第7話『狂気の正体』Part4 Part3に戻る
少女はもがく。しかし炎のマスクはまとわりついてはなれない。死のダンスを舞っていた。
(お父さん。お母さん。みんな。真理!! 助けて…)
心の中でありとあらゆる人々に助けを求める。それが最後の思考となった。
炎はすでに上半身を覆っていた。熱さに身もだえするゆかりは胸をかきむしる。
そのとき細い鎖を引き千切り、真理のプレゼントのペンダントが足の上に音もなく落ちた。それはさらに苦しむゆかりによって蹴り飛ばされ排水溝へと落ちる。
やがてそんな力もなくなる。ゆかりは膝を折り崩れ落ちる。
「息絶えたか…もう私の為に踊ってはくれないのだな。それなら」
斑が指をぱちんと鳴らすと炎は一瞬でゆかりを包み込み骨も残さず焼き尽くす。
跡形もない。まったく何もない。焼け跡すらない。
斑はブルっと身震いする。
「…いい…やはり殺すのは若い女が一番いい。すっきりした。久しぶりに。今夜は良く眠れそうだ」
彼は鼻歌でも歌い出し兼ねない上機嫌で軽い足取りで階段を降りて行く。
「ゆかり!?」
真理の「ガンズン・ローゼス」は心を読むことが出来るが、それは本来接触を必要とする。
こんな風に敵を迎え撃つべくして飛んでいればなおさら解るはずはない。
だがはっきりとゆかりの叫び声を聞いた。
その隙を見逃す春日ではない。彼は思いきり真理をたたいて十郎太に向けて叩き落す。
「うわっ」
完璧に隙をつかれて真理は成すすべもなく落ちるが十郎太にキャッチされた。
だが今度はその隙に夏木がみずきたちへ。そして冬野が榊原をけん制すべく動く。
四季隊が二人掛りでやらないのは互いに信用してないからである。わざと足を引っ張られるのを嫌ってである。
外壁で敵も味方も戦局を見守っている。そんな中ではっとした表情で氷室響子は空を見上げる。常人には見えない何か。それを目で追う。
「…そう…逝ったのね…まだ若いのに…可愛そうに…」
彼女は天を見上げていた。
そうかと思えば一人の少女が憤慨していた。先刻まで脱出の血路を切り開いていた『正義クラブ』のメンバーの一人。麻神(あさがみ)久子だ。
「まったくもう。あの村上さんと言う人は見たまんまの不良なんですね。次から次へとトラブルを」
「麻神。人を外見だけで判断してはいかんぞ」
顧問である藤宮博が柔道着姿で腕組みをした状態で久子をたしなめる。
「いいえ。私の正義の血があの人を悪だと言ってます。これは粛清の必要があります。そうよね。友恵ちゃん。みなみちゃん」
「麻神(まじん)ちゃんがそう仰るなら多分正解ですわ。でも戦うのなら私はあの薙刀の人と戦ってみたいですわ」
ロングヘアーの少女はおっとりした口調で言う。彼女の名は谷和原友恵。悪漢の兵隊たちを投げ飛ばしていたのは彼女だ。
「ほえ? あ…あの…私も戦うの?」
不安げに今にも泣き出しそうなボブカットの彼女の名は佐倉みなみ。事実先ほどまで怖くて泣きながら戦っていた。
真理たちは知らないうちに身内にも敵を作っていた。
夏木の巨体がみずきに覆い被さるように空中から落下する。プロレスで言うところのフライングボディプレスだ。さすがにこれは逃げる。地響きを立てて地面にめり込む。
ちょうど額の位置にコンクリートブロックが置いてあったがそれをこなごなに砕いていた。破片が四方八方に飛ぶ。
「きゃっ」
七瀬もとっさにダンシングクィーンで破片をキャッチしてガードする始末だ。
「ぐふふふ。潰し損ねたか」
コンクリートブロックをこなごなにする衝動がありながら平気で立ち上がる夏木。
その破片が学生服の襟元に転げ落ちてるくらいだ。これにビビったとしてもみずきを責められないだろう。
「じょ…冗談じゃない。あんなのまともに食らったら…」
強気のみずきもさすがに逃げのファイトになる。だから平常心をなくして壁際に追い詰められる。七瀬は気が気でなかった。
