第3話『飢えた虎』Part4 Part3に戻る
乱戦となった。みずきと七瀬は春日を。榊原と真理は夏木を撃退した実績がある。故に甘く見ずに五人がかりで襲ってきていた。
上条はそれほど戦っていないものの、やはりその現場で兵隊を蹴散らしているので同様の扱いをされていた。
「このような木っ端ども。彼らの力を持ってすれば四半刻(30分)すらかからぬぞ。それゆえ敢えて捨て置いたほど」
「それだけありゃあ十分遊べるぜ」
秋本はゆっくりと間合を取る。獲物を狙う虎。そんなしなやかな動きだ。そしてその標的は…姫子!!
「秋本。貴様そうまでして血を求むか。まさに飢えた虎。狂虎よ」
「けっ。戦いにきれいも汚いもあるか。生き残った方が」
『勝ちよ』とでも続くのだったろうが、しゃべるふりをして秋本は姫子に切っ先をむけて猛ダッシュをかける。
「姫ちゃん!?」
みずきが姫子を案じて叫ぶ。ところが秋本は木刀の間合に入る前にもんどりうって倒れた。薙刀の穂先を天高く掲げた姫子にはキズ一つない。
「ば…バカな…俺が女に尻餅つかされるだと? それにどこにそんな薙刀なんざあった?」
「わたくしも武家の娘です。自分の身一つ護れずしてどうします?」
怒るでもなく淡々と言う。むしろ修羅である秋本を哀れんでいるようにすら見える。その態度が秋本を刺激した。
「なめるなぁっ」
ほえるや否や高だかと跳ぶ。空中から落下エネルギーと自分の体重を加えて威力を増した唐竹割りを見舞うつもりだ。
だが秋本は自分の目を疑った。今度は姫子の薙刀が弓と矢に変化したのだ。
正確に言おう。素手のはずの姫子が突然薙刀で身を護ったのは彼女のマリオネット『姫神』がその能力『瞬間移送』で保管場所から瞬時にその手に薙刀を持ってきたからだ。
だから薙刀が弓と矢に変化したわけでなく、瞬間に薙刀を保管場所に戻して変わりに弓と矢を運んできたのだ。
「雲打ち」
凛とした声で姫子が技の名乗りをあげ真上に矢を放つ。秋本もただのジャンプならその矢を弾くくらいはできたろうが、攻撃体勢だったために防御がおろそかになりものの見事に食らってしまう。
「ぐえっ」
どてっぱらにくらい体制を崩して落下する。
「おおっ。まるでペガサスボウガンで射抜かれて墜落死した未確認生命体14号ことハチ種怪人のメ・バヂス・バのように見事に落ちたな飛龍乱舞」
小さい飛龍撃。やや強い飛龍撃。強大な飛龍撃と三連発で続き敵を蹴散らす。
「ぼけるか闘うかどっちかに徹しろコスモスエンド」
踏みこみながらのキックの連射が雑魚を蹴散らす。
「みずきも人のこと言えないじゃないモルトアレグロ」
七瀬の連続してのハイキックが道を切り開く。
「どっちもどっちだディープキッス」
「それにしてもうじゃうじゃと切りがないアラウンド・ザ・ワールド」
スレッジハンマー。サンライズサンセット。ブラッディ―マリーとつながる大技だ。この5人にはまるで心配は要らなかった。だが敵が多すぎて十郎太達の助けに入れないのも事実。
「ぐ…」
木刀を杖がわりに秋本は立ち上がる。その眼前に十郎太が立ちはだかる。
「秋本。こともあろうに姫に手をかけるとは…望み通り拙者が成敗してくれる。立て」
「言われなくても……たってやるぜぇぇぇぇ」
今まで戦いを望まなかった十郎太がとうとう戦いの場に立った。
それを影から見ている男がいた。
(ぐ…楽しそうだ…憎悪を剥き出しにして闘う。もっとも自分が自分らしくあれる瞬間…羨ましい…疼く…殺しをしたくて腕が疼く…だが今は抑えねばならない…まだ馴染んでない…まだだ…今は見逃してやる…今はな…一人一人…恐怖に引きつらせて…)
男はそれ以上戦いをみていると自分の衝動が抑えられないことを悟り立ち去った。
だが戦いの場にいた十郎太は忍の本能かその空気を察知した。
(な…なんだ…今の『破気』は…秋本よりどす黒く…こんな破気があると言うのか…恐ろしい)
「何をぼさっとしてやがるっ」
凄まじいスピードで秋本が迫ってきていたので十郎太はとっさにガードする。篭手をしていたので衝撃は和らぐがそれでも骨を砕きそうなパワーだ。
(なるほど。膂力はあろう。だが)
秋本は剣を降りまわす。だが一撃必殺の剣もかわされては隙が大きい。
そこに十郎太のジャブが顔面を捉える。体制を崩していたのでそれだけでもろに体制を崩す。
それこそが狙い。さらにフック。アッパーがつながる。隙がないためもろに食らう。そして体制の崩れが大きくなった所に大きく蹴り上げられた。
「風間流連撃・手枷(てがし)」
十郎太は吹っ飛んだ秋本にスタスタと接近する。無意識に立ち上がってしまった秋本にジャブが飛ぶ。ヒット。
