第4話『縁』Part3 Part2に戻る
野球部部室
04:20pm
「お待たせ。あれ? みんなは?」
野球のユニフォーム姿から学生服姿になった上条が出てきた。試合は5対2で無限塾の勝利。本来の野球部員は反省のためのミーティングがあったため残るが助っ人の二人は先に引き上げることになった。既に入来は坂本達と帰途についた。
さすがに綾那たちを教室に入れるわけにも行かず校庭の隅で向かい合っての話し合いになった。
「あ…なんか気を利かせてくれたみたいです。あなたと綾那だけにしてあげようと。でもあたしは綾那になにかあったら困るから残りましたけど」
「そっか…どこか公園にでもいく?」
「う…ううん。ここでいい…」
「そうか」
そしてまた気まずい沈黙。校庭にいるのは上条と綾那。そして直子だ。しかし見えないところには随分といた。
(なあ…七瀬。こう言うのはデバガメっていうんじゃないのか?)
(違うわよ。見守っているのよ)
七瀬はおせっかい焼きの本領を発揮していた。
(お主ら、気配を絶つならもう少しうまくやらぬか)
(さすがは十郎太様ですわ。見事なお手並みですわ)
(ふ…覗くと言う点でなら俺もまんざら負けてはいないぞ)
(覗きのテクニックを自慢してんじゃないよ…)
なんだかんだで全員がいた。みずきたちは部室の影から上条たちの様子をうかがっていた。しかし3人とも押し黙って会話にもならない。焦れた直子が
「ほら。綾那」
と促すが綾那は真っ赤になって俯いたままだ。
(どうしよう…なにから話そうか…)
しかしその沈黙を上条が破った。
「え…と…どこかであったっけ? 確かになんか覚えが…セーラー服? あれ。あの時の…女の子」
「覚えててくれたんですかっ!?」
「ああ電気街の絡まれてた…あの時のセーラー服の女の子」
「はいっ! そうですっ! あの時のは私服だけど…」
「そうかぁ」
どうやら上条は合点がいったらしく朗らかな表情になる。隠れて見ているみんなにも事情が呑みこめてきた。
(なるほど。正義の味方みたいに助けてあげたのがあの女の子か)
(電気街か…確かに上条がうろついてて不思議はないよな)
上条の態度でムードが好転してきた。ここがチャンスとばかしに直子が綾那の背を押す。
(ほら。綾那。言いなよ)
(え? 直子…まだ心の準備が…)
(もう。まだるっこしいな)
小声で話をしていた二人だが直子はやおら上条に向き直る。
「単刀直入に言います。この子…綾那はあなたが好きなんです。この子の事。どう思ってるんです?」
「え?」
「直子!? そんな」
強引な直子の口利きに二人は押し黙ってしまう。『やりすぎたか』と直子が後悔したころ上条が口を開いた。
「どうって…そんなこといわれても…これが2度目なんだよ。逢うの」
無理もない。何の予兆もなしにいきなり愛の告白をされても戸惑うのももっともである。しかし親友の事を思いやるばかりに視野の狭くなっている直子の解釈はやや自分勝手なものであった。
「ひどい。そのつもりもないのに思わせぶりに助けたりしたの。ここまでやって来た綾那の気持ちも考えてよ」
煮え切らない上条の態度に綾那の親友である直子が怒った。
「え? あのときはいろいろ買ってたら騒ぎがあって女の子がピンチだから助けたのだが。君がもし男だったら男四人に囲まれている女の子を見殺しにするかい?」
優しく諭すように言う上条。冷静に考えれば人として当たり前の事をしただけで恋愛感情をもたれることを期待していたわけでないことがわかる。二の句のつげない直子。
(それだけ恋愛に対してもフェアってわけなのね。困ったわ。あちらの言い分が正しいわ。そして好意がないのもはっきりしたわ…これ以上付きまとうと綾那の方がストーカーだし…)
直子は困ってしまいちらりと綾那の方を見る。綾那は唇を噛んでいた。
そのころ冬野達は無限塾にきていた。壁際からそっと接近していた。そう。投げナイフの射程距離まで。
(ん?)
いささか痴話喧嘩じみてきて少し退屈して放心状態になった榊原に緊張が走る。
(村上。来るぞ)
(予知したのか? あんたの『ビッグ・ショット』が)
二人はマリオネットで会話していた。いわゆるテレパシーだ。真理は内用を深く知るために榊原に『ガンズンローゼス』を接続して予知を知った。それを上条と綾那。そして直子以外のその場の物達に通達する。『ガンズンローゼス』は相手の心が読める。故に逆にイメージを伝えることも出来る。相手が例えマリオネットマスターでなくてもだ。
(ちっ。性懲りもなく…)
(最後の一人が来たのかしら)
(どこからでしょうか?)
(拙者にも気配はつかめているでござる。だがここは様子見)
そう。ターゲットが上条だからだ。そして状況に変化があった。
「そう…わかった。別に好意も何もなかったんだね…ボクの勝手な思いこみだったんだね…」
綾那が笑顔を向ける。ただし涙がにじんでいる。自分を無理に納得させているようだ。段々に涙声になっていったのもそれを証明していた。上条は慌てふためく。
「ま…待った。君がどうこう言うわけじゃないんだ。ただ」
「迷惑かけてごめんね。さよなら」
こらえ切れなくなって泣き出して駆け出す綾那。慌てて負いかける上条。その瞬間を狙い済ましたように空を裂く音。
「はっ」
榊原の予知であらかじめ察知していた十郎太が飛び出して上条の壁になる。
「風間!?」
十郎太は跳んできたナイフを二本の指でキャッチしてそのまま地面に投げ捨てた。
「飛び矢返し」
技の名乗りをあげる。これは飛んできたものを体に届く前に取ってしまう技である。
「風間。今のは?…そう言えばどうしてここにいるんだ? 姫ちゃんと帰ったんじゃ」
「今は細かい事を気にしている場合でない。上条。お主。狙われておるぞ」
「…狙われてる…?」
綾那は反射的に電気街での乱闘を思い出す。
(やだ…こいつそんな危ないやつなの?)
ごく普通の反応を示す直子。
「出て来い。そこのやつら」
予知をした榊原が叫ぶと物陰から冬野たち四人が現れた。
「榊原まで…みんなも…あ…」
帰ったはずの友人たち。そして不良と思われる面々に見覚えがある。その一人ががなりたてる。
「今のはほんの挨拶がわり。かーっかかかかっ。かみじょおーっ。テメーにこのキズの恨みを晴らしに来たぜぇ」
言うなり冬野は学生服の前を開く。裸の胸元に走る裂傷跡。
「あんたは…あの時の…確か冬野さんだったっけ…そのキズは!?」
上条。そして綾那は瞬時にこれが報復と悟った。
「そ…そうか…あの時の「真・飛龍撃」がそんな大きなキズを作っていたのか…それじゃ恨まれて当然だな」
迎撃態勢と言うよりむしろ懺悔するようになる。
「そんな…正当防衛ってやつでしょ」
綾那はかばう。むしろ正論を述べているだけか。だが上条は力なく頭を振る。
「とはいえどそんな傷跡を残すなんて許される事じゃない。いいだろう。好きにしてくれ」
上条は両手をだらりと下げて無防備に冬野の前に歩み出る。
「いい心がけだぜぇ」
冬野はいまにもよだれをたらしそうな嬉しそうな表情だ。
「待て。上条」
「手は出さないでくれ。村上。これは贖罪。大丈夫だ。死なない程度ならどうにかなる」
上条は真理ではなく七瀬に不器用なウインクを送る。
「う…うん…」
もちろん七瀬はいままで通り怪我を治すつもりはある。しかしむざむざと殴られるのを黙って見てるつもりはない。とはいえ罪の償いとまで言われれば手は出せない。一同は黙って見ているしかない。
「へっへっへ。やっと来たぜ。このときがよ。来る日も来る日も病院のベッドでテメーに対する恨みを燃やしつづけていたからよぉ。たっぷりと返してやるぜぇ」
言うや否や袋叩きが始まった。
「ぐっ…ウッ…がはっ」
上条はまるで無抵抗に殴られている。見かねた真理が叫ぶ。
「カズ。あのままでは死んじまう」
「そうなる前には乱入する。しかし…」
いやでも目に付く冬野の胸元を走る裂傷跡。それが二の足を踏ませていた。
「きゃーっはははーっ。晴れる。気が晴れるぜぇ。てめえらもどんどんやりなぁ」
冬野とその配下はますます調子に乗って上条を蹴りまくる。倒れて蹲りカメのようになっている。その不様な姿が冬野たちを喜ばせていた。ただしダメージは軽減できている。
「う…う…ううう…」
「綾那? どうしたの?」
「…上条君に…上条君に…手を…」
にぎりしめた二つの拳がわなわなと震えている。怒っている。それを察知した直子は次の行動を予測して制止する。
「綾那!? あんたまさか。やめなさい。あんな不良と関わったら」
止めるだけ無駄だった。そして爆発した。
「やめろーっ」
冬野にダッシュすると体当たり気味にぶつかりアッパーカットを食らわせた。
「フラッシュアッパー」
「ぎゃぴりーん」
不意を突かれたといえど不様に吹っ飛ぶ。仰向けに倒れる。配下は袋叩きを中断して助け起こしに行く。
「上条君はボクが守る」
綾那はいま上条からの見返りなど微塵も考えずに行動していた。行動の原理は純粋なる愛情。
「いまの技…上条の飛龍劇に似ていた?」
「しかし上条はあれほど踏み込むことはせぬ」
「憧れてまねをするようになったのでしょうか」
「なんかわかるな。オレも体重足りないから体全体でぶち当たらないと威力ないし」
「お…おい。あいつの胸元…」
真理が指摘すると『裂傷跡』がはがれていた。瞬時に一同は理解した。
「作り物かぁーっ」
「し…しまったっ」
自分の胸元を見てしまう冬野。
「おかしいと思ったんだ。どうにも作り物っぽい傷跡と思ってた」
医者の一家の榊原が言う。
「あわわっ。ま…まずいっ」
慌てて『傷跡』を胸元に戻そうとする冬野だが遅かった。
「…そうか…特殊メークか…してやられたって所か…だけどそれなら僕も遠慮する必要は要らないな…」
上条がゆらりと立ち上がるや否や…逃げた。
「……上条…君…?」
呆然とする綾那だがだてに逃げたわけではない。上条は七瀬のところまで接近したのだ。
「及川。頼むっ」
「わかってるわっ。ダンシングクィーンっ」
七瀬のマリオネットが瞬時に上条が受けた傷を修復する。それを綾那が目を丸くして見ている。
「ほえー…あなたも…」
「えっ? あなたもって…」
それを追求するよりも早く上条が臨戦体制になる。
「さぁて冬野さん。このまま帰ってくれるような人じゃないでしょ。それなら勝負には応じるよ。ただし今度はきっちり反撃するけどね。ああ見えてアミバはちゃんと傷跡をつけていたがあんたはメークどまり。つまりあんたは『アミバ以下』ってことさ。そんなのに負ける道理はな…あれ? それじゃ『念』で蜘蛛のタトゥーを作っていたヒソカもアミバ以下?」
「良し。いつも通り。あれなら平気だぜ」
妙な言いまわしだがいつもの上条に戻った。
「ちっ。助けにはいるようなお人よしならあの傷跡を見たなら罪の意識で無抵抗になるとは踏んでたがばれちゃしかたねえ。こうなりゃあの時のリターンマッチだ。傷跡はニセモノでもアバラ折っての病院送りは本当だからな。この赤っ恥をてめーぶちのめして消す。ただのぶちのめしじゃねえ。半殺しで同じように病院送りにしてやる」
言うや否や冬野は間合を詰める。そして高々と右足を蹴り上げる。上条はそれをよけ損ねる。よろける。
「そうらもう一発」
再び冬野が足を蹴り上げる。
「聖闘士に一度見た技は通用せん」
今度は捌こうと試みたが足は上条に当たる間合ではない。ブロッキングをしくじり多大な隙が出来たその脳天に踵から足が落ちる。
「ぐあっ」
上条は地面に倒れ伏す。
「ぬう。今の蹴り。1度目は蹴り上げた足が攻撃のためだったが2度目は振り下ろす足に刃がある。しかも寸分たがわぬモション。フェーイントとは言えど見極めは困難といえよう」
「それは認めるがそれにしても上条の動きが鈍すぎるな」
「傷なら全部直したわ。でも体力までは」
「そうか!! あいつ今日は野球部の試合で7回まで投げてる」
「それで疲れて切れがないのか…」
「でもわたくしの『姫神』は毒や病気を取り除けても体力を戻す事は出来ません」
「私の『ダンシングクィーン』も修復だけよ」
「わかった。体力が戻れば良いんだね」
「え? 若葉さん。あなたやはり」
綾那は腰だめに両手を置いた。その手の中に光の弾が発生する。
「これは…オレのシューティングスターや上条の龍気炎と同じ…」
「フラッシュショット」
発生した光の弾を打ち出す。まるで予期せぬ攻撃の上に上条に攻撃しようとしていて多大な隙を作っていたためにまともに食らう冬野。
「野郎」
佐藤。鈴木。田中がとりあえず上条に攻撃しようとするが十郎太の苦無。姫子の矢。みずきのシューティングスターで阻まれる。その隙に真理がガンズンローゼスで上条を手繰り寄せる。綾那はそれをひざに乗せて抱きしめる。
「上条君。待ってて。いま力をあげるから」
生まれたばかりの赤ん坊を見る母親のような優しい瞳で語りかける。続いてジャンヌ・ダルクのような強い決意の瞳を見せる。
『マドンナ』
綾那がその名を呼ぶと彼女の中から翼を持った女性が出現した。
「ま…まさか…この娘まで」
「マリオネットマスターだったのか…」
「特異点だな…この学校…」
そんな騒ぎはまるで耳に入らぬまま集中している綾那。『マドンナ』の翼に金色の光が集まる。翼自体が金色に光るのがマリオネットマスター達にはわかる。その光がマドンナの両手を経て上条に注ぎ込まれた。
「う…なんだ…みなぎる…みなぎってきた…力があふれてくる…お…おおおお…光よぉぉぉぉぉぉぉ」
なぜか右手を突き出して叫ぶ。完全復調だ。
「ありがとう。助かったぜ」
臨戦体制故に取り合えず礼も簡単に済ませ向き直る。
「な…なんだとぉぉぉぉ。体力まで戻っただと。そ…そうか…てめーらの中に何人か話に聞くマリオネットマスターがいるのか…この目で見るまでは信じられなかったが…そんな人外の力を使って闘うとは何と卑怯な…恥を知れ」
「お前が言うな」
全員に突っ込まれる冬野。
(く…くぅー計算外だが…不利になったときの用心はしてある。やれ)
冬野は合図をかねて火を吹いた。当然無視はできない。だが隙が出来た。
「きゃあっ」
「綾那!?」
火炎攻撃はフェイント。鈴木がロープで綾那を捕らえた。あっという間に手繰り寄せる。
「どこまで腐ってるんだ。その子を放せ」
「ああいいさ。放してやるぜ。上条。てめえが悪漢まで乗りこんで俺を倒せたらな。6時だ。それより早く来たりそこのやつ等が一人でも来てたらこの女がどうなるか…わかってんだろ」
佐藤が車を廻してきた。一同それに乗りこみ逃走する。
「待てっ」
上条が反射的に叫ぶが待つはずもない。綾那は口を押さえられて拉致された。車はあっという間に見えなくなった。
「くっ…僕のせいで…」
歯噛みする上条。
「綾那…」
直子は崩れ落ちる。それを横目で見た上条は立ち上がり歩き出す。
「待てよ。一人で行く気か。6時と言うのも移動時間と言うより迎え撃つ体制をとる時間と思うし」
「赤星…約束を守る連中とは思えないが協約違反をしたらあの子の事を本当にやるかもしれない。できるだけ刺激したくない。一人で行く」
「ああ。確かにオレがこっちの姿で行けばやつの言葉に引っかかるよな。けど本当の姿で行けばどうだ。なにしろやつらならどんな恨みを買っていても不思議はない。予期せぬ敵襲があってもおかしくない」
「良かろう。いささか丈は長いが拙者の学生服を着て行くが良い」
「サンキュー。助かるぜ。風間」
「…赤星…」
「急ごうぜ。間に合わなくなる」
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