第5話『お店においでよ』Part4   Part3に戻る

「てめーら…何しに来やがった!!」
 瞬間的に凄みのある表情になる真理。おそろしく白い肌の美人だけに逆にかなりの迫力が出る。
「て…てめーこそどーしてこんなところで…プ…プププっ」
 最初はひどい目にあわされた相手にびびリ、精一杯の虚勢を張っていた三人娘だったものの、その内に真理の迫力と可愛らしい格好のアンバランスに恐怖も忘れて噴出した。
「何がおかしい…ああっ」
 心を読むまでもなく察した。自分の格好の可愛らしさに。今度は一気に恥ずかしさで赤面する。とたんに3人娘がここぞとばかしに爆笑する。
「似合わねーっ」
「そんなでかい女がひらひら着ても可愛くねーっっっ」
「それとも何か。サーカスのピエロのように客の笑いを取るのが目的かぁー」
「…ううううううううう…うるさいっ」
 さすがに迫力も消し飛んだ。何しろ170センチも身長がある。女としてはかなりの高さである。
 くわえてバストも大きい。その体格にこの服はさすがにアンバランスであった。
 それは本人が一番良くわかっていた。だから何も言い返せない。3人娘は更にずに乗って罵倒する。
「ここまで似合わないとはオメーホントに女か。実はオカマなんじゃないの
「…誰が…」
「『オカマ』だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ」
 罵倒された当事者の真理より早く(しかもテーブルで接客していたはずの)みずきが言葉に反応して入り口に飛んで来た。
 絶叫するや否や
「コスモスエンド」
踏みこんでの連続キックを見舞う。
「ぶぎゃあああああっ」
 三人娘は問答無用で吹っ飛ばされた。
「誰がオカマだ。この野郎。もーいっぺん言って見ろー」
「なんか…ヘアスタイルをばかにされた仗助って感じだな」
 ボソッと一般人には通じない感想を漏らす上条。三人娘は乱入者に戸惑っている。
「な…なんだよ…誰もあんたにオカマなんて言っては…」
「まだ言うか。この野郎。プロミネンス
「『もういっぺん言って見ろ』って言ったくせにぃぃぃぃぃぃぃぃ」
 必殺技をくらって三人娘は星になった。
(赤星…気にしてるんだな…)
 すっかり毒気を抜かれた真理が憐れむような目で見てしまう。素早く反応するみずき。きっと睨みつける。
「何?」
「いや…なんでも」
 さすがに視線をそらす真理。みずきはガニマタ気味に店の中へと戻る。だが
「ふっ。それでウェイトレスとは笑止」
 涼しげな印象の男の声が制止する。
「なっ…」
 入り口に一人の男が立っていた。端整な顔立ちだがやや小柄。
「オヤジ…何が言いたいんだよ…」
「オヤジって…この人」
「みーちゃんのパパなの。うわあ。格好いい人」
 騒動を聞きつけて飛び出してた綾那までが男の周りにまとわりつく。ゆかりもいる。
 それには構わず秀樹は一礼する。
「みずきのお友達ですか。はじめまして。みずきの父の赤星秀樹です。娘がお世話になってます」
「いえ…こちらこそ助けていただいて」
 店側の代表としてゆかりが挨拶する。
「ふっ。このバカが助けになどなってますかな。先ほども客を蹴り飛ばす始末」
「アレは迷惑な客を追い出しただけだろ」
「甘い! 甘いぞみずき! 貴様はいつもそうだ。肝心の所を見失う」
「肝心のところとは何でしょう? シュバルツ・ブルーダー」
 割り込んだ上条。真面目にボケる。呆れ顔になる秀樹。
「……誰だね? それは……とにかくだ。みずき。貴様は中途半端なのだ。女になりきれていないのだ。だからあんな一言で心を乱す」
「女になりきれてないって…顔も体も凄く女の子って感じがするけど」
 事情を知らないゆかりは当然の感想を漏らす。
「いいかみずき。なぜウェイトレスなのか考えても見ろ。客は空腹だけでなく心をも満たしに来るのだ。女ならではの優しさをも求めている。しかし貴様のガサツさでは客に不快な印象を与えるのみ。残り一日と聞いているが続けるならば徹底しろ」
「オレは…中途半端…」
 負けず嫌いの性格が作用して父親の大上段に振りかざした正論に打ちのめされていた。
「私が言いたいのはそれだけだ。中途半端で迷惑をかけるくらいなら今すぐ止めるが良い」
 言うだけ言って秀樹は立ち去って行く。呆然とする一同。さすがに七瀬がなだめる。
「気にする事はないわよ。みずきはみずきなんだし」
「……やってやる……」
「え!?」
「あそこまでコケにされてだまってられるか。見てろよ。オヤジ。最終日までやりぬいてやる。女を究めてやるぜ。男の意地だぜ」
(男の意地で女を究めてどうするのよ…)
 しかしみずきの負けじ魂は簡単に消えそうになかった。