(なめてんのか。この野郎。次のフックを流して隙を作ったところに一撃をくれてやるぜ)
しかしその思惑は外れた。次の攻撃は脛を狙ったローキックだったのだ。
なまじ出だしが同じため、顔面への攻撃と読んでいたために対処が遅れて下段ブロッキングが間に合わない。足を蹴られて体制を崩してがら空きの腹部にひざが入る。そして『くの字』になって体制が低くなり低くなった顎にバック転の蹴り上げが入る。
「風間龍連撃・足枷(あしかし)」
「げはあっ」
秋本は再び吹っ飛ぶ。やるとなったら徹底的らしく十郎太は足早に歩みを寄せる。
『来ないのならばこちらから参るぞ』と歩き方で言っているようだった。そして手の届きそうな位置まで寄ったときだ。倒れていた秋本が跳んだ。
「食らえ。虎爪」
高々と飛び木刀を振り下ろす。姫子に見舞おうとして落とされた技だ。
「教えてやろう。それがお主の弱点の一つと」
「なにいっ?」
十郎太は苦無を持っているがあえてそれを投げない。
秋本が渾身の力をこめて木刀を振り下ろすが十郎太はそれを受け流していた。その刹那にプロレスならローリングソバットと言う飛びまわしげりを見舞う。
「おぬしの弱点。それはその技だ。なるほど。膂力があるのは見とめよう。脚の力も馬鹿にならぬ。着込みをつけている拙者とてまともに食らえば命はあるまい。まさに一撃必殺。だがそれが弱み。二の太刀要らずゆえ攻めてしまうと次につながらぬ。仕切りなおしをせざるをえない。その隙をつく事は風魔には造作もない」
「ぐ…」
「図星か。さらに言えばその剣は果し合いの剣。あくまで一対一ならば威力を発揮しようが合戦などの乱戦では捌き切れぬ。相手がよほどの格下ならば別であろうが同時に二人以上を相手にするのは至難であろう。うぬの剣。乱世を生き抜いた風魔には通ぜぬ。邪剣は邪剣。頂点などに行けぬ」
「く…くくく…てめえもか…あの剣道師範と同じことを言いやがる…用はいかに効率良く刻むかだろうよ…それを礼儀だなんだとうるせえんで嫌気がさしたが…」
「なるほど。おのれの流儀を認められず歪んだか」
「うるせえっ。強いやつをブッ倒しゃ俺の勝ちだろうが。それと連続技なら俺にもあるぜ。見せてやるぜ」
秋本はダッシュした。十郎太はブロッキングを試みたが
(速い!! 破気を上乗せして力を増したか)
さすがにかわせず胴を凪がれる。そしてその後ろからすぐさま斬り返し今度は背中から凪がれる。これにはさすがの十郎太もたまらず倒れる。
「はぁーっはっはっはーっ。見たか。さんざん偉そうに言ってもこの様だ。俺がとどめを刺してくれる」
十郎太が立ちあがるのを待つ。その無防備状態に一撃を叩きこむつもりだ。そしてその時が来た。ダッシュしながら勝利を確信してほえる。
「食らいなぁ」
しかし十郎太は今度は軽く受け流した。動揺する秋本。
「ば…馬鹿な…なぜ」
「その技には破気を必要とするようであるな。故に破気の高まりで察したのだ。秋本。お主の最大の弱みは破気を使う事にある。所詮、破気は闇の力。光の力たる神気には勝てぬ。闇貫く光はあれど光覆う闇はない」
「む…ぐぅ…」
「それを拙者が証明してしんぜよう」
「く…クソおっ」
やけ気味に秋本は上段から袈裟切りに木刀を振り下ろす。しかしそのときにはすでに十郎太の神気が高まって木刀はむなしく宙を切る。
「風間流奥義・阿修羅撃」
十郎太のフック。ローキック。膝蹴り。アッパー。首刈り鎌。燕返しと凄まじいスピードで連続でヒットする。
すでに体力を使い果たしていた秋本には耐えるだけの力もなかった。不様に宙を舞い倒れ伏す。
その音が戦闘の終わりを告げていた。辛うじてみずき達の足止めだけは果たしていた秋本の配下が倒れた秋本を見てうろたえる。
「次にお前達は『俺たちは将を誤った。今は残虐の時代ではない』と言う」
戦闘がほぼ終わって余裕のできた上条がセリフを先読みする。呆れ顔のみずきと榊原。七瀬は真理から治療を開始していた。
「は…はわわっ」
「お…俺たちは将を誤った…」
「今は残虐の時代ではない」
「智謀の時代だ」
例によって配下は負けと見るや蜘蛛の子を散らすように逃げて行く。春日や夏木と違うのは誰一人として気絶した秋本を連れて行かない事にあった。
「お一人…なんでしょうか…」
自分を襲った相手なのに本気で心配する姫子。
「修羅の道とは孤独なものでござる。それより姫。お怪我はありませんか」
傅いて臣下の礼を取りつつ尋ねる。姫子はいたわるようににっこりと笑い
「はい。十郎太様が護ってくださったから。ありがとうございます。そしてみなさんも」
