第8話『クラブ活動パニック』Part2 Part1に戻る
無造作に詰め寄る真理。一番触れられたくない髪の色のことに無神経に触れられ、さらに悪者扱い。切れた。
一方の久子も元気良く…と言うよりなにも考えずに突っ込む。スピードではこちらが小柄な分だけ優るか。
「のやろぉっ」
真理は『スレッジ・ハンマー』と名づけられたラリアートで迎撃を試みるが、久子が軽くしゃがんだだけでかわされた。
この場合においては真理の背の高さがたたった。
「村上。冷静になれ」
榊原の檄は逆に頭に血を上らせたかもしれない。上体が開く…腹部ががら空きになる。
「今です!! 正義の鉄拳」
三連続で拳が腹部にめり込む。のけぞった真理は更なる追撃を許してしまう。
「正義の鉄槌」
続いての拳の攻撃は2発分のダメージがあった。久子はポーズを取り「おっしゃあー」と叫んでしまう。
「ちょ…調子に乗ってんじゃぇっ」
そんな大きな隙を見逃すはずもない。すかさず久子をつかむと壁目掛けて力任せに放り投げる。
「ぎゃん」
そのまま久子はプロレスのロープリバウンドのように跳ね返ってくる。
『ブラッディーマリー』
いつものように飛ばないで、前方へとダッシュして久子の顔面をつかむ。そのまま高々と持ち上げる。
「ばなじで!! ばなじでぐだざい」
じたばたともがくが真理には緩めるつもりはなかった。
「……悪く思うなよ……今のアタイはめちゃめちゃ機嫌悪いんだ。けんか売ってきたのはテメーだからな」
力をさらにこめ顔面を締める。だがその無防備な体勢に遠くからの攻撃。『気』が飛んで来た。上条や綾那のような塊と言うより矢のような形である。
「くっ」
それが命中してさすがに久子を手放す真理。
「だれだ!!」
「あ…あわわッ」
一同がその射手を見ると必死な表情のボブカットの佐倉みなみが。
今度は泣きそうな顔で慌てて校門に隠れた。
「助かりました。みなみちゃん」
戒めから解き放たれて着地する久子。
「このやろう。逃がすか!!」
反射的に真理は追う。だがそこに一陣の風が飛びこむ。一瞬のちには真理は青空を見上げていた。
(? ……なんだ?……アタイは今…何をされたんだ?)
「本当に乱暴ですのね」
甘い声がすぐそばで響く。ロングヘアの美少女が、倒れた真理を見下ろしていた。
「ありがとう。友恵ちゃん」
「お怪我はありませんか? まじんちゃん。もういても立ってもいられず。おかげでせっかくのまじんちゃんのお姿をビデオに納めそこないましたわ」
心底残念そうに言う。さすがの久子も汗が一筋。
「バンザ ゴラゲザ」
「は!?」
「ア…いや…グロンギ語で『何だ? お前は』と言ったんだけど…」
上条に気を取られているうちに久子と友恵は真理の間合いから立ち去る。真理もすぐに立ちあがる。
また投げようとするが今度はつかめる位置ではない。仕方ないから怒鳴る。
「テメーからしかけて逃げるな。こらあっ」
「逃げる? 違います。戦術的撤退です」
「ではみなさん。ごきげんよう」
久子はやたらに自信満々に言い放ち、友恵は妙に時代がかったしぐさでスカートの裾をつまんで広げ挨拶をしたら、本当に3人でさっさと立ち去っていった。
憮然とした表情のまま誰ともなしに真理は尋ねる。
「なんなんだ? あいつら。それにアタイは何をされたんだ?」
「投げられたんだ。あっちの髪の長い女に」
疑惑にはみずきが答えた。
久子を追った真理の懐に、友恵が飛び込むや否や、突進力を利用して引きずり込み投げ飛ばした。いわゆる巴投げだ。
「あの娘。柔術使いの様子。なかなかできるでござるよ」
「……ただイノシシみたいに突っ込むあっちとは違うか……」
「正義クラブって…藤宮先生の顧問のあれ? 何で目をつけられるの」
七瀬が呆然とつぶやく。
