第9話『激突』

「では本当にそう言う事実はないんだな」
「……ありません……」
 愛らしい丸顔をさらに膨らませて、口を尖らせ可愛らしい声でみずきが憮然として答える。
「僕もですよ。まったく…どこからそんなデマが流れたんだ…」
 珍しく上条が露骨に不快感を表す。
 無限塾。職員室。上条とみずきの二人は、昼休みに呼ばれて担任・中尾の前で並んで立っていた。
 そして呼びつけた担任は『お前たちが不順異性交友をしているときいたが』と切り出したのだ。
 これにはいくら温厚な上条でも憮然とする。
「本当に誰なんです。そんなことを言った奴は?」
 みずきが「少女の演技」を忘れて男口調で詰め寄る。
 こんな可愛らしい顔と声。女であることを100%強調したボディライン。加えて低い背だが本来は男。
 この時点でこそ体は完全に女だが、恋愛対象は当然女性である。それが男と付き合っているように言われれば、怒るのも無理はない。
「情報源を明かすわけには行かない」
 陰鬱な調子で言う中尾。
「…たく…どこのどいつだ。おれ…あたしと上条くんが付き合っているなんて噂を立てたのは」
「そうだよ。僕はホモじゃないし」
「……男と女でどうしてホモなんだ?」
 みずきの本来の性別を知っていれば納得の発言だが、これはごく一部しか知らない。だから中尾の聞き返しも当然ではある。
「ああ。なんでもないです。なんでも」
 わざとらしい愛想笑いで取り繕うみずき。それを凝視する少年がいた。顔色が青い。怒りで震えていると言う感じだ。
 彼の名は須戸完(すと かん)。無限塾の二年生だ。別の教師に用事で呼び出されてこの場に居合わせた。
「どうした。須戸。顔色が悪いぞ」
 その教師が尋ねる。
「いえ…なんでもないです。なんでも…」
「そうか? ほれ。次の歴史で使うプリントだ。運んでおいてくれ」
「……ハイ…」
 しかし不健康な青白い顔の二年生はみずきと上条を凝視して動かない。
 上条には100%の憎悪を。みずきには愛憎入り混じった視線を送っていた。
「おい。本当にどうした?」
 あまりのおかしさにもう一度尋ねる教師。
「いえ…なんでもありません…なんでも」
 見つめられる二人はまだ担任の尋問を受けていたが須戸は退出した。
 それを確認したような素振りを見せて中尾はくどく続けた。
「本当に本当だな」
「ありませんっ」
「そんな未確認情報を信じないでください。未確認はグロンギだけで充分です」
 このくどさにさすがに辟易として声が大きくなる。だからと言うわけでもあるまいが切り上げにかかる。
「……わかった。一応は信じよう。教室に戻り給え」
 二人は礼をして退室する。中尾…否。斑は須戸のいた辺りに視線を送る。
(しっかりと聞いていたな…あとは君の能力『ジャスト・ザ・ウェイ・ユー・アー』に期待する…だしにされた赤星には気の毒だがな…)

 悪漢高校。講堂。総番長が全員の前で演説をしていた。
「俺はあさって。無限塾へと乗りこむ。そして奴らの…あの男の過ちを正しに行く」
 「おおーっ」と歓声があがる。
「これはいわば私闘。貴様たちを巻き込むつもりはない。だが、思いを同じくするものは俺と共に来い。準備期間がある。その間に考えろ。強要はしないが拒むつもりもない」
 しかし猛者ぞろいの「悪漢高校」。むしろ士気が高まる。
「総番! 総番! 総番!」
 シュピレフコールがあがる。本心から総番に付き従うつもりだ。
 総番。そのカリスマ性が不良の巣窟。悪漢高校をただの不良校にしていない。
「よろしい。サル」
「はっ」
 春日が総番の前に傅く。総番は彼に手紙を渡す。
「これを奴らに叩きつけて来い」
「はっ」
 使い走りにされたと言う思いはない。むしろ総番直々に開戦の火蓋を切る栄誉を与えられたと彼は喜びに打ち震えていた。

