第5話『お店においでよ』Part3   Part2に戻る

「ここで何をしている…」
 開口一番にこの陰気な担任は言い放つ。
「何って…見ての通りアルバイトですよ」
 ちょっと突っかかるように真理が言う。
「校則では特殊な事情が無い限り認めてはいないはずだが」
 こちらもあくまで淡々と続ける。
「先生。待ってください。あたしがみんなに怪我をしたウェイトレスの代役を頼んだんです」
 キャッシャーをしていたゆかりが入り口へと飛んで来る。
 それを中尾はまじまじと見る。メイド服には珍しく剥き出しの喉もとに目が行っているように感じるが…だが視線を上げて「塾長の許可を取ってあるのか? それもなしに私の目の届かない範囲で勝手な真似は止めてもらおう」 良くとおるバリトンで妙に凄みのある言い方をする中尾。
 フロアの面々だけでなくまだそれほどいない客たちも注視している。
「許可ならば今ここで与えよう」
「えっ?」
 さび付いたような渋い声。みんなそちらを振りかえると和服姿の塾長がいつのまにか茶をすすっていた。
「じゅ…塾長…い…いつのまに…(この私にまったく気取られずに…)」
 狼狽すらしている中尾。
「お前と一緒だよ。中尾。わしもこの子達がバイトしていると聞いて忍びで様子を見に来ていた」
「まぁ。凄いですわ。塾長先生。これほど見事に気配を消せるのは風魔の皆さんでもごくわずかですわ」
 もちろん姫子は心から感心している。軽く笑みだけで応えると塾長は中尾には鋭い視線を返す。
「わしが見ていていた限り友人の窮地を救うためのバイトであり、決して遊ぶ金欲しさの浮ついた物では無い。多少の失敗はあろうがこれならば社会勉強の一環として短い間くらい認めておこう」
 思わずみずきたちから安堵のため息が出る。それで収まらない中尾は食って掛かる。
「しかしそれでは示しが…」
「わしが無限塾塾長。大河原源太郎である」
「ウッ…」
 言外に「わしの言う事に文句があるのか?」と言う威圧感を含めてある。勝てないと悟ったか中尾は無言で出て行く。
「けっ。ザマーミロ」
 とことん相性の悪い真理が毒づく。誰もそれを正さないからかなり嫌われている担任だ。
「塾長先生。ありがとうございました」
 ぺこりとゆかりは頭を下げる。緊迫した空気が緩む。
「うむ。先ほども言ったがこれも社会勉強。精進せい」
「はいっ」
 この相手にはなぜか素直に頭が下がる一同だった。支払いを済ますと塾長も帰っていった。
「姫。ただいまとてつもなく巨大な『気』を感じたのですが」
 十郎太が珍しく慌ててやってきた。上条も遅れてやってきた。
「あら十郎太様。塾長先生がお見えになってたのですわ」
「な…なんと。あれは塾長の気でござったか。あれほどの気配を絶つとは…前々から思っていたが恐るべき御方でござるな」
「それで何かあったの? 何かもめてたけど」
「ああ。実はね」
 かいつまんで榊原が説明する。その後で真理が憤慨する。
「アタイ…あいつ大っ嫌い。なんかスゲー陰険なんだもん」
「でも聞いた話では去年までは明るい先生だったみたいよ」
 『情報通』のゆかりが続く。
「えー!? そうなの」
 あまりに意外な言葉に驚く一同。現在の暗さからは想像も出来ない。十郎太も話を続ける。
「うむ。聞いた話ではあやつは『人殺し』の凶状持ちとか」
「人殺し!?」
 思わず声が大きくなり慌てて口を押さえるみずき。
「その話なら僕も聞いた。人殺しと言っても正当防衛と言うか事故みたいだよ」
「ああ。何でも逃走中の殺人犯ともみ合って、転げ落ちた時に殺人犯が死んだとか」
「その日を境に変貌したと聞いているでござる。姫の関係者となるゆえ調べ上げたが、事故といえど命を奪った事があのように変えたのではないかと言われておるが」
「確かにひと一人を殺したら人生変わるよなぁ」
 中尾について話をしていた一同だが、客が入ってきたので話を打ち切り持ち場へと戻る。

