第4話『縁』Part2   Part1に戻る


清純女学院
02:55pm

 

 話は四月下旬。本来の時間になる。
 若葉綾那は追試の教室のそばの廊下でぼやっと空を眺めていた。
 「おまたせぇ。ごっめーん。綾那。もう小林につかまっちゃって。あいつったらあいかわらず長話で切り上げてくれないんだもん…って綾那?」
 担任の悪態をつきながらけたたましくやってきた直子は『心ここにあらず』と言う状態の綾那を見て怪訝な表情をするも事情を思いつき呆れたようなため息をつく。
 「…綾那…また『上条君』のこと考えてたんでしょ?!」
 「直子!! いつからここに? なんでわかるのっ?」
 上の空だった綾那には直子が突然出てきたように感じられた。
 「わからないほうがどうかしてるわよ。まったく…ねぇ綾那。悪いこと言わないからやめときなよ。そのひと話を聞く限り『オタク』でしょ。あたしはやだな。オタクって。苦手なんだもん。なに考えてるかわからなくて」
 「でも優しかった…必死でボクを護ってくれたよ。可愛いって言ってくれたよ」
 「そんなの、綾那がアニメっぽくて可愛かったからよ。あんたって普段着もセーラー服みたいだしね。オタクのツボってやつね」
 ロングヘアーでお嬢様ふうのルックスと裏腹に辛らつに言い切る直子。洋画のように大げさに両手を広げてさえ見せる。
 「え? 上条くんってセーラー服好きなのかな」
 なにか勘違いしている綾那だが直子はとりあえず当面の疑問に答える事にした。
 「うーん。嫌いな男はいないんじゃない。特に無限塾ってブレザーだし。あたしの中学の時の友達が行ってんだけどね」
 「そうなんだ。どうしよう……ボク制服は夏と冬の一着ずつだよ。プレゼントしたら困っちゃうし…あ。その前にボクちっちゃいからボクのじゃ上条君も着れないね」
 「あんたねぇ……あんたのお古のセーラー服を着て喜ぶような変態男が好きなワケ?」
 この質問に綾那は高速で首を左右させる。
 「当たり前でしょ。あたしが言いたかったのは男はかわいい女の子がセーラー服着てるのが好きだって言うこと」
 「え…ボクって可愛いのかな」
 「まぁレベルは高いほうよ(おつむは反比例して低いけど)」
 「そうなの…上条君。ボクのこと好きになってくれるかなぁ……」
 「だから…悪いこと言わないからやめときなさい。無限塾はいろいろとトラブルもあるみたいだし」
 「…でも…苦しいよ…上条君のことを考えると胸がしめ付けられて…考えないようにしても駄目なんだ。忘れるなんて出来ないよ」
 遠くを見つめる綾那の瞳。それを見て直子は悟った。
 (はぁ…羨ましいくらい一途ね。この子って馬鹿だけど…そのぶん純粋に人を好きになるみたい。しょーがないわね。親友としては)
 「綾那。実は友達に無限塾の場所は聞いてんのよ。今度、行ってみる?」
 「行くっ」
 まさに即答だった。尋ねた直子の方が面食らった。
 「わかったわ。じゃ次の土曜ね」
 「えー。善は急げって言うよ」
 「馬鹿ねぇ。よその学校のあたしたちがずかずか上がりこんで探せないでしょ。でもね。聞いたけど土曜日はもぐりこめるイベントがあるのよ。逢えるかどうかは保証しないけど」