 無限塾ではまだみずきが怒っていた。
「まったくよォ…どこのどいつだ。デタラメちくったのは」
「まぁまぁ。そんなに怒るなよ。職員室でもあんなに怒鳴ってさ。あそこにいた全ての人間に聞かれたんじゃないか。赤星の声は甲高いから」
「何をのんきなこといってんだよ。くっそー。おれが男と付き合うわけないだろ」
「ああなるほど。確かに僕が女の子と噂になるのは別に気にならないけど、女の赤星にしてみればそんな噂は」
「おれは…確かに(学校じゃ)女だけどさァ…」
 いきなり弱気になるみずきである。最近では自信を持って『男だ』とは言いきれなくなってきた。
 もちろん根本的には男だし、前の年の夏までは完全に男だったから、基本的には女の考え方や感性は理解できにくい。
 だが学校において『少女』を演じていたためか、それともその体のせいか段々と女の生活にも慣れてきていた。
 だいぶ少女としてクラスの女子とも違和感なく接していた。自然になっていた。
 だが男に恋愛対象とされているのはさすがに嫌だった。だからここまで怒る。
 しかし…本人の知らないところではちゃんと彼女を恋愛対象としていた男もいた。例えば職員室でみずきたちを凝視していた須戸である。

 その須戸は憤慨しつつ帰宅する。小柄で貧相。黒ブチ眼鏡と鬱陶しい感じの長い髪が印象を悪くしていた。
「あ…あら。完ちゃん。お帰りなさい。早いのね」
「うるせえっ。ババァ。部屋に入ってくんじゃねえぞっ」
 出迎えた中年女性を怒鳴りつける。母親はおろおろするばかりだ。子育てに無関心な父親と溺愛する母親。
 その挙句に外ではへつらい、ウチでは当り散らすと言う生活が形成された。
 彼は乱暴に自室のドアを開けて中に入ると、これまた乱暴に閉じる。きちんと掃除された部屋を見るなり
「ババァ。また勝手に人の部屋に入ったな」
と罵倒する。掃除をしてもらって感謝の言葉でなく、罵詈雑言が出るあたり人格が窺い知れる。
 鞄をベッドの上に投げ捨てて学生服を脱ぎ捨てる。そして彼は大事そうに一台のビデオカメラを出す。どこにでもあるハンディタイプのものだ。
 軽く気持ちを集中するとLEDが点灯する。そしてレンズ部から映写されてそれが一人の少女の姿になる。
 ボレロ姿の背の低いがグラマーな少女は傅く。媚びた笑顔で問い掛ける。
「お帰りなさいませ。完様。今日はどのような服装をお望みですか」
 須戸はそれまでの不機嫌を忘れて中年親父のようににやけて言う。
「……そうだな……『はだかエプロン』だ」
「かしこまりました」
 少女は目を閉じると一瞬にしてブレザーが下着もろとも弾けとび、それがエプロンとなって裸体にまとわりつく。
「いかがでしょうか」
「うん。可愛いぞ。みずき」
 そう。少女はみずきとうりふたつだったのだ。
 須戸完はいきなり『みずき』の唇をふさぐ。陶酔の表情をする『みずき』

 無限塾。塾長室。塾長と向かい合う春日は冷や汗をかいていた。
「承知した。いつでも来るがよいと伝えてもらおう」
 手紙を読んだ塾長は鷹揚に答える。
「ははっ。必ずや」
 春日は恭しく礼をしてしまってから赤面する。
「礼儀正しいのはよいことだ。恥じることはあるまい」
「くっ」
 彼は塾長室の窓から飛び出して行った。
「ふふふ。来るか。さて。皆には明日にでも伝えねばなるまいな」
 どこか楽しそうに塾長は笑う。

 一方、春日は首をひねりながら悪漢高校へと戻っていた。
(どう言うわけかあの男の前では縮こまってしまう。『格の違い』それを認めざるをえない。
あの男。塾長には大きな力を感じる。本能的に逆らえなくなる。総番の前のようになっ。くそっ。敵将に敬語を使うとはなっ)

 須戸完の家の近くに24時間営業のマンガ喫茶があった。
 文字通りマンガを読むために利用する客もいれば、インターネットをする客。ゲームをする客。
そして時間の空いたサラリーマンが休憩するためにリラックスするための場所もある。
 斑信二郎はそこで横たわり目を閉じていた。眠ってはいない。
 傍らには彼のマリオネット。ゴーストフェイスキラーがたっていた。だが首から上がない。
(GFKの頭部だけを切り離して半径百メートルを見聞きすることができる。そのぎりぎりの距離にここがあってよかった。ここなら互いに無関心だし『眠って』いても当たり前だからな。さて『悪魔のささやき』と行くか)

