第4話『縁』


千代田区
03:55pm

 話は1ヶ月前にさかのぼる。この日は日曜日。電気店が建ち並ぶこの地区では大型モニターを持つ店が路上ビデオライブをやる事になっていた。歩行者天国の区切られたエリアはすでに少女たちで一杯だった。
 「ねぇ直子。どうしても付き合わなきゃだめ? ボクってビジュアル系苦手なんだよね」
 猫目の小柄な少女・若葉綾那がお下げを揺らして後方の友人に向き直る。
 「なにいってんのよ。綾那。あんたも見といたほうがいいわよ。カッコいいんだからぁ」
 すでにロングヘアの友人・直子はトリップしたような瞳である。ちなみにそれほどの熱狂的なファンでありながら自分が後方なのは綾那との身長差が原因である。
 直子は163センチ。対して綾那は148センチと極端な小柄だった。
 「はぁ…ボクの好みじゃないんだよねぇ…ん?」
 視力1.5の両目が捉えた影。それは一人を数人で取り囲んでいた。
 「ごめん。ちょっと抜けるね」
 「あ…綾那!! もうすぐ始まるよ」
 「すぐ戻るから」
 あっという間に消え去った。直子は感心してつぶやく。
 「陸上部所属は伊達じゃないわね。それにしてもあのひらひら…しかもミニスカ。とどめにピンクであれだけ走れるあの子って…」