悪漢高校
02:57pm


 悪漢高校。久々に勢ぞろいした四季隊の四人が話をしていた。話と言うより他の3人が冬野を責めているように見える。
 「病院にいる間にすっかりおめでたくなったようだな」
 四季隊・春日。その小柄な体躯は非力なもののサル並の身軽さとロッドを使った跳躍と攻撃は目をみはるものがある。手数で押すがみずきと七瀬のコンビに敗れ去る。
 「どこの誰とも知れぬ輩に病院送りにされてよくもまぁのこのこと顔を出せたものだ」
 四季隊・夏木。春日と正反対に巨躯を生かしたパワー殺法を得意とする。チェーンで絡めて相手を叩きつけるのが常套手段。だが巨体のぶんだけ動きが鈍いのが最大のウィークポイント。榊原と真理に対して自身もアケミと言う女と組んで2対2でやりあうが倒される。
 「それでよく切りこみを務めると言えたな」
 四季隊・秋本。狂虎とあだなされる木刀使い。すさまじいダッシュ力と斬撃を誇るが多大な隙を突かれて姫子の矢。そして十郎太の体術の前に沈む。
 それぞれがそれぞれ。指令以上に無限塾の面々に恨みを抱き報復の牙を研いでいた。だから先送りになどしてやるつもりはなかった。
 「けっ。恨みつらみなら俺のほうが先だぜぇ」
 「ウッ」「ぐっ」「…」
 冬野が学生服の前をはだけたら3人が目を見開いた。右のわき腹から左の胸にかけて大きな裂傷跡が走っていたのだ。
 「病院のベッドの上でオレは来る日も来る日も野郎に…あの上条とか言う野郎に対してこれと同じキズを刻んでやることだけを考えていたんだ。てめえらより前の遺恨だぜ」
 自分の出番を先にしたい3人だったがこの傷跡はさすがに説得力があった。秋本が背を向け春日も夏木も続く。
 「いいだろう。そのキズに免じて譲ってやる」
 「それにターゲットは俺たちの誰ともかち合ってないしな」
 「せいぜいその傷に恥じない戦いをすることだな」
 納得して3人は出ていった。残された冬野は憤怒の表情になる。
 「やっと…やっとてめえに仕返し出来るぜ。上条おぉぉぉぉぉ。てめえの事を考えただけで…疼く。脳が…脳が痛ぇぇぇぇぇぇぇぇよぉぉぉぉぉぉぉ」
 一人で悶絶する様にちょっとその男は考えてしまったが声をかける。
 「冬野さん」
 「む…佐藤か。どうだ。あの野郎はいたか」
 上条に倒されたうちの一人が来ると狡猾な性格を取り戻し冷静に尋ねる。
 「たしかにいました。そしてちょっと面白い話しが。実は今度の土曜に…」


無限塾校庭
02:10pm


 無限塾の校庭は広く野球の試合が出来る。事実この土曜日は無限塾野球部が練習試合をしていた。
 「野球かぁ…アタイはどっちかと言うとプロレスの方が好きなんだけど。プロレス部ってないの?」
 「それをいうならレスリング部よ。真理」
 すっかり仲良しになったゆかりがやんわりと訂正する。
 「ウチが得点したらみんなで傘広げて東京音頭歌おうか」
 みずきはヤクルトスワローズのファンである。
 「そう言う馬鹿は一人でやってよね」
 実は七瀬は中日ファンである。立浪選手のファンと言う。
 「なんだよ。その言い方」
 「そんな馬鹿なことは一人でやってほしいって言ってんの」
 「馬鹿とは何だ。ばか」
 「馬鹿だから馬鹿って言ってんのよ。ばか」
 恒例の口喧嘩を試合そっちのけではじめた。そんな事を言っている間に相手の高校が盗塁を試みた。真理が叫ぶ。
 「わっ。盗まれた」
 「いや。刺した。きっちり殺した」
 野球には特に興味のない榊原がそれでも受け答えだけはする。
 「まぁ。怖いのですね」
 相変わらずなにか勘違いしている姫子の言。
 「むぅ。盗人を刺し殺すとは…見た目より過酷なスポォツでござる」
 もちろん十郎太は大真面目にコメントしている。
 この一同が自分の学校の試合と言えどわざわざ土曜の午後に残って観戦しているのにはそれなりにワケがある。
 「よぉし。上条。ランナー消えたからバッターに集中して行け。ど真ん中だ。ど真ん中。例えヒット性でもこのオレの守備範囲に飛んできたら埼京流の身のこなしで華麗に捌いてやるからよ」
 野球帽の後ろから束ねた髪を飛び出させて二年生の一塁手がマウンドの上条に声をかける。意味なく力瘤を作る。
 「わかりました。入来先輩」
 マウンド上は上条。野球部の試合に助っ人に駆り出された入来蛮がさらに助っ人として駆り出したのだ。
 怪我をしたのが一塁手と投手。そして控えの面々。
 怪我をした理由が他校の襲撃に向かっていったと言う辺りが無限塾らしい。
 正当防衛だからと大会辞退の意志はないが当面の練習試合。それも無限塾から招いた手前キャンセルはしたくなかった。結果として二人必要になったのでこうなった。
 ちなみにそのまま空いたポジションに入ったのはテストしたらいけたからである。なるべくならレギュラーポジションを動かしたくはなかった。
 「うん。入来を推薦したのは正解だったな」
 入来の親友。坂本がつぶやく。彼自身はテニス部ゆえ同じ体育会系の野球部の助っ人には出向けなかったが野球部部長の助っ人要請に無所属の入来を推薦した。
 「そりゃあ坂本くんの目に狂いはないですもの(入来はお調子ものだから心配ですけど)」
 坂本の傍らにはロングヘアの橘千鶴が寄り添っていた。猫なで声だが気はかなり強い。坂本の前で見事に『猫をかぶっていた』ために周囲が見えてない。
 「ようし。走られる心配もないなら…行くぞ。遠心力を利用して球威を増した『大回転魔球』で」
 上条はワインドアップで振りかぶると
 『必殺龍尾脚』
連続でローリングソバットを叩きこむ大技を繰り出す。その遠心力で球威を増すのが狙いだがみんな唖然としてる。おまけにその状態でコントロール出来るはずもない。ポールはすっぽ抜けて観衆の中に向かう。ボールはみずきに当たるコースだ。
 「危ない」
 坂本が叫ぶが口喧嘩をしていたみずきは対応が遅れた。とっさに坂本がみずきをかばい押し倒す格好になる。ボールは当たらなかった。
 「怪我はないかい」
 さわやかな表情と涼やかな声で坂本は優しく問いかける。
 「は…はい」
 一方のみずきは赤くなっていた。その様子に周囲は色めき立つ。