 須戸は乱暴に『みずき』を抱きしめていた。
「くそっ。結局はお前も他の女と一緒か。俺より他の男がいいのか。お前もおれを裏切るのか」
 抱きしめていても苛立ちが消えない。そこに唐突に声が。
『ならば消してしまえ。『本物』を』
「なっ?」
 須戸は激しく驚いた。窓に髑髏がふわふわとただよっていたからだ。
 この髑髏こそゴーストフェイスキラーの別形態。その名を『リトルデビル』
 GFKのように人体発火能力はないが、影に接触することで対象を熱することができる。ただし殺傷能力はない。
 本体から離れるだけにパワーは激減するからだ。その代わりにGFKがほとんど本体に密着するのに対して、リトルデビルはかなり遠くまで移動できた。
 超能力で言うなら『透視』とか『千里眼』『精神感応』といわれるものが相当した。
「な…なんだ。お前は?」
 動揺する須戸の前に彼を守るように『みずき』が盾となる。
『なかなか忠実なコピーではないか。大した能力だ。君はこれを…このビデオカメラの形のマリオネットを『Just the way you are(素顔のままで)』と名づけていたな』
「おれの質問に答えろ。お前は何だ」
『悪魔だよ。お前を誘いに来たのさ』

 翌日。緊急集会が講堂で開かれた。
「諸君。悪漢高校が明日、この無限塾へと総攻撃をかけてくる」
 塾長の言葉にどよめく一同。
「そこで明日に関しては登校しなくても出席扱いとしてやろう。これはわしの戦い。諸君らを巻き込むつもりはない」
 が…これで素直に登校を見送る面々でもない。
「来るか。ようし」
「いつも1年のあいつらだけにまかせて恥ずかしいと思っていたんだ」
「明日はあたしたちも戦うわよ」
 主に体育会系クラブを中心に士気が高まっていた。予想の範疇ではあったが狙ったわけではない。
 塾長としては本当に戦う意思のないものを巻き込みたくないゆえの全校集会だった。だからたった一人で悪漢を迎え撃つつもりだった。
 結果として逆に全面抗争へと繋がってしまったが、その意思もまた尊重するつもりであった。
 むろんこんな生徒ばかりではない。戦いを嫌うものもいる。
 一年生の長身だが細身の少年が細い声でムンクの「叫び」のように
「嫌だ。萌えは認める。メイドさん好きも認める。でも僕は不良じゃないぃぃぃぃぃ」
と主張していた。そしてそれに強要する人物もない。
 みずきたちもかなり抗争に携わっていたので逃げるつもりは毛頭なかった。

 そして激突の日。悪漢高校の大軍勢が攻めてきた。しかも今度は総番が陣頭指揮を取っていた。
 それに対し無限塾も大半が迎撃体勢を取っていた。正門に来た悪漢高校に向けていきなり野球部が攻撃を仕掛けた。
「千本ノック部隊。打てーっっっっ」
 十人のバッターがノックバットを手に乱打していた。
「うぎゃあぁぁぁぁ」
 雑魚たちはこれで蹴散らせたが総番や四季隊は軽くかわすだけである。
「援護するぞ。サッカー部。殺人シュート部隊。キック」
 今度はサッカーボールが雨嵐と降り注ぐ。
「あたしたちも行くわよ。無限塾女子バレーボール殺人スパイクチーム。アタック」
 なんと女子バレー部まで参戦だ。しかしやはり効果は雑魚相手のみだ。
「煩いな。黙らせて来い」
「はっ」
 総番の一声で四季隊が散る。

 須戸は影からこの戦いを見ていた。ある局面を待っていた。

 散開した四季隊に別の運動部が襲い掛かる。はじめから四季隊参戦も頭にあったからだ。
「無限塾体操部。トリプルムーンサルトアタック」
 トランポリンや棒を使って高度を取り春日へとアタックを掛ける。だが空中戦で春日にかなう相手は滅多にいない。
「ただ跳ぶだけの奴らと一緒にするな。不愉快だ」
 ロッドの一閃で蹴散らされた。

 夏木にはラグビー部がタックルをしかける。だが足止めにしかならない。
「そのままおさえとれ。われら無限塾相撲部があいつを押し出してくれるわ」
 巨漢たちが激しい勢いで突進して激突する。
「どすこいどすこいどすこいどすこいどすこいどすこいどすこい」
 言葉通り五人掛りで張り手を見舞う。だが
「ぐふふふっ。くすぐったいぜ」
 逆に夏木の右腕一本で蹴散らされた。

