第2話『今がそのときだ』Part2 Part1に戻る
握りつぶされ真ん中からへし折れた木刀が、カランと乾いた音を立ててアスファルトの上に落ちた。
「ば…化け物」
「よく言うよ。そんな髪の色や化粧しといてどっちが化け物だ」
いわゆるガングロ。そして白いシャドーやルージュでメイクしていたのだ。ポリシーでも有るのか金髪が言い返す。
「人のこと言えるか。テメーだって金髪にしてるじゃねーか」
「………なんだと………」
真理の形相が変わった。凄まじい迫力に『スケバン』達も青ざめる。
「アタイの髪の色がどうしたって? コイツは元からでね。言いがかりをつけんじゃねえっ」
怒鳴りつける。青ざめたスケバン達だがここまでやって引き下がることはできない。
「くっ。3対1だ。やっちまえ」
白髪頭はトンファーを取りだし紅毛はチェーンを鳴らす。金髪はナイフをお手玉にする。
事そこに至って真理も自分の感情をさらしすぎたと悟り、努めて冷静に振舞う。
「いい加減にしときなよ。アタイは飯を食いたいんだ。終わったらいくらでも遊んでやるよ」
それでも本当に空腹で気が立っているらしく言葉に若干キツイものが有る。しかしスケバン達もそれで引き下がるくらいなら得物など出さない。真理はため息をついた。
「仕方ない。食前の運動に遊んでやるよ」
かまえると同時に「あんたたちはこっちにきな」親子を自分の背後に手招きした。その背後を取ろうと思えば車道に出ることになる。だが
「ばかめ。自分で逃げ道を塞いだわ」
紅毛がチェーンを振りかざす。真理はそれを受けとめず捌いた。ブロッキングだ。しかもナイフ片手に突っ込んできていた金髪の方に受け流す。防御がそのまま攻撃になっていた。
「逃げ道? テメーら相手にどーして逃げる必要が有るんだ?」
挑発と言うより正直な感想を言っているように取れる。
「くたばりなぁ」
再び紅毛がチェーン振りかざして突っ込んでくる。だが今度は空振りした。大きなモーションはフェイント。
その背後から跳んでいた白髪がトンファーを突き刺すように飛んでいた。しかし真理も跳んでいたのだ。故にチェーンは空振りした(真理に対して最大の威力を発揮するように振るわれたために後ろの親子には有効射程外で届かない)
「げっ」
「ブラッディ―マリー」
跳んだまま真理は白髪の顔面を右手で鷲掴みにすると、親子を人質にしようとしていた金髪目掛けて投げ捨てた。味方の下敷きになる金髪。
そこに紅毛が足元をチェーンで凪いだが、真理はかるくジャンプしていた。そのまま膝を紅毛の顔面に見舞う。
「サンライズサンセット」
「ぶっ」
鼻を蹴られて鼻血を出す。3人とも歩道に倒れ伏す。
「ど、どうして…どうしてあたしらの攻撃がわかるんだぁ」
「へん。あんた等みたいな同じ格好している連中の考えなんて簡単にわかるさ」
これは半分本当だが、もう半分は言えない事情が有った。
真理の足元から伸びる見えない茨。これが渦巻きを描いていたのだ。
この真理の『ガンズンローゼス』は心を読むマリオネット。だからスケバン達の攻撃は簡単に読めたのだ。そしてびびって攻撃の意思がないことも。
(ば…化け物。本当に化け物だ)
(絶対なにか有る。やばい奴とかかわっちまった)
(人間じゃねぇ)
真理は悲しい表情をした。
(敵に言われてもキツイものがあるな…なれたと思ったのに)
「もういい。勘定払って消えな」
そう言っても3人はびびって動けない。元々気の長くない真理はつい怒鳴ってしまう。
「失せろ!! 2度とそのうざったい顔を見せるな」
「ひ、ひぃぃぃぃぃぃぃぃ」
武器を捨てて退散した。ご丁寧に財布まで落としていったがもっともこれは真理の仕業。
「ガンズンローゼス」がロープのように伸びて絡め落としたのだが。
しかし3人相手に勝利したのに真理は不機嫌の極みのような表情をしていた。おずおずとゆかりが恩人に例を言いに寄る。
「あの…助けてくれてありがとう」
「ああ…別にいいよ」
ゆかりの言葉にもつっけんどんになってしまう。しかしゆかりの方はお構い無しだった。学校同様にマシンガントークを展開する。
「あなた無限塾の人? 先輩かしら。1年なら何組…ひょっとして村上真理さん? ずっとこないから気を揉んでいたのよ。強いのね。びっくりしちゃった。スタイルもとっても良いし。それに美人。うらやましいわ。あたしなんかチビだから損。学校でもクラスのみんなに子供扱いされてるし。だいたいこのメガネが愛嬌ありすぎるのよ。でもコンタクトは怖いし。目の中に何か入れるのって怖いと思わない? ア…思わないか。目もよさそうだし。実際めがねって大変なのよ。暑い季節は汗が溜まって肌が傷むし。でもコンタクトしたまま寝ちゃったりして目が傷つくのはいやだし。あ。寝るといっても授業中じゃないのよ。いくらコンタクトをするといってもね」
一気にまくし立てる。「スピーカー女」の本領発揮だった。おまけに甲高いものだから結構響く。片耳を塞ぎながら真理はしかめっ面をしていたが
「…よくしゃべるね…」
「ア…」
相手にしゃべらせてない事に気がついたゆかりが口を抑えて赤くなる。そんなゆかりに背を向けて真理は「用が済んだならアタイはいくよ」とクールに立ち去りかける。だが
ぐぅーっ。その時真理の腹が鳴った。今度は真理が赤くなった。
「うふふ。お父さん。助けてもらった恩人にお礼のご馳走をしてあげましょう」
ゆかりは真理の腕を取り引っ張り出す。
「おう。お嬢さん。お礼に食べて行ってください。もちろんただです」
「別にアタイは!!」
断ろうかと思ったが再び大きな音で腹が鳴る。空腹には勝てない。ゆかりがくすくす笑う。
「お昼。まだだって言ってたでしょ。食べて行ってよ」
「……アタイは大ぐらいだぞ……覚悟しな」
「あのまま不良にやられていたら入院費が掛かってましたよ。それに比べれば」
なんだかんだ言って素直に申し出を受けてしまう真理だった(ただしちゃんと金は払うつもりで有ったが)。
(家族…仲の良い親娘か…)
椅子に腰掛けて心の中で寂しげにつぶやいた。
練馬の赤星家。みずきは学校から帰るとまず一目散にバスルームへと向かう。
喫茶店の店舗部分を通り過ぎて、居住部に移るとハイソックスを。そしてブレザーのジャケット。ジャンバースカート。ブラウス。スリップ。脱ぎながらバスルームへ向かう。
いちいち拾うくらいならバスルームでまとめて脱げば良いわけだが、1秒でも早く女の姿から戻りたくての行動だ。
ブラジャーとショーツをバスルーム前のランドリーバケットに放り込むと、いきなり熱いシャワーを浴びる。そして少年の姿に戻ると瑞樹は安堵のため息をつく。
(良かった…あんなに長くやっているといつか男に戻れなくなるんじゃないかと思うぜ…それ以上にこの状況に馴染むのが怖い。女でいることに抵抗なくなりどっちでも良くなったら…俺は絶対完全な男に戻るんだ)
体をふいたバスタオルを腰に巻いた状態で彼は自室に戻る。
実は母親がいつもシャワーを浴びる瑞樹のために着替えを置いておくのだが、必ず下着から何から女物だった。だから彼は見向きもしない(ちなみにこの日はピンクの地に花柄を散らしたワンピース)。
自室に戻りトランクスを着用する。以前はブリーフ派だったが肌に密着するのがショーツをイメージさせてトランクス派になった。
一通り男物に着替えたら一息つく。それから軽くノートを見返す。終わると店の手伝いである。無地の男もののエプロンを身につけると店へと向かう。
夜。とあるクラブ。薄暗い店内でバーテンが怯えたような諦めたような表情でグラスを磨いていた。
店内は不良達に占拠されていた。困った事にちゃんと料金は払うので警察に届ける事も出来ない(もっとも未成年の飲酒でじゅうぶんに補導対象になるが仕返しが、怖いから金を出しているだけよしと割り切っていた)。
しかし店のイメージはすっかり悪くなっていた。一般客はすでに寄りつかなくなっていた。
カラン。と音がして扉が開く。バーテンはわかりきっていたものの一応「いらっしゃいませ」と言う。しかしこれも改造セーラー服の女だった。
背中までの長い髪。一応は高校に通うような年齢なのだが、けばけばしい化粧は20代後半のように見えた。美人だが蛇を思わせる冷たい目つきをしていた。
「あ、姐さん」
ソファにひっくり返るようにしていた男たちが文字通り襟を正す。凍りつくような瞳で一瞥しただけで女は奥へと進む。
ソファを独り締めする男…厳密にはそいつが座ると他が座りようがなくなるし、あんまり近寄りたい体型でもなかった。男…夏木は軋むような声で
「アケミ…珍しいな。おまえがここに来るとは」といった。
「ちょっと頼みがあってさ。山三。あんたの子分を貸してくんない」
「おまえの頼みなら聞いてやりたいが、俺の子分は月曜日に無限塾に出向くために明日集合をかける。あまり裂きたくはないな」
「なぁに。軽い準備運動になるよ」
ここでアケミは夏木に寄り添うようにこしかける。しな垂れかかり甘い声で哀願する。
「実はさ。あたしの妹分たちが恥をかかされてさ。その礼に出向きたいのさ」
「ほう。あれでなかなか腕は立つだろう」
「ところが話を聞くとたまたまそのレストランに強い女がいたそうなんだよ。たった一人であの3人を追っ払ったそうだ。聞いた話じゃ木刀を握り潰す女とか」
「木刀を。面白いな。秋本が聞いたらだまってないな。良し。俺も見に行っていいか」
「もちろんだよ。明日の昼時に行くから」
同時刻。練馬。瑞樹は店の手伝いを終えて自室のベッドで寛いでいた。そこにノックの音。
「お姉ちゃん。いる?」
「誰が『お姉ちゃん』だ」
「入るよ」
扉が開いてワンピース姿の美少女。いや。美少年が入ってきた。
「薫!! いい加減オレを『お姉ちゃん』と呼ぶのはやめてくれ」
「だって体は女じゃない。ホント。神様もひどい悪戯するわね。どうせならあたしをそう言う体にしてくれればよかったのに。半分だけでも女の子に戻れるし」
「ああ…替わってもらいたいぜ」
瑞樹の一つ年下の弟・薫は母親の瑞枝が妊娠時点で女の子と決めつけ…いや。むしろ女の子にしようと執念を発揮して胎教時点で『女らしく』育つようにしていた。
見事その甲斐あって肉体は男でありながら精神は女と言うキャラクターになった。しかし当然ながらそのギャップは苦悩を生む。
そこへ持ってきて兄である瑞樹が、半分だけだが女の体を得てしまった。
自分が渇望するものをあっさり手に入れておきながら、それを嘆くみずきに皮肉を込めて『お姉ちゃん』と呼ぶのであった。
瑞樹はこれ以上は相手をしない方が得策と思い話を変える。
「…で、何の用だよ」
「電話」
「はいはい…七瀬だろ」
「ううん。小山って名乗ってた」
「…ゆかり…それを早く言え!」
瑞樹は慌てて台所に行きコップの水を頭からかぶせた。
「あー。あー。よし。女の声」
電話のある所に出向くとやや高めの声で「もしもし。ゆかり? どうしたの。こんな時間に」と『かわいこぶって』応答した。
小山ゆかりがみずきの正体を知らず、また知られて言いふらされないための処置だった。
「昼食会…ですか…」
やや時間が経った夜の榊原家。小山ゆかりからの電話を受けた榊原は渋面を浮かべていた。
『そうなの。みずきたちも誘ったからこない? みんなで親睦を深めましょ』
「親睦をねぇ…」
榊原は気乗りしてなかった。日曜まで同じメンツと顔をあわせようとは考えてなかった。パチンコでも行こうかと。
そんな雑念その物であった瞬間。彼の背後から『ビッグ・ショット』が出現した。
このマリオネットはその両腕や足で物体を動かしたり出来るが(いわゆる念力)その最大の能力は予知能力であった。ただ難儀な事にこの能力はよほど集中するか、さもなくば眠っているかのような何も考えてない時に発現する。今はちょうどそんな状態だった。
(お…おおおっ!? スッゲェ美人。しかもとなりに赤星の姿が見えると言う事はこの女も昼食会に…)
『榊原君? 聞いてる?』
やや鼻に掛かった子供っぽいゆかりの声で榊原の『ヴィジョン』は中断される。彼は現実へと引き戻される。
「ア…ああ…聞いてた」
『……なんか興味なさそうねぇ。パス?』
「とんでもない!! ぜひ行かせていただく。止めても行くぞ」
彼は即座に否定した。ナイスバディの美女と知り合うチャンス。逃してたまるかと勢い声にも力が入る。
『そ…そう。じゃあ明日の十二時に。お店の場所はさっき言ったとおりよ』
「了解した。じゃお休み」
彼は真面目な表情で受話器を置くといきなり口元をだらしなく緩める。
「ふっふっふ。水も滴るいい女。まさにビジョビジョの美女」
趣味がオヤジ臭い彼だがギャグセンスまでオヤジだった。
村上真理のマンション。彼女は男もののシャツにパンツルックでうつぶせになっていた。眠ってはいない。だが何も考えてはいない。
(あのおせっかい女…何を人のことでそんなに剥きになってんだ…)
ゆかりは真理も誘っていた。と言うか真理が本命だった。真理をクラスメートに紹介したい。助けてくれたお礼もあり食事に誘いたいと。
最初は断った物の泣いて訴えられてつい承諾してしまったのだ。
(でも…本気だったな…単なるおせっかいでアタイのために泣くとはな…)
彼女の右手に巻きつくように『茨』がある。うねり帯電しているように彼女には見える。
(人のことなんか放っておけばいいのに…感じ取ったから断れなかったよ…こんな能力…欲しくなかった…小さなころから人の顔色ばかり見てきた…だから感じ取る能力がこんな形で…ドイツもコイツも汚い奴ら…そうさ…あいつも助けられた恩を返すためだけか、単なる自己満足で友達になろうなんて言ってるんだ)
まとまらない思考のままうつらうつらと彼女は眠りに落ちた。