 一方、退散する羽目になった担任は…
(困るのだが…私の目の届かぬ所で集まられるのは…しかし塾長…恐るべき男…あの男は正直恐ろしい。まだ動くわけにはいかない…いかないが…困るなぁ…小山。白くて細い首。締めてくださいといわんばかりじゃ無いか…)
 半ばふらふらと歩いていたら柄の悪い男二人にぶつかった。
 3連ピアスの男と金髪の男だ。金髪は右腕に荒鷲の刺青がしてある。
「何だぁ。おっさん? 人にぶつかっておいて挨拶なしかぁ?」
「おう…ちょっと『話し合おう』じゃないか」
最近ではドラマでも聞かないようなチープな脅し文句で、二人は中尾を倒産して閉鎖された会社ビルの裏側につれて行く。柔道2段の筈の中尾は抵抗もせずにつれて行かれる。
「へへ。おっさん。運が無いな。俺たちゃ金も無くていらついてんのよ」
「ちょっと慰謝料払ってくれりゃあ腕の一本もへし折るだけ示談成立…あががが…」
 3連ピアスの右腕がまるで捻りあげられるように上がって行く。中尾が呟くように言う。
「確かに運が無いな。君たちは。私の抑えが利かない時に因縁をつけるとは」
 男の腕は不自然な方向に曲がって…嫌な音を立てて折れた。

 ウェイターとして待機していた榊原は落ち着かない女性を見かけた。歳は若いがしっとりとした雰囲気だ。
(人妻だな)
 そうと目星をつけたらさっそく声をかけることにした。もっとも露骨なナンパはさすがにまずいし真理が怖い。
「お客様。どうなされました?」
 聞くものに安心感を与える落ち着いた声だ。ただし若干15歳だが。
「あ…ああ…娘が…娘がいなくなってしまったんです。ほんのちょっと電話している間に…」
(うわ。人妻だけでなく子持ちか…それはそれでおつかも)
 とりあえず協力することにした。

 厨房。相変わらず皿相手に悪戦苦闘しているみずきの制服のスカートが下に引っ張られる。
 最初は榊原の悪ふざけと思い怒鳴ろうと思ったが下に引っ張られた事に違和感を覚えた。
(あいつなら間違い無くめくるからな。例え本来は男でも肉体さえ女ならいいらしい)
 みずきは振りかえるが誰もいない。なんとなく引っ張られて方向の下を見るとぬいぐるみを抱えた小さな女の子が所在なげに立っていた。
「まぁま…いないの…」
 泣き出す寸前。みずきは声に出さずに悲鳴を上げた。
(うわあああああ。迷子かよ。こまった。どうする?)

1 自分でどうにかする。
2 母親を捜す。
3 誰か助けを呼ぶ

(オレがあやしたらたぶんもっと泣くし…母親探そうにも今ここに誰もいないから空けるのは拙いし)
 料理が一段落して店長は食事を済ませに引っ込んだ。七瀬も仕込みが一段落ついて席を外していた。
(誰か助けを呼ぶのがいいが…さぁだれを呼ぶ?)

1 七瀬。
2 真理。
3 姫子。
4 綾那。

(子供の扱いなら…七瀬だぜ)
 そこにちょうど良く七瀬が戻ってきた。
「どうしたの? みずき。あら? この子は?」
「迷子らしい。頼む。オレ母親を探すからめんどう見ていてくれないか」
「わかったわ。さぁ。お嬢ちゃん。お姉ちゃんとちょっと待ってようね。すぐにあのお兄ちゃ…お姉ちゃんがママを探してきてくれるからね」
(へえ…)
 みずきは素直に感心した。まず七瀬はしゃがんで子供の目の高さに自分の視線を合わせたのだ。
 単純な話。上からでは威圧するだけだし、見上げる子供も疲れてしまう。
 目の高さをあわせると言う行為は、それだけで子供に安心感を与える。
 そしてその表情。元々が子供好きだったが、まさに母性的な優しさにあふれた表情だ。
 こうなると本人は『太め』と気にするふくよかな体型がまさしく母の暖かさを印象付ける。幼女も安心したのか涙を出さなくなった。
(伊達に何人もめんどう見てないな。何しろ自分の弟たちだけでなくて忍のめんどう見たこともあったっけ)
 もの思いにふけっていると榊原が入ってきた。
「赤星か及川。どっちか手の空いてる方が迷子探しに手を貸してくれると助かるんだが…」
「まぁま」
「沙織」
 助っ人を求めたはずがいきなり目的達成してしまった榊原だった(もっとも真の目的は達成できなかったが)。
 母親は礼を何度もして座席へと戻って行った。榊原もナンパ失敗でふてくされて持ち場に戻る。七瀬がまだ優しい声でみずきに語りかける。
「良かったわね。すぐに見つかって」
「そうだな…それに…」
「それに?」
「……お前ってあんな優しい顔するんだな」
「…ば…バカ…」
 見ているほうが恥かしい二人だった。しかも現時点では女同士だけに尚更怪しい。