 電気街ではやはりゲームソフトの量販店もある。客も多い。そしてそう言うゲームキッズを狙ったワルもいる。
 不幸にしてその少年はつかまってしまった。柄の悪そうな…実際に悪党だが3人の男に囲まれてしまった。
 「へっへっへっへっ」
 体型以外は見分けがつかない見事に不良の型にはまっていた。左から佐藤。鈴木。田中である。
 「なあボウヤ。金。持ってんだろ」
 「ぼ…ボク…お金なんて…」
 「ウソつくんじゃねえぞ。ここにくるのに金がねえわけないだろ」
 「くくく。それにゲーム屋の前に列があったからな。新発売があるんだろう」
 「さあ。出せよ」
 佐藤が手を差し出す。怯える少年は身を縮めるだけしか出来ない。
 「そこか」
 固く閉ざした懐に鈴木が手を伸ばす。
 「待ちなさい」
 「誰だ」
 人気のない所を選んだはずなのに…そんな思いであたりを見まわす田中。
 「嫌がってんじゃない。やめなさい。ワルモノ」
 凛として響くがいかんせん少女の声では迫力に欠ける。おまけにもろ少女趣味。鈴木はその姿で小学生と決めつけた。
 「なんだ。ガキはすっこんでろ」
 「ボクはガキじゃないもん」
 綾那は素早い動きで鈴木の横を駆け抜ける。
 「うぐっ」
 その途端に鈴木はわき腹を抑えて蹲る。駆け抜け様に居合抜きのようにわき腹を手刀が痛打していた。鈴木も少年を放してしまう。
 「早く逃げておまわりさん呼んで」
 ボケっとしている少年に向かって綾那は叫ぶ。少年は我に帰った。その途端に
 「う…うわあああっ」
 絡まれていた少年は脱兎の如く逃げ出した。
 「待て。この野郎」
 追いかけようとする田中だが頭上から綾那が飛び降りてきた。そのまま押しつぶす。しかし場所が悪い。少年が狭い路地に逃げ込んだのを追った関係で戦闘フィールドが狭い路地に移行した。助走距離が取れない。
 「これでさっきみたいな真似は出来ねえぜ」
 佐藤がすごんで見せる。しかし綾那は動じる事もなくぴょんと飛び跳ねて見せる。身軽な動きで佐藤の胸板にキック。
 「ぐあっ」
 胸を蹴られてのけぞってがら空きになった顎に胸板を踏みきり台にした蹴り上げが入る。そう。ブルース・リーがやってのけたあのアクションだ。したたかにダメージを食らってのけぞる佐藤。綾那も飛んだ反動で離れた間合を瞬時に詰める。そしてスカート姿と言うのに佐藤の頭の上で逆立ち。そのまま半回転したからたまらない。首の骨にしたたかにダメージを食らったあげく降り際に綾那が背中に痛撃を見舞った。佐藤は崩れ落ちて蹲る。
 「何だてめえら。ガキ一人に何してやがる」
 金髪のモヒカンが現れた。だみ声だ。学生服を着ているが十代には見えない。不健康なイメージもある。綾那は一目見て悪党と決めつけた。
 「あなたがコイツらのボスだね。脅してお金を取るのは悪いことだよっ」
 「かーかかかかか。笑わせてくれるぜ。俺たちは承知でやってるのによ」
 「そうそう。さっきのやつは逃がしたが」
 「お嬢ちゃんに体で払ってもらってもいいぜ」
 「うげ。ロリータ趣味か」
 綾那はあちこちにフリルをちりばめたミニスカートのセーラー服…古い言いかただとマリンルックをしていた。そのくせ自己代名詞が「ボク」と言う辺りがボーイッシュなのかガーリッシュなのか計り兼ねる。
 (とは言えどさすがに男四人が相手。おまけにこんな狭い所。あの子も逃げたしボクも直子の所に逃げよっと。あそこならおまわりさんもいたし)
 狭い路地で男たちは輪を狭めて行く。だが綾那はハイジャンプして逃げた。
 「ばかめ。逃げられると思うか」
 金髪モヒカンはナイフを投げ付けた。狙ったのか偶然かスカートのホックに当たる。着地して走り出したがちょうどスカートがずり落ちた。足を取られて転倒する。
 「きゃっ」
 転倒自体はすぐさま立ちあがったが問題はスカート。いくらボーイッシュでもスカートのない状態では動けない。
 「ひゃーっはははっ。スカートだけでなくてブラジャーからパンツまでひん剥いてやるぜぇ」
 ずり落ちるスカートを抑えながら逃げようとする綾那だがその状態で満足に走れるはずもない。たちまち追いつかれる。
 「つーかまえた」
 (…お母さん…)
 瞬間、綾那は陵辱される覚悟を決めた…が。
 「龍気炎」
 「ぐあっ」
 真横からなにかがぶつかり田中は吹っ飛ぶ。何が起きたかわからない綾那だが恐る恐る目を開けると一人の少年が近寄ってくる。助けてくれたのがこの少年なのは間違いなかろう。地は高いが低く抑えた…そんな感じの声で少年は佐藤にむかって言う。
 「その娘を…すぐに放すんだ」
 両手の紙袋には無数のポスターが入っている。どうもアニメの絵柄のようだ。それを丁寧に近くの壁際に倒れないように置く。
 「なんだこの野郎。ふざけやがって」
 鈴木が怒りに任せて拳を振り上げた所に少年の拳の乱打が炸裂する。
 「あーったたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたーっっっっっ」
 「ぶぎゃ。べが。ボゲ。はが」
 たこ殴りにされた鈴木はたまらず崩れ落ちる。
 「『北斗百裂拳』……だったらかっこいいけどなぁ…秘孔なんて知らないし。やっぱりペガサス流星拳かオラオラの方がよかったかな。ねえ。どう思う?」
 「えっ!? え…えーと…」
 同意を求められても綾那は困ってしまう。
 「なめやがってぇぇぇぇぇぇ」
 鈴木が綾那を放して少年に向かう。少年はジャンプした。アッパーカットは全身を使ったねじ上げる所に破壊力がある。当然ジャンプしてしまえば支えとなる地面から離れるから大した威力はない。だが少年のジャンプは脚力だけではない。少年は神気を使える。それでロケットのように上昇する。その勢いで体全体のパワーを拳に込めて敵に食らわせた。