 その夜。
 赤星家のバスルームの手前に脱衣所があり、そこには洗濯機と乾燥機がおいてある造りになっていた。今は薫が自分の下着(女物)を仕上げのために機械についていた。
「うー。冷たいっ」
 みずきが体にバスタオルを巻いて出てきた。
「あれ…お姉ちゃん…どうして…」
 そう。みずきが夜に女で風呂から上がった事はない。それどころかわずかな時間があれば男に戻るのである。それが女で上がってきた。
「どうしたの? このあとも学校のお友達と逢うの?」
「そんな約束はないぜ」
 短い髪の毛をバスタオルで乱暴にふき取る姿はさすがに男だが。
 体は男で精神は女とみずきの対極の薫だが、それでも豊かな胸を晒して乱暴に髪を拭く姿はめのやり場に困った。
「だったらどうして男に戻らないの?」
「ふっ。オヤジの奴を見返してやる。中途半端と言うならこれからバイト最終日の明日まで男に戻らないぜ。普段の生活から女らしくしてウェイトレスをやり遂げてやる」
 ショーツを身に着けバスタオルを首から下げた姿で豪語する。
(無理なんじゃないかしら…そんな一夜づけじゃ)

 しかしみずきの負けじ魂は忌み嫌っていたものを受け入れさせた。
(オレが女になったときにおふくろが二つ買ってくれたが…真っ赤なパジャマよりはピンクのネグリジェの方が女っぽいな…ところで女って寝るときブラはどうすんだろ? あんなキツイものを寝るときまで締めてるとは思えないから外してんだろうな)
 寝るための姿になってご丁寧にお気に入りのクマのぬいぐるみ(これは完全な男だったころからの趣味)を抱き枕のように抱きしめて眠りにつく。

 土曜日の朝。七瀬はいつものようにみずきと一緒に登校する為に赤星家の玄関前に出向いたら既にみずきがいた。
「今日は早いのね」
「まぁね。いつもよりやること一つ消したから」
「なぁに? それ」
 と尋ねた七瀬がが女の直感と言うか。みずきがいつもと違う雰囲気を持っていることに気がつく。
「……なんか…変ね…いつもと違うわ…」
「さすがだな。七瀬。実はオレ…ううん。あたし昨日の朝を最後に男に戻ってないのよ」
 『オレ』まではいつものように女の子が男っぽく振舞うように低く押し殺した声。
 『あたし』からは一転してまるで男が裏声を出したような高い声に変えて言う。
「なんでまたそんな事を」
「決まってるだろ…でしょ。オヤジを…お父さんを見返すためよ」
 七瀬は二の句が告げなかった。幼なじみゆえに負けず嫌いは知っていたし父親へ反発するのも。しかしここまでとは…忌み嫌う女姿でいつづけさせるのは…
「……ファザコン」
「ん? 何か言ったか?」
「別にぃ。さぁ急ぎましょ」
 二人の少女は駅へと急ぐ。

 その日のみずきは男子にすこぶる評判が良く、女子には扱き下ろされていた。
「秋山くぅーん。資料を運ぶの? アタシが手伝ってあげる」
「あ…ありがとう。赤星」
 資料を持ち上げる際にそれとなく胸元が強調され、どちらかと言うと硬派の秋山は目のやりどころに困る。あるいは
「池山くん。体育でつかれちゃったみたいね。肩揉んで上げようか?」
「え…いいよ。赤星」
「そう言わないで」
 無理やりに肩を揉んだりする。しかもたまに胸を背中に押し付けたりも。一日そんな調子だった。結果。
「なぁ。今日の赤星ってなんか可愛くないか?」
「ああ。妙に女っぽくて…優しくて…」
「あいつもとうとう女らしくなったか。彼女にするなら今のウチかな」
「ばぁーか。男が出来たから女っぽくなったんだよ」
 男子にはおおむね好評。

 しかしこの媚まくったみずきの態度は女子には
「何? 赤星。男子のご機嫌取っちゃって」
「嫌な奴」
「なんか不自然よね。オカマみたい」
「男子もバカよね」
 かなり不評だった。この輪の中には当然ながら正体を知る面々は加わってないが。

 そして午後のウェイトレスでもおおむねこんな調子だった。
(ふっ。女らしさとはつまり優しさ。ちょっと優しくすれば男なんてチョロイもんだぜ)
「いらっしゃまっせー。ゆーかりへようこそー」
「……なんか…めぐさんがらんまやリナでやったときみたいな『ぶりっ子声』だな……」
 甲高い声で語尾を上げた調子で客を迎えるみずきを見てカウンター前で待機するウェイターの上条が漏らす。
「あやつ…あのようなこぎある言葉は嫌っておったはず」
「……『コギャル言葉』か……」
「……ばっかみたい」
 辛らつな七瀬の言葉に男たちは一瞬で引く。
「……どうしたのよ……」
「…いや…常に菩薩のような大らかさを持つ七瀬殿とは思えぬ言葉にたじろいだのでござる」
「怒りもするだろ。恋人があんな女の真似してりゃ」
「誰が恋人よ」
 やたらに素早く反応して声を荒げる七瀬だが真理はそれを面白がっている。
「違うのか? どれ?」
 真理は右手から『茨』を出す。
「やめてよ!」
 逃げるようにそそくさと七瀬はフロアに出てしまう。
「ありゃあ相当いらだってるなぁ」
「(『ガンズン・ローゼス』で)触れたのか」
 そう問い掛ける榊原にいつになく艶っぽい表情で
「(そんなものを使わなくても)女ならわかるさ」といった。