無限塾校門
02:23pm


 校門。対戦相手の応援も来ている。そしてその女子制服がセーラー服だったため直子と綾那も比較的容易く無限塾内に入りこめた。
 「凄い人ね。綾那。ちゃんとついて来てる? あんたちっこいんだからこの人込みにまぎれこんだらはぐれるわよ」
 「わかってるよぉ。上条君って何組なのかな」
 「2組らしいと聞いてるけどこの様子じゃグラウンドね。綾那。あんたの記憶だけが頼りなのよ」
 「うん」
 もぐりこんだ二人にはまだ試合の様子は目に入ってなかった。まさかマンガ研究会所属の上条がマウンドにいるとは考えなかったからだ。


無限塾校庭
02:25pm


 (み…みずき? なに女の子みたいに赤くなってんのよ…まさか体が女だからって心まで…男性が恋愛対象になるまでに)
 パニックに陥る七瀬だが真相は
 (やっちまった…こんなに大勢の前で押し倒される格好…ボールに気がつかないなんてドジった…恥ずかしい…)
 単にドジに恥じ入っていたのだ。それにかまわず坂本は助け上げるために手を差し出す。
 「立てるかい?」
 「はい」
 まるっきりの善意なのはわかるので『俺は男だ』と跳ね除けるわけにも行かず素直につかまろうとした時に甲高い声が響く。
 「ちょっと。触らないで。坂本くんに取り入るつもり」
 「取り入るって…」
 「橘君」
 七瀬以上に思考パニックを起こした橘千鶴がヒステリックに詰め寄る。まるでつかみかからんばかりの勢いにみずきも瞬間的に臨戦体制になる。だが
 「まぁ。千鶴さん。お久しぶりです」
 まったく浮世ばなれした姫子の声と笑顔で毒気は全て抜けてしまった。なにしろそのとき打席に入っていた打者までも力が抜けて狙い通りのボールを呆然と見送るほどである。しかもチェンジ。
 「あ…あいかわらず力が抜けるわね…」
 「そうですか? それはさておきご挨拶が遅れましたね。今度からこの学校の生徒です。千鶴さんと同じ学校になれて嬉しいですわ」
 「姫。知り合いなのか」
 「はい。真理さん。お父様どうしが同じお仕事で何度もお会いしていますわ」
 (それって商売敵なんじゃないのか…それならこうまで敵対視するのもわかるけど)
 段々に騒ぎが大きくなってくる。
 「坂本ぉ。邪魔だからお嬢さん黙らせてくれよ」
 「なんですって。この最弱流」
 「埼京だ。サイキョー。浦和を発信源に世界に羽ばたくんだからよ」
 「す…すまん。入来。さぁ。橘君。落ち着いて」
 押さえようと羽交い締めの格好になったが千鶴はその手をわざと胸元に誘導する。
 「…まぁ。坂本君ったら…こんなにたくさんの人の前で…大胆なんだから」
 「え…え…え…」
 女性の胸を揉んだ格好になり赤面してしどろもどろになる坂本。一同脱力気味にこける。だが嫉妬から始まったので坂本が千鶴を押さえたことによって事態は収束した。


