第8話『クラブ活動パニック』Part3 Part2へ戻る
プロレス風に言うと6人タッグマッチではなく、シングルマッチが三試合同時進行と言うことだろうか。
姫子としては友恵とみなみが久子の手助けで真理の妨害に入るのを寸断するために引きうけた形だが、どうやら友恵としてはこれもまた望みの様子。
二人の和風美少女の間で、穏やかなれどぴんとした空気が張り詰める。
ともに無限塾の制服であるスカイブルーのブレザーを着ているのに、あたかも和服を着ている錯覚を起こさせる。
さしずめ姫子は弓道着で、友恵は柔道着か。
「お友達が心配でしょうが、これは真理さんたち当事者の問題。手助けをさせるわけには行きません」
あくまで穏やかな口調だが凛とした空気を醸し出す。弓を番え、友恵を牽制する姫子。
「うふっ。手助けなんて無用ですわ。だってまじんちゃんはお一人でも充分に強いのですから」
自信満万に言い放つ友恵。二人とも甘い声なのだが、この会話は怖さすら感じる。だが
「それにとっても可愛らしいですわ。ああ。まじんちゃん。どうしてあんなに可愛いのかしら。残念だわ。
私が男なら堂々と交際を申し込むのに…でも女の子同士だからこそ、分かり合える部分もあるから痛し痒しですわね」
…………陶酔する友恵は別な意味でも怖かった。
「……変わった……ご趣味なんですね」
さすがに姫子も呆気にとられた。
それでも牽制の手は残すが。笑みを残したままも戦いの表情になる友恵。
「心配といえばただ一つ。この戦いのうちにまじんちゃんが村上さんを倒してしまい、決定的瞬間を撮り逃すことだけですわ。だから北条さん。なるべく早く決着をつけさせていただきますね」
一歩を踏み出すその刹那。姫子の弓に緊張が走る。
「動かないでください。わたくしといたしましては、あなたがたが真理さんの戦いの邪魔にさえならなければ、こうして睨み合いでもよいのですから」
弓を引き絞る姫子。だが今度は不適な笑みを浮かべる友恵。
「ここに来た理由はもう一つ。実は同じ古流の使い手のあなたとは一度お手合わせしてみたかったのです。こうすればできるでしょ。
もちろん。まじんちゃんは勝つから手助け無用。ちょっと便乗させていただきました。
そしてあなたの弱点を…教えて差し上げますわ」
「弱点!?」
姫子が鸚鵡返しにつぶやく。
言うや否や、友恵はすばやくジャンプした。反射的に矢を放つが、それは友恵の残像をかすめて行った。
姫子は迎撃をするべく、薙刀を『姫神』にもって来させた。間一髪で落ちてくる友恵に向けて、振り上げるが友恵はそれを受け流す。
「あなたの技は護身術。相手を近寄せないための技。だから懐に飛びこまれるとなす術がなくなる」
薙刀を振り上げた体勢の姫子より、受け流して着地した友恵の方が早く次の行動に移れた。
戻しつつあった姫子の右腕を取るなり、一本背負いで力任せに地面に投げつける。
「きゃっ」
さすがにそれでは薙刀を手放してしまう。さらに投げ飛ばしてからその右腕に友恵は自身の両足を絡ませる。
両腕は姫子の右手の手首をつかんだまま。腕ひしぎ逆十字。柔道における肘関節への攻撃技だ。
いっぽう綾那は無意味なほどに元気だ。
「いっくよー…あれ? そう言えば…え…と…お名前は?」
『てへっ』と言う感じで照れ笑いで頭をかきながら尋ねる。
「あ…佐倉です。佐倉みなみです」
こちらはおどおどしている。同世代相手に敬語を使う辺りがすでにそれだ。しかし綾那はそれにはまったく構わず元気に続ける。
「そっかー。ボク若葉綾那。よろしくねっ」
「あ…はい。こちらこそよろしくお願いします」
手を上げる綾那にペコリとお辞儀するみなみ。
あまりに友好的。どう見ても戦闘と言う雰囲気ではない。だからかみなみも少し緊張が解けてきた。
(なんか怖い人じゃないみたい)
そのみなみの思いを裏付けるように、笑顔で綾那が言ってくる。
「ねー。『みなみちゃん』って呼んでいい?」
「え…ええ…いいです…呼んでも」
