第3話『飢えた虎』Part2   Part1に戻る

 決めると行動が早い。秋本は手勢を連れて放課後の無限塾に出向いた。
「久しぶりだな。ここにくるのもよ。手応えのあるヤツはいたが守り専門だしな。さて、あのニンジャ野郎はオレを満足させられるかな」
 まだ授業中のため帰る生徒もない正門を堂々と進む。そのときだ。ギターの音色がどこからともなく聞こえてきた。
「なんだ? どこからだ」「どこだ。どこだ」「あっ。あそこだっ」
 きょろきょろ探していたうちの一人が上を指差す。
 そこには校門の柱の上でギターを爪弾く上条の姿があった。ギターを背にすると上条は見下ろして秋本たちを指差し
「悪漢高校破壊部隊。性懲りもなく来たのか。ここは僕が相手だ」と叫ぶ。
「……………………はぁ?…………………」
 さすがの狂虎。秋本もあっけに取られる。
「とう!」
 上条は華麗に跳んだ。が…不様にこけた。
「な…何なんだ…コイツは!?」
 完全に毒気を抜かれた。こけた上条に追い討ちをかける事も失念している。
「つつ…これじゃまるで炎龍だ…」
 有明でないと通じにくい独白をしつつ上条は立ち上がる。ファイティングポーズを取る。
「行くぞ」
 駆け出すが秋本にはその気がない。
「てめえなんぞには用はない。あのニンジャ野郎はどこだ」
「拙者ならここだ」
 それまでまるで人の気配のなかった木の上に、腕組みをしてモデル立ちをした状態で十郎太が出現した。
「そんなとこにいたのか。さっさと降りてきやがれ」
 上条を牽制して足止めして木の上の十郎太に向けてほえる。
「言ったはずだ。拙者はお主のような狂人を相手にするほどヒマではないと。だが…」
「コイツらは僕が倒す。加勢は無用だ。ボルフォッグ」
「ボ…ボル? ボルフォグとは何の事かわからぬがそやつらは拙者に用があってまいったのだ。ここは引いて…」
 その言葉が終わる前に上条は軽くジャンプしてコマのように回転をし始めた。
「必殺龍尾脚」
「うわああああーっっっ」
 いきなり蹴りの大技で秋本の手勢が四人まとめて倒される。
「人の話を聞いておらぬな…」
 すっかり正義の味方になりきった上条が『戦闘員』をなぎ倒しにかかる。しかも
「お前等。若い者なら多少のケンカもするだろうと大目に見るが授業中とあらば許さんぞ。この生活指導。藤宮博が性根を叩き直してくれる」
 スーツ姿の教師がやはり高い所から現れる。
「や…やべえ。いくらなんでもあのニンジャ野郎にこのヒーローオタク。そして藤宮まで相手ではさすがに無理がある。ここは出直すぜ」
 秋本たちは意外にあっさりと引き上げた。

「どうします。秋本さん?」
 逃走中。部下の一人が今後の方針を尋ねる。以外にもまともに答える秋本。
「けっ。放課後じゃとんずらされると思ったが正門からじゃまた邪魔が入るな。とは言えど教室を襲うにゃちと手間だ。まてよ? ヤツだって護衛と言えど生徒。授業にゃ出るだろうさ。教室が厄介なら校庭辺りで…」
 妙案が浮かんだらしくにやりと笑う。

 赤星家。男に戻った瑞樹はベッドの上に広げた衣服を見てうなっていた。
「瑞樹。入るわよ」
 勝手知ったる幼なじみの家。七瀬がやってきた。包みからいい匂いがするがどうやらクッキーを焼いたようだ。だが瑞樹の様子に怪訝な表情をする。
「どうしたの? 難しい顔して」
 瑞樹は黙って『女子体操着』を指差した。
「入学して2週間。いままでの2回は雨で保体になったが…さすがに雨も降りそうにないし」
 窓の外を見る。よく晴れ渡っている。
「予報も降水確率はゼロって言ってるわね」
「はぁ…明日はとうとうこれを着るのか…」
 瑞樹は大きなため息をつく。男バージョンだけに嘆きも理解出来るが七瀬は苦笑した。
「今更何いってんのよ。いつもアンダースコートがわりにブルマーつけてんだからいいじゃない」
 入学式の宣誓で派手に転んでスカートの中身を全校生徒の前で披露した苦い経験から、普段もブルマーを着けることにした。
 ちなみにここら辺りが学校の古さで未だにスパッツにはなってない。
「ブルマーじゃねぇよ。オレがイヤなのは『更衣室』だ」
「更衣室がどうかしたの?」
「…!?」
 思わず黙ってしまう瑞樹。口を開く。
「あのさぁ…まわりはみんな下着姿の女だぞ。オレがうっかりすけべな目で見て変に取られたらどうすんだよ」
 瑞樹は別に女が嫌いなわけではない。人並みに興味はあるし、Hな本を見たこととてある。だが自分が女扱いされるのは我慢出来ない。
 元々が女顔でおまけに髪の質が素直で女性的だから、小柄なのと相俟って昔からよく間違われていた。
 そしていまではよりによって女の肉体を持っている。しかも女のシンボルとも言うべき胸がとにかく目立つ。まぁニセモノと言えばニセモノではあるが、一応はちゃんとした肉体である。
「お前とだって昔はよく風呂に入ったりもしたけど今じゃ着替えなんて」
「あっ…」
 七瀬も理解した。同じ空間で着替えなくてはいけないことに。
 ふたりは赤面して俯いてしまった。

