第2話『今がそのときだ』Part3 Part2へ戻る
セピア色の風景。大きな屋敷の中。金色の髪をした幼女は大人たちを怯えた目で見上げていた。同じ色の髪をした女性の手を痛いほどに堅く握り締める。
(こんな娘がいたなんて)
(なんと言う事だ)
(財産がこんな娘に行くと言うのか)
妬み。憎悪。好奇。マイナスの感情が幼い心にぶつけられる。まだ言葉もろくに話せない幼子は直感でそれを感じ取ってしまい、ますます傍らの女性の手を握り締める。
その手はとても優しく柔らかく暖かった。それをもっと感じたく思っていたら少女の手から人には見えない茨が伸びて二人の手を強く結びつけた。
だが皮肉にもこの『心を感じ取る力』は『悪意』をもっと読み取らせて行った。怯えていた少女の心はいつかすさみ、その立場ならお嬢さまと呼ばれるもののとてもそうは言えない振る舞いをするようになった。そして
『マリ。私の可愛い娘…先に天国に行く母さん許して…』
『母さん! 死なないで。アタイを独りぼっちにしないでくれよっ』
美しいが刺のある、そして哀しい瞳の持ち主に育った金髪の娘はベッドに横たわる女性の手を握り締める。
女性の手はひどくか細い。生命力を使い果たしたように見える。
『マリ。お父さんと…仲良くするのよ…』
文字通り虫の息で言葉を絞る。
『あんなやツ父親なもんか。金だけ出せば良いと思ってる冷血動物さっ。アタイの肉親は母さんただ一人だ。だから独りぼっちにしないでくれよぉぉぉ』
『…忘れないで…マリ…あなたは私とお父さんが愛し合って生まれてきたのよ…一人なんかじゃないわ』
『母さん!!』
そして良く晴れた外国人墓地に佇む金色の髪の少女の姿。
「母さん!!」
がばっと真理は跳ね起きる。その豊かな胸が上下するほどに粗い呼吸。頬を伝う熱いものによって毛布の上にしみができていく。
「チクショウ…またあのころの夢か…」
真理は喉の渇きをいやすために冷蔵庫に向かう。そのときに姿見に映った自分の顔に見入ってしまう。
母親譲りの見事な金髪。どれだけハーフと言う事で好奇の目に晒されても黒く染める気にならなかったのは亡き母の形見のように思えたからだ。その髪をつまんでつぶやく。
「母さん…」
翌日。村上真理はすっぽかしてやろうかと考えたが、お節介といえどゆかりの本気を感じたのでとりあえず本当に昼食を取る目的でゆかりの家のレストランへと出向いた。
一方。赤星家ではちょっと揉めていた。
「お袋。もうちょっと大人しいのはないのかよ」
ピンクの地に水玉もようのワンピースを片手にランジェリー姿のみずきが怒鳴る。
行き先がゆかりの所ゆえに女で行く必要があった。そうしたら母の瑞江に「お出かけなら可愛い服にしなくちゃ」とひらひらした服を用意されて閉口していた。
とは言えど女性服は制服以外は一切拒否していたので借りなくてはどうしようもない。
「みずき。それなら私のを貸そうか?」
「おまえのぉ……」
七瀬の申し出をみずきはジトっとした目で返した。
「な…何よ?」
「だってはっきり言っておまえのセンスもお袋と大差ないしな」
「…確かにそう言う可愛いの好きだけど…」
反論に力がないのは図星ゆえ。ちなみに緑色のワンピースに帽子。
「だったらオーパーオール貸してあげるわよ。あれならサイズ関係ないし」
「ジーンズの一つならオレもいいな」
結局セーターにオーバーオールと言うスタイルに落ち着いた。
リムジンが走る。それに乗る姫子が止めるように頼む。
「止めてください。お友達を見つけましたの」
運転手は言われたとおりに車を止める。窓が開く。姫子はその鈴を転がすような声で呼びかける。
「榊原さん」