(助けなくちゃ。でもここから石を投げたって当てる自信はないわ。私はみずきや上条くんみたいに『気』を撃てないし…せめてみずきの傷だけでも治してあげたい…直す? そうだわ。このかけらを直したら…)
七瀬はコンクリートブロックのかけらをダンシングクィーンで修復する。そして夏木目掛けて投げる。
それは修復されて他のかけらと合わさり、夏木の学生服の襟もとのかけらに集結しようとしていた。その夏木はとうとうみずきをチェーンに捕らえた。
「ぐふふふ。押しつぶし…▽#♂◎↑!?」
声にならないうめき声をあげてみずきを離して頭を押さえる。七瀬が直したコンクリートブロックが夏木の後頭部で元に戻りそしてそのまま夏木の後頭部に命中した。
(…スっげぇことしやがる…)
ピンチを逃れたと言うより七瀬の行動に青くなるみずきだが、気を取り直して攻撃に転じる。
「ちょろちょろ入れ替わられちゃやりづらい。まずはこいつを倒すぜ。食らいな。おれの最大必殺技」
みずきは夏木の横腹にけりを見舞う。その足を着地と同時に軸足にして反対の足で少し横を蹴る。 今度はまた足を入れ替えて相手の体をぐるっと一周しながら連続キックを見舞う。四方八方からけりが来るので一撃目を食らうと後はブロッキングもスゥエーもガードも出来ない。脱出不能。ゆえにみずきはこう命名した。
「ブラックホール」
「ぐぉ。げはっ。があっ。くぶ」
蹴りが脂肪を掻き分けて内部にダメージを与える。都合20近い連続キックを食らい夏木は成す術もなくKOされた。
夏木山三。KO。戦闘不能。
「姫!!」
真理を助けていて反応が遅れた。春日の狙いは姫子。七瀬や真理のように乱入されることを嫌ったか。
そして姫子は微動だにしない。そのまま春日は突っ込む。ロッドでの攻撃が姫子の顏に当たる。その直後。春日は吹っ飛ばされた。
「奥義・明鏡止水」
攻撃は最大の防御。されどさすがにインパクトの瞬間は完全に無防備になる。姫子の最大奥義。明鏡止水はぎりぎりまで…回避のしようのないインパクトの瞬間に全精力を注いだ一撃を持って倒す。 確実に相手の攻撃は食らうが、相手にも多大なダメージを与える。まさに『肉を切らせて骨を絶つ』戦法だった。
「がはあっ」
薙刀でカウンターを貰った春日は白目を剥いて倒れた。そして姫子も膝をつく。
「姫ぇぇぇぇぇぇぇぇ」
珍しく狼狽した声を出す。慌てて駆け寄る。
「だ…大丈夫ですわ。十郎太様。わたくしも武人の娘。ただ守られるだけでなく自分の身一つくらい自分で守らないと」
「しかしお怪我を」
「あの方(春日)はとてもすばしっこい方でした。ぎりぎりまで待たないと逃げられてしまうと思ったのです。それに…この怪我でみなさんの痛みが解りましたわ」
「七瀬殿。治療をお願いしたい」
「わかったわ」
春日マサル。薙刀による強打で失神。戦闘不能。
北条姫子。戦闘の負傷で戦線離脱。
及川七瀬。風間十郎太。ともに姫子の付き添いで戦線離脱。
残るは一組だけだ。
真理は苛立っていた。突然感じたゆかりの悲鳴。猛烈に嫌な予感がする。とにかく感じる方向に行きたかった。だが行く手を冬野が邪魔する。
「こうなったら俺一人でも首を取らないと総番に直訴した意味がないぜ」
「どけえっ!! 邪魔だよっ」
だがその苛立ちを楽しむように冬野は妨害する。実のところ脱出したいのだが、それをやると今度は総番に仲間を見捨てたとして制裁される恐れがあった。『四天王』の地位も剥奪されかねない。
(時間を稼げば最初にのされた秋本辺りが復活して形勢逆転に近づけるかもしれねぇ…とりあえずつかず離れずだぜ)
だがそれは叶わぬ願いであった。
怪我をさせたままでは後味が悪いのでさりげなく七瀬が治療していたが、それでは今度は復活して暴れるかもしれない。
だから体力は綾那が根こそぎ吸い取りみずきや姫子に回復エネルギーとして与えていた。もちろん姫子の負傷も治療済みだ。