「あーっっっっ。ゆかりをどうにかした奴といい、今の正義クラブといい最近変なことだらけだ」
真理がほえたがそれは全員の思いであった。
制服姿のまま正義クラブ3人娘は友恵の家に上がりこんだ。姫子の家ほどではないものの大邸宅だ。
「いつ来ても圧倒されちゃうね…」
とにかく気の小さいみなみが何度も言った感想を述べる。私服に着替えた友恵がトレイにティーカップとポットを乗せて持ってきた。
「お茶が入りましたわ。これを飲みながら作戦会議とまいりましょう」
「そうです。場合によっては特訓です」
どうも担任の影響かやたら熱血なところのある久子である。
基本的に悪人でなく、むしろ善人の範疇に入るが、思い込みが激しすぎて暴走する。せめて聞く耳を持っていれば、もう少し違うのだが…
「それでは先ほどの戦いを再生しますわ」
50インチはあるモニターで先刻の戦いがリピートされる。久子は真剣に。みなみは恐る恐る、そして友恵は陶酔してみていた。
「ああ…可愛いですわ。まじんちゃん。このスカートのひらっと加減がたまりませんわ」
「……友恵ちゃん……作戦会議しようね…」
どうもこの二人。基本的には似たもの同士である。どちらかが暴走して冷静なほうが止めると言うパターン。
「もちろんですわ。あの人。村上さん。大きな体は伊達じゃありませんわ。力が男子なみですわ」
「とっても痛かったです」
「聞いた話では彼女は膝蹴りも得意とか」
「それじゃ掻い潜って攻撃もできないよ。どうするの? あんな大きい人にまじんちゃんのような小柄な女の子が勝てないわ」
気の小さなみなみが言う。
「いいえ。逆にいえばそこに付け入る隙があります」
3人は密室にも関わらずなんとなくひそひそと話しを続ける。久子が飛び切り大きな声で言う。
「あれをやるんですか!?」
「はい。それなら勝てます。そうですわね。みなみちゃん」
話しを振られたみなみは迷う。迷った挙句「ちょっと待ってて」と言うなり鞄から『タロットカード』を取り出して占いをはじめてしまった。
優柔不断が嵩じて占いやおまじないに頼るようになり、それがどんどんエスカレートして決断を迫られるときはたいていこうである。
(いい子なんだけど…このすでにマニアすら抜けてプロの領域に入った占いやおまじない好きはどうにかならないかなぁ…)
結局、この3人は根本的な部分で似たもの同士だから気が合うのだろう。
「うっ」
みなみは青くなる。
「どうしたのっ?」
「あの…これ…」
見ると『死神』のカードが正位置で出ていた。このカードにはあまりありがたい意味はない。
「あの…やっぱりやめません? なんだか間違っている気がします…」
「いいえ。やめません。実際に闘ってわかりました。乙女の顔を鷲づかみにするような人がいい人のはずがないです」
痛めつけられた記憶が蘇えったか怒りの表情で立ち上がる。
「まってなさい。村上真理。あなたをきっと成敗して見せますっ!!」
どこかあさっての方角に向けて指を指す。きっと真理の顔が見えているに違いない。
「それでこそわたしのまじんちゃんですわぁ。全面的に応援いたしますわ」
無責任に煽る…と言うより「恋は盲目」と言う感じの友恵が、微笑みながら支援を約束する。
「やめようよぉ。占いの結果もよくないしぃ…」
占いに自信を持つみなみは、この結果から勝てる気がまったくしなかった。
このイラストはOMCによって作成されました。クリエイターの酔生夢子さんに感謝。
夜。別の件の捜査を続けていた上条。大久両刑事。やっと全て終えて所轄へと戻ってきた。ペアを組んでいた大久が尋ねる。
「ジョーさん。私、明日は傷害の事情聴取に出向きますがジョーさんのほうは?」
「そうだな…男といえどまだ高校生だ。親御さんも不安だろう。足取りはつかんでおきたいからな。