 無限塾剣道部は秋本用だ。
「多勢に無勢の逆だが奇麗ごとは言っていられん。乱戦に弱い奴を潰すぞ」
「そりゃレベルが近いと言う前提でだろうがよ。テメーら雑魚じゃ遊びにもならん」
 秋本は掛けぬけざまに片っ端から『斬る』。もちろん殺しはしないが全員戦闘不能になる。

 無限塾ボクシング部は狡猾な冬野に苦戦を強いられた。プロレス研究会も参戦していたが
「かーっかっかっ。毒霧やラフファイトとはおれ様の得意分野だぜ」
 これまた全滅は時間の問題であった。
 だがその影から一人の男が抜け出した。十郎太だ。
「敵将の首を取る。それが合戦を終わらせる早道」
 たちまち悪漢高校の雑魚を蹴散らして総番の前につく。
「えやっ。はやっ。たあっ」
 連続攻撃の阿修羅檄だが
「ぬるい」
「がはぁっ」
 なんとパンチ一発で十郎太を退けた。
「ば…バカな…いくら総番が桁外れに強いといえどあのシノビ野郎を赤ん坊扱い…」
 宿敵と認めた男を軽くあしらうその実力に驚愕する邪剣士。
「あの程度の男に躓くようでは俺の首などとれんぞ。秋本」
「くっ…」

「そ…総番!!」
 夏木が驚いた声を出す。榊原が空を飛んで来た。これは真理が榊原を『マンハッタン』で投げて一気に到達させたのだ。
「マツバクズ…シ!?」
 そのまま総番の胴を挟み込んだ榊原は回転してたたきつけるつもりだった。ところが
「な…動かない!? まったくか」
「投げ飛ばすならこうしろ」
 簡単に榊原を引き剥がすと地面にたたきつけた。続いて攻撃を仕掛けるが
「龍気炎」
 またもや乱戦に紛れて来た上条が気を飛ばす。

(来た!!)
 須戸はマリオネットのビデオカメラを上条に向ける。

 攻撃は利かなかったものの牽制の役には立ったので榊原はなんとか真理が救出に成功した。
「これならどうだ。爆熱龍気炎」
 高めた気を放つ。だが総番はそれを全て片手で受けきった。
「なんだと!?」
 呆然とする上条は近寄ってくる総番の前から動けない。
「そんな生ぬるい『神気』で俺を倒せると思ったか。馬鹿野郎
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ」
 総番は上条に強烈なアッパーカットを食らわせる。天高く跳ばされる上条。
 それをブレザー姿の少女が拉致してしまう。
「上条!!…それにあの女…」
 攻撃に参加するつもりだったみずきは思わずそちらに気を取られていた。

「くっくっく。できたぞ。死刑執行人が」
 ビデオカメラから『再生』される少年。
「さあお前はあの女をつれて行け」
 『少年』は戦場へと駆け出した。

 呆然としていたみずきは背後に気配を感じて振り返る。そこにいたのは上条。
「無事か!? よかったぜ」
 だが何かが変だ。普通の目をしていない。そいつは不気味な声で
「こっちへこい」
「え!?」
 言うなり『上条』はみずきを抱え上げ、そしてそのまま拉致してしまった。
「みずき!? 上条くん」
「なんだか変だぞ。追おう」
 拉致されたみずきと上条を追って榊原たち8人は戦いの場を移動する。

「す…すげェ…四季隊を退けたあいつらを簡単に…」
 総番の桁外れの強さにさすがの無限塾の猛者たちも震え上がる。
「下がっていろ」
 一人の男が戦いの場に現れた。無限塾塾長。大河原源太郎だ。
 ギリリ。総番が奥歯をかみ締める。それだけで両者の因縁がうかがい知れた。

なかなか…力だけは強くなったようじゃな。慎」

 腕を組んで含み笑いで楽しそうに塾長は言う。対して総番はポーカーフェイスを崩して憎憎しげにうめくように切り出す。

「今日こそあんたの間違いを正してやる…親父

はた迷惑な親子喧嘩(笑)

このイラストはOMCによって作成されました。クリエイターの『たっぷ』さんに感謝。

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