「貴様の相手は俺だ」
横から榊原が入ってくる。全校生徒が見ているのに優等生として振舞わず素のままで発言したのはやはり苛立ちがあったからだ。
冬野の腰の辺りに蹴りを見舞う。文字通り腰砕けになる。そしてその無防備な状態の冬野を榊原のマリオネット『ビッグ・ショット』が挟むように出現する。
鏡にあわせたようにフック。すねにローキック。エルボー。腹部への膝蹴り。ストレートパンチ。真上への蹴り上げを本体の榊原とマリオネットのビッグ・ショットの2プラトンで冬野に叩き込む。 そして蹴られて舞い上がったところを榊原がジャンプして追い捕獲。ビッグ・ショットが冬野を逆さに担ぐ。自分の肩に相手の首を極め両腕で相手の両腕を捕らえている。
本体の榊原はその上から相手の腋を足で押さえ冬野の足を両腕で固めて身動きできなくした。
そのまま錐もみ状態で地面に激突。その究極技の名は
「3P」
「ぐはっ」
落下の衝撃。自重と榊原の体重。それが叩き付けられた瞬間に首。背中。両脇。両足を通じて股関節にダメージを与えた。
冬野は血を吐いて倒れ伏す。
「す…凄い…一人マッスルドッキング…相変わらずセンス悪いネーミングだけど…」
破気を吸い取られて正気に返った上条がいかにものぼけをかます。冬野もまた治療はされたが体力は根こそぎ奪われた。
「う…うわあああっ。四季隊が四人掛りで敗れたなんてっ」
「他の生徒も強いし…」
「逃げろ。もうここにいても仕方ないぞ」
悪漢高校の雑兵たちは四季隊を連れて退散していった。だがそれには目もくれず真理は何かを探していた。
「あっちだ…あっちから感じる」
彼女は戦闘の疲れを回復させないままに走り出した。
「あっ。真理ちゃーん。疲れててないの?」
綾那が声をかけるがかまわず走る。みんなも来た。そこによってきた氷室響子。
「氷室先生…」
「みんな…彼女を追うわよ」
時々立ち止まっては獲物を追う猟犬のように気配を探る真理を追う形で、一同は取り壊し寸前の廃ビルへとたどり着いた。
「この光景は…」
榊原の顔色が目に見えて悪くなる。ここまでの道のりで榊原はすべてを説明していた。悪夢のことを。
それでも一同は信じたくなかった。同じ学校の生徒が…しかも仲の良いゆかりが炎に包まれた悪夢など。
九人の男女はゆっくりと三階へとあがって行く。
「ここだ…ここが一番強い」
四階へあがろうとしたがそうすると若干『気配』が弱くなる。だからこの辺りと睨んだ。そして問題の部屋へと入る。
がらんどうだ。何もない。天井にも床にも煤はない。榊原はほーっとため息を吐く。緊張から解きほぐされたようだ。
「ふ…ふふ…すまん。騒がせたようだ。どうやら俺の見たのは単なる悪夢だったようだ。予知夢なんかじゃなくてな。それで目を覚まして本当の予知をする直前のビッグ・ショットが引っ込んだと言うところか。すまんすまん。何でもおごるから勘弁してくれ」
彼自身が虚勢を張っているのが解っていた。無理やりに納得させようとしていた。だが
「見て!? 真理ちゃんのガンズン・ローゼスが」
「何かに引っ張られるように…」
茨の形をしたガンズン・ローゼスが床の一点に引っ張られるように緊張していた。しゅるっとのびると銀色に光るペンダントをつかんで戻る。
「あ…ああ…これは…アタイがゆかりにあげたペンダント…」
そして彼女はそのペンダントにこめられた恐怖を感じ取った。それはまさしく榊原の見た悪夢といっしょ。
「そ…そんなわけがあってたまるか。俺のビッグ・ショットだって完璧じゃない。この前だってひらめきを信じて座ってみたら三万負けたし…だからこれも何かの間違いだ」
みんなも無理やりに納得しようとしている。しかしそれをあえて憎まれ役を買って出たのは年長者。
「いいえ…彼女…小山さんは逝ったわ…それもここで殺されたようね」