「ああ。北条…ずいぶんとまた…初詣にでも行くような格好だな」
窓越しに榊原は姫子をまじまじと見てしまう。水色と言うより空色の地に桜の花びらをあしらった振袖姿だったからだ。
「そうですか? お招きいただいたからそれなりの格好はいたしませんと」
「はは。それじゃ俺なんか入れないな」
黒い皮ジャンに灰色のスラックス。紺のポロシャツと言ういでたちだった。
元もとの老け顔とあわせて十代に見えなくなっている。パチンコ屋から出てきたのも追い討ちになっている。もっともその格好だから店員に咎められる事もなく出入りできたのだろうが。
実は15歳としったらさすがに追い出されていたはずである。
「これから小山さんの所に参りますの。ご一緒にお乗りになりませんか?」
「ありがたいな。じゃお言葉に甘えて」
榊原は開かれた後部座席に乗りこむ。姫子の向こう。窓際には十郎太が控えていた。
こちらはクリーム色のポロシャツと黒いスラックス。あまり若く見えない地味な格好だ。
「…おじんくさいな…」
「お主にそれを言える筋合いはあるまい」
無表情で言い放つ。護衛のため動きやすくしたかった。だが忍装束ではさすがに目立つ。これが折衷案だった。それもその明晰な頭脳で理解出来た榊原は黙って座っていた。
「それでは向かってくださいな」
姫子に言われて運転手はすべるように発車させる。
ファミリーレストラン。ゆーかり。この日は貸し切りになっていてすでに店内にはみずきと七瀬。上条が待っていた。上条は白いジャケットと黒いスラックス。
カランと音を立て長身の女が入ってくる。
「村上さん」
ゆかりは破顔する。かけよって手を取る。
「来てくれたのね。ありがとう」
「ア…ああ…」
真理は毒気を抜かれた。
(なんかこの女といると調子が狂う)
「約束はしたからな。飯を食いに来た。言っておくが今日はちゃんと金を出すぞ。変な馴れ合いはナシだ」
「わかったわ」
「ところで…あの連中は? 昨日の電話じゃ確か」
「うん。あたしのクラスメート」
「それじゃアタイのでも…」
「そうなの。今日はその紹介のつもりで」
「………はン………」
思わず白けた呟きが出た。おせっかいだな、とも言外で言っているようだった。しかしそれでめげる性格ではないゆかりである。
「まだ3人来てないけどはじめに紹介するわね。じゃあみんな。この人が村上真理さん」
「ああ」
「この人がきのう小山のピンチを助けたって言う」
みんなそう言う説明はされていた。
「それでね。えーっと彼が上条明君」
紹介された上条は握手を求める。正直、真理は握手が好きではない。『ガンズンローゼス』は間の開いた相手の心を読むときは意識しないと出来ない。
だが接触、特に掌を触れると相手の心が流れこんでくるのだ。とはいえ特に拒む説明も思いつかずとりあえずは応じることにした。
「よろしく。僕は上条明。ところで」
「あン?」
「君…実はサイボーグで麻雀がシュミってことない?」
「はぁ?」
だが上条の心を覗いて言葉の意味が半分理解出来た。
「…アタイはゲームの登場人物か…」
上条がイメージした物がそのまま脳裏に浮かんだのでわかったのだ。
「ありゃ? 年齢制限つきのゲームのキャラを知ってた? もっとも18禁ゲームのウェイトレスさんのコスプレをなぜか高校生くらいの女の子がやってるくらいだし不思議はないか」
(…コイツ…なにも考えてないのも同然だな…)
変わって七瀬が歩み寄る。ふくよかな母性的な印象にさすがに真理も悪い気はしない。
「私は及川七瀬。よろしくね」
「こちらも」
気を許したら「茨」が勝手に七瀬の手に絡みつこうとする。それが見えた七瀬がとっさに手を引いてしまう。