 路地裏。誰もいない。ただそこに光るものがある。
 三連ピアスが耳たぶごと落ちていてる。傍らには荒鷲の刺青を施した右腕だった物が転がっている。
 共に断面は炭化している。燃え残ったようだ。いや…残されたようだ。

 木曜日。
 本来ならみんな慣れて来る筈だが何しろみずきと真理のシフトのために掻き回される。
 結局いくら七瀬が修復すると言えど、皿の割れるのが心臓に悪いらしく皿洗いからもみずきは外れた。
 さすがに自分でも両方ダメと思い観念してウェイトレスをすることにしたみずきだった。
 それにともない真理が仕込みで厨房に戻る。皿洗いは姫子。
 ウェイターも順番通りで上条がやる事になった。そんなシフトでだ。
 明らかに『その筋のひと』と思える男四人のグループが入ってきた。
「いらっしゃいまっせー」
「おおーっ」
 ローラーブレードをはいてスカートを翻してターンを決めた綾那にどよめきが上がる。
「4名さまですね。お席に案内いたします」
 男たちは綾那を気に入ったのか妙に上機嫌である。
「それでは注文がお決まりでしたらお知らせください」
 ぺこりと頭を下げると綾那は奥へと引っ込む。
「見ましたか? 今のお嬢さん」
「見ましたよ。いやあ。まさかここでアメリカのレストランみたいなパフォーマンスが見られるとは」
「細い身体にメイド服…特にあの足。そそるなぁ」
 勝手なことを言い合っていた。やっと注文が決まってもう一度綾那を呼ぶ。
 ところがブレードが故障した。単純な故障なので七瀬のダンシングクィーンで直せるが、それを今ここで見せるわけにはいかず。代わりに上条が注文を取りに行った。
 男たちは露骨に落胆を示すが全員がコーヒーを頼む。
 しばらくしてサーバーを持って上条がテーブルについた時。男たちは盛んに会話をしていた。
「私はああ来ると思いましたね。須賀脚本はバトルシーンに定評あるし」
「うーん。私は余古手さんのホンが好きなんですけどね」
「ところで昨日の作監(さっかん)長嶋敦子女史。さすがですね」
「そうですか? 私女史がやる時はキャッティの顔が丸っこくやたらロリになるので好きじゃないんですよ」
「だがそれがいいんですよ」
「?」
 男たちは発言の主を見る。仲間の誰の声でもない。
「キャッティはバトルエンジェルの中でも一番の年下。大人達の様に割り切ることも出来ず子供のように感情任せに突っ走れない微妙な年頃。それを表現するにはまさしく大人と子供の中間のような丸顔がいいんですよ。確かに長嶋さんの癖といっちゃあそうですが…」
 ウェイターの仕事も忘れ上条が延々とオタク話に興じていた。さすがに客が(みずきたちも)唖然となっていたが思わず尋ねる。
「あんた…一体なんなんだ」
 それに対して上条は妙にきざと言うか気取って言う。
「ふっ。通りすがりのただのオタクですよ」

 女子高生のグループからパフェの注文が入る。
 この盛り付け程度だとウェイトレス辺りがやってしまうこともある。
 とりあえず手の空いていた榊原と真理が作るのだが、一度やって見せたゆかりを手本に榊原が簡単に再現して見せたのに対し、真理はがさつな性格が災いして悪戦苦闘していた。
 何度やってもきれいに盛り付けられないのだ。次第にいらつく真理。
だーっっっっ。何で上手く決まらないっ?」
「がさつだからに決まってるだろ」
 冷ややかな冷笑を浴びせかける榊原。もちろんからかいだが真理は本気で切れかけた。
「なんだと? この」
「落ち着いて。真理。あたしも手伝うから。ね。もうちょっとやってみよ」
 ゆかりの人懐こい笑顔で宥められて手は下げる。
「パフェできた?」
 銀のトレイを片手に綾那が待っていた。

「落ち着いて。真理。冷静にね」

このイラストはOMCによって作成されました。
クリエイターの参太郎さんに感謝!