残酷な優しさであった。殺される現場はおろか死体すら見ていない。それどころか『殺害現場』には焼け死んだ形跡すらない。だからゆかりの死を受け入れることは出来ない。
しかし事実は事実。それを受け入れないと言うことは…心がそこで止まったまま。あえて現実を突きつけた。
「何の…何の証拠があるんだよ…何の…」
みずきが食って掛かる。みずきもまたゆかりとは仲が良かったから認めたくなかった。響子はまったくの無表情で淡々と続ける。
「わたしはいわゆる霊能力があるの。及川さん。若葉さん。そして榊原くんと村上さんはさっきからの様子を見る限り『マリオネット』を遣うようね。
わたしのはそれとは違うけど見えるのよ。はっきりと見えたわ。彼女…小山さんの霊が引き剥がされたのを…そして成仏してない。浮かばれていないわ」
「それじゃ死体は…殺されたって言うなら死体はどこにあるんだよっ!? ここには血の後もないぜ」
「『敵』は恐らくあなたたち同様にマリオネットマスター。だから死体をすべて何らかの方法で消し去った。証拠を残さずにね」
確かにマリオネットの作り出す炎ならそんな超常現象もありえる。話が信憑性を帯びてきた。現実味を帯びてきた。
すると…ゆかりは死んだのか? みんなそう思えてきた。
「ゆかり…」
七瀬が顔を覆って泣き始めた。
「ゆかりちゃん…死んじゃったの…」
綾那が子供のように泣き喚く。
「ゆかりさん…」
姫子が泣き崩れる。
「ちきしょおおおおおおおーっっっ」
深い悲しみに突き動かされみずきが慟哭する。
「………」
黙祷をささげるように瞼を閉じる十郎太。
「くっ…」
どうしていいかわからない苛立ちから上条は壁を殴りつける。
「俺の…俺のせいだ…俺がもっと正確に予知していれば…」
「違う!! アタイのせいだ。あのときゆかりを外に出さなければ…」
『死なせずにすんだ』と榊原と真理は悔恨の涙を流していた。そこに氷の冷たさを持つ一言。
「泣き喚いたって彼女は帰ってこないわ」
冷酷な現実。一瞬、憎悪に誓い感情がその場にわきあがる。
だが忍びは現実主義者。十郎太が最初に成すべきことを見つけた。
「榊原。真理殿。その首飾りや夢から下手人はわからぬでござるか?」
そうだ。泣いている場合じゃない。殺人鬼は野放しになっている。誰かを突き止めないと。
「……残念だが被害者が小山とすら特定できなかったくらいだ。犯人の特徴はわからない」
「アタイがオトシマエつけさしてやるよ…せめてもの罪滅ぼしに…ゆかりを殺ったゲス野郎はアタイがこの手で地獄に送ってやる。敵がマリオネットマスターと言うなら警察じゃダメだ。アタイがやってやる」
真理の目に涙はもうない。強い意思が感じ取れる。そしてその場の全員の意思だ。
「わたしは別にその殺人者を追ってここに来たわけじゃないわ。赴任先でこんな事件が起きただけ。だから目星も何もあるわけじゃないけど…出来る限り協力はするわ。こんな奴を野放しに出来ないわ」
「けど…甘いかもしれないが全部間違いで…小山は大火傷はしてるけどどこが生きていると…信じたい…」
上条の言葉は全員の気持ちだった。
真理は自分のペンダントを外すと、そこにゆかりが残したペンダントを括り付けて改めて首にかける。そして優しく語り掛ける。
「寂しくないようにいっしょにいてやるからな。ゆかり。アタイたち…ずっと友達だろ?」
不気味な殺人者はどこかにもぐりこんでいる。それがまさか自分の担任だとは夢にも思わない真理たちだった。
小山ゆかり 死亡
次回予告
ゆかりの死で荒れる真理。その神経を逆なでするがごとく『正義クラブ』が真理を不良と極めつけ挑戦してきた。一方、聞きこみ調査で無限塾を訪れた上条繁刑事を見た中尾(斑)は…
次回PanicPanic第8話『クラブ活動パニック』
クールでないとやっていけない。ホットでないとやってられない。