「えっ?」
その反応に驚く真理。
「あなた…ひょっとして…」
こちらも驚いた様子の七瀬。
「見えるのか? と言う事はあんたも」
「ええ」
七瀬は自分のマリオネット「ダンシングクィーン」を出現させる。
「……驚いた……」
目を見開いて驚きを隠さない真理。
「なに? どうしたの二人とも」
マリオネットマスターではないから見えないものの、長年の付き合いでみずきにはだいたい事情が呑みこめていた。だがゆかりにはさっぱりである。
ちなみに上条はこれをとある超能力まんがに置き換えて考えて理解していた(笑)
「さて、最後はオレ…アタシね。アタシはマリオネットマスターじゃないから警戒しなくて良いわよ」
みずきがややわざとらしい印象の女言葉で歩み寄る。真理も深く考えずに握手に応じる。小柄な少女の柔らかい…紛れもない女の手の感触が伝わったとき心の中も見えてしまった。
(あーわれながら気持ち悪い。なんでこんなオカマみたいなしゃべり方しなくちゃなんね―んだよ。男なのに。もっとも水を被って女になるなんて説明してられないから女と思わせといたほうがいいけど)
「な…なんだってっ?」
今度は真理の方が驚いて飛びのいた。それを見て七瀬は真理の能力を理解した。
「ア…村上さん…もしかして心が読めるの?」
真理は若干怯えたように頷く。心の中を覗けるのでみずきがウソを言ってないことは百も承知。
「…こ…コイツ…。見た目は胸もあるしウェストもくびれてるし手は柔らかいし声も高いし背も低いのに」
「ちっちゃくて悪かったな…」
自分の身長にコンプレックスのあるみずきは突っかかる。
「どう見ても100パーセント女なのに本当は男…」
「わーっっっっっっっっっっっっっっ」
ここでみずきも自分の胸の内を読まれたことを察した。これ以上係わり合いを出してたまるかとばかしに大声で妨害する。
「なに? みずきが男ってなに?」
しっかりとゆかりに聞こえていたらしい。そして真理もみずきの事情を理解した。とっさにフォローする。
「どう見ても『かわいい女の子』なのに男みたいにガサツな奴なんだな。今の握手の感じ」
「ああそういうこと。そうでしょう。みずきってば見た目はすっごい可愛いのに、言葉遣いが男の子みたいなのよ。もったいないわよね。口さえ開かなきゃ良い線行ってるのに」
「…嬉しくねぇ…」
きれい。可愛いといわれて喜ぶ男も珍しいからもっともである。
「遅くなってしまいましたわ」
リムジンは渋滞につかまりほんの少しだが遅れていた。言葉と裏腹に姫子の口調は焦っているようには感じられない。
「それにしても…こやつ。なかなか豪胆と言えましょう」
「ふふ。良くお休みになられてますわ」
榊原は乗せてもらってすぐに居眠りをはじめたのだ。まぁ車の振動と春の陽射しもあり無理からぬ話だが。
「あら」
軽く驚いたように姫子が言う。榊原の「ビッグショット」がその胸元から上半身をあらわしたのだ。姫子もまた『姫神』と言うマリオネットを持つので見えるのだ。『ビッグショット』は両腕をかざすと再び引っ込む。途端にスイッチが入るように榊原が目を覚ました。
「どうした?」
「急ごう。俺のマリオネットがあんまし良くないことを教えてくれたんでな」
そのころ『アケミ』の頼みで助っ人を買って出た夏木とその配下が、アケミの妹分の案内で『ゆーかり』へ到着しようとしていた。
真理の素性はわからないまでもあの親子を叩きのめしてメッセージがわりにするか居所を聞き出すつもりでいた。
「ぐふふふっ。木刀を素手でへし折る女か。面白そうだな。準備運動にはなるか」
肩に無造作にかけられた極太のチェーンをひとなでして夏木は一人ごちる。