一応、最後に姿を確認されている無限塾に行ってみるよ。一度、見てみたかったしな」
「ああ…そう言えば息子さんが今年から高校生でしたっけ」
「ああ…早いもんだな。明ももう高校一年か」
夜。帰宅するなり男に戻りすごしていた瑞樹は寝る段になって、必要なものを思い出して探し出すが、見当たらず机を引っ掻き回していた。
そして一枚の写真…「ゆーかり」でバイトした記念に撮ったウェイトレス姿での集合写真だ。
真理の隣で楽しそうに笑うゆかりの姿に、瑞樹の胸は締め付けられる。
(ゆかり…本当に死んだのか? それともどこかで生きているのか…はっきりしないこの状況。村上じゃなくてもいらつくな…)
なんとなく探し物もどうでも良くなり、そのままベッドにもぐりこんでしまった。
そして朝。どことなく調子の出ないまま、なんとなく元気のないまま、みずきと七瀬は登校する。それを見送って瑞枝は夫・秀樹に言う。
「ねえ。あなた。最近何だかみずきちゃんも七瀬ちゃんも元気ないの。学校で何かあったのかしら」
「かもしれん…だがそれはみずき達が乗り切らねばいかんこと。こちらが気にしてもしかたあるまい」
「でも気になるわ。何か元気になるためにしてあげられることはないかしら…」
無限塾。対抗策を練れた久子としては『粛清』のチャンスをうかがっていた。
だがあの『現場』もすでに工事が本格化して、もはや立ち入ることもできず。真理もこの日はきちんと登校時間に間に合うようにやってきた。
正義を名乗る以上、自分たちから喧嘩を吹っかけることはできない。
だから真理を討つ大義名分がほしかったが、この日に限って真理はおとなしかった。
商店街。派手なデコレーショントラックが徐行している。
運転している大男は、髪を短く駆りこみ金色に染めていた。青く染めた法被姿で荷を運んでいたのだろうか?
彼は仕事を終えて、知り合いのパン屋のところによるべく、商店街を突っ切っていたのだ。
(おっ。あれは)
その視界に一人の女性の姿が入る。彼は優しくクラクションを鳴らす。
「あら…はっぴの運転手さん」
「どーも。奥さん。いつもおいしいコーヒーありがとうございます」
愛想笑いを浮かべるトラッカー。彼は話し掛けた相手。赤星瑞枝がすでに3人の子持ちと知っているが、なによりもその優しく柔らかい笑顔と声に弱かった。
「いえいえ。今日はお仕事お休みですか」
「ええ。ちょうど青森から帰ってきて…なにか浮かない顏してますね」
「はい…実は届けものがあるのにどこの宅配便でも取り扱ってくれなくて困ってたんです」
「そりゃお困りでしよう。俺が届けますよ。それで物は何です」
「はい。これなんです」
瑞枝が差し出したのはジャーポットだった。目が点になるトラッカー。
「最近うちの子に元気がなくて…だから友達とおいしいコーヒーを飲んで、いやな気分を吹き飛ばしてほしくて。届けていただけるんですか? 助かりますわ」
(そう言ったってよぉ…デコトラでポット一つは運べねえぜ。そういやこの辺りはバイク急送はやってなかったけどよぉ…いくら瑞枝さんのたのみでもよぉ…誰か助けてくれよ。そうだ。日玉の親父)
いかつい風貌に似合わず意外と気が弱いトラッカーは、尋ねてきたパン屋の店主を思い出した。
実はすぐ間近だ。泳ぎがちな目で探す。いた。SOSを視線で送るが当のパン屋はPHSを片手に
「あっ。『幾重の好機』(ハンドルネームである)の野郎。おちょくりのメール送ったら返信できないように電源切りやがった」
憤慨していてそれどころではない。トラッカーは困り果てた。が
「ダメですか。これ以上探していると、あの娘のお昼に間に合わなくなっちゃうわねぇ」
その一言で
「娘さん!! いいでしょう。お嬢さんにこのポットを必ずや届けて差し上げましょう」
