第5話『お店においでよ』Part2   Part1に戻る

 全員のバイトが決まり簡単な打ち合わせとなった。
 真理とみずきは激しく抵抗したが女子は『メイド服』着用が義務のためルールに従った。
 臨時なので間に合わせのユニホーム。真理は大柄だったが、怪我したウェイトレスの一人も大柄だったのでその予備を借りたので間に合った。
 みずきも胸元が窮屈だったが丈自体はOK。
 しかし綾那は小柄すぎて採用していたものではサイズが合わず。
 やむなく試作していたピンクのタイプを着用。
 店の雰囲気にはピンクはさすがにきついと判断してのお蔵入りだったが、綾那にはぴったり合っているのでひとりだけ違う服と言うのを差し引いても問題はなかった。
「しかしウェイトレスだけは嫌だぜ」
「そうそう。こんなひらひらした服で人前に出れるかよ。裏方でいいよ。アタイは。倉庫整理とか」
 この期に及んでまだ抵抗している二人。苦笑しながら店長の小山悟は提案する。
「女の子に力仕事はさせられない。しかし人前が嫌でしたら…では皿洗いと仕込ですね」
「じゃオレ皿洗い」
 軽い調子でみずきが言うが
「それはダメ!!」
 姫子と小山夫妻以外の全員が声を揃えて否決した。
「みずきにやらせたらお皿が何枚あっても足りないわよ」と言う七瀬の言葉が全てを物語っていた。
「ちぇ…でも確かに俺ならやりかねん。わかったよ。こんな格好で人前に出ないですむな何ででもいいさ。でも仕込みって何をするんですか?」
 みずきに率直に尋ねられた小山悟が説明をする。
「仕込みと言うのは野菜の皮をむいたり調理の下準備のことですよ」
「……みずきに包丁……とてつもなく不安だわ…」
 それを聞いた七瀬が思わずつぶやく。
 反論したかったが本人もその辺りを理解していたので黙っていた。
「じゃアタイは皿洗いだな」
 真理も人前に出たくないのであっさりと裏方に回る。
「それではわたくしたちは」
「ウェイトレスね」
「わーい。ボクは上条君とフロアだー」
「いや。たぶん僕らは倉庫整理とかに回るんじゃ」
「げっ。男と二人だけで」
 心の底から嫌そうに榊原が言う。
「拙者は姫の護衛。姫の側に置いていただきたい」
「はぁ…ウェイターも皆さん交代でやっていただきますが…言葉遣いが少し…」
 当然の懸念であるが、助っ人を頼んでいる手前ストレートにはいえない。
「拙者の言葉遣いに何か合点がゆかぬと申されるか?」
「はぁ…あまり聞かないような…」
「むぅ…左様な物とは…」
 真剣に腕組をしてしまう十郎太に一同声も出ない。

「まぁ。お友達のところでウェイトレスをすることになったの」
 夜。赤星家。喫茶店が夜10時までなので父親である秀樹が店番で、母親の瑞枝。長男・瑞樹。次男・薫。三男・忍で夕食を取っていた。
「うん。『ゆーかり』って店で」
 照れ隠しかぶっきらぼうに言う瑞樹。
 本音としてはひた隠しにしたかったが、実家をそっちのけで手伝うだけに断りはいると考え打ち明けた。
 彼は…と言うか彼女は学校から帰るとすぐに、熱いシャワーで本来の男に戻るのが日課なだけに既にもとの姿に戻っていた。
「『ゆーかり』!? あそこ!?」
「なんだよ。薫。知ってんのか」
 あいかわらず可愛いワンピースに身を包んだ『弟』の素っ頓狂な声に怪訝な声で応じる。
「お姉ちゃん知らないの? あそこのユニフォーム可愛くて人気あるんだよ。高校生になったらあそこでバイトしたいって子もいっぱいなんだからね」
 既に15歳なのだが変声期前のような声で薫が続ける。
 実際のど仏もほとんど出てないし、背中まで伸ばした髪も艶やかで服を脱がなければ胸のない女の子にしか見えない。
「ふーん。あんな動きづらそうな服。見るならともかく着るのはご免だけどな」
「まぁ。そんなに人気あるの?」
 なんとなく嬉しそうに瑞枝が言う。
 彼女は女の子が欲しくてたまらなかったため二人目は胎教時点で女と決めつけていた。
 そのためにか物心ついたころには既に心は女として歩んでいた薫であった。
 『男の体で女の道を行くのもまた試練。覚悟があるならば行くが良い』と父親の秀樹も放置している。
「うん。大人気だよ。ママ。あーん。あたしもバイトしたいぃ」
「いや…お前じゃさすがに向こうも断ると思うぞ」
「ふーんだ」
 瑞樹の指摘にそっぽを向く薫。

