第6話『乾杯』

「それでは赤星瑞樹君の16歳を祝って…かんぱーい」
「かんぱーい」
 グラスが合わさり一口つけるとみんなは手元のクラッカーを持ち一斉に鳴らす。
 パンパパンパンパパン………パン。
 豪快に遅れた音の元を見ると振袖姿の姫子が口元を抑えて照れていた。
「ご…ごめんなさい。わたくしったら…一呼吸遅れてしまいました」
「一息じゃきかない豪快さだったがな」
 真理の声にどっと笑いが沸く。

 この日の喫茶『レッズ』は夜は貸し切りだった。
 五月二十六日。赤星瑞樹16歳の誕生日。そのパーティーだった。
 本人は照れから『いいよ』と辞退したが瑞枝が直接電話をして呼んでしまった。
 ちょうどゆかりの店の手伝いで得た給料もあり、それぞれプレゼント持参でやってきた。
「しっかし…まさか高校生にもなって誕生パーティーなんてやるとは思わなかったぜ」
「あら そうですか? わたくしや愛子さんなどは毎年祝って頂いてますわ。お父様やお母様の愛情を改めて感謝する日ですもの」
 姫子は決してふざけていない。本気の言葉だ。
「はは…さすがお嬢さま…」
 感性の違いに苦笑する瑞樹。

 瑞枝の手料理が振舞われる。
「さあさあ。みなさん。お料理を食べて行ってね」
「じゃ遠慮なく」
 テーブルをあわせて作った大テーブルには様々な料理が並んでいた。
 はじめは寿司などであるがそれをつまんでいる内に次の温かい料理が出てくる。寿司おけは二つ並んでいた。
「みーちゃんのママ。びっじーん。それに若ぁい」
 綾那が心服したように言うと瑞枝はにっこりと笑みを返す。
「若いったってもう40だぜ」
 余計な一言だった。
「瑞樹ちゃん…私はまだ39よ…」
 おそろしく素早く詰め寄った。にこやかに笑ってはいるが、こめかみに何か浮き上がるものが。
「(は…はは…さすがに女心って奴かな。一つ違いで偉い差か…)ご…ごめんなさい」
 普段がおっとりしてるだけに、怒ると何されるかわからないので取り敢えず謝った。
 機嫌を直した瑞枝はにこやかに説明をする。
「お寿司だけどこっちが普通のよ。そっちが瑞樹ちゃんや辛いのの苦手な子のために用意したわさび抜き」
「なんだよ。赤星。お前辛いのだめなのか」
 豹柄のシャツと黒いミニスカートの真理が揶揄するように言う。
「う…うるせーなー」
 照れもあり乱暴に真理のつまんでいたのと同じ寿司をとって口に放りこみ…悶絶した。
「………★@%◆¥」
 口を押さえどたどたと走り水を求める。
 女の子だとなんとなく許せても今回は男バージョンだけに軟弱に見えた。
 今日の瑞樹はポロシャツにスラックスと言ういでたち。
「そんなに辛いか。さびぬきかと思ったぜ」
 真理は平然と寿司をつまんで行く。
「あ…だめなの。瑞樹と来たらとにかく辛いものがだめでカレーでさえ子供用よ」
「億康と言うか大阪と言うか」
「だらしねーなぁ。女みたいな奴だ。アタイなんかわさびそのものを握っても平気だぜ」
「こっちはよみだし…」
 相変わらずのノリの上条である。彼は白い上下と黒いTシャツ。実は『CITY HUNTER』からとっている。
「しかし母親が『こっちはだめ』と注意しているのにわざわざそれを取るかね」
 どことなく野暮ったいシャツとズボンの榊原が言う。
「昔っからよ。この手のチョンボは」
 まるで長年付き添った夫婦のように七瀬が瑞樹を評する。
「さすがは幼なじみ。七瀬殿は赤星の事は良く存じている様子でござるな」
 姫子に合わせたわけでもなかろうが和服の十郎太。ただし藍色で地味に抑える辺りはさすがは忍びと言うべきか。
「付き合い長いものね」
 白いブラウスにロングスカートの七瀬は、茶目っ気たっぷりに瑞樹に視線を送る。
 ようやく水を飲んで落ち着いた瑞樹が
「ああ。何しろ生まれたときからだしな」
「そんなに!?」
 驚く一同である。
「確かにお隣さんどうしじゃ産院なんかも同じとこに行くかもしれないし、生まれたときからと言うのもわからんことはないが…」
「七瀬ちゃんはいつが誕生日なの?」
「8月1日よ」
 綾那の問いに笑顔で答える七瀬。
「ほえーそれじゃ二ヶ月くらいしか違わないんだ。みーちゃんのほうがちょっとだけお姉さんなんだ」
「オレは男だ」
 ここには正体を知るものだけなので瑞樹は即座に混ぜっ返す。

