第1話『アイドルは新入生』Part5 Part4に戻る
みずきと七瀬は地元の最寄駅につく。そのころにはみずきの着衣の乱れはなくなっていた。ただ激しい疲労は七瀬にも癒せない。
「大丈夫?」
講堂では蹴飛ばしもしたが基本的には優しい女の子。七瀬が心配して尋ねる。みずきもそれを踏まえて素直に答えるがやや元気がない。
「平気だぜ。それより早くウチに帰りてぇ……このうっとおしいのをどうにかしてェぜ」
荒い息をしながら自分の豊かな胸元を叩く。
「もう少しの辛抱よ。帰ったらシャワー浴びてくると良いわ」
「言われなくてもそうするぜ。くそっ。この体はうっとおしい。おまえ…よく平気だな」
「年季が違うわよ」
「それもそうか」
二人の少女はたどたどしい足取りで家路につく。
無限塾。榊原が職員室から出てくる。
「どこだって? 赤星さんの家は」
上条がせかすが榊原は首を横に振る。
「教えて貰えなかった」
「なんだ? そりゃ」
やや大げさに上条が驚く。
「困りましたわねぇ」
頬に人差し指を当て憂いた表情の姫子。それに対して軽い調子で上条が提案する。
「仕方ないか。明日出てきたら言うのは?」
「できれば今日のほうが。それに何かお困りになっていたらせめてものお返しに何かお手伝いをしたいですわ」
「そうは言っても無理でしょう」
優等生らしく榊原がやんわりと、それでいてきっぱりと言う。
「………そうですね………こうなれば仕方ありませんわ………」
言うと姫子は静かに窓際に歩み寄る。
「姫! よもや」
「大丈夫ですわ。十郎太さま」
驚く十郎太を微笑みで制しそして呼ぶ。
「姫神」
彼女にしてはやや強い口調で言う。姫神とはなんなのか? 上条はきょとんとしている。十郎太はこの鉄仮面が狼狽している。そして
「バカな。こんな身近にもう一人」
榊原がクールな態度をなくしやはりうろたえていた。
「あら? お見えになるのですか『姫神』が」
「…まいったな」
榊原はだいぶ崩れた態度で頭をかく。その様子を見て思わず上条が
「なんだか態度の変わりかたが弥勒様みたいだな」つぶやく。
「この御仁が菩薩でござるか?」
「ああいや。こっちの話。それに『菩薩』と言うのが言わば女神さまっと言うのは僕でもわかるし」
そんなやり取りをよそに目を閉じていた姫子が不意に目を開いて微笑む。
「お二人の気配はあちらの方へと動いてました」
姫子の指差す方角を見て上条と榊原は納得する顔になる。
「そりゃそうか。あっちは駅だし」
「もっともだな。でもとりあえず行こうか」
一同は駅へと移動した。
駅では驚愕の事実が発覚した。
「………鉄道でござるか………」
なんとなく苦々しく十郎太が言う。
「困りましたわ。わたくしたち電車の乗り方を知りませんの」
「な?」
「なんだって?」
クールな性格の榊原。飄々とした上条。さすがのこの二人でも今の発言には面食らった。
「うーむ。確かに車で送り迎えがあれば乗り方を知らないのも道理だが……そう言えば帰りの車は?」
「お友達のところに行くので今日はやめにしました」
「それは良いけど、あいつ等が降りたのどの駅だ?」
「恐らく四つほど行った所かと」
「それも『姫神』の力でわかるわけか」
妙に詳しく榊原が言う。そう。まるで事情を全て理解しているが如く。
「お主………もしや」
相変わらず鋭い眼光の十郎太が榊原を睨むが本人はクールさを崩さない。
「信じるか。四つと言うことはあっち方向しかないな。こっちは二つで終点だし」
上条の言葉で一同は行動へと移った。
姫子の言う『四つ目の駅』に到着する。
「さてと、これからどう動くかな。念写でもできるならそれを頼りに探し当てると言う手もあるけど。もっとも隼に襲われたら嫌だけど」
「先ほどからお主の言うことはどうもわからぬのだが……それも『世間一般の常識』なのか?」
「まぁ、臨海副都心なら。ただし盆暮れ限定」
なんとなくうれしそうに解説する。だがその顔が曇る。煙草の煙が彼の鼻腔を刺激した。
「うっ。どこの誰だよ。わざわざタバコの嫌いな僕のそばに来て吸うなんて……榊原!?」
そこには学生服を半開きにしてうつろな目つきで煙草を燻らす榊原の姿があった。
「なんて奴だ。優等生と思っていたがそれは仮の姿。実はワルか」
喫煙に対する抗議をしようとしたが
「まぁ!?」
姫子の驚きの声で中断させられた。そして
「……ガラス張りの喫茶店……赤いポルシェ……白いセーターの赤星」
まるでうわ言か寝言のように紡がれる言葉。言い終えるとスイッチが入るように榊原はしゃきっとした。
「あれ? あ、オレ今なんか言った?」
「あ、ああ。何か二言三言。ところでそのタバコ」
「堅いこと言うなよ。今時まともに守っている高校生なんて宗教上の理由くらいのもんだぜ。吸うか?」
「僕は次元もコブラもホル・ホースも好きだがタバコは嫌いだ」
「拙者も煙草はご遠慮いたす。忍が匂いなど言語道断」
「わたくしはまだ15ですからおタバコは吸うことは許されておりません。でも例え大人になってもおタバコは丈夫な子供を産むためには害になりますから嗜むつもりはございません」
「お堅いねぇ。まぁいいさ。個人の自由。いやあさすがの無限塾も生徒の喫煙までは認めていないからいっその事と優等生で通したら肩がこること。こること。これだけ離れれば遭遇もするまいといきなり吸ったらあまりの安堵感にトリップしてまたうわ言を言ったな。で、俺は何を言った?」
「自分で覚えてないのか?」
「ああ。何しろああなったときには夢遊病者と一緒でね」
「貴方の『マリオネット』は予知能力があるんですの?」
「ご名答。そして君のは瞬間移動か」
「何か変だと思っていたが……君たちは新手のスタンド使いだったのか」
マリオネット。それは超能力に姿が伴った物。ただし基本的には一般人には見えない。同じマリオネットマスターに感覚の目で見える。例外もある。幻覚を見せるタイプのマリオネットは当然ながら一般人にも見えなければ意味がない。そしてマリオネットは言わば分身。故にマリオネットのダメージはそのまま本体に撥ねかえる。もっともマリオネットにダメージを与えられるのはマリオネットのみ。そう言う点も踏まえて確かに「スタンド」と言うのもあながち間違いではない。
「スタンドがなんだかわからんがここまで来たら同じ『人形遣い』のよしみでばらすか。
俺のマリオネットの名は『ビッグショット』。2メートル程度の距離のものなら操れもするが最大の特徴は予知能力。ただしこれはよほど俺が集中しているか反対に無心……こう言うと聞こえが言いがほうけて何も考えてないとき夢を見るように発動する、占い師か霊媒にもこういう奴はいるだろう」
「なるほど。明鏡止水の心だな」
「仰る通りなら『赤いポルシェ』の……『ポルシェ』ってなんですの?」
「申し訳ございません。姫。拙者にもとんと」
「外国の自動車。とにかく要約するとポルシェが止まっているガラス張りの喫茶店で赤星に会えるわけか」
「真っ赤な車でござるな。心得た。探してまいろう」
言うが早いか十郎太はまさしく風のように走りさる。にこやかに姫子が手を振りながら言う。
「気をつけてェ」
一方の上条たちはその速さに驚くのみだ。
「は、速い」
「本気で忍者か」
「ただいま戻りました。姫」
「わあっ」
「速すぎるぞ。いくらなんでも」
消えたと思ったら早々と姫子の前に傅いていたので上条達は驚いた。
「簡単な事。この通りの先に『赤い自動車』と『硝子張りの茶店』と思しき店がすぐに見つかったでござる」
十郎太の案内で進むと確かに真紅のポルシェがガラス張りの喫茶店の前に停車していた。
「店の名前は……『レッズ』。『キャッツアイ』じゃないのか」
「浦和のサッカーチームかシンシナティの大リーグ球団のファンてところか」
しばらく逡巡していたが通行人に奇異の目で見られるのを嫌って店に入る事を選んだ。チェス盤のように白と黒が規則正しくツートンカラーを作っているリノリウムの床。中央にカウンターがありスツールの数は6。テーブルは4人掛けが3セット。2人用が2セット。観葉植物の鉢植えが置いてある店だった。
「割りとオーソドックスな感じだな」
見まわした榊原は率直な意見を述べる。
「赤星さんはいらっしゃいませんが後でお見えになるのでしょうか」
「ああ」
迷わずに榊原は答えた。
「いらっしゃいませ。4名さまですか」
艶やかなストレートのロング。小作りな顔。ハスキーなわりにちょっと低めの声のウェイトレスが尋ねて来た。その姿を見て姫子は
「まぁ。可愛い」と喜び上条は「二日日の客筋だな」とやはり一般人に意味不明の感想を漏らす。榊原はウェイトレスの手を取り
「ピンクハウスのワンピース。よく似合っているよ。ん?」
そのまま言葉を続けようとして違和感を覚えた。ウェイトレスはそれをごまかすように作り笑いで
「どうぞ。あちらのお席へ」と強引に案内をしてしまう。戸惑いながら4人はついて行く。
窓際の席に以外にも十郎太が座りその横。内側に姫子が座る。
「ひょっとして『狙撃』に備えて窓に座らせないとか」
軽口を叩く上条は深く考えず窓際。十郎太はただ頷く。
「立派なもんだ」
すっかり優等生の仮面をはいだ榊原は遠慮なしに美少女の眼前を選ぶ。
「ご注文はよろしいですか」
ハスキーボイスのウェイトレスがお冷を運んできた。
「わたくしはロイヤルミルクティーとイチゴのショートケーキをいただきます」
「僕はブランデーティーとモンブラン」
「なんて奴だ。高校生の癖に酒を飲むのか!」
「煙草を吸う君に言われる筋合いはないとおもうが……だいたいブランデーは香つけでアルコールなんて熱で跳んでいるよ」
「それでも酒が混じってんだろ。信じられない奴だ」
やり取りを見ていた十郎太が口を挟む。
「お主、もしや下戸か」
「何を言っている。未成年が酒を飲んだらいけないに決まってるだろう」
「煙草をふかしながらではいささか珍妙な答弁でござるな」
「さしずめ『俺は下戸だ。茶の湯ならば付き合おう』ってところか」
「ったく、俺はピザとココアね」
「げっ。単品だけならピザの脂っこさもココアの甘さも良いけど組み合わせるなんて……どーゆーセンスだ?」
「いいだろ。好きなんだから」
「ま、いいがね」
「さて、拙者は柏餅とほうじ茶を所望いたす」
「あ、あの、あいにく当店には置いてなくて」
「ぬう。端午の節句はまだ先だから無理もないか。しからば日本茶をとりあえずいただこう」
「かしこまりました」
ウェイトレスが去って行く。その後姿を見つめる榊原。
「おいおい。ナンパする気じゃないだろうな」
「いや。それ以前に女かな? あの手の感触」
「まぁ。失礼ですわよ。あんなに可愛いお嬢さんにそんな事」
「いや。女に見えてしまう男なんていくらでもいるし。ピーターとか」
「例えが古いな。ウチの父さんと同レベルだ。せめてIZAMとくらい」
たわいもない話をしながらしばらく時間を潰していた。やがて注文の品が来た。
40分がたった。しかし未だに赤星みずきは現れない。
「ポルシェは止まったままだから榊原の『予言』のとおりだが、信じていいのか。君のスタンド。ボインゴのトト神みたいに解釈を間違えてるとかいうことはないだろうな」
「解釈も何も『ひらめき』に近いんだよ。だからパチンコ屋のそばでビジョンが見えて何も考えないでその台に座るとまず負けない。いつだって儲かる」
「そんなに儲けて何に使うでござる」
「風俗」
上条は盛大にブランデーティーを吹き出し姫子は目を見開き十郎太はさすがに苦々しい表情をする。
「お主、とてもではないが一介の学生とは思えぬな」
「ほめ言葉と受け取っておくよ」
「あら? 北条さん。それに榊原君達も」
「まぁ及川さん」
現れたのはみずきでなくてジャンパースカート姿の七瀬だった。
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