゃ。自分のケンカの後始末くらいできんでどうする。待っておれ。1時間目までには体育のできる状態にしておくからな」
改めて自分たちの学校の頂点にいる男の恐ろしさを思い知った二人であった。
次回予告
人は心で恋をするのか。それとも体でするのか。赤星みずき。少年の心を持つ少女。
それがついに男に恋心を抱いたか。2年の先輩に猛アタック。心中穏やかでない七瀬は…
次回PanicPanic第10話『恋するみずき』
クールでないとやっていけない。ホットでないとやってられない。