 翌日。二人しててるてる坊主を逆さにしての雨乞いをしたが快晴でグラウンドで体育の授業となった。
(うう…いっそ『生理になった』とか言えば逃げられるが…それじゃますます女じみてくる。こうなったら腹を決めるぜ)
 みずきは意を決して更衣室の扉を開けた。瞬間、『女臭さ』に眩暈がした。
(う…ウワっ。男くさいとはよく言うが、女子更衣室だってかなりのもんだぜ…しかし)
 当たり前だが周囲は下着姿の女子で一杯だった。しかしそれは想像していたのと違いぜんぜん隠してなく恥じらいも何もあったもんじゃなかった)
(榊原が見たら逆に嘆くだろうなぁ…知らないままでいた方がいいこともあるもんだな。夢を見ていたかったもんだが…自分が女になっちゃったんでもうそんなものとは無関係だな)
「お…おい…お前…」
 みずきは甲高い声で我に帰り、扉を開けたままだったかと後ろを見るがきちんとしめていた。
(あれ? じゃ)
 声の方を見ると上半身が下着たけの真理が真っ赤になっていた。
「どうしたんだ? 村上」
 きょとんとしたみずき。
「お…お前…ここできがえんのか?」
「そうだけど?」
 怪訝な顔のみずきが視線を向けると、真理はますます赤くなって胸元を体操着で隠す。
「だ…だってお前はおと…」
 言いかけたが突然黙った…いや。黙らされた。例えるなら後ろから口を押さえられた感じだ。
(あ…ひょっとしてダンシングクィーン)
 その通りだった。真理の後ろにはやはり赤面した七瀬がいた。
 七瀬がマリオネットで真理の口がすべるのを防いだのだ。そしてその言いかけの言葉で二人や姫子が赤面しているのがなんでか理解した。
(ああ…そうか。そりゃ男の前で下着姿になるんじゃ赤くもなるよな……村上のブラジャー姿見てもなんとも思わなかった俺ってだいぶ女の裸に抵抗がなくなってる? 毎日学校から帰るとシャワー浴びる前に目に入るからだ。うん。俺の女性化が進んでいるわけじゃない)
 みずきは体操着を空いてる棚に置くとジャケットに手をかけた。

 一方、男子更衣室。こちらも初めての体育だったわけだが二人の男が視線を集めていた。
「上条…お前…そのTシャツ…」
「ん? 可愛いだろ。メイトで売ってると思うよ」
 上条はワイシャツの下に寒さからかインナーとしてTシャツを着ていたが、それにはアニメ絵の少女の姿が描かれていた。
 隠していればからかうとこだが、堂々とまるで悪びれず着こなしている。あまりにどうにいっているので『これが正しいのではないか…?』と錯覚を起こすほどである。
 別に悪事ではないがやはり高校一年生の男子が堂々とひけらかす類いでないのも事実。
 一方、十郎太も着ているもので注目されていた。
「風間…それ重くないのか?」
「これを重いと言っているようでは忍働きはできぬでござるよ」
「…時代劇ではともかく…俺は本物の『鎖帷子』をはじめて見たぜ…」
 そう。十郎太はワイシャツの下に鎖帷子を着こんでいたのだ。しかもその上から体操着を纏う。その状態で体育の授業に出ると言うことだ。
「これが左様に珍しいものでござるか? 拙者に言わせればおぬし等の軽装が命取りになりかねんと気がかりでござるが」
「いや…俺たちは忍者じゃないから…」
「別に合戦に出るわけじゃないし」
「左様でござるか」
 それきり言葉が続かない。男子生徒はなんとなく意見を求めて真面目な堅物を探すが
「あれ? 榊原のヤツ。早いな。もう着替え終わったのか」