「でも残念だな。ゆかりも誘ってやれば良かったのに」
 なんだかんだでゆかりとは仲が良い真理が言う。
「それじゃ女でなくちゃならないだろ。自分の生まれた記念の日ぐらい生まれたときの姿でいさせてくれよ。それに今日は夜からは例のウェイターさんとウェイトレスさんの内輪のパーティーにするといってたから向こうから『ゴメンなさーい』と言って来たぞ」
「この際あいつにも秘密を打ち明けたらどうだ?」
「出来るだけ少ない人数にとどめたいんだよ。本当はオレと七瀬だけで3年間通すつもりだったし」
「だが瑞樹。災い転じて福となす。秘密こそ守れなかったものの友達が出来たではないか。しかもこうして男の姿でもいられるような」
「わかってるよ。親父」

 料理も進みプレゼントを渡す段になった。
「兄ちゃん。ぼくと姉ちゃんで小遣いあわせて買ったんだ」
「大事にしてよね。お姉ちゃん」
 二人の弟…と言うより妹と弟と言うほうがしっくり来る薫と忍が包みを差し出す。
「誰がお姉ちゃんだ。お前だって『お兄ちゃん』だろうが。ま…とにかくアリガトよ。忍」
 包みを開けるとバレーボールの選手などが使うサポーターだった。
「これなら兄ちゃんがいくら転んでもケガしないよね」
「スカートからのぞく膝小僧がいつもバンソウコウじゃ女の子としていけてないわよ」
「は…ははは…サンキュ」
 まぁ弟は小学生のなけなしの小遣いでしかもわが身を案じてくれたのだ。その優しさを貰う事にした。