『ゆーかり』の前にリムジンが止まる。中から榊原が駆け出してくる。その後で姫子達が出てくる。
「あ。来たわ」
通りに面したウィンドウ越しに外を見ていたゆかりが気がつく。
榊原も中が見えるわけだがみんなも店も無事とわかると、険しかった表情がゆるみ駆け足から歩きになる。
が、はじめてみる長身グラマー(真理)の姿を見た途端に最初より速く走る。邪魔だとばかしにガラスの扉をビッグショットが砕き割る。
「きゃあああっ?」
いきなり店のガラスを叩き割られれば、ゆかりも悲鳴を上げずにいられない。
「榊原君?」
「悪い。及川。直してくれ」
それだけ言うと榊原はいきなり真理の手を取り気取った声で言う。
「はじめまして。お嬢さん。あなたとは運命の出会いをすると思っていました」
「な…な…な?」
さすがの真理もガラス扉をマリオネットで破壊して入ってくる男には腰が引けた。
(こ…コイツ。なに考えてんだ? コイツも『クラスメート』? そんなわけないか。どう若く見ても三十は回ってるぞ)
予備知識がないとまずそう見られる榊原である。真理の手から茨が伸びる。
(心を覗いてやる)
榊原の心が見える。その瞬間、真理は真っ赤になってしまう。
「ん? どうしたの」
怪訝な表情で無防備に突き出された榊原の顔面を真理は鷲掴みにする。
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
そして力任せにテーブルに叩きつける。テーブルを破壊して床に叩きつけられる榊原。
「あーっ。せっかくドアを直したのにぃ」
ドアをダンシングクィーンで修復した七瀬が新しい修理品に文句を言う。真理はそれどころではない。
「な…何を考えてんだ。あんた」
「なにって…ナニだが。何を考えたの」
「…セクハラオヤジだな…」
むしろ子供と言える上条が若干蔑むように言う。真理は真っ赤になって怒鳴る。
「言えるか。女の敵」
「敵はひどいなぁ。むしろ女を喜ばせるために…なんで俺の考えがわかった?」
「見えるだろ」
真理はガンズンローゼスを出して見せる。
「おー。心を読む能力。じゃあ回りくどいのはなしだ。ねーちゃん。一発どう?」
「…ほ…本当にストレートだわ」
テーブルを直しながら七瀬がつぶやく。
「………」
真理は真っ赤になって俯く。見かけよりはるかに純情なのは男と付き合ったことがないため。
もしも体の関係になったら…手をつなぐどころではない深い付き合い。流れてくる「心」に自分がおかしくなりそうだから遠ざけていた。ただ遠ざけすぎて免疫がなかった。
「帰る」
すたすたと出入り口へと向かう。
「ま、待ってよ。真理さん」
慌てて引き止めるゆかり。立ち止まり振りかえる真理。
「ゆかりといったっけ。アタイは中途半端なのさ。完全な日本人じゃないしこんな普通の人間にない能力も持っている。しょせん『普通の女の子』となんて仲良くなんて出来ない」
「ハーフってのはさておいて」
きちんと起き上がっていたはずの榊原が下から発する。真理のスカートの中を見ながら。
「君の言う『普通の人間にない能力』なら俺も持ってるし、あっちの及川も見ての通り『物を直す能力』がある。そっちの北条も『瞬間移送』が出来る。別に俺たちにして見れば特別でもなんでもない」
「……どこを見てやがる」
真理は遠慮なく榊原の顔面を踏みつけようとしたがそれを受け流し立ち上がる。
「それにハーフのどこが悪い? 日本人の肌の良さと外国人のボディ。うーん。ゴウジャス」
「いちいち触るな。このセクハラ野郎」
榊原の手を振り払うとスタスタと出口に向かう。だがその出口を真理がのした3人が塞いでいた。