第5話『お店においでよ』
五月上旬。大安吉日。小山ゆかりは結婚式に出席していた。
新郎は『ゆーかり』の従業員で唯一の男性。新婦は同じ職場のウェイトレス。
雇用主であり『ゆーかり』のオーナーシェフである小山悟・洋子夫婦が仲人を務めていたのである。
披露宴も無事に終了。新郎が胴上げされて二人はそのまま新婚旅行へと旅だった。
「いいなぁ…あたしもウェディングドレス着たいな…」
ハネムーンに旅立つ二人を見て、普通の女の子らしい感想を漏らすゆかり。
「はははっ。ゆかりにはまだ早いな」
父親・悟はそう言って笑う。
「あら。女の子がお嫁に行くのなんてすぐですよ」
にっこりと微笑みながら悟の妻でゆかりの母・洋子は言う。
「うー。誰にもやらんぞ。ゆかりは俺のもんだ」
「きゃっ。お…お父さん。抱きつかないでよぉ」
抗議の声はあげるがそれほど嫌がってない。
店名の「ゆーかり」自体が愛娘の名前をもじったものだ。溺愛に近いが甘やかし放題と言うわけではない。
ゆかりは背も低いしプロポーションもまだまだ完成していない。
メガネは愛らしかったが取りたてて美人と言うわけではない。
アニメ声でしゃべるマシンガントークはやかましいとすら言える。
しかし最愛の娘には違いなかった。
悟は身近な人の結婚式でちょっと未来を思い、寂しさが募ってしまった。若干はアルコールのせいもあるが。
「てんちょおー。いーいーけっこんしくれしたねぇ」
茶色のロングヘアの女がろれつの回らない状態で話しかけてくる。
「おいおい。響子君。大丈夫かね」
たまらず心配そうな声をかける悟。
「へーきれーす」
返答はするが、誰がどう見ても100パーセント酔っ払いだった。
「久美子さんと加奈さんも平気? お酒呑みすぎたんじゃ」
「これが呑まずにいられますか。恵子と耕司君の結婚しきよぉ」
「そーそ。めでたいめでたい」
そのまま「トラバコ」に放りこまれても文句の言えない状態だった。3人はゆーかりの従業員。ウェイトレスをしていた。
「じゃっ。店長。あたしたち帰りますから」
「あ…ああ…明日からまた頼むよ」
一抹の不安を残しつつも別れの挨拶をする。何かが引っかかっていた。しばらくして…
「あなた。確か響子ちゃんが自動車でみんなを連れてきたんじゃ…」
「そう言えば二日酔いで懲りたからお酒やめたから今日は車で来たと…」
「いかんっ。響子君まで呑んでるじゃないかっ」
慌てて止めに向かったときは時すでに遅し。
思いきりアクセルを踏みこんで発進した車は駐車場の壁にぶつかっていた。
3人とも命に別状はなかったもののケガで一周間は入院を余儀なくされた。
翌日。無限塾の昼休み。昼食は弁当でも良し。学食でもOKだった。
弁当派は十郎太に姫子。七瀬。学食派は榊原。真理。綾那。気分で変えているのがみずきと上条だった。
この日は上条とみずきは弁当だった。真理もパンを買ってきてみんなと教室で食べていた。
「しっかし…あんたらしいというか…」
「はい?」
真理に言われた姫子は怪訝な表情をする。小さな弁当箱の事である。漆塗りで重箱をそのまま女性向けデザインにしたような弁当箱だった。
「それを言うなら風間だって」
みずきが十郎太に話を振る。十郎太は握り飯であった。それ自体は別に不思議でもなんでもないのだが、包んであるのが笹の葉となるとさすがに印象が違う。
「それにしても赤星…あんたの弁当は見てて胸焼けがするぜ」
みずきの弁当箱はこれまた可愛らしいものであった。もちろん女性向。瑞枝の趣味なのはいうまでもない。
問題は中身。とにかく甘いもので固まっていた。みずきは甘いものが好きで
「女になっていい事が一つだけあるなら堂々と甘いものが食える事かな。男だと恥かしいけど女なら当たり前だもんな」と仲間内で公言するほどである。
ちなみに辛い物は壊滅的にだめでサンドウィッチのマスタードもだめである。
真理はその正反対でかなりの辛党。故に先ほどの発言である。
「それにしてもあいかわらず見事ですわ。七瀬さんのお弁当」
七瀬の弁当の中身は手が込んでいた。そしてそれは自身で作ったものである。
七瀬の両親は共働き。そして彼女が十歳と十一歳の時に二人の弟が生まれ、そのめんどうを見ていた関係で自然と家庭的な女性へとなっていったのだ。
とくに料理の腕前は今すぐに嫁入りしても問題ないと言うくらいである。
「それにしても上条。珍妙なものを食べておるな」
「いや…やってみたかったけど…やはり七厘で焼いてその場でサンドすべきか。『鯵サンド』は」
上条の昼食はサンドウィッチ。鯵の干物を焼いてパンに挟んである。
「どうせ元ネタはアニメだろ?」
みずきがけだるそうに言うが上条は得意げに否定する。
「ふっ。残念だったな。『俺たちは天使だ』と言う実写のコメディだ」
「おー。『俺天』。しってるしってる。いやあ面白かったよなぁ。沖雅也が主演で『太陽にほえろ』のメンツが思いっきりダブってて」
真理と同じくパンを食べていた榊原が相槌を撃つ。いぶしかげに真理が尋ねる。
「なんで高校1年でそんなの知ってんだ」
「オヤジがビデオとってた」
「あ…僕のとこは母さんが。父さんは刑事だからかっこいいだけの刑事ものは嫌いなんだよな」
和気藹々とした昼食だった。しかし何かが足りない。
「そっか…やたらに静かと思ったらあのうるさい二人がいないんだ」
「ゆかりと綾那ちゃんの事? そう言えば二人とも真理ちゃんを探してたみたいよ。なんか電話してからゆかりが慌ててて」
まさに噂をすれば影。けたたましい足音で廊下を走る音。そして
「真理! 食堂じゃなかったのっ!?」
噂の主。ゆかりがけたたましく現れた。何か緊迫した表嬢だ。その表情から何かあったかと察した。
例えば四季隊が再度襲撃をかけてきたとか…傍らで戸惑う綾那の表情が印象的だ。
「どうしたんだよ? ゆかり」
軽い調子で尋ねる真理。ゆかりは見る見るうちに涙をこぼし真理にすがりつく。
「真理ぃ……」
「ちょ…ちょっと…アタイは七瀬やみずきと違ってそっちの趣味はないんだよっ」
「どーゆー意味よ…」
「言っとくけど俺の恋愛対象は女だぞ」
「え゛?」
「赤星…アンタ真性の…」
「百合?」
「はっ?」
自分の現在の性別を忘れた発言であったのを悟った時は遅い。女子を中心にはやし立てられる。
「スっゴーい。カミングアウト」
「堂々のレズビアン宣言ね。みずき」
「ち…違う。そうじゃなくて…」
慌てて否定するが例えウソでも「恋愛対象は男」とは言いたくないみずきであった。いらついた挙句つい怒鳴ってしまう。
「黙ってろよ。話が出来ねぇ。どうしたんだよ。ゆかり。何があったんだよ」
「助けて…真理…お店が…怪我人が…」
その瞬間に一同は察した。
(くっ。あの女たちかデブがゆかりの所を襲ったのか…それで親父辺りが怪我をしたって所か)
「おれも助けてやるぜ。ゆかり」
同じ解釈をしたみずきが助っ人を申し出る。
(場合によってはなんとかごまかして男の姿で戦いに挑むか。リベンジならあの重量級の夏木だろうがいくら数を撃っても女の筋力じゃダメージは弱いしな)
「助かるわ。みずき」
「私も何か力になれるかもしれないわ」
「…七瀬…」
「困った時はお互いさまですわ」
「北条さん…」
「それでいつだ?」
「真理…助けてくれるの?」
すがるような表情のゆかり。
「当たり前だろ。友達なんだろ。アタイたち」
それに対して優しい、それでいて力強い真理の表情。
「ありがとう…放課後よ。みんな助けて」
真理たちはゆかりを救うために燃えていた…が…
放課後。結局『戦力は多いに越したことはない』と榊原が主張して男3人。そして体力を補給できる綾那をサポートで連れてきて戦いに望んだ。
ファミリーレストラン。ゆーかり。その玄関には臨時休業の札が。
「臨時休業? 襲撃のせいか?」
「でも…見た感じ襲われた雰囲気じゃないぜ」
確かに破損した様子もない。
「みんな。入って」
ゆかりの先導で店の玄関から一同は入る。
「お父さん。助っ人を連れてきたわ」
「え?…おお。いつかのお嬢さんたち。助けに来てくれたと」
見たところオーナーシェフにもケガの様子はない。しかしウェイトレスやウェイターが見当たらないから被害はそっちに出たか。
(関係ないやつらを襲うとは…ケンカのルールも知らないのか…)
「本当に…助けてもらえると」
「ああ。今すぐでもな。敵はどこだ!?」
およそ女と思えない発言の真理だが小山悟は聞いてない。
「ありがたい。このままでは1週間も休業してお客さんの信用を無くす所だった。ゆかり。みなさんにアレを」
「へへ。もう用意してあるよ。はい」
ゆかりはひらひらしたワンピースを差し出した。色は青。所々にフリルが散らばり、またスカートは裾がふわりと広がるデザインだ。フランス人形のような感じをイメージしていただきたい。
オプションとしてリボンなどがついていた。一番わかりやすい例えがメイド服である。
「…なに?…これ?」
「ウチの制服よ。間に合わせだけどたぶんみんなにサイズは合うわ。でもみずきがちょっと困ったわね。背のない割りにその胸だもん。結局胸を基準にして丈を詰めちゃったけど」
「ちょっと待て…助っ人って…もしかして…ウェイトレスの…」
「そうよ」
しれっとした口調で言うゆかり。真理以上にみずきが真剣につめよる。
「待てよ。怪我人とか言ってたろ」
「そうなんですよ。みなさん。実は先日ウチで働いてるウェイターの子とウェイトレスの子が式を挙げまして」
「まぁ。それはおめでとうございます」
ふかぶかと丁寧に頭を下げる姫子に面食らう悟。
「は…はぁ…ありがとうございます。それでその際に式に出席していた同僚であるウェイトレス3人が酔っぱらい運転で怪我をしまして…幸いスピードが出てなかったのですが、1週間の入院を余儀なくされまして…私たち夫婦とゆかりだけでは四十人は入るこの店の給仕は出来ません。ほとほと困っていたのですが」
「ああ。もちろん学校が終わってからでいいの。あたしだってそうだもん。お店が忙しくなるのは夕方からだから間に合うわ。お願い。みんな。助けて」
「わたしからもお願いできませんか。ちゃんとバイト料も払いますから」
「い…いや…そう言われても…」
真理は言葉に詰まる。みずきも制服を見て固まっている。
女らしさを100パーセント演出するような服だ。思わず真理に小声で詰め寄る。
(村上。どうしてゆかりの心を読まなかったんだよ)
(言ったろ…友達だって…戦いでもない限りこの力は使いたくないぜ)
みずきは言葉に詰まる。だが
(そうだ。怪我人が戻ってくればいいじゃん。七瀬。ちょっと治して来いよ)
(できるわけないじゃない。もう『1週間の入院』と診断までされているのよ。それがいきなり全治したら変に思われるわよ。それに…)
(…それに?)
みずきは猛烈にいやな予感がした。七瀬の目つきがちょっと普通じゃない。
「私、前からこの服は着て見たかったのよね。わかったわ。ゆかり。私で良ければお手伝いさせて」
「ありがとう。七瀬。とっても助かるわ」
手を取り合って美しい女の友情。それを見て青くなるみずき。
(しまったぁぁぁぁぁぁ。コイツの趣味も可愛いもの系だったぁぁぁぁぁぁっ)
心中で絶叫するみずきに七瀬が「ねぇ。みずきもやらない」とんでもない提案をしてきた。
「オレまで巻き込むな」
即時却下。だが
「あら。こんな可愛い服が着れるのよ。やらない?」
「はぁい。ボクやりまーす。こう言う可愛いのきれるなんてうれしいー」
横から綾那がまるで幼児の様に反応する。さらに姫子までが。
「わかりましたわ。わたくしもお手伝いいたします。これもまた社会勉強。それに…お父様から頂いたお小遣いでなく自分で得たお給金…十郎太様。それで買った記念品を受けとって頂けますか?」
「もったいないお言葉。かたじけのうござる」
「でも…半分はみずきさんへのお誕生日の贈り物にしないといけませんわね」
「それなら僕等は力仕事担当かな。倉庫整理とか。女優志望で男装して働いてる娘がいたりして」
「メイド服…メイド服…メイド服…ぐふっ(ラッキー)」
「拙者は姫つきのお庭番。給金は無用ゆえ拙者も姫の側に置いて頂きたい」
「おお。ありがたい。ありがたい」
盛りあがる一同。みずきと真理は青くなっていた。
(や…やばい…みんなその気になってる…まずい。そうでなくても最近スカートでの座り方が身についてしまっているのに放課後までこんなの着てたら、女の服のほうが当たり前になっちまう。オレはやらないぞ)
「真理は…真理は助けてくれないの」
演技でなく涙目で迫るゆかり。どうも他は頭数で本命は真理のようだ。
「いや…ケンカの助っ人ならともかく…」
「助けてくれるって言ったじゃない」
「うー……わかった。わかったよ。1週間だろ。手伝ってやる。その代わりアタイも倉庫整理だ。こんなちゃらちゃらした服が着れるかよ」
「嬉しい! 真理」
ゆかりは思わず抱きついた。
(あー。村上まで…こうなったら強行突破!!)
みずきは脱兎の如く駆け出し…例によってこけた。
しかもその際に置物を巻き添えにしてしまった。何かが落ちた音がして嫌な予感をさせつつ見たら…欠けていた
(や…やばい…)
「あー。それ高かったのよー」
甲高い声でゆかりが叫ぶ。困ったみずきは七瀬を見ると意地悪な笑みを浮かべていた。
「どうする? みずき。いっしょにやる?」
「……なんでそんなにオレを巻き込みたがるんだよ…」
「だって…一人じゃ恥かしいもの」
「あのな…(とは言えどこれ弁償するにはただ働きがかなり…)わかったよ。やるよ」
「おっけー。ちょっとゆかり見せてみて。あら? 割れてなんてないわよ」
「え? ウソ。確かに欠けてたのに…」
もちろんダンシングクィーンがやったのは言うまでもない。
かくして翌日火曜日から日曜日までをめどに臨時のバイトをすることになった。