 みずきの勘違いは延々ラストまで続く。とにかく男性客に対してフトモモや胸元を強調したポーズで媚びた笑顔で接する。
 それに対した男性客はおおむね照れる。カップルの場合でもだが例外なく女が不機嫌な表情になる。
「何。あのウェイトレス。ばかみたい」
「そうかぁ。可愛いと思うけどなぁ」
 聞こえないように気をつけた会話が聞こえてしまったのか。それとも嫌味で耳に届くようにしたのか。みずきにも聞こえるがそこはそれ。
 前日は不良娘相手といえど客に対して蹴りまで見舞った身としては黙って笑っているしかない。しかし心中では
(うるせー。オレだって恥かしいんだよ…なんだよなー。女が裸見られたと騒いでも『別に減るもんじゃないし』なんて思ってたけど…確かに男の視線ってイヤかも…絡み付くようで…女が嫌がるのわかるな…それになんであんなに見てくれを気にするかと思ってたけど…これだけ見られちゃ手も抜けないよな…そうとも知らずに女に対してひどい事を言ってたかな…今度チャンスがあれば謝っとこう…でも…大抵は女同志だからなぁ…男に言われるのと女に言われるのじゃ違うみたいだし…ところで…)
 くるっとみずきは客席を振り返る。視線が合った男たちがあるものは手を振り。あるものは露骨に顔をそむける。赤面する客もいた。一応愛想笑いをして引っ込むが
(女の目で見てみると痛感したが…あんな上辺だけの心のこもってないお色気や愛想笑いにあんなに本気で反応する…男ってバカ?)

 そして閉店。店長の悟が茶封筒を手渡して行く。
「みなさんのおかげでなんとかやりくりできました。明日の日曜は休みですし明後日から新婚旅行の二人も勤めに戻ってきます。
怪我をした3人も昨日には退院しているので、仕込みとか皿洗いなどならなんとかやっていけるでしょう。一週間ありがとうございました。これは給料ですが少しお礼として含めてあります」
「そんな…なんのお役にも立てなかったのに」
「いいのよ。七瀬。お店を閉めないですんだんですもの」
「ゆかり…わかったわ。ありがたく頂くわ」
 それぞれが順次受けとって行く。
「はじめて『働いて得た』金か…」
 普段はギャンブルで一桁多く稼ぐ榊原も、はじめての「勤労報酬に若干の感動を覚えているようである。
「どうでした? アルバイトの感想は?」
 男たちとみずきに悟が尋ねる。後の女性陣は離れて何かしている。
「……ははは……つくづく男ってバカだなぁって思って……」
 何か疲れた表情でみずきが言う。
「はぁ?」
 怪訝な表情の男たち。
「ああ…なんでもない。なんでもないんです」
 みずきは慌てて取り消す。
「(この感じ…女にしかわからないみたいだ…)なぁ。七瀬……」
 七瀬に同意を求めるべく振り向いたみずきは絶句した。
「いいー。1+1は」
「2ぃー」
 ウェイトレス姿の女たちが思い思いの可愛らしいポーズで記念写真に納まっていた。
「はーい。じゃ今度は一人ずつ行くわよ」
「やっぱり記念だもんね」
「もう着ることもないだろうから」
「ああ。はじめはイヤだったが段々悪くなく思えてきたからな。この服も」
「うふふ。可愛いですわよ。真理さん」
 きゃいきゃい言いながらミーハーそのものであった。
(はは…女も結構バカかもしれない…)
 心中でため息をつくみずき。それを物陰から見ていた秀樹も
(我が子ながら…愚か者が…)と心中でため息をつくと人知れず外へと立ち去った。

 パトカーが集まっていた。鑑識係員が写真を撮って行く。
 異臭がするからと恐る恐る除いて見た市民が黒焦げの腕を発見。通報したのだ。
「ジョーさん。このパターンは」
 ジョーと呼ばれた中年の刑事。上条繁は苦い顔をしていう。
「ああ…似ている…犯行手口はそっくりだ…だが春先に死んだはずじゃなかったのか…『斑信二郎』は…」
(いやな予感がする)と彼もまた心中でため息をついた。
 何かが…蠢いている。その恐ろしいものが自分の息子に関わってくるとは、彼はまだ予見してなかった。

次回予告

 十六年前。五月二十六日。赤星瑞樹誕生。同年八月一日。及川七瀬誕生。隣同士の家に生まれた男の子と女の子。それが共に女子高生となるまでに何があったのか。
 瑞樹の誕生日に集まった友人たちの前で父親・秀樹の口から語られるここまでの歴史。
 次回PanicPanic第6話『乾杯』
 クールでないとやっていけない。ホットでないとやってられない。

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