 「飛龍撃」
 「ぐあああっ」
 あっさりと吹っ飛ぶ鈴木。それを見ていたモヒカンがずいと歩み寄る。
 「なかなやるじゃねえか。今度は俺が相手だ。そう。悪漢高校四季隊リーダー。冬野五郎がよ。名乗りな」
 言われた少年は真正面に向き直り真面目な表情と口調で名乗る。
 「僕の名はエイジ。地球は笑われている」
 「はぁ?」
 思わず怪訝な表情をする冬野といきなり顔が崩れて照れ笑いの上条。
 「いや…なんとなくあんたがゴステロじみていたから…つい。まともにいくか
僕の名は上条明。私立無限塾1年2組。東京都文京区出身で在住。ちなみに『ポレポレ』はまだみつけてない。好きなものは漫画にアニメにゲームにイベント。そして」
 「そんな事まで聞いてねぇ」
 「え…そう」
 なんとなく残念そうな上条である。気を取り直して提案する。
 「どうだろう。冬野さんだっけ? この娘も服を破られてしまったしあんたの仲間も痛い目をみたし傷み分けで引き下がってくれないか。どう見ても女の子一人を男四人で取り囲んでいるなんてそちらがワルそうだし」
 「ふざけんな。のされてのこのこ帰れるか。だいたい痛い目にあわせたのはてめーだろーが」
 「ふう…そんなつまらないプライドは邪魔なだけだと思うけど…やらなきゃ気が済まないなら仕方ない。『痛い目にあわせたのはお前だ』といわれちゃ反論できないし。周囲の人もみんな怖がっているからあんたと僕でさっさと終わらせようか」
 言うだけ言うと上条はジャケットから何か取り出して
 「これ。直しなよ」と綾那に手渡す。
 「え?」
 反射的に受け取ってしまったがあまりに意外なものを見て言葉に詰まる。それにかまわず上条は綾那に言葉を投げかける。
 「ねえ。それと悪いけど荷物見ててくれる。大事なものなんだ。ジャケットもね」
 「あ…ハイ」
 変な展開にきょとんとしてたが素直に返事してしまう。そして手渡された『男が携帯するには不自然なもの』を見て言う。
 「あの…これは…」
 「ああ。コスプレイヤーの必須品。応急処置用の裁縫セット。安全ピンもあるからとりあえず家に帰るまでスカートが持てばいいよね」
 「は…ハイ」
 変ではあるがまったくの善意と知り素直に受け取り破れたスカートの応急処置をはじめる。
 「けっ。どうせなら救急箱を用意しやがれ」
 冬野はナイフを投げ付けた。上条はそれをかわしたがそれは冬野の計算の内。本命が真正面から迫っていた。しかし
 「はっ」
 上条はそれを手で払いのけた。投げ付けた冬野は次の攻撃体制にうつっていない。その間に上条はジャンプした。骨法で言う浴びせ蹴りだ。軸足のない。全身を使って体重そのものを相手に文字通り浴びせるけりだ。
 「龍尾脚」
 ところが冬野は大きく息を吸い込むと何と口から火を吹いた。
 「なにいっ!?」
 これにはたまらず叩き落される。
 「ああっ」
 綾那が案じて叫ぶが上条はダメージを負ったが無傷だ。
 「くっ…今のは…ガソリンの匂いもしないのに…」
 「かーっかかかかかっ。驚いたか。『気』を使うようだがそれはテメーの専売特許じゃねぇ。この俺様も『破気』を使えるのよ」
 「そ…そうか…僕が手から弾を撃つようにあんたは口から吐く火の形で『気』を攻撃に転化してるのか」
 本当の炎でないといえど熱のダメージはあったようだ。
 「くくく。その通りだ。さあ。くたばれ」
 動けない上条をジャンプして頭上から襲う。だが
 「おらおらおらおらおらおらおらおらおらーっっっっ」
 「ぐはっ」
 起きあがり様に無数の拳が迎撃する。実際にあたったのは数発だけでも迎撃の役には立った。
 「ふふふ。さすがにスタープラチナ(orストーン・フリー)ばりのオラオラは効果があるか」
 上条は構える。
 「ふざけんな。さっき鈴木をやったのと同じ技だろーが」
 「あ…わかった」
 おちゃらけた雰囲気だったが冬野はまだやる気だ。上条はため息をついたがどうあっても倒さなくては終わらないと悟った。
 「攻撃は最大の防御。今度はこちらから行くぞ」
 上条は蹲る冬野に緩やかに拳を振り下ろす。冬野はしゃがんだままガードをするがその拳は的確にガードを潜り抜け鎖骨にヒットする。
 (く…しゃがんでのガードはだめか)
 たまらず立ちあがるが今度はまるですべるように上条がすり足で接近しつつ腹部に痛打を見舞う。
 (や…野郎。とりあえずガードして)
 確かに打撃は防げた。だが一本背負いで投げられるような至近距離を失念していたのは失策だった。そのままずばり投げ飛ばされた。
 「このままあんたに気絶してもらってその間に逃げるのが得策なようだな」
 優位なせいか不用意に近寄ってしまった上条。起きあがり様に冬野が口から毒々しい色の『霧』を吹いた。
 「う…うわあっ…目が…目が…」
 目を抑えて悶絶する上条。攻撃不能状態に陥ってしまったその隙に冬野は立ちあがる。
 「かーっかかかか。どうだ。『デスフォッグ』の味は」
 「う…まったりとして、それでいてしつこくなく…」
 「この期に及んでまだふざけている…それも今終わらせてやる。俺のナイフで切り刻んでやるぜ」
 「上条君!!」
 綾那が案じて叫ぶが割って入れる雰囲気ではない。逆に足手まといになりかねない。
 (う…どうする…一撃でKOしないとどんな隠し技があるかわかったもんじゃない…くっ。封印を解かなきゃ駄目か…)
 上条が逡巡する間に冬野は破気を高めた。上条の方も毒霧の影響が消え目が見えてきた。
 「死ねやあーっ」
 冬野がナイフを振り回して詰め寄ってくる。
 「エンドパレード」
 (やるしかない!!)
 上条は腹を括った。冬野のナイフを捌く。隙ができた。そこに極限まで高めた神気にのせた飛龍撃を見舞う。
 