あっさりと引きうけた。
「まぁー助かるわあ。お願いできます」
「任しといてください。きっちり届けますぜ(瑞枝さんの娘。旦那も二枚目だからさぞかし美人に違いない。もしや胸も…)」
そう言う理由で無限塾にひた走っていた。
上条繁が無限塾を訪れたのは4時間目の半ばだった。彼は話を聞く相手に中尾勝を指名した。応接室で待つ。
やがてチャイムが鳴り、生徒たちで廊下がざわつく。扉が開く。
「お待たせしました。私が中尾勝です」
「ああ。どうも。お忙しいところを。警視庁の上条です」
中尾。いや斑は礼をした頭を上げて相手を見た。その瞬間に驚愕の表情をはりつける。
(こ…この男はっ…)
麻神久子は虎視眈々と真理が何かするのを待っていたが、手がかりの現場がなくなり真理はちょっと沈んでいた。だからおとなしかった。
しかし意外な形で久子にとっての好機が訪れた。
何と校門にデコレーショントラックが乗りつけたのだ。そして派手にクラクションを鳴らす。注目を集めたところでトラッカーはポットを掲げて蛮声で叫ぶ。
「この学校に赤星みずきって女の子はいるかぁ? お袋さんからコーヒーを預かってきたぞぉ」
ここで自分の名が出るとは思ってなかったみずきは、みんなにはやし立てられて恥じ入ってしまった。
「お袋…なんてまねをしてくれる…」
女でいる時間が長いせいか恥などにも敏感になってきて、みずきは人前に出る気分でなくなったがトラッカーは変わらずに叫ぶ。
「僕が話をつけてくる」
上条が駆け出したのと入れ替わりに久子が入ってきた。
「赤星さん。これはどう言うことです。なんですか? あの大型トラックは。授業妨害ですか」
「違うのよ。麻神さん。みずきはあの人のことを知らないのよ」
七瀬がかばうが、聞く耳を持たない久子は例によって大暴走。
「ふっ。そんないいわけが通じるもんですか。やはり悪の友は悪」
「……つまりなにか。アタイのダチだから赤星が悪いってのか? 言いがかりもいいかげんにしろよ。
てめー。むかついてたんだ。そんなに喧嘩したけりゃ、難癖つけなくてもやってやるよ。表に出やがれ」
結果的に挑発に乗った形で真理は久子の挑戦を受けることになった。
一方トラッカーと対峙した上条。
「なんだ? あんちゃん。俺はみずきって女の子を呼んだんだぜ。すっこんでな」
「あなたこそ帰ってもらおう。赤星はあなたの行動で迷惑している」
「すっこまねぇならよ……水でもかぶって反省しなさい」
どこに持っていたのかバケツの水を上条に浴びせる。ずぶぬれの上条はふっと笑うと植樹に水を与えるための水道を捻りそのホースをトラッカーに向けて
「水のぉぉぉぉぉぉぉ龍ぅぅぅぅぅぅ!!」
と叫ぶなり勢い良く水をトラッカーに浴びせ掛けた。互いにびしょぬれになっても睨みあいだ。
「テメー…水を使った必殺技で亜美ちゃんに勝てると思ってんのか?」
「ふっ。僕は海ちゃんの方が好きだ。断っておくが伊集院隼人氏のことではないぞ」
「問答無用。ヴィーナスラブミーチェーン」
振り下ろされたチェーンをひらりとかわす上条。
「俺も昔は突っ張っててさぁ、あのセーラー戦士の笑顔でまともになったんだ。だからばかにする奴ぁ許せねぇ」
「おおっ。例えて言うと髪型をばかにされた東方仗助」
なんとなく波長の合っている二人だった。
そして校庭。対峙する真理と久子。乱入を嫌い中央である。
「どうせいるんだろ…堂々と出てきやがれ」
「見抜かれましたか」
悪びれず友恵が出てくる。みなみも恐る恐る半べそで出てくる。
「不意をつかれるよりは、最初から三対一でやったほうがましだ。来やがれ」
「待ってください。真理さん」
「姫!!」
姫子が十郎太のお供で現れた。
「やはり三対一は卑怯と言うものです。及ばずながらわたくしが助太刀いたします」