「それじゃ次は僕だな。結構買うの恥かしかったぜ。輝が選んでくれたけど」
「『輝』って?」
「二つ下の妹」
「やっぱりオタクなのか?」
 もっともな問いかけである。上条のほうも特に気負いなく返答を。
「ロックバンドの追っかけやってる」
(オタクよりゃ良いけどパンクな装飾品だったらヤダな)
 瑞樹は包みを開けて…絶句した。白いカチューシャと深紅のリボン。
「いやあ。リボンにもブランドってあるのな。意外と高いんだぜ。赤星いっつも襟足を輪ゴムで止めてて色気ないから髪の毛関連で思いついたんだ」
「…これって…どう見ても女のためのモノだろう…」
「気に入らない? それなら姫ちゃんにあげちゃうぞ」
「えー。ボクにじゃないの。上条くぅん」
 ピンク色のフリルまみれの人形のような可愛い服に身を包んだ綾那が拗ねたような甘えた声を出す。
「ふっ。姫ちゃんが付ければこれぞまさしく『姫ちゃんのリボン』って訳だからさ」
「あのなぁ……」
「あらあら。可愛いリボンとカチューシャねぇ。ありがとうね。上条君だったかしら?」
「ハイ。ジョジョと呼んでくれても構いませんよ」
 誰も呼んでない。
「ねえ。みずきちゃん。せっかくのプレゼントよ。学校に行くときなら女の子だからつけてあげなさいよ。そうだわ。背中まで髪の毛伸ばしてポニーテールも可愛いわね。このリボンでくくっちゃうの」
「あ…ありがとな。上条。ありがたく頂くぜ」
 実は三兄弟の髪は瑞枝が切っている。
 このまま話を進めると本当にポニーテールができる長さになるまで切ってもらえなくなりそうだし、自分の小遣いで床屋はちょっと痛い。話をそらす事を優先してもらう事にした。
「じゃボクね。じゃーん。くまちゃんのぬいぐるみー」
「うっ……」
 これは明らかに今までと違う反応。
「あ…ありがとう」
 なにかを必死にこらえつつこれだけは両手で受け取る。が…どうにも我慢できなくなったらしい。ぬいぐるみを両手で抱きしめる。
「か…可愛いーっ。あーっちきしょー。なんかどうしてもぬいぐるみだけは嫌いになれない。こんな女っぽい趣味は捨てたいのにーっ」
 本当に愛しそうに抱きしめる。贈った綾那も満足そうである。
「赤星って女扱いされるのを嫌う割には、ぬいぐるみや甘いものが好きと言う女の子っぽい所があるよな」
「アタイは辛党だが男の甘党もいるだろうさ。でも人前でああまでぬいぐるみで喜ぶなんて女でもできないぞ」
「村上は特別だからな」
「何か言ったか?」
「別に」
 この会話が聞こえたかどうか瑞樹はぬいぐるみを傍らにおいて取り繕う。
「あー…若葉。ありがとう」