はじめに十郎太。そしてまわりを固めた一堂に姫子はふかぶかとお辞儀をして感謝の意を示す。
「なんか…照れるな…」
真理が鼻の頭をこすりながら言う。
「それにしても『四季隊』と言うくらいだから四人なんだろうなぁ」
「四天王でござるか」
「後一人ね…めんどうだな」
「あと戦ってないのは上条君だから次かしら」
「マリポーサ。ビッグボディ。ソルジャー(本物)で智謀だからスーパーフェニックスか」
「あら? お目覚めになられましたわ」
姫子が言うとおり秋本がよろよろと立ちあがる。それに無防備に近寄る姫子。
「姫。あぶのうございます」
「平気です。十郎太様。今のこの人は傷ついた戦士。いたわらなくてはいけませんわ」
姫子は秋本を助け起こす。
「大丈夫ですか? 身を護るためと言えど矢など撃って申し訳ありません」
これには秋本も毒気を抜かれた。まさか襲った相手に謝られるとは考えもしなかった。だからこれまたいつもと違う答えが出てしまった。
「気にするこたぁねぇ…やるかやられるか…やられた俺が間抜けだったのよ…」
「秋本」
十郎太がいつのまにか背後に立っていた。
「貴様をここまでエスカーレートーさせたあげく姫に刃を向けさせたのは拙者の責。償いとして貴様との果し合いにはいつでも応じよう」
秋本はふらふらと立ちあがりよろよろと歩く。そしてふりかえり
「…必ず貴様を殺してやる…」
それだけ言い捨てて夕日に消えた。
「まぁ。お友達になったのですね」
妙に朗らかな姫子の声に一同脱力する。
「違う違う。絶対違う」
「どこをどう解釈したら…」
「あれがお友達になるのよ…」
「いや…」
みんなの突っ込みを否定したのは十郎太本人だ。
「命のやり取りでござる。これほど深い付き合いはござらん。ある意味、終生の友となったのかもしれぬ」
世田谷区。清純女学院。
セーラー服の少女たちが数名テストを受けていた。
その中の一人。小柄な少女がいた。髪の毛はくせっ毛。それをお下げにしていた。
そのお下げが背中まで届く所を見ると解くとかなりの長さだろう。心なし赤く見えるのは染めているのか。地の色か。
顔立ちは美少女と言って良い。特徴のあるのは猫のような切れ長の目である。体つきも猫のようなしなやかな敏捷性をイメージさせる。
ただしその分だけ細身でいささか女性らしさに欠ける体つきであった。特に胸元はまだまだ発展途上だった。
その少女は白紙の答案用氏には目もくれず窓から外を眺めていた。
(あの人…無限塾の人だったっけ…どうしよう…会いに行きたいけど…恥ずかしいし…でも…あの人の事を思うとどきどきするし…もう我慢できないよ…)
答案用氏に『あの人』の名前をでたらめに書いていた。それを巡回していた試験官が見つけた。
「若葉くん。これはなんだね。これは」
「あっ…先生。あの…」
「若葉綾那くん」
教師は座っている綾那の目の高まで座るともの悲しげな表情で言う。
「頼むから追試くらいはきちんと受けてください」
「は…はい。先生」
現実に戻された若葉綾那は答案用紙に書いてしまった名前『上条明』を消しにかかる。
悪漢高校。秋元破れるの報が届いていた。
「…秋本を持ってしてもだめか…ならば俺が直接に出向くか…」
「お待ちください。総番」
入り口の方からだみ声が響く。
「戻ってきたのか。冬野」
ドアが開く。モヒカンがりを金色に染めてしかも後ろに長く伸ばしていた。
その目は爬虫類を連想させる冷たさを持っていた。
「総番。無限塾を襲うなら俺にやらせてください」
「て…てめえっ。病院送りになってたくせに帰ってすぐに」
「俺たちを出しぬくつもりか」
冬野は夏木と春日を一瞥すると鼻で笑う。
「けっ。そんなものに興味はねぇ。だが…」
学生服をワイシャツごと開く。そこには生々しい傷跡が残っていた。左のわき腹から右の胸板にかけて走っていた。
「このキズの恨み…病院のベッドで考えていたのはそれを晴らす事だけ。お願いです。総番。俺に無限塾征伐の兵隊を」
「いいだろう。誰に晴らす恨みかしれないが存分にやってみろ」
「はっ。ありがたきしあわせ」
誇張ではなく喜色満面で礼をする。そして
「待っていろ。上条。貴様の胸にもこれと同じものを刻んでやる。いや。倍返しだ」
次回予告
上条明を慕う少女。若葉綾那。上条明に恨みを抱く四季隊・冬野五郎。3人の遺恨は一月前までさかのぼる。そして3者が再び顔をあわせたとき、戦いの中で上条に異変が起きた。
次回『PanicPanic』第4話「縁」
クールでないとやっていけない。ホットでないとやってられない。