 みずきはふてくされていた。
(こんなひらひらした服を着て人前に出るなんて…学校の制服は割り切ったけど普通なら一生着ることのない服なのに…)
「みずき。お客さんよ。案内して」
 料理をトレイに載せた七瀬が忙しそうにかけて行く。
 見れば綾那やキャッシャーをしていたはずのゆかりまで忙しそうに働いている。さすがにこれでは動かないわけにはいかない。
 新しい客のカップルの前にまわると作り笑顔とワザとらしく甲高い少女声(アニメ声とも言う)で『いらっしゃいませぇ』とお辞儀する。
 本人はふてくされてわずかに頭を下げただけのつもりだったが、逆に胸を突き出す格好になる。言わば胸を強調したようになる。
「あ…う…うん…」
 男の方がしどろもどろになる。
「なに見てんのよ」
 女の方につねられて顔を引き締める。席に案内すると客は二人ともアイスコーヒーを注文した。
「かしこまりました」
 実家が客商売なだけにとりあえず愛想ぐらいは作れる。だが何しろ元々顔立ちがかわいらしい上に胸元が目立つ服。男の客はつい見とれてしまう。そこをまた女に蹴飛ばされる。
(……女の目で見ると…男ってバカだなぁって思うなぁ…)
 後ろを向いてから言葉に出さずにつぶやく。そこに客のケンカが聞こえてくる。
「何よ。あんな胸に栄養全部とられておつむ空っぽのようなような女にでれーっとして」
「仕方ないだろ。けっこう可愛かったし」
(可愛い!?)
 言われてみずきの顔はゆるんでいた。そして慌てて首を振る。
(わああああっ。オレは男だぞ。男が可愛いなんて言われて喜ぶか。フツー。いかんなぁ…最近は学校から直行で女でいることが長いから感覚まで女っぽくなってきたのかな…)

 金曜日。
 この日はもう荷物は入ってこないので男子三名もフロアに出ることにした。だが十郎太は姫子の側を希望し共に仕込みに回った。ちなみに綾那が皿洗い。
「店長さん。今日はこちらでよろしくお願いいたします」
 姫子はふかぶかとお辞儀をする。
「あ…いえ。こちらこそ」
 いちいち丁寧なのはいいが、万事がこの調子でいささかとろいのは否めなかった。
「それでは皮むきからはじめさせていただきます」
 お姫さまの割りに器用に皮をむいて行く。仕事も丁寧である。ただし恐ろしく遅いのだが。
「姫。拙者も手伝うでござる」
 懐から小刀を出して野菜の皮むきをはじめる。
(彼はあんな危ないものを懐に持ってて何をするつもりなのだろう?)
 小山悟が素朴な疑問を抱いた時に素っ頓狂な声が上がる。
「あれぇ? おじさん。この機械ぜんぜん動かないよ」
 頭を使うのが苦手な綾那はいきなり食器洗浄機に苦戦していた。
 ちなみに前日の姫子ははじめから操作を放棄して、全て手洗いでやっていたためとにかく皿がたまってしまった。

 カウベルがなり3人の女子高生が入ってくる。真理が出迎えに出向いたが…
「おい。いいのかよ。姐さんからこの店に手を出すなといわれてんだろ」
「けっ。そりゃあ夏木さんが『総番』に言われているんだろ。あたしらには関係ないね」
「でもまたあの金髪女にあったりしたら」
 この3人はかつてこの店に因縁をつけていたところを、たまたまいあわせた真理に追っ払われたことがある。
 『素人に手を出すな』と言う総番が夏木に出した指示が、アケミを通じて末端のこの3人にも届いていたが3人は単に茶を飲むつもりで入ったのだ。
「いらっしゃいま…あんたら…」
「え…な…何ぃぃぃぃぃぃ!? どうしてあんたがここに?」
 3人娘と真理。因縁の組み合わせが再会だった。

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