 校舎裏。無限塾の時間割を調べた秋本たちは体育の授業で奇襲をかけるべく潜んでいた。
(建前は生徒だからな。体育の授業にゃ出るだろうぜ。ここなら障害も少ないし思う存分に剣が振るえる。早くでて来い。ニンジャ野郎)
 舌なめずりをする秋本をよそに配下たちは当惑していた。
(お…おい…秋本さん。勝負に気を取られてこの状態をわかってねーんじゃ)
(あ…ああ…これでは単なる…)

 女子更衣室。事情を知らない女子たちは開けっぴろげに着替える。
(はぁ…女だけだとこうまで色気がないのか…けど一緒に着替えた仲のあいつは何をとろとろやってんだ。村上もいつもの豪快さがないし)
 七瀬も真理もわざわざ隅に移動し、みずきに背中をむけて隠しながら着替えていた。
 特に真理はみずきの変身をあの戦いのあとで見ていて、みずきを男と認識していたので意識のしかたが並じゃなかった。
 『接触テレパス』である彼女は男との接触を避けつづけていたが、そのために男に対してまるで免疫がない。肉体は女のみずきでも意識してしまいだめである。それでもなんとか着替え終わった。
「よーし。行こうぜ。七瀬。みずき。姫ちゃん」
「あっ。待ってくださいな。みなさんどうしてそんなに着替えるのが早いんですか?」
「…て、ゆーかあんた遅すぎ」
「はぁ。そうなんでしょうか」
 男(みずき)が気になり遅かった二人がやっと着替え終わったと言うのに、姫子はやっと上を替えてスカートのホックに手をかけていたところであった。
(とろいとろいとは思っちゃいたがここまでとは…)
「誰だ!? そこにいるヤツ」
 真理が窓を全開にして外に向けて叫ぶ。

「ちっ。ばれたか?」
 実は秋本たちの潜伏場所は女子更衣室の窓際だった。観念して立ち上がる。だが
「このすけべ野郎。どうしてあんたは…」
「く…苦しい…はなして…」
 ガンズン・ローゼスに首をしめ付けられて悶絶しているのは榊原であった。騒ぎを聞きつけて十郎太が姫子のもとにはせ参じる。
「姫。いかがなされた」
 非情事態と言えど姫子の着替えの遅さは知っていたので、肌を露出している可能性を考えさすがに女子更衣室には飛びこまず窓側に回りこんだ十郎太。
 だが結果としてそれがちょうどよかった。ふらりと秋本が立ちあがる。
「よう。また逢えたな。ニンジャ野郎」
「お主は…痴れ者め。恥を知らぬと申すか。それともおなごの色香に迷ったか」
「み…みろ。俺は暴漢が潜んでいるのを感じて待ち伏せしてたんだ。勘違いはよせ(助かった。誰か知らんがあいつに罪を)」
 弁明する榊原だが真理の能力を失念していた。つるし上げられて気絶する。
「ふん。うそつきが」
 そう言うと真理は窓を閉めてしまった。『ノゾキ』は退治したので気がすんだらしい。
「さぁて邪魔が入らないうちに遊ぼうぜ」
「断る。貴様などに見せる芸はない」
「こねぇなら…こっちから行くまでだ」
 脅威的なダッシュ力で秋本は一気に間合を詰める。上段にかまえた木刀を振り下ろすが、十郎太は後方に体をそらしてかわす。だが反撃はしない。
 秋本はそのまま振り下ろした木刀を真上に斬り返す。だが十郎太はかわした体制からそのままいわゆるバックダッシュをして間合を放す。
「てめぇ…どうあってもやらねえつもりか。腰抜けめ」
「なんと罵られようとかまわぬ。拙者の任は姫の護衛。姫に危害なくば無用の争いなど本意ではない」
「ならば死ぬまでそうしてやがれ」
 再び秋本はダッシュするが
「藤宮キック」
 突然の乱入者だ。ジャージ姿の藤宮がドロップキックを秋本に見舞ったのだ。たまらず倒れる秋本。
「授業中に神聖なる学び舎に入るとは言語道断。私が退治してやる。来い」
「グ…ここは退いてやる。だが覚えてろ。必ずてめえの首は取る」
 秋本とその手下は素早く壁を乗り越えて退散した。十郎太も藤宮も追い払う目的は達したので深追いはしなかった。
 藤宮は集まってきた生徒たちに向けて
「それでは授業をはじめるぞ」と何事もなかったかのように言うのであった。

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