第1話『アイドルは新入生』Part6 Part5に戻る
意外な場所での遭遇に双方面食らう。
「待ち人来たり…か…」
独り言のように榊原がつぶやく。
「どうしたの? あなたたちもこっちだったかしら」
七瀬が一同と言うよりやはり同性の姫子に尋ねると姫子も素直にありのまま話す。まず深深と頭を下げると次にまっすぐに七瀬の目を見て言う。
「お会いできてよかったですわ。学校で助けていただいたお礼をしようと思って探していたのです。本当ならあの場でお礼すべきだったのですが何しろああ言う場面でしたので」
「あん。気にしないでいいわよ」
七瀬はなんとなく照れたように空いた右手で手を振る。左手は包みを持っている。香ばしい甘い香りが漂う。
「及川。それってケーキ? 喫茶店だから店のかと思ったけど。この匂い」
上条のその問いに答える前にカウンターからのんびりした上品な声が掛かる。
「あらぁ。七瀬ちゃん。いらっしゃい」
「あ。おばさま。こんにちは。きのう焼いたケーキ。冷たくなったから持ってきました」
「あらあら。いつもありがとう。喜ぶわよ。あのこ」
「甘い物好きですもんね」
和やかな雰囲気で談笑する。七瀬の相手の「おばさま」は三十代後半くらいと思われるが上品な感じの美人。柔らかな声と表情が顔の作り以上に魅力的である。
「知り合いなの?」
上条がなんの気なしに尋ねる。確かにどう見ても知った仲であるのだがなぜか七瀬は閥の悪い顔をする。
「う、うん。ご近所さんだから」
「ああ。この辺りなんだ。及川は」
煙草を燻らせながら榊原が言う。七瀬はさすがに驚く。
「榊原くん……煙草を吸っているの?」
「みんな驚くな。今時こんなの珍しくもないだろうに」
「え…だって学校じゃあんな優等生という感じだったのに」
「だけどコイツとんでもない悪。いや。むしろ『オヤジ』か。ギャンブルと風俗が趣味って言うから」
「ふ。風俗って……やだ! 不潔!」
後ずさる七瀬。榊原は苦笑いして立ち上がる。
「おいおいおいおい。不潔はないだろう」
なんとなくそのにが笑いもいやらしさをかもし出している。
「七瀬ちゃん。お友達?」
『おばさま』がのんびりと声をかける。
「え、ええ。高校のクラスメートですけど」
引きつりながら答える。服装の感じからも七瀬はどちらかと言うと潔癖な印象があるがそれはなにも印象だけではないようだ。
「そう言う事。仲良くしようよ。及川さん」
結構離れていたのに瞬時に七瀬の手を取る。いきなり手をとられて七瀬は思わず
「きゃあーっ」と叫んでしまう。あまりの悲鳴に榊原も手を放してしまう。たまたま客が他にいなかったがそれでも全員が耳を押さえるほどの悲鳴だった。
「なんて声を……」
榊原が苦虫を噛み潰した声で言いかけるが奇妙な音で言葉を止める。足音だ。二階から駆け下りてくる。そして声の主はカウンターの中から出現した。
「どうした? 七瀬」
少年だった。小柄な体躯。男としてはさらさらし過ぎな印象の髪。その襟足を無造作にまとめてある。顔立ちは端正な部類に入る。どちらかというと中性的。いや。むしろ女性的といえる。声も高い。しかし一同が目をみはったのはその髪型と服装だった。
「白いセーター……予言どおりだが男。多分……」
浅黒い肌と声質から判断したがなんとなく自信のない上条。
「あの髪型。赤星殿によく似ているでござる」
そう。性別以外は赤星みずきに酷似していた。
「一番納得いくのは赤星の双子の兄弟と言う線だけど」
「何をごちゃごちゃ言っていやがる。七瀬から手を放せ」
少年はカウンター越しに攻撃を開始した。両手を上に翳しそれを前に突き出すと『気』の塊が出た。
「シューティングスター」
「えっ?」「あの技は」「赤星さんと同じ」「やっぱり双子?」
「くっ」
仕掛けられた榊原は気弾を真正面から受けとめず掌で受け流して力の方向を変えてやる。だがブロッキングはわざとさせたようだ。遠間から牽制で技を放っておいて店内と言うのに少年が高々と跳んでいた。
「くらえっ。クレーターメーカー」
頂点で回転して無理やり真下にベクトルを変え蹴りを見舞おうとした……はずだった。
「ぎゃん」
天井にしたたかに頭を打ち付けて落下してきた。カウンターでワンクッション。お冷のコップなどを派手に撒き散らして床に叩き付けられる。
「な、何がしたかったんだ? コイツ」
「みずき!」
「えっ?」
七瀬が叫んだ言葉に上条や姫子が振りかえる。七瀬は両手で口を押さえる。
「ちっ。脳震盪でも起こしたか。わけもわからずに突っかかってきて自爆とは冴えない話だ……ま、まて? このビジョンは。オレの『ビッグ・ショット』が見せたビジョン。このセーターも同じ。ま、まさかッ」
榊原はずぶ濡れの『少年』を抱え起こす。
「うぅん」
妙になまめかしい吐息。その胸はセーター越しでもはっきりわかるほど豊かな膨らみを見せていた。
「ば、馬鹿な。確かに男だったはず。だがこの顔は」
「赤星さん。では先ほど榊原さんと喧嘩をしたのは赤星さんだったのをあまりの勇ましさにわたくしたちが男の方と身間違えたと言う事でしょうか」
「それはござらん。姫。確かに先ほどのは男でござった。拙者が見惑うはずもござらん。しかしこの者が紛れもなく女子(おなご)であるのもまた見間違いではござらん」
「みんなどいて」
七瀬が掻き分けて入る。少女を抱きかかえると
「ダンシングクィーン」
叫ぶ。榊原と姫子には見えた。七瀬の背中からギリシャ神話に出てくる女性のような衣装を纏う栗色の髪の美女を。背中の羽が人にあらざるものであることを物語っていた。その「ダンシングクィーン」が少女の後頭部に手を翳すと暖かい光りが涌き出る。ただしこれは上条と十郎太には見ることは出来なかった。
「及川。君もマリオネットマスターなのか?」
「お怪我を治しているのですか?」
二人とも驚く。
「むぬう。よもや同じ日に3人の人形遣いが出会うとは」
「まさに『スタンド使いはスタンド使いと引かれ合う』だな」
そうこうしているうちにみずきは目を開いた。
「大丈夫そうだな。どうやら激突が軽かったらしい。むしろ落下で気を失ったか」
「よかったですわ。これもいらなかったですわね」
いつのまにか姫子の手には救急箱があった。
「北条さん。それ」
「あらあら。もういいですね。ではこれを返してきてくださいな。姫神」
七瀬は目をみはる。姫子の背中から十二単を纏った黒髪の女性が出現して救急箱を手にするともろとも姿をかき消したからだ。
「北条さん! あなたこそマリオネットマスターなの?」
「オレもな」
榊原は自身のマリオネット。ビッグショットを出して見せる。七瀬はもう言葉もない。
「驚いたでござる。しかし一番面妖なのは」
十郎太はみずきに視線を落とす。みずきは頭がはっきりしてきたらしい。榊原に食って掛かる。
「このスケベ野郎。七瀬から手を放せ」
「落ち着け」
榊原はいきなりみずきの豊満な膨らみの頂点をつつく。
「ぎゃ」
女ならではの感触にみずきは自分の現在の性別を知る。真っ赤になって胸を押さえて視線を落とす。
「まぁ。みずきちゃん。入学初日でばれるなんてさすがねぇ」
「……おふくろ……だまっててくんない……」
場違いなおっとりとした言いまわしに抗議する甲高い声も元気がない。みんな視線を見合わせる。膠着状態になる。上条がそれを打ち破る。
「どういう事だ。俺にわかるように説明しろ」
自己代名詞が「僕」の上条が「俺」といった時点でそれがアニメのパロディだろうとみんな察しがついてしまった。だが確かに説明は必要だった。他人に聞かれないためにウェイトレスに店を任せてみんな赤星家のリビングへと移動した。
「どうぞ」
みずきの母・瑞枝が紅茶を人数分出すが誰も手をつけない。
「あらあら。どうしたの?………ああそうね。これはおもてなしだからお代はいただかないわ。どうぞ。暖かいうち召し上がれ」
「はぁ………それはいいんですけど」
上条が気まずそうに言う。榊原も居心地が悪そうだ。
「ご母堂。差し障りなくばお答えいただきたい。赤星殿は男でござるか? それとも女子でござるか?」
「もちろん。みてのとおりとっても可愛い女の子よ」
「俺は男だ!!」
十郎太の問いかけににっこりと微笑みながら答える瑞枝の言葉をみずきか大声でさえぎる。
「これのどこが男なんだ?」
いつのまにかみずきの背後に回った榊原が大胆不敵にソファー越しにその豊かな胸を愛撫する。
「何しやがる!!」
甲高い声で叫びながらみずきは榊原の頬を張る。
「つつ。しかし平手とはかっとなったときの反応まで女っぽいな」
「ぐ……女の体じゃ拳では弱いんだ。むしろ体が柔らかい分『しなり』が出て平手の方が効果があるんだ。それだけだ」
反論もなにか弱々しい。話が一向に進まないが一人の男がそれを打ち破る。
「甘い。甘いぞみずき。きさまはいつもそうだ。現実を受け入れようとしない」
「わっ」「いつのまに」「拙者が気がつかないとは」「あら?どなたでしょう」「あなた。お帰りなさい」
最後の瑞枝の一言で一同はその男が瑞枝の夫。そしてみずきの父と理解した。
「はじめまして。みずきの父の赤星秀樹です。なにかウチのバカ息子が迷惑をかけたようで申し訳ない」
「迷惑してんのはこっちだ。男の俺を女子として進学させやがって」
「ふっ。貴様の事だ。たとえ体質を隠して進学しても三日と経たずにスプリンクラーの水や水道の蛇口。果てはウォータークーラーの飲み水を頭からかぶって女になる体質を露見していたに違いない。よしんばそれを免れたとしても雨の日はリスクが倍増する。そしてみずき。夏の間中。風邪などを口実に水泳の授業を避けるつもりか。甘い。甘いぞみずき」
「ぐっ」
父親の言葉に反論一つ出来ない。みずきの短身は父親譲りらしい。秀樹もどちらかと言うと小柄に入る。だが端整な顔立ちと渋い声は背の低さを補って余りある魅力をかもし出していた。余談だが女のみずきは豊かな胸をしているがこちらはどうも母親譲りのようだ。
「もしかするとお水をかぶると女の人に戻るのですか?」
「『戻る』んじゃない。『なる』んだ」
姫子の言葉を訂正しつつも体質の事は肯定する。
「もしかしてお湯で男になるとか」
妙に嬉しそうに上条が右手人差し指を立てながら言う。
「『なる』んじゃない。『戻る』んだ」
これも訂正する。本来が男と言う事に相当のこだわりがあるようだ。
「なるほど。水をかぶると女になり、お湯をかぶると男に戻ると言うなら確かに始めから女生徒として入学した方が無難だな。例え水をかぶっても端から変身してればもう変身しようがないのだろうし」
「いや。RXからロボやバイオになったりマルチタイプからスカイタイプやパワータイプになったティガの例があるが。あれ? でもバッタ種怪人相手にマイティフォームを通さずにいきなりドラゴンフォームになったクウガみたいな例もあるか」
「それに学び舎で湯を被る確率は低かろう。例え被っても水ならそこいらにあるゆえはるかに危険は少ない」
上条のボケを無視して十郎太が先を進める。
「でも不思議ですわね。どうやったらそんな事が出来るんですの」
瑞枝に負けず劣らずのおっとりした口調で姫子が無邪気に尋ねる。その刹那、七瀬の表情が曇ったのにみんな気がついた。
「ふっ。全てはコイツのおっちょこちょいが原因」
それを打ち消す意味なのか妙に居丈高に秀樹が言い放つ。
「するとやはり危険とは知らず呪泉郷で修行して娘溺泉に落ちたとか?」
本人はあくまで真面目な表情と口調だ。どこまで本気かは計り知れないが……。
「だいたいオヤジ達も悪い。10年以上前の薬の入った救急箱を置いておくから間違って飲むんじゃね―か。ましてあのときの俺は肺炎にやられて意識朦朧だったんだぞ。おかげで肺炎と古くなって変質した薬が絡まりあった作用で俺はこんな情けない体になったんだ」
背の低さ。声の高さ。胸の大きさ。腰の張り。どこから見ても女の子その物だが口喧嘩のそれは確かに男である。
「甘いぞみずき。その『古い薬』をまとめて何種類も飲まなければどうにか手を打てたのだ。わかっているだけでも解熱剤。胃薬。風邪薬。他にもいくつか飲んだようだがそれをふらついていたとは言えばら撒いたりするから解析のしようがないから手が打てないのであろうが」
父親もまるで容赦なしだ。一人冷静に榊原が状況を分析する。
「なるほど。まともでも飲みあわせでどうなるかわからない薬をそんなに組み合わせてしまえば、しかも古い物ではどんな副作用が出るかわかったもんじゃないな」
「及川殿。お主のだんしぃんぐぅくーいんで『治す』ことは出来ぬのか?」
十郎太の眼光に射すくめられたわけではあるまいが七瀬は視線を落とす。
「私の『ダンシングクィーン』は壊れた物を治す事が出来るわ。大きさにもよるけど生物や機械とか関係なしに。でも病気は治せないの。それに複雑な機械もダメだし重大な欠損のあるものもダメ。あくまで単純に壊れた物を治す事が出来るの。ただその条件に適っていれば例え10年前に壊れた物でも直せるみたい」
「復元能力か。クレイジー・Dみたいだな」
「あら。女の子でも良いじゃない。とっても可愛いわよ」
緊迫した空気を瑞枝がほえほえした雰囲気でぶち壊す。
「おふくろ。薫だけじゃ飽き足らず俺までオカマにしたいのかよ」
「えっ?」
その言葉に上条は驚いた。
「ちょっと待て。話しの前後から察するに『薫』と言うのはどうもあのウェイトレスの娘?」
みずきは黙って頷いた。
「なるほど。手を触った感触がどうも変だと思ったら実は」
「殿方だったんですね」
「しかし何ゆえ。十六よりは下でござろうから高くても齢15にしてあのように。よもや宦官?」
「全てはコイツの執念だ。最初が男の子でがっかりして次は女の子と決めつけて胎教の時点から女として扱っていた。物心つくころには自分を女と思いこんでいた。今ではあの有様。タンスには女物しか入ってない」
秀樹は瑞枝からみずきに視線を移す。
「コイツも多少は影響されている。甘いものは好きだわ、占いに凝るわ、果ては部屋を埋め尽くすぬいぐるみ」
赤くなって俯く物の否定はしないみずき。呆れたようにため息をつく七瀬。
「なるほど。自己紹介のはカモフラージュじゃなくて本当だったわけか」
「ふっ。もうそんな必要もないぜ」
半ば自棄気味にみずきが低い声でつぶやく。そしてたまっていた物を発散させるが如く大声で言う。
「もうばれたんだ。あの学校にはいられないぜ。退学する」
「みずき! 落ち着いて」
「仕方ないだろう。こんな男でも女でもない半端で学校に通えるかよ」
「女で通すんなら問題ないんだろ?」
「へ?」
上条の言葉に思わず間抜けな表情をするみずき。
「元々そのつもりだったんだろ。黙っておくよ」
「上条……」
「しゃべっても何も良い事ないし。それに……性別を偽って生活をする。こんなマンガその物のシチュエーションに参加できるチャンスを自分から潰すもんか」
「まぁいいけど、しゃべらないと言うなら助かる」
「北条さんはどうかしら?」
七瀬が姫子に尋ねる。姫子はゆっくりと語る。
「わたくしもせっかくのお友達をなくしたくありませんわ。学校にいる間は女の子と言う事ですからそれほど問題ないのではないでしょうか」
「北条さん……」
「姫がそのおつもりであれば拙者も口外する理由はござらん。しかしこれだけは心得てもらおう。姫と接するときのお主は女と言う事を。それを忘れて男として姫に害成せば地の果てまでも追い詰めてそっ首、掻き切ると」
「誓う。誓う。だから物騒な話しはやめて」
目が本気だったので慌てて言う。そして最後に残った榊原は
「確かに喋った所でなんのメリットもない。むしろ正体は男といえど女が一人減って潤いがなくなる」
「あのな……」
「だが黙っているには交換条件がある」
榊原の持ち出した話に緊張する。
「それは」
「それは………そのでっかいおっぱいに顔をうずめた上で揉ませろォォォォォォォォォッ」
いきなり狼とかして飛びかかる。
「バカ野郎。俺は男だ」
「だったら拘りもないだろ。相撲取りの胸みたいなもんでよ」
「だからってそんな気色悪い真似が出きるかぁぁぁぁ」
「安心しろ! 気持ちよくなるように揉んでやるから」
「なお悪いわぁぁぁぁ」
取っ組み合いかじゃれてるかわからないどたばたを七瀬達も呆れて見ていた。
「それほど悪い子でもないようね」
「ああ。みずきはどうやら友達には恵まれたな」
なんとなくのんきな夫婦の会話。
こうして赤星みずきを中心としたパニックだらけの学園生活が幕を開けた。
To be Continued
次回予告
無限塾1年2組に入ったはずの村上真理は一度も学校に出ていなかった。すさんだ生活を繰り返す彼女はとある喧嘩から四季隊の一人。夏木山三と戦うことになる。だがそこに榊原が介入してきた。
次回「PanicPanic」第2話「今がそのときだ」
クールでないとやっていけない。ホットでないとやってられない。
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