「真・飛龍撃」
 もともとはこれこそが飛龍撃の本来の姿。しかし発動に手間がかかる上にこれほどの破壊力は無用のため封印されていた。いつもはもっと神気を抑えてその分手軽に使えるようにしているのだ。
 「うぎゃぴぃーっ」
 最初の右アッパーはあばらを砕き続いて顎をねじ上げる。上昇時に右膝が同じ軌道を辿りダメージを重ねる。その衝撃は冬野を高々と弾き飛ばした。地面にたたきつけられた冬野は憎悪の表情で立ちあがりかけるが気絶する。
 「そこで何をしている」
 遠くから声が聞こえた。パトカーが来ていた。さすがに通報されていたらしい。
 「や…やべえ。ここはジョースター家の家訓にしたがい逃げよう。さあ。君も」
 「えっ!?」
 上条は綾那の手を取り荷物を抱えて逃げ出した


近くの喫茶店
04:55pm


 二人は全力疾走して息を切らしていた。アイスティーを二つ注文するととりあえず落ち着いてきた。
 「ねえ…ボクたち正当防衛だよ。逃げなくても」
 「あ…そーか。でもとうさんが刑事でさ。厄介事は迷惑かけるしな…関わらない方が無難。あの悪者も警官が救急車を手配してくれるだろうし。まぁ気絶はしたけど頭打ってなかったからそれほど大したことにはなってないだろう」
 「あ。そうだね。よかったぁ」
 綾那は安堵のため息をつく。そんな綾名を見て上条はぽつんとつぶやく。
 「君…可愛いね」
 「え
?!
 自分でわかるほど赤くなる綾那。
 (ヤダ…可愛いなんて…でも…さっきは手を握られたし…この人…ボクを助けるためにあんなに一生懸命で…かっこ良かったし…それに自分のパパに迷惑かけないように考えたり悪者を心配したりと優しいんだ…)
 (可愛い服だな…有明で見るのとまた違う感じだ…)
 上条の何気ない一言は多大な誤解を招いていた。その後落ち着くまで喫茶店にいたが綾那は上の空だった。上条が伝票を持って出て行った後でやっと我に返った。

ビデオライブ会場
05:25pm

 「綾那。どこ行ってたのよ。ぜんぜん戻ってこないから心配したのよ」
 ビデオライブ自体はすでに終わっていたが綾那が戻ってこないためもとの場所で直子は待っていた。
 「…ごめん…」
 「…綾那?…なにかあった?」
 上の空で夢遊病者のように歩く綾那を見て気遣う直子。
 「…かっこ良かったなぁ…」
 「はぁ?」
 話の見えない直子。綾那はスカートをとめている安全ピンをひとなでした。そう。上条から貰った。


警察病院
05:27pm

 「どうです。容態は」
 警官が医師に尋ねる。
 「命に別状ありませんが肋骨にヒビが入ってました。それも三本。ハンマーか何かでしょうか。それにしてもしたからねじ上げるのでは大したパワーですな」
 「……現場から凶器は発見されてません」
 「まさか…あれが素手の仕業と」
 「信じられませんがその可能性もあります。誰にやられてたかは被害者は起きてないから仕方ないにせよ同時に搬送された比較的軽傷の3人も口をつぐんで互いにけんかしてやったの1点ばり。こりゃ自分で報復するからわれわれが保護や逮捕するのを嫌ってのことでしょうな」
 「被害届が出ないのでは傷害は手が出せませんな」
 「不良学生の抗争に付き合ってられるほど警察もヒマじゃありませんよ」
 「ケンカしようにも全治1ヶ月ですよ。動けませんよ」
 これが今回の話の全ての発端である。

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