 プレゼントタイムは続く。次は姫子だ。
「瑞樹さん。わたくしからはこれを差し上げます。お似合いになると思いますが」
 きれいにラッピングされた箱を手渡される。
「(服かな?)うっ…姫ちゃん…これは?」
 開いて絶句した。
「ハイ。わたくしの洋服を作って頂いている仕立て屋さんにお願いして、作っていただいたワンピースですわ。ピンクの地に細かい花模様が春らしくて可愛いと思いまして…あっ。サイズですか? 榊原さんに見立てて頂きましたから胸元も大丈夫と思いますわ」
「心配は要らんぞ。俺はどんな女でも一目見れば例え矯正ないし補正下着を付けていてもスリーサイズは見ぬける」
 とんでもない特技を自慢げに鼻までならして言う榊原。だがそれをよそに瑞樹は姫子に詰め寄る。
「ひーめーちゃーんー」
「ご…ごめんなさい。どうしても女の子のイメージが強くて殿方に差し上げるものが思いつかなかったんです」
「だからってこれはないでしょ。これは」
 見事に女扱いされて切れそうだったが姫子にして見ればまったくの善意。それを泣き顔にさせるのもしのびない。
「(まぁ薫なら着れるかもな)言いすぎた。ごめん。ありがたく受け取るよ」
「命拾いしたな。誕生日が命日では貴様もやるせなかろう」
「…わかったから刀はしまってくれ…風間…」
 抜く寸前だった。十郎太は短刀を収めると代りに包みを出した。
「このかんざしはお主のように髪の短い娘でも似合うようなものを、弥生と葉月に聞いて里の職人に作らせた。そして」
 十郎太は秀樹に断り捨てるために束ねられた雑誌を3冊貰った。そしてそれを『かんざし』で貫く。
「これを用いて心の臓なり首筋を一刺しで大の男とて仕留められよう。お主の腕前ならば心配無用だが護身用とするが良い。万が一辱めを受けた場合は自害にも」
「誕生日に縁起でもないこと言うなぁぁぁぁぁぁぁぁっ」
 さすがに女ものが続くのは察しがついたが、こんな物騒なものまでは考えなかった。
 断ってそのかんざしで一突きされてもつまらんので貰ってはおいた。
「リボンにワンピ。ドレスアップするならメイクもだよな」
 真理は化粧品セットを差し出した。みずきは苦笑いもできない。
「あんた地は良いんだからちゃんとメイクすりゃどんな男のハートでもいちころだぜ」
「はっはっはっはっ(おふくろにあげよ)ありがと。村上」
「甘いな。アウターやメイクだけで男をゲットできると思うか」
(いや…メイド服で媚びれば大抵は落ちると思うな…)
 榊原の言葉に心中で反応する瑞樹。
「やはり男を誘うのは上向きなバストとヒップ。そのためには…これだっ」
 さすがに今度はみんな驚いた。女性下着の上下セットだった。
「……一つ聞いていい? これってやっぱり上条や風間みたいに妹に頼んで買ってきたのか?」
「何を言う。俺が直接手で触れて選ばなきゃまずいだろうが。だいたい姉貴に頼みごとをしたら後が怖い」
「ルナ・インバースみたいなお姉さんなんだ…」
「安心しろ。金なら俺のマリオネットが万馬券を読んだので、上等なシルク100%のものを買えたぞ。そして直接見ただけにばっちりだ。見たとこお前は下着はいい加減だからな。その84のDカップのバストが型崩れでもしたらもったいない」
「あら凄いわ。制服作るときに計ったけどぴったしだわ」
「変態な特技に感心するなよ。おふくろ」
 今は男なのに胸元を両手で覆い隠す瑞樹。
「…それにしても…どうしてみんな女物なんだよ。チクショウ。オレは男だぞ。七瀬。幼なじみのお前は違うよな」
 そう言われた七瀬は閥の悪いごまかし笑いをする。
「え…えーと…ハイ。お誕生日おめでとう。これで身だしなみをきちんとしてね」
 手鏡とブラシだった。どう見ても女向けのデザインであった。
「お…お前等なぁ…」
 さすがにこれは怒るかとみんな苦笑いしたが、瑞樹が激怒する前に文字通り水をさされた。お冷を運んでいた瑞枝が躓いてその中身が全て瑞樹にかかったのだ。
「冷てぇーっ」
 高めの少年声から途中で甲高い少女声に変わる。胸元もいきなり隆起して服もだぶつく。背が低くなった。
(おばさまったら…)
(確信犯だな)
(わざとじゃねーか)
(わざとでござるな)
(あら。まぁ)
(みーちゃんのママ。みーちゃんを女の子にしたかったのかな?)
(これはっ…ゴルゴムの仕業だっ!!)
 全員がそう思うほどわざとらしいこぼし方だったが、瑞樹の母親だけに作為のない単なるドジと言うのも考えられない事はなかった。しかしここではまず確信犯だろう。
「おふくろっ。なにすんだよっ」
 少女へと変貌したみずきは抗議をするが瑞枝は柳に風。さらりと受け流す。
「あらあら大変。びしょ濡れだわ。ごめんなさいね。みずきちゃん。着替えないと風邪引くわ。そうだわ。ちょうど女の子になったことだし皆さんのプレゼントを付けて見ましょう。薫ちゃん。忍ちゃん。お手伝いしてね」
「はーい。ママ」
「兄ちゃん勘弁。かあちゃんに逆らうと後が怖いから」
「こ…こら。放せ。放せよ。お前等」
 抵抗空しく奥の部屋へと連行されるみずきであった。唖然とする一同。
「ふぅ…一人くらい娘が生まれていれば瑞樹もこんな目に会わなかったものを…」
 秀樹がため息混じりにつぶやく。
「おばさま。女の子がとても欲しかったみたいですものね。私なんかもとても可愛がって貰えたし」
「ま…七瀬君の服の趣味はウチの奴のプレゼント攻勢の賜物のようだしな。とにかく瑞枝のやつの女の子に対する執念は半端じゃない」

 主のいない誕生パーティーでとうとうと昔話が始まった。

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