穏やかに言うと姫子はついてきた十郎太に
「十郎太さま。戦う相手が女の子なので、こちらも女のわたくしが行くのがよろしいと存じます。
これは刺客相手ではなく果し合いの助太刀。どうか手を出さないでいてください」
「しかし姫。それとて一人足りませぬ」
「ア…じゃあ私が抜けます」
物凄く嬉しそうに、みなみが離脱を宣言するが
「よーし。それじゃキミの相手はボクだね。一度、女の子同士でやってみたかったんだ。同じ位の大きさだし。よろしくね」
まるでスポーツのように綾那が言う。
「ほええええええっ。やっぱり私も戦うの!?」
戦わずにすむと思ったら、急転直下で戦闘突入で、またみなみは甲高い声で半泣きで叫ぶ。
「それでは私は北条さん。あなたとお手合わせいただきたく思います」
「真理さんの邪魔にならないのであればわたくしはかまいません」
どうもどちらかと言うと同じ古流でやってみたかった様子の友恵である。
「それじゃいきます」
宣言するなり壁際に走る久子。
「いきなり逃げるなぁぁぁぁ」
気が立っているので追いかける真理。久子は壁際で立ち止まるとジャンプした。そして壁を水泳のターンのように蹴る。その勢いで真理の胸元にダイブする。
「なにっ!?」
さすがにこれは戸惑った。しかもかなり早い。プロレスのボディアタックのように諸に久子の体重を胸元に浴びる。
「正義の怒り」
技の名乗りをあげるのと真理がダウンするのは同時だった。これがゴングとなる。
(2年前のことだ)
中尾の顔をした斑は、眼前の刑事を見て思いをめぐらせる。
(あの時も私は趣味である『殺し』をしようとしていた。あのころはちょうど体調的には絶好調だった。
だから少し調子に乗っていたようだ。新宿の繁華街のそばで殺しをするつもりだった。
それもわざと警察に知らせて通報から逃げ切る『ゲーム』にも挑むつもりだった。
予定外だった。まさか刑事が別の事件で聞き込みに来ていたとは。
自分の…おっと。以前の体の主のと言うべきか。車の中で女の首を締めていた。そこにこいつが…この男だ)
斑は改めて上条繁の顔を見る。
(車の中で白昼堂々『姦っている』とでも思ったんだろうな。実は『殺っていた』ワケだ。
その隙に首を締めていた女が逃げ出した。いつものように首を締める前に斑信二郎となのっていたがそれは殺すことが前提だったからだ。
とりあえず逃げた。さすがに警察に捕まるのはご免だ。拘留されたら当然、武器は取り上げられる。
最悪、自分自身をゴーストフェイスキラーで殺し、看守の体を奪う手もあるが、痛いのは出きるだけ避けたい。だから捕まらないように逃げた。
奴らは犬だ。逃げれば追う。逃走用に調べていた裏道を通るが、所轄なのかこいつも良く道を知っていた。ぴたりとついてくる。
浮浪者のたまり場で私はハンドル操作を誤った。壁にぶつかる。顔も知られたし追跡されていたので、その体は諦めたのだが一番近くにいたのがこの中尾勝に乗り移る前の浮浪者だった。
いくら緊急避難といえど軽率だった。体力のない浮浪者だったし、職につこうにも無理だった。
なんとか戦えるようにするまで一年はかかった。そのあいだは文字通り人として最低の生活を余儀なくされた。
よかった点としては完全に目の前で死んだので「斑信二郎」は死んだとみなされて追跡がとまったことだけだ。
復活するや否やあてつけでなのって殺しを続けていたが。あの屈辱は忘れない。だが…どうしてこいつがここに?)
「どうしました」
上条刑事は怪訝な表情をする。自分の顔を凝視したまま黙られれば、そりゃあそうだろう。
斑はとりあえず感情を押し殺し目的を探ることにした。
「いえ。別に。さあ。おかけください」
中尾は着席を勧める。上条もそれにしたがい、互いに座って対面する。
「さて。今日のお話とは?」