「やったぁ。それじゃボクのことも綾那でいいから」
「はい…綾那…さん」
「わーい。お友達が出来た」
少々頭が弱いが、悪い娘ではなさそうだ。みなみはますます安堵する。ふと彼女は手にしていた占いの雑誌をめくる。
(『おとめ座のあなた。今日はラッキーディです。積極的に活動しましょう。お友達が出来るかも』…うわァ。当たってる)
「さぁて。それじゃ始めようか?」
まるで準備体操でもしようかと言う気軽さで綾那が言うから、みなみは一瞬なんのことか理解できなかった。そして今が戦闘中と思い出した。
「え…ええええええっ!? やっぱりやるんですかぁっ!?」
「ウン」
笑顔のまま頷く綾那。みなみは逆に血の気が引く。
「ちょ…ちょっと、待っててくださいね」
今度は携帯していたタロットカードを、グラウンドに広げる。占いをはじめたのだ。そして結果が出て甲高い声で悲鳴を上げる。
「きゃあああああ。『塔』『死神』が正位置で『戦車』が逆位置なのぉぉぉぉ」
『塔』(ザ・タワー)『死神』(デス)のカードは正位置だと、よくない意味を暗示している。
反対に『戦車(チャリオッツ)』は正位置だと『勝利』を意味するのだが逆位置はその反対。占いに固執するみなみが絶叫するのもわからなくはない。
「…ねえ…やめましょ。占いの結果もよくないし。負けてもいいけど痛いのヤダ」
しかし綾那は百メートル走のスタートのような体制をとっていた。
「いっくよぉ。スラッシュモード」
「あああああっ。この子も人の話を聞いてくれないぃぃぃぃぃ」
絶叫するみなみに突っ込んで行く綾那。モードを宣言する必要はただ一つ。
不器用な綾那はスピードで押すのも力で押すのも上手く切りかえられず『それだけ』に徹することになる。
そのためのある種の『儀式』なのだ。スイッチを入れるようなものだ。
綾那の武器はその驚異的な脚力だ。クラスでは一番。
一年生全体でも前から三番と言う小柄な体だが、脚力も短距離なら全校女子でも三番以内に入るすばやさだった。
それを全開にして見る見るうちにみなみとの間合いを詰めて行く。
「いやぁ。こないでぇ」
恐慌状態に陥ったみなみは跳び上がる。
「えっ!?」
すれ違いざまに手刀を見舞う『ランスラッシュ』と言う技のつもりが、空振りして思わず立ち止まる綾那。
その頭上からまくれるスカートを手で押さえながら、みなみが落ちて来た。
いくら小柄なみなみでも、落ちてこられたら綾那もたまったものではない。潰される。
「え…これってみんなに『塔』(ザ・タワー)と名づけられた技…そうか。あのタロットはこれを暗示していたのね。痛い思いをしないですむかもしれない」
前向きなのだか後ろ向きなのだか、よくわからない発言をするみなみ。綾那が起きてきた。
「あたたたたた……やるねっ。みなみちゃん。よーし。ボクの番だよ」
「ほええええええ。つぶされてもまだやるのぉぉぉぉ」
『クラッシュモード』
綾那は力押しへと意識を切り替えた。ジャンプしてみなみの胸にキック。命中。
そしてそのまま胸元を踏み台にして、宙返りしてあごを蹴り上げる。蹴られたみなみは大きくのけぞる。蹴った綾那も反動で大きく離れる。
このイラストはOMCによって作成されました。
クリエイターの陽崎杜萌子さんに感謝です
「いたぁぁぁいぃぃぃ」
すでに半泣きのみなみである。綾那はそれでも突っ込んで行く。攻撃を察知したみなみは、綾那の胸元を両手で突き飛ばす。
薄いといえど敏感な部分。その衝撃は止めるには充分だった。
「お願い。来ないで。来ないでェ」
などと怯えているのに続けて突きを見舞う。都合3発連続。
この技も『戦車』(チャリオッツ)と名づけられて、先刻の占いに出てきていたが、もはや自分に都合のよい解釈をする余裕もない。
「もうやめてぇ」
などと叫びながらプロレスで言うブルドッキングヘッドロック。綾那の首を抱えて自分が地面に落下。
その衝撃でダメージを与えるこの技は『力』(ストレングス)と呼ばれている。
「あう~~~~」
さすがの元気娘の綾那もグロッキー気味だ。
そして大本の遺恨戦。自らを砲弾と化した久子の攻撃にたじろぐ真理。久子は自信が確信に変わって得意げだ。
「思ったとおりです。それだけ大きければ上から打たれるなんて滅多にない。つまり慣れていない。それが弱点です」
これが『作戦』だった。元々この技は会得していたが、自爆の危険性が高いので踏み切れないでいたが的(真理)が大きいのでその危険性は少ないと判断。
だから使ってみたが大当たりだった。
胸に食らって蹲る真理だが、虐げられて生きてきて、突っ張るようになってしまっただけに、根性の座り方も伊達ではない。ぎらつく目で立ちあがる。
「ふっ。立ちますか。そのまま負けを認めて、改心するならば痛い思いをしないでするのに。どうやらまだ正義の心が理解できないようですね。なら受けなさい」
久子はまたジャンプする。
「調子に乗ってんじゃねェ」
真理が吼える。胸に飛び込んできたときに、受け流して反撃するつもりだった。だが久子のジャンプはきわめて低い。
そのまま壁を蹴り、水平に真理に向って飛ぶ。上からの攻撃を呼んでいた真理は対処が遅れた。タイミングが合わず捌き損ねた。
今度は腹部にしたたかな打撃を受ける。
「うぐっ」
ボディブローのようにしたたかに効いた。一瞬、吐き気をもよおすがこらえた。
「負けるかよ…そんな押し着せの『正義』なんかかによ…」
それでも真理は立ちあがる。自分の信条をかけて。
応接室。向かい合った中尾と上条刑事。先に話を切り出したのは上条だ。
「ええとですね。月曜日」
(むっ!? 月曜のことか)
それはゆかりを含め3人を殺した日。斑はわずかに緊張したが
「こちらで大掛かりな、乱闘事件があったと、伺ってますが」
普通の学校なら学校同士での抗争など、警察につつかれたくないのも当然。それゆえの緊張と上条刑事は解釈した。
「え…ええ。確かに…被害届が?」
『話をあわせた』と言うより本心から聞いた。上条はそれを打ち消す。
「いえ。そちらはどこからも。こう言うのは訴えが合ってはじめて動く件ですから。まぁ殺人などはこちらが勝手にやれますがね」
「それではどういうことでしようか?」
あくまでも『クールな物理教師』の仮面をかぶりつづける。
もっとも本来の中尾勝はどちらかと言うと熱血漢。
斑が取って代わったので『クール』とされたが、それは斑が乗り移るときの事件がきっかけでなったと、同僚たちは解釈していた。
「届けが出ているのはこちらでしてね」
上条は二枚の写真のコピーを差し出す。
(な…何? こいつらは…)
斑は表情が変わるのを辛うじて押さえた。
「実はこちらの鶴見と言う生徒。髪のないほうです。
そしてこっちの両側を刈った頭の、戸坂と言う男子生徒が月曜に家を出たきり家に帰ってないんですよ」
当然である。この二人は斑を凶悪な殺人鬼と知らず追跡した挙句に、返り討ちで髪の毛一本も残さずに焼き殺された。
どこにもいない。もうこの世にはどこにもいない。
(どう言うことだ…私の『ゴーストフェイスキラー』は完璧にこの二人も消し去ったはず。それとも何かを残してしまうヘマをしたのかッ!? この刑事。何を知っているッ)
追われる身としては反射的に身構える。
例えて言うなら、居合の達人がわずかに刀を鞘から外すように『GFK(ゴーストフェイスキラー)』の右腕だけを出現させる。
(導火線を何とかして取りつける。道の真中で燃やす。ちょうどいい。私はこいつに焼き殺されたからな。報復と口封じをまとめてやる)
『殺人のベテラン』は瞳の奥にわずかだけその狂気の光を湛える。例え『捜査のベテラン』でも見抜けない程度に。
姫子の右腕を締め上げる友恵。正確に血管を圧迫して腕にダメージを与える。
「くうっ」
ある意味では『微笑み』でポーカーフェイスの姫子がうめき声をあげるのだからかなり痛い。
「悪く思わないでください。あなたが達人なのはたたずまいでわかります。だからこそ容赦はできません。
それにこれは武人の礼。手を抜く…相手を見下すのは最大の侮蔑。だから私はこの腕を折るつもりで締めます」
姫子は苦痛で返答ができない。だがその瞳が友恵の後ろを向く。そこには十郎太がいた。友恵はそれに気がついた。
ほんの一瞬。確認と牽制を兼ねて視線をそちらに向けた。姫子はわずかな隙を逃さない。力が入らない腕を逆に利用してするりと絡めから抜け出した。
「いけない」
慌てて友恵は締めなおしに掛かるが時すでに遅し。姫子はすばやく飛びのき、そのまま間合いを取る。
ちょっとだけ悔しい表情をしたが、友恵はにこっと笑う。
「してやられましたわ。確かに関節技なんて完全な一対一でもない限り使えませんね。それを利用して、妨害があるかのように視線だけで思わせるとはお見事です」
話の間。姫子は右腕をだらりと下げたままだ。
常にきちんとした姫子には珍しいだらしない姿だが、どうしようもないと言うのが締め技の凄まじさを物語る。
「でも残念ながらそれまでですね。その腕では弓も薙刀もしばらくは持てないでしょう。
ましてその矢。突き刺さるのを嫌いゴムのボールが付いているからやたらに重い。
それを普通の矢と同じに飛ばすだけにその弓はかなり強力。ますますその腕では無理ですわ」
友恵は不意に駆け出した。
「感心してつい話しこんでしまいましたが、おしゃべりであなたの腕を回復させるのは愚の骨頂。すぐさましとめます」
姫子は友恵の言うとおり右腕に力が入らない。彼女は自由になる左腕を右の腰に構える。
右の腰に差した刀の柄に左手をかけた…そんな様子といえばわかりやすいか。
その奇妙な構えに友恵も一瞬だけ迷ったが、すぐに仕留める方を選択した。もう少しで姫子の体に届く。刹那、その左腕が居合のように抜かれた。
「居合手刀」
「うっ」
迷ったのが幸いした。若干減速していたので、カウンターを貰わずにすんだ。今度は友恵の方が間合いを離す。
「例え刃を持てずとも指先だけでも動くならば決して諦めない。それが北条の女です」
一方。綾那とみなみは何だか変な展開だった。綾那が攻めるが、みなみがそれを泣きながらの防御である。
防御と言うより泣き喚いて、めちゃくちゃしているだけと言うのが正解である。
とにかくみなみは小さいときから泣き虫。
外で遊べば最後は必ず泣いて帰ってくると言う幼児期だった。
自然と人付き合いも下手になっていったがそれをやや(と言うかかなり)強引に正義クラブに誘いこんだのが久子である。
ただ、自分で自分の気の弱さを嫌っていたみなみは、それを変える為のきっかけとして正義クラブに入ったのだから、根本的に弱いわけではない。
(勝ったのかな? これでもうこの子も戦うのやめてくれるのかな)
そんな希望的観測はやはり甘い。綾那は首をぶるぶると振ると
「あう~~まだ頭ん中でがんがんいってるよぉ。やるね。よぉーし。燃えてきたぁ」
(燃えないでェ。お願いよォ。消えてて)
反応が遅れた。綾那が体全部で突っ込んでくる。威力は小さいながらも4回の衝撃を受け最後のアッパーでは3回の衝撃で持ち上げられる。
「フラッシュアッパー」
体全体で相手を宙に浮かせるだけに簡単に次へと移れない。だからみなみのプッツンを起こさせてしまった。
「ワアアアアアアアアン」
とうとう本泣きで、子供の喧嘩のように手足をばたばたさせながら突進してくる。よければすむが
「うそっ。みなみちゃんが二人?」
逆上したあまり、限界を超えた動きをしたみなみの残像が、あたかも双子のように見えるからこの技は『双子座(ジェミニ)』と呼ばれていた。
「さぁ改心しなさい。まずはその髪を黒く染めるのです。そして改造制服を普通にして生活態度を改めるのです。そうすれば正義クラブへの入部も認めましょう」
優勢と言うこともあり饒舌な久子。ビシッと真理を指差し説教する。
「……ざけんじゃねぇぞ。この野郎…だったら産まれついての悪人ヅラは整形するのか?
人の髪の色なんざ気にしている暇があんなら、もっとどうにかしなきゃならねェことがあるだろうがよ」
ゆかりの人懐っこい笑顔がよぎる。
「お黙りなさい。事実あなたを狙いに他校生徒が来たではありませんか。それに最近の遅刻も。その乱れぶりで『悪』でないと言い張るつもりですか」
これを出されるとつらい。確かに彼女は遅刻が多いし態度もよくない。しかしそれを言われるだけなら甘んじて罰も受けるが、髪の色だけは言われたくない。母譲りの金色の髪だけは。
「テメーはどうあっても自分だけが正しいと思っているようだな…」
「そう言うあなたこそ力づくでないと納得ができないようですね。ならばその身に正義をたたきこんで差し上げましょう」
久子は助走する。そしてそのまま神気によって浮かび上がる。
その神気は久子を短距離といえど飛ばせまた刃となって久子の武器となっていた。神気を撒き散らしながらドリルのように回転して突っ込む。
『平和主義者クラッシャー』
まともに食らえばたまらないであろう。
しかし真理は久子のこれまでの必殺技の傾向と性格から、突進系の大技を読んでいた。
だから素直にガードした。そして顔面をわしづかみにする。回転が止まる。
「平和主義者…???」
「どうした…回るんじゃないのか」
地獄の底からの悪魔か鬼の呻き声のように聞こえる真理の一言。
(ま…待てッ。冷静になれ。斑信二郎)
斑は敢えて自分自身をしかりつける。GFKの腕を引っ込める。
(こいつはただ単に捜索願を出されて話を聞きに来ただけだ。身構えるな。こいつには私が斑信二郎とはわからぬ。余計な殺しは逆に追っ手を誘いこむ。冷静になれ。冷静にな)
「この二人と私の間に何が?」
「どうもこの二人はあなたのことを追っていたらしいんですよ。どうですかね。見覚え、ありませんか?」
「さァ…こう言ってはなんですが、この手の髪形をした生徒はあの学校には多いですからね。ちょっと見分けがつきませんね」
「どうやら商店街を抜けた辺りから消息を絶っているようなんですが」
「残念ながら…」
「そうですか…」
上条は写真のコピーを引っ込める。
「お役に立てず申し訳ありません」
「いやいや。こちらこそお忙しいところを申し訳なかったです」
(帰るか…そうだろう。捜索の手がかりがつかめなければ打ちきるか次にあたるのが当然。
まったく優秀な警察官だよ。一人殺しておきながら現職のままでいられるくらい、止めさせるのが惜しい人材と言うわけだからな)
不可抗力の事故を趣味の殺人と同レベルに扱う辺りが、この男の身勝手さを端的に現していた。
「今は昼休みですな」
上条刑事が不意に尋ねる。
「はい。そうですが」
真意がつかめず反射的に応えてしまう。
「ちょっと息子に会っていきますよ。それならこの二人がやはり追跡していた女の子と言うのも誰かわかるかもしれないんで」
(女の子…小山ゆかりのことかッ)
意識してはいないだろうが、手にかけた者のことばかり尋ねてくるこの男に、半ば本能的な恐怖を斑は感じとっていた。
そしてその変化に上条刑事は長年の勘で気がついた。
「すいません。思い出したことがありますんでもう少しお話を伺いたいのですが」