「それじゃ学校から直行するのかしら?」
 険悪になりかけた空気を和らげるべく瑞枝が話題をずらしに掛かる。
「5時から行けばいいらしいから一度帰ってはくるよ」
「何しに?」
 なんとなく意地悪い調子で薫が言う。
 彼女は…彼はどんなに望んでも女の体が手に入らない。
 しかしそれを手にしておきながら疎ましく思っているみずきに対してねたみを感じていた。
「着替えに決まってんだろ。一日中女でいろってのかよ」
「ふーん。でもお店ではウェイトレスよね。ちゃんと女の子の姿で行かないといけないわねぇ」
「うぐ…」
 痛いところを突かれて言葉に詰まる。
「どうするぅ? ずっと女の子のまま制服から制服に着替える?
 それとも一度は男になるけどまた可愛いカッコで出て行く?
 なんなら貸してあげようか。お姉ちゃん制服以外にスカートの1枚もないんだもの」
 調子に乗る薫に思わず声を荒げる瑞樹。
「俺は男だ。スカートがいるわけないだろ。オカマのお前はともかくな」
 互いに『オカマ』は禁句だったが先に瑞樹が破ってしまった。
 薫はお冷を素早く瑞樹の顔面に浴びせる。途端に服のウェストが緩くなり胸元が張る。その胸元をつつきながら
「これのどこが男なのよ」と『かすれた女声』で薫が詰め寄る。
「かーおーるー」
 こっちは精神は男でも肉体が女ゆえに甲高い少女声でみずきが詰め寄る。じゃれあいのような取っ組み合いが始まる。
「……かあちゃん……ぼく…こんな兄貴達嫌だ…」
 名前のとおり耐え忍ぶ三男坊が耐えかねて言う。
「そうねえ…二人ともケンカして顔に傷がついたらお嫁に行けなくなるかもしれないわね」
 まるでピントのずれたコメントの瑞枝。そして
(……ふぅ…)
 店で聞き耳を立てていた秀樹は心中でため息をついていた。

 火曜日。夕方となる。
「ちょっと早いけどメシ食ってこうか?」
 男の二人連れが『ゆーかり』に立ち寄る。なにも考えずにドアを開けて…仰天した。
「いらっしゃいませ」
 出迎えである。それはどこでもある。
 黒髪を切りそろえ日本人形のような印象の美少女・姫子がその外見に違わぬ鈴を転がすような声で挨拶をする。
 ただし、三つ指をついてである。しかもメイド服のようなユニフォームだけになにか妙な気分になってくる。
 目をぱちくりとさせて硬直している客。それに対して姫子はマニュアルどおりに。
「二名様ですね。それではお席に案内させていただきます」
「あ…ハイ…よろしくお願いします」
 客たちもつられて言葉遣いが丁寧になってしまう。席につく。姫子は深々と頭を下げる。
「本日は当店にお越しくださいましてまことにありがとうございます。至らぬところもあると思いますがよろしくお願いいたします」
「あ…いえいえ。こちらこそ…」
「それではさっそくでございますがご注文を頂けますでしょうか?」
「あ。すいません。まだ決めてないんで」
「左様ですか。ではごゆっくりとお選びください」
 姫子はにっこりと笑ってその場にたたずんでいる。客たちは顔が引きつるのが自分でも理解出来た。
(あれ? もしかして決まるまで待っているつもりかな?)
「あの…」
 『邪魔だから消えてくれ』と言いかけるが
「はい。何でしょうか」
 にこにこと邪気の無い笑顔で言われると追っ払う事も出来ない。
「…ハンバーグセットをください…」
「かしこまりました」

 厨房ではみずきと真理がそれぞれの仕事をしていた。
「それではまずは野菜の皮むきをお願いします。ここのジャガイモからお願いします」
「はーい」
 一応は女の子らしく可愛い返事をするみずき。包丁で皮むきをはじめた途端に
「……痛い……」
 包丁の根元の部分でジャガイモを持っていた左手親指の腹を切ってしまう。
「あっ。大丈夫ですか」
「あいかわらずドジだね」
 窮地に手伝ってもらっている悟は気遣うが、遠慮のない仲の真理は辛らつな言葉を投げかける。
 みずきは真理の方をちょっとひと睨みするが出かかった男言葉を抑えていたら冷静になる。
 にこっと笑って悟に向き直ると
「大丈夫ですわ。おじさま」とぎこちない笑顔で応えた。
 もちろん女言葉を使うことに対する抵抗がそんな表情にさせたが、悟は指の切り傷の痛みをこらえていると解釈した。
「とりあえず指を見せて」
 なぜか携帯していたバンソウコウを貼り付ける。
「ありがとうございます。でも、そんなのいつも持ち歩いているなんて、さすがに店長さんともなると違うんですね」
 「いや。ゆかりから赤星さんがおっちょこちょいで良く転んだりしていると聞いたから準備していたんですよ」
 言ってから悟は失言を悟った。みずきがむっとした表情をしていた。
「ああ。申し訳ない」
「いえ…良く言われてますから」
 それでも声が硬い。みずきは再び包丁をてにする。
「赤星さん。野菜の皮むきはこっちの皮むき器を使っていいですよ」
「いいえ…包丁でやります」
 みずきは再びいもの皮むきに挑む。実は意地になっていた。
(ゆかりの野郎――――人をばかにして…見てろ。包丁できっちりとやってやるからな)
 しかし勢い余って今度は添えていた左手人差し指を。しかもその勢いで残りの三本の指も上からざくっと切ってしまう。
「イテーーーーーーーーーっっっっ」
 痛さのあまり包丁を真上に放り投げてしまう。
「ば…ばか。包丁」
 さすがの真理もうろたえた声を出す。
 みずきは宙に舞う包丁を何も考えずにキャッチに挑み…その結果右手の親指を除く4本に刃が当たってしまった。
 もう一度その痛みで手放した際に、最後に残った右手親指の腹もざっくりと切りつけてしまった。

「ど…どうしたのみずき? その指…と言うか手?」
「へっ…つまらない意地を張った結末ってやつさ…治してくんない?」
 10本全ての手の指に張られたバンソウコウを見て目を丸くする七瀬に、自嘲気味に説明するみずきだった。

 さて唯一のウェイターが姫子の護衛を希望した十郎太。
 みずきの皿洗いほどではないまでもこれも不安視されていた。今もオーダーを取っていたところだ。
「お客人。良くぞ参られた。何なりと注文を申されよ」
「……はぁ?!」
 無理からぬリアクションである。客は若い男女。
「あ…ああ…オーダーか…なんにする?」
 向かいの連れの女性に男は尋ねる。
「あたしはエビドリア」
「んじゃ俺はグラタンセット」
「かしこまったでござる。『ゑびどりゃあ』と『グラッタンセットー』でござるな」
「……え?」
「セットーには飯かパンがつくそうでござるが」
「ああ…パンにしてくれ…」
「飲み物は何にいたす?」
「……コーヒーで頼む…」
「珈琲でござるな。承知仕った」
 言うだけ言うと姿を消した。男はいきなり疲れた顔になる。

 さて後の二人の男は…
「………つまらん…フロアにはメイド服の女が目白押しだと言うのに、なんだって男二人で倉庫整理なんぞを…」
「仕方ないだろう。女の子に力仕事はさせられないだろ」
 愚痴る榊原を上条がなだめていた。
「風間がフロアじゃ不安だろうから俺が替ってやりたいよ。赤星だって女扱いを嫌がるから(男の仕事の)倉庫整理でも文句は言わなかったんじゃないか。村上だって見てくれはともかく中身は男みたいなもんだし」
「誰が…男だって」
 いつのまにかメイド服姿の真理が入り口に立っていた。後ろ手に何かもっている。
「わわっ。村上。どうしてここに?」
「ったく…力仕事ご苦労さんと思って差し入れを持ってきてやったのに。一息つけるようになったからみんなも一服してるし」
「え!? ほんと。何々?」
「ほうら。冷たくてうまいぞ」
 二つのグラスに並々と注がれた黄金色の液体。絶えず泡がわき上がる。
「……村上……これは…」
「おおっ。ナイスさし入れ。サンキュッ。村上」
 榊原は煙草のギャンブルも果ては風俗までやるが体質的に酒がダメだった。グラス一杯のビールでも酔っ払うには充分だった。
 もちろん真理には悪意はない。真理にはビールぐらいだとジュースも同然だったからだ。舌なめずりをする上条と裏腹に苦々しい表情の榊原だった。

 厨房。とりあえずゆかりの母・洋子とゆかりがフロアに残りバイト組は休憩を貰っていた。
「どうかね。アルバイトの感想は?」
「えへへー。可愛い服が着られて嬉しい」
 シンプルな感想は綾那だ。自己代名詞が『ボク』と言うほどボーイッシュな割りに服の趣味はひらひらした少女趣味だった。
 彼女だけはサイズが合わず試験的に作られた制服を着ていた。フリルの量がはるかに多いタイプのそれを。
「正直大変ですね。ただ注文とってお料理を運べばいいわけじゃないんですね。色々と気を配って」
 真面目な七瀬らしいコメントだ。
「でもお客様たち。玄関から入ってくるとびっくりなさっていたようですけど…何かわたくしに至らない点があったのでしょうか?」
(そりゃあ三つ指ついて出迎えられちゃびっくりするわよ)
 憂いの姫子に内心で突っ込む七瀬だが反面・しなやかで上品な身のこなしに育ちの良さを感じてちょっと羨ましくも感じていた。
「ふっ。血をながした甲斐があって包丁の扱いはマスターしたぜ」
 気取って言うみずきに
「あんたねぇ…どうやったらそんな小さな手の細い指に的確に切りつける事ができるのよ。それも包丁を持つ方の手にまで」
 七瀬は治療したがいきなり傷口が塞がっては拙いので、カモフラージュでバンソウコウは貼ったままだ。
「あなた。ステーキセット二つの注文が入りましたわ」
「わかった」
 にわかに活気付く厨房。休憩タイムは終わった。

 水曜日。バイトの時間。
 前日の休憩中に悟が『偏ってはいけないからみんなでローテーションを廻して行こう』と提案したためシフトが入れ替わっていた。
 もちろんそれは建前で火曜日のシフトでは難があると判断したためである。特にみずき。
 無論男子2名が倉庫整理なのは変わらない。この日は十郎太と榊原が入れ替わりになった。
 本当はみずきをフロアに出してしまいたかったが、頑として拒否したので皿洗いに。そのフォローと言うことで七瀬がしこみで側にいる事にした。その結果で真理がフロアに出る派目になった。
 かなり渋っていたが、みずきに包丁握らせても皿を洗わせても危ないと理解出来たのでしぶしぶ承知した。

 客が入ってきた。
「いらっしゃいませぇ」
 明るい声が響く。客は出迎えの綾那に目をみはる。
「…ウェイトレスさん。それで料理を運んでるの」
「大丈夫だよ。ボク、スケート得意だもん」
 綾那はローラーブレードで店内を駆け巡っていた。実際に対した腕前であった。
 頭を使わせると壊滅的だが運動神経は校内一かもしれない。器用に走りまわりショーアップしていた。

 厨房。皿洗いと言ってもほとんどは機械でやる。だから前日はガサツな真理でもどうにかなった(ただし細かい所はまるで見ない女なのでやはり外されたと言うのはある)。
 みずきは真理よりは細かいがその分おっちょこちょいである。皿を機械に入れたりする際に落とす事は多々あった。派手な男がするたびに料理をしている悟が振りかえるが
「あ…大丈夫です。割れてませんから」
「しかし…今の音はどう聞いても」
「大丈夫ですから。ほら」と綺麗な皿を持ち上げて見せる。
 調理中なので間近に寄ってまでは確認しないのでちらりと見ただけで悟は納得して調理に戻る。
(もう。いちいち直す身にもなってよね)
 実の所はちゃっかり割れてたりする(参考までにここまで17枚)。
 それを素早くダンシングクィーンで直しているのだ。

 カウベルの音が響く。綾那が出迎えに走る。
「いらっしゃ…先生!?」
 やってきた客。それはみずき達の担任の中尾勝だった。

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