無限塾校庭・観客席
02:30pm


 相手応援団にまぎれていたのは綾那たちだけではない。見るからに怪しげな男子生徒もいたがなにしろ無限塾にも不良は多い。似たような姿故に目に止まらなかった。
 男は携帯電話を出すと小声でしゃべり出した。
 「鈴木だ。加藤か。上条の野郎は六回まで投げてる。だいぶ疲れているが控えもいないからもっと投げるぞ」


無限塾校庭
02:36pm


 「やっと収まったか。まるで痴女だな。ところで攻撃は」
 榊原がグラウンドに視線を向ける。みんなも注目したらちょうど放送部から駆り出された女子のアナウンスでコールがあった。
 「ピンチヒッター・上条。背番号90」
 「は…人数足りないのに代打」
 「おまけにスタメンの上条が」
 「なんだよ。背番号90って…」
 ネクストバッターズサークルで控えていた上条がお礼するように放送部の女子に笑みを向ける。どうやらこの女子は上条に悪い感情を持ってないらしく頼まれた事を素直にやったようだ。
 上条は立ち上がるとポケットからなんとウィスキーの小ビンを取り出して口に運ぶ。そして一口ふくんでバットに吹きつけた。観客はこけた。
 「さ…酒しぶき。だから背番号90の代打か」
 だが審判は冷静だ。
 「おい。君。未成年の飲酒は」
 しかしそれもわかっていた事。上条はビンの口を審判に向ける。
 「…この匂いは…紅茶かね」
 「はい。これが一番 色が似てて。一度『あぶさん』みたいにやって見たかった」
 「……早く打ちたまえ」
 改めて打席に入る上条。立ち直った一同がそれを見守る。
 「なあ。風間。この前言ってたあれ。やっぱ勘違いだろ」
 「そうですわね。とてもそんな恐ろしい人には見えませんわ」
 「あの馬鹿がどうしたって。十」
 話しを聞かされてない真理が尋ねる。それに対して険しい表情のまま黙っている。
 「十郎太様。やはり上条君から恐ろしい『気』を感じますか?」
 「ハッ。あやつからただならぬ『破気』を感じます」
 「そうかしら。風間君。なんて言うか…子供みたいだもの。彼」
 「子供ほど手加減が出来ぬもの。なまじ今が無邪気故に闇に転じた時はどんな闇よりも黒いのではないかと」
 そんな話を続けていた時だ。ヒットを放った上条が駆け抜けた一塁ベースに戻ってきた。それにむかって突進する小柄な少女。


上条と綾那。運命の再会
このイラストは『オーダメイドCOM』のクリエイター。くろねあずささんによって製作されました。感謝の意を表します。

 「上条くぅん。逢いたかったよぉ」
 綾那は校舎に入りこむつもりだったが今のアナウンスで上条の名前がコールされグラウンドに目を向けた。すると恋焦がれた相手が一塁ベースを駆けぬけていた。あとはもう条件反射同然である。上条の首に両手を回し全身で抱きつく。一同の注目を集めまくったのは言うまでもない。
 (…綾那…そこまで大胆ならうじうじしてないでさっさと行動起こしなさいよ…恥かしいし)
 他人のふりをしながら直子は赤面していた。当の上条は突然の抱